第29話 老兵と料理人
前回までのあらすじ!
肌色成分多めのサービスカット溢れる話だったぞ!
裸エプロンの太眉がぐにゃりと曲がった。半開きの口が戸惑いを示している。
ユランはフォークとナイフを置いて、もう一度同じことを言った。
「魔軍に来い、裸エプロン」
「まぐん……というのは、澱みの森のあの魔軍のことかね?」
幼女は薄い胸を張って吐き捨てる。
「他にあるものか、阿呆め」
「ふむ。……なんの冗談だ?」
「生憎と冗談は好きではない。ああ、好きではないとも。だが言葉を信用されぬのは、もっと面倒だ。同じ内容を延々と喋らされるからな」
見上げるルビー・レッドの視線と、見下ろす黒の視線がぶつかり合う。
給仕のレミリアは戸惑ったように立ち尽くし、ラミュに至っては自らに出された食事を黙々と食べている。
やがて――。
裸エプロンが真顔で尋ねてきた。
「おまえたち、何者だ?」
「おれの名はイルクレア・レギド・ニーズヘッグ。巷で魔王と呼ばれている存在だ」
レミリアが息を呑む。
「え……、え……」
「ゆえあって少々幼い姿をとってはいるが、嘘ではない。――ラミュ」
ラミュが麦パンをかじりながら、椅子の背に立てかけていた特大剣を片手で押した。傾くそれの柄を、幼女が片手でつかむ。
そうして――。
引き抜いた。自らの矮躯の数倍はあろうかという特大剣、魔剣ドライグを。軽々と。天井へと比類無き赤の刀身を掲げて。
「なんなら炎でも出すが」
がたん、と大きな音がして、巨大な鞘だけが食堂の床へと倒れ落ちた。
しん、と静まりかえる。
だが、驚愕に後退ったレミリアとは対照的に、裸エプロンの男は微動だにしてはいなかった。幼い少女が、たとえ成人男性でも掲げるのが困難な特大剣を、片手で持ち上げているにもかかわらずだ。
丸太のような腕を組み、人差し指で、とんとんと上腕筋を叩いている。
「なるほど。その身その腕でとなれば、信じざるを得んな。おまえが魔王レギドか」
「そして貴様とやり合ったこいつは、蛇の女王ラミュ・ナーガラージャ。ニーズヘッグ城の魔将軍だ」
「はじめまして、ごきげんよう、腐れ人間さん」
魔剣ドライグをぐるりと回しながら赤い靴で鞘を蹴り上げて、ユランは炎色の刀身を静かに納める。
途端に重量を増したドライグを自らの座る椅子の背に立てかけ、あらためて裸エプロンの男へと向き直った。
「話を戻すぞ、裸エプロン」
「俺を魔軍に勧誘する話か? 興味もなければ与する理由もない。俺は人間で、おまえたちは魔族。話は終わりだ。食事を終えたら帰れ。店にいる間は客でも、一歩外に出れば敵対種族であることを忘れるな」
とりつく島もなく立ち上がりかけた男へと、ユランは口を開く。
「貴様、今のカナン王をどう思っている?」
「興味はない」
「食材を奪い、民を飢えさせた上、レエルディアの街を見棄てたのにか?」
中腰になっていた男が、眉をひそめて再び椅子へと腰を下ろした。
「レエルディアを見棄てただと?」
「ああ。レエル湖砦からこっち、おれたちは徒歩にてこの街までやってきたが、騎士の姿はただの一人たりとも見ていない。つまりレエル湖砦を魔族に奪われた時点で防衛ラインを失ったカナン騎士団は、この付近一帯を見棄てたのだ」
口からデタラメではあるが、あながち間違っているわけではない。
レエル湖畔からそう離れた位置にあるでもないレエルディアまで素通りできたことは、ユランにとっても意外なことだ。
それは魔軍の侵攻を妨げるものが失われたのと同義なのだから。
つまり、カナン騎士団はこの地を放棄した。
「カナン騎士は戦争協定を一方的に破り、魔族から略奪し、女を陵辱し、最後には虐殺しながら魔族領域を奪ってきた。怒りに満ちた魔軍がこのレエルディアに雪崩れ込めば、この街がどういう目に遭うかは火を見るよりも明らかだと思わんか」
スープの皿を片手でつかみ、幼女は豪快に喉へと流し込む。
「それを踏まえた上での撤退となれば、カナン騎士がレエルディアを見棄てたのは間違いではあるまいよ」
「たとえ後から奪還しようと考えていたとしても、その頃にはもうレエルディアの住民はただの一人の生き残らないでしょうね」
ラミュがナフキンで艶やかな唇を拭いながら、残虐にて凄惨な微笑みを浮かべた。
はったりである。まったくもって、はったりだ。
そもそも、ニーズヘッグ城の魔族どもを見てみろと言いたい。図体だけの気弱な泣き虫、ハエのごとく鬱陶しく飛び回る糞どんぐり脳、自滅戦力にスライムメンタル、そろいもそろって役立たずだらけだ。
たとえレエルディアの街を陥落させたとしても、まずもって虐殺はおろか、陵辱や略奪さえ考えもしない連中しか残っていないのだ。
せいぜいが「わ~い、ぼく、にんげんさんといっしょに、このおうちにすむね~」「どうせいって、だいた~ん」「おとなのかいだん、のぼるんやねえ」ってなもんである。
だが、悟られてはいけない。魔族は冷酷非情な敵対種族であらねばならない。
そもそもの話。
こんな見た目も中身もバケモノ級の男がいる街を、幼女・破廉恥女・毛玉・変態エルフ・正体不明のヴァルキリーという、わけのわからんたった五人の集まりで陥落させることからして可能かどうか。
バケモノはともかく、この規模の街であれば住民だけで五千名は超えているはずだ。そんなもん正面からぶつかるだけ無駄というものだろう。戦力差でいえば、いくらなんでも絶望だ。
ゆえに老兵幼女、蛇の女王ともに、外見でいくら冷酷にて凄惨なる笑みを浮かべていようとも、内心ドッキドキである。
「……脅しかね?」
「そう取ってもらって結構だっ!」
食い気味に返す。考える暇を与えてはならない。
「いいか、人間ども。魔軍ではこのような扱いは決して受けさせんぞ。我々はレエルディアの街を支配する。だがカナン王とは違い、決しておまえたちを見棄てたりはしない。何が起ころうとも守ってやる。他の魔族どもにも手出しはさせん」
命令などなくとも、まず自分から進んで手出しなどしないだろうけれども。
「俺が勧誘を受け容れれば、レエルディアは救われると?」
「ああ、その通りだ」
睨み合う。
まっすぐな視線だった。瞬きすらなく、ほんの一瞬の揺らぎもなく、裸エプロンは幼女を見据える。
だが。
「魔王レギド。レエルディアを救うには、もう一つだけ方法がある」
「言ってみろ」
「ここでこの俺が魔王を殺す。それで人と魔の争いは終わりだ」
ざわ……と全身が粟立った。
老兵としての経験が、放たれた殺気に反応する。
一瞬でドライグを抜き放つと同時に、向かいに座る男の首筋へと赤き刀身をあてる。皮一枚で。
「……」
「……」
にもかかわらず、裸エプロンの男は慌てた様子もなく、先ほどとなんら変わらぬ姿のまま、まっすぐな瞳を幼女へと向けていた。
ユランの頬が羞恥に引き攣る。
躍らされた。この男の放つ殺気に。
舌打ちをして、ユランはドライグを再び鞘へと納める。
「ずいぶんな挨拶だな、魔王よ」
「それはこちらの台詞だ、裸エプロンめ。おれを試すんじゃあない。死んでも知らんぞ」
互いの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
ユランが小さく息を吐く。先ほどまでとは打って変わって、幾分か機嫌がよさそうに。
「貴様が首を縦に振るならば、レエル湖砦に貯蓄されていた糧食は、すべてレエルディアの街にくれてやる」
「ユラ――イルクレア様! それは!」
「ラミュ。砦の糧食は、もともとレエルディアやこの近郊から徴収されたものだ。返してやるのが筋だろう」
「……っ」
ユランがラミュの肩を軽く叩く。
「どのみち、おれたちは侵攻を繰り返す。いくらでも奪える。ただし、民からの略奪はなしだ。騎士団が徴収した分のみ、奪い取って振り分ける。それでいいな?」
守りには入らない。たった五人であろうと戦い続ける。
人間軍が疲弊し、悲鳴を上げるまで。
「あぁんもう、はいはい! 仰せのままに!」
ラミュが頭痛を堪えるような表情で、力なく椅子の背もたれに身を預けた。
「というわけだ――が……?」
視線を戻すと、裸エプロンが輝く頭頂部をこちらに向けていた。
頭を下げたのだ。幼女に、大男が。
「貴様、なんのつもりだ? 毛の一本もない粗末な砂漠のごとき頭頂部などをまざまざと見せつけおって! おれを侮辱しているのか!?」
「フ、新たなる主に誠意を尽くしたのみ」
一瞬の後、言葉をゆっくりと噛みしめた幼女の表情に、可憐な花が咲き誇った。
口角を上げ、両手を合わせて嬉しげに瞳を細める。まるで本物の乙女のように。深窓の令嬢のごとく。
「で、では、魔軍に力を貸してくれるのだな!?」
頭を上げた男が、逞しい右腕を折って左手を上腕部へとのせた。
「ああ。鍛えに鍛えしこの腕。……おまえたち魔軍のために存分に振るおうとも! 焼きも煮込みも蒸しものも、なんでも望みのままに作って振る舞ってやるぞ!」
一瞬で真顔に戻った老兵幼女と蛇の女王が、大あわてで首を左右に振りながら叫んだ。
「――りょ、料理人募集の話ではないからねえええっ!?」
筋肉料理人とメイド、ゲットだぜー!




