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第3話 老兵とおっぱい

前回までのあらすじ!


老兵が幼女化したぞ!

 はぁ、はぁ、はぁ……。


 萎えた脚で、いいや、幼女の脚で、ユランは歩く。細い肩で石壁を擦りながら、一歩、一歩、細枝のような素足で。


 冬、だったのだろうか。足から這い上がる冷気が、指先を麻痺させる。それに、膝がうまく曲がらない。手足の関節がうまく動かないのだ。


 だが、それでも辿り着く。ユラン・シャンディラは、かつて己が命を落とした場所に。

 魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグの持つ赤の魔剣ドライグが己の心臓を貫き、己が持つ白の聖剣グウィベルが魔王の胸を貫いた、あの謁見の間に。


 イルクレア……貴女はここにいるのか……?


 目の前には煌びやかな装飾の施された両開きの巨大な鉄扉があった。

 両手を伸ばす。細く萎えた、いいや、白く細い幼い手を。

 ひやりと、金属の冷たさが掌から伝わってきた。

 歯を食いしばり、身体ごと預けるようにして、全力で巨大な鉄扉を押す。


「ん……っんぅ……っ」


 かつては片手を伸ばすだけで。さほど力を入れずとも開いた扉が、今はとてつもなく重い。

 かじかむ足指で石床をつかみ、震えながらゆっくりと全身を前に出してゆく。ぎ、ぎ、重い音を立てて、徐々に巨大な鉄扉が開き始めた。

 汗を滲ませ、さらに押す。無意識でありながらも、ほんの微かな笑みを浮かべながら。


 イルクレア……イルクレア……イルクレア……!


 ただ一人の少女を思い浮かべ、幼女の姿を取る老兵はついに謁見の間へと足を踏み入れた――が、そこには。


「……」


 ユランは言葉もなく立ち尽くした。少女の姿を取る老兵から、表情が抜け落ちた。

 無人。

 謁見の間の火は消え、そこに王の姿はなかった。少女の姿はなかった。


「当然か。おれが殺したんだ」


 自嘲し、ため息をつく。死者に救いを求めるだなどと、我ながらくだらない。


「……帰るか」


 故郷へ。王都カナンへ。


 だが、その前に。

 ぺた、ぺた、己の足音だけが響く。


 左右それぞれに三本の巨大な円筒形の柱。正面には、一段高い位置に設置された玉座。

 生命を持つものはない。愛しき魔王イルクレアは存在しない。

 それでも、ユランは吸い寄せられるかのように玉座へと歩く。裸足の足音をぺたぺたと響かせて。目にした彼女の残滓を求めるように。


 ただ一つの残り滓。

 玉座には、二振りの剣が交叉して置かれていたのだ。

 一つは老兵の心臓を貫いた赤の魔剣ドライグ。もう一つは魔王の心臓を貫いた白の聖剣グウィベル。


「グウィベル……おれの剣……」


 幼い声に違和感を残しながらも、ユランは手を伸ばす。白の聖剣グウィベルへと。


 ああ、こいつを手に入れたのはいつだったか……。


 思い出せない。ところどころ思い出せない部分があるのは、長く眠っていた代償だろうか。記憶は虫食いだ。

 そんなことを考えながら、指先でグウィベルに触れた瞬間。


「――ッ!?」


 雷鳴のような轟音が響き渡り、ユランの手が空気の塊に撃たれたように弾かれた。

 数歩背後によろめき、視線を我が手に下げる。指先が焦げつき、爪が剥がれかかって血が滲み出ていた。


「……痛ッ」


 ――グウィベルがおれを拒絶した? なぜ!?


 戸惑い。わからないことだらけだ。

 もとの肉体とは性別、年齢、特徴の違うこの姿。

 魔王城ニーズヘッグで眠りについていたこと。

 虫食いのように穴だらけとなった記憶。

 そしてまた新たに、己の剣に拒絶された。


「糞!」


 魔王城から人間領域に戻るには、魔族領域と魔物の多発地帯を通らねばならない。武器もなく踏み入れるなど愚行にもほどがある。


 ふと、赤の魔剣ドライグへと視線を向けた。

 白の聖剣グウィベルと赤の魔剣ドライグは、もともとは兄妹のようなものだったと言っていたのは誰だったか……。

 しばし考えるも、思い出せそうにはない。


 魔王の剣――。

 もしもこれが問題なくつかめたとするなら、己は人の身ではないということだ。だとするならば、己が本当にユラン・シャンディラという名の老兵であったかどうかすら、怪しいということになる。


「記憶も穴だらけだったしな……」


 玉座の肘置きに腰をもたれかけさせ、何度目かのため息をつく。


 ならば己は何者だ? いや、いや。

 魔剣ドライグをつかめたらの話だ。もっとも、そんなことを試してみるつもりはない。ただでさえ萎えた――というか幼く未熟な身体だ。聖剣グウィベルに右手を灼かれた今、もう片方の手までとなれば。


「……冗談ではない。ケツも拭けなくなる」


 魔物多発地帯を突破するには、策でも練るべきか。

 そんなことを考えながら視線を上げた瞬間だった。


「……」

「……」


 その女と目が合ったのは。


 女は肩を荒く上下させ、乱れた肩までの黒髪を直そうともせず、くっきりと縁取りされた切れ長の瞳を大きく剥いて、玉座のユランを凝視していた。

 腰には蛇腹の金属製ベルトが巻かれている。だが、その装束と言えば痴女もかくやと言うほど際どい。まるで包帯のような黒く細い布を全身に巻きつけているだけだ。丸みを帯びた巨大な胸は成熟した女のもので、今にもこぼれ落ちそうだ。


 が、ユランが注目したのはそこではない。

 女の頭部からは曲がった角が二本生えていた。


 どぐ、と心臓が跳ねた。

 身体中に熱が行き渡る。老兵の、老兵たる所以。どうしようもなく染みついた戦場での経験。全身に闘気を漲らせた直後、考えるよりも先に、ユラン・シャンディラは弾かれたように立ち上がっていた。


 魔族――ッ!


 女が冷たい石の床を蹴ると同時に、ユランは幼く短い手を聖剣グウィベルに伸ばし――先ほどの有様を思い出して迷った。

 迷ってしまったのだ。戦場で最も愚かとされる感情を発露させてしまった。

 ゆえに、遅れる。対処が。悔いる間もなく。


 女は地を駆けなかった。ただ一歩のみ。その後は地を蛇のように滑り、一瞬にして距離を詰めてきた。

 目の前、一呼吸分もなく。

 後悔の視線と、見開かれた凶悪なる魔族の視線が交わって。


「~~ッ」


 もう一度聖剣グウィベルへと伸ばしかけた幼い手を、妖艶なる白の手がつかむ。不自然なほどにひんやりとした感触。さらに鳥が虫をさらうように、ユランの足は女に押されるままに石の床を離れた。

 中空、持ち上げられて。為す術もなく謁見の間の最奥にある石壁へと押さえつけられ、ようやく足がついたと思った直後――。


「くぁ……っ」


 頬を掠めるように放たれた黒い爪の掌底が、耳もとを通過して壁へと叩きつけられた。衝撃が石壁にひびを入れ、輝く赤色(ルビー・レッド)の髪が突風に流される。


「~~っ!?」


 心臓が、ばくんばくんと鳴っていた。


 く、だめだ! 戦うことも逃げることもできない!


 諦観の念にとらわれた瞬間、ユランの視界が暗転する。暗転? いいや、違う。


「ンむぅっ!?」


 後頭部に腕を回され、汗ばんだ大きな胸に、掻き抱かれたのだ。女の胸に。

 女が妖艶な唇を、まるで無邪気な子供であるかのように大きく開く。


「イ、イ、イ、イルクレア様ぁぁぁぁぁぁぁぁ! よか、よかった! よ、ようやく、ようやくお目覚めになられたのですねっ!?」


 歓喜と感激を織り交ぜ、一切の感情を隠そうともせず、大粒の涙すらぼろぼろと流して。ユランをさらなる力で抱きしめながら。


「ふもぁっ!?」

「我ら魔族一同、お待ちしておりましたぁぁぁ……! わああああぁぁぁぁぁぁん!」


 言葉は聞こえていても、胸に埋もれたユランには状況がまるで理解できない。ただどうにかこの魔族から身を離さねばと、幼い両腕を巨大な胸に突っ張るばかりだ。しかし弾力を打ち破ること敵わず、あえなく押し戻されてしまう。

 ぽむ、ぽむ。幼い拳が巨大な胸を叩く、間の抜けた音が響く。


「ふぬむがぁぁっ! き、貴様、やめろ、やめんか――はむっ!?」

「イルクレア様イルクレア様イルクレア様ぁぁぁぁ!」


 だが、力なき幼女の身ではそれすらままならず。

 女は涙に濡れた歓喜の表情でさらに強くユランの頭部を掻き抱き、胸の中央で顔を前後左右に揺すって己へと押しつける。


「もぬぐぅ……や、やめ――もがぁっ」


 老兵は思った。

 おっぱいに殺される、と。


 状況が状況でなければ吝かではないが、これではいかんともし難い。それに相手は魔族だ。人間の女ではなく、軽蔑すべき魔族の()に過ぎない。

 だがそれゆえの、この怪力。対するは、あまりに惨めなる己が非力。もはや抗いようもない。為されるがままだ。


 ……ユラン・シャンディラは早々にあきらめた。


「うああぁぁぁぁん! 魔王様ぁぁぁ! むちゅっ、むちゅぅ」


 ぷにっとした頬に唇を押しつけられ、白目を剥く。


「ああんっ、ちっちゃい魔王様も、きゃわいいっ! ららら~!」


 再び浮かされてしまった足をぶらぶらさせながら、幼女の姿と化した老兵ユラン・シャンディラは、その身をちっぽけな人形のようにクルクルと振り回される。

 ユランは陸に打ち上げられて死んでしまった魚類のような瞳で思った。


 もぉ~う、どうにでもなぁ~れ☆ミ




シリアス無事崩壊しました!∠(`・ω・´)

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