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第24話 老兵が疲弊(第二章完)

前回までのあらすじ!


また変態だ!

 尋常のものではない眼。エドヴァルドの目は興奮に血走り、不自然なまでに大きく見開かれていた。呼吸も荒い――というか、鼻息がすごい。


「……て、天使ちゃん……さ、さあ……おいで……」


 ぷつ、ぷつ、手足に鳥肌が立つ。

 ぞわぞわと背筋に悪寒が這い回った。


「そんな物騒なものは捨てて……ね? ね? そうだ! 僕の屋敷で甘ぁ~いお菓子をいっぱい用意してあげよう!」


 誘拐犯の手口そのまんまである。


 老兵幼女は即座に決意した。

 よし。対話はやめだ。殺そう。速やかに。一秒でも早く。


 否。殺すのではない。

 己に言い聞かせるように、ユランが小さく呟く。


「あの頃のエドヴァルドはもう死んだのだ。これは何か別の変態だ。そうに違いない」

「ふふ、僕は生きてるよ。今最高潮に生を感じているとも! ああ、これが恋なのか!」

「生だと? 貴様の感じているものは性だッ!!」


 ユランは小さな赤い靴で地を蹴った。

 上体を限界まで倒し、身を低く保ちながらエドヴァルドの脚部を目掛けて、炎をまとう巨大な魔剣ドライグを薙ぎ払う。


「死ね」


 ユランやリントヴルムが振るう獣の剣術に型はない。急所を狙うこともない。ただただ敵の肉を刃にて削り取り、動きを奪い、一撃のもとに断ち斬る。それだけだ。


 が――!


 衝撃はわずか。

 コン、と金属同士がぶつかる軽い音を残し、ろくな手応えもなくドライグは空を斬って振り切られる。


「~~ッ!?」

「少し、お仕置きが必要かな?」


 上空から聞こえた声。

 ルビー・レッドの頭髪を跳ね上げて見上げれば、鋭い刃の峰が迫っていた。とっさに肩をひねって躱すと同時に距離を取る。

 遅れてエドヴァルドが静かに着地した。


 見誤った。たしかに、あの未熟だった時代のエドヴァルドは、もういない。

 インパクトの瞬間、カタナの先だけでドライグの斬撃を最小限の動作で去なしながら力の向きを調整し、ユランの剛力を利用して上空へと逃れたのだ。

 その上での反撃となれば、相当な腕前に仕上がっている。鎧などをまとっていては、到底到達できない領域での技だ。


「オイタはいけないよ、天使ちゃん」

「その呼び方はやめろ。そもそもおれは男だ」

「――見え透いた嘘も、いけないなあ」


 右上空、目よりも早く声に反応し、ユランはドライグの切っ先を右の床に突き立てる。直後、カタナの斬撃がドライグの刀身で止まった。

 斬撃――否、打撃。またしても峰だ。

 ユランの額に血管が浮いた。


「貴様。先ほどからなんのつもりだ、エドヴァルド。刃を反せ。このおれを舐めているのか?」

「舐めてもいいのなら悦ん――」

「やめろ! 変態はもうたくさんだ!」


 ドライグの刃を蹴って跳ね上げた勢いのまま、逆袈裟に斬り上げる。

 エドヴァルドは微かに顎を引いてそれを紙一重で躱し、峰での鋭い打撃を繰り返す。ユランは身をひねって躱しながら後退し、再びドライグを腰溜めにかまえた。


 同時に地を蹴り、ぶつかり合う。だが、鍔迫り合いにはならない。エドヴァルドがすべての斬撃を流してしまうからだ。


 あの細い剣――カタナは重量や強度と引き替えに、持ち主に速さと変幻をもたらす。

 鋭いいくつもの峰での打撃を、幼女は重く巨大な魔剣ドライグでは防がず、身の小ささと軽さを利用して足運びで躱してゆく。袈裟斬りを全身を傾けて躱し、反す刀での薙ぎ払いを間一髪でかいくぐる。


「――ッ」


 しかし間に合わず、結んだ髪留めが斬れて弾け、ルビー・レッドの頭髪が背中に広がった。

 続く追撃をドライグの腹で止めて、強引な踏み込みと同時に炎の斬撃を叩きつける。


「ぐるぁぁぁ!」


 レエル湖砦の木製の床を焦がしつけて撃ち抜いた斬撃は、しかしエドヴァルドには届かない。


「ふふ。魔王レギドがこんなにも可憐な少女だったとは」

「おれはユラン・シャンディラだ!」


 駆けて薙ぎ払う。エドヴァルドはそれを苦もなくカタナの刀身で受け流し、ユランは勢いのままにつんのめってバランスを崩した。


「よしんばそうだとしても、なんかもう別にいい!」

「いいわけあるかッ!! おれは齢五十の男だぞ!?」


 頸部へと迫った峰での打撃をドライグの柄尻で弾き上げ、赤いドレスの裾を跳ね上げてブーツでエドヴァルドの足を払おうとするも、一瞬早く飛び退かれる。

 舌打ちをして追う。


「オヤジ系幼女? フ、むしろ萌えるね!」

「違う! おれは幼女系オヤジだ!」


 むしろただの女装オヤジである。

 ドライグの横薙ぎをかいくぐり、エドヴァルドがカタナを返す。それを最低限の跳躍で躱しながら、ユランは空中でひねりを加えて回転し、上空から斬撃を叩き下ろした。


「どるぁぁぁ!」


 だが、それすらも。

 それすらも、エドヴァルドはカタナの表面を滑らせることで受け流す。


「だから、僕はもうそれでもいいと言っているッ!! 分からず屋の魔王ちゃんめ!」

「いいわけないと、おれは言っているんだッ!! この変態勇者が!」


 叩き下ろしたドライグを強引に持ち上げての斬り上げを、エドヴァルドは身体を回転させて躱しながらも、その慣性を利用して横薙ぎを返す。


「シッ!」

「ンの――ッ」


 幼女はそれを肘で跳ね上げて左の拳を握り込み、無謀とも思える踏み込みと同時に勇者の鼻面へと叩きつけた。


「おらっしゃぁぁ!」


 骨のぶつかる鈍い音がエントランスに響く。


「ぅぐ……っ」

「目を覚ませ、エドヴァルド!」


 巨大なドライグにのみ注意を払っていたエドヴァルドは、ユランの拳をまともに喰らって背後へと数歩よろめいた。

 だが。恍惚の表情で。


「ああ、痛みすら……痛みすら……快っ感……」

「う、うわあ……」


 ぞわわ……。


 老兵幼女、本能で脅える。


「大丈夫。恐れることはないよ。僕は人間軍の勇者だ。王命にだって従う必要はない自由を許されている。だからレギド、僕はキミを捕らえても決して騎士団に引き渡したりはしないよ。安心して」


 ひぃぃぃぃぃぃ……っ!!


「……ひ、引き渡された方がマシだ、この糞虫がっ!」

「二人で小さな家を買って、一緒に暮らそう。そうだ、犬を飼おう。キミが乗れるくらい大きな犬だ」


 き、気持ち悪いこと言い出した……っ!!


「くっ、騎乗用の大きな犬ならばもう間に合っている!」


 今こそ叫びたい。助けてマグナドール、と。こいつを貴様の力で薙ぎ払って、と。

 しかしあの地竜(駄犬)は澱みの森から外へ出ることはできない。


「ふふ、照れているのかい? 僕の天使ちゃん?」


 厄介。まさに厄介だ。

 頭のおかしさによるものと思しき不屈の精神に加え、あの細く軽い剣。これではまさにキチ○イに刃物ではないか。


 リントヴルムの剣術よりも鋭く、そして速い。取り回しのよいカタナと呼ばれる武器は、ありとあらゆる剣術の型を極めたエドヴァルドと非常に相性がいい。

 なるほど。これならば勇者と呼ばれるに相応しいと言えよう。


 だがゆえに、弱点もある。受け流すことはできても受け止めることはできない。そこに隙がある。

 最初から刃を反していれば、勝敗は違っていたかもしれない。エドヴァルドの力はそれほどのものだ。かつては愚直なだけが取り柄だった、才無き少年は。

 おそらくは己を生かしたまま捕らえようとして、多少なりと手を抜いていただろう。


 だが。だからこそ、貴様は負けるのだ。


「おれに剣技を見せすぎたな、エドヴァルド」

「……? あ、ああっ! 僕のすべてを見せるのは、今夜からさっ!」

「………………いや、そういう意味ではない……」


 むしろ見たくない。


 老兵の老兵たる所以。老兵と呼ばれるまで死すことなく、戦場の第一線で戦い続けることができた所以。

 これは魔王ではない。幼女でもない。




 ――老兵ユラン・シャンディラは適応する。




 ふぅと息を吐き、ユランは膝を曲げてドライグの刀身を右の肩にのせた。魔法の炎は、決して持ち主を灼くことはない。


 とんっ、と赤い靴が地を蹴った。

 エドヴァルドが反射的にカタナを両手で正中にかまえる。ユランは赤のドレスを躍らせながら飛びかかり、空中でドライグを大きく振りかぶった。


「――ッ」


 だが、間合いに入っても振り下ろさない。ドライグに注意を払ったエドヴァルドの死角から、スカートの裾を跳ね上げて幼い蹴り足を、エドヴァルドの頸部へと軽く放っただけで。


 死角から。にもかかわらず、エドヴァルドはそれにすら反応する。

 カタナで幼い蹴り足を受け――流してしまった。止めることも、できたはずなのに、だ。あるいは放置し、あたったとて、それは大したダメージにもなりはしなかっただろう。


 エドヴァルドの意志ではなかった。反射的に。あるいは防衛本能。

 老兵はそのために、そのためだけに、先ほど徒手空拳でエドヴァルドの鼻面を打ったのだから。ダメージはなくとも、痛みは伴うように。体術もあるのだぞと、見せつけるために。


 その瞬間、振り上げられたままだったドライグがようやく動き出す。

 蹴り足を刃で払ってしまったことで、完全に無防備となってしまったエドヴァルドの頸部へと向けて。


「~~ッ!?」

「……」


 どがっ! と凄まじい音が響いた直後、ユランは着地する。ドライグに吹っ飛ばされたエドヴァルドが、少し遅れて木の床に転がった。


 首は――ある。


 ドライグの腹で側頭部を力一杯殴りつけたのだ。

 エドヴァルドは青ざめた表情で己の首をたしかめるように手をやった瞬間、その喉もとにドライグの切っ先が突きつけられた。

 幼女がクイと顎を上げて、倒れた青年を睨めつけながら吐き捨てる。


「ふん、殺してやってもよかったのだがな。刃を反さんやつを斬るのは気分が悪い。ゆえに――」


 言うや否や、ユランはドライグを持ち上げてその切っ先でエドヴァルドの左足の大腿部へと突き立てた。


「動きは奪わせてもらうぞ、エドヴァルド」


 ジュっと肉を焦がす音と臭気が広がって、エドヴァルドが全身を大きく逸らす。


「~~~~ッ~~~~~~~ッ!?」

「ふはは。声は出さんか。脆弱なカナン騎士どもよりは幾分マシではないか」

「……ふ、ふふ……キミに与えられる痛みなら……、……どんなものでも快感に――」

「いやもう、ほんとやめろ」


 容赦なく引き抜き、血を払って定位置のように炎色の刀身を右肩へとのせる。

 そうして幼女は、未だ六翼のヴァルキリーと打ち合っていたもう一人の勇者リントヴルムへと向かって叫んだ。


「リントヴルムッ!!」


 聖剣グウィベルを持つネハシムと、氷の剣を持つリントヴルムが同時に弾けて大きく飛び退いた。

 こちらに視線を向けたリントヴルムの表情が変わる。

 当然だ。味方の、それも人間軍最強の勇者の片割れが倒れているのだ。それも、人質という形で。

 ユランは静かに告げる。


「リントヴルム。エドヴァルドを連れて消えろ。レエル湖砦は魔王軍が占拠した。ここで玉砕したとて意味はないぞ」

「く……っ」


 リントヴルムはネハシムを警戒しながらユランのもとへと走り寄り、エドヴァルドの腕を取って引き起こす。


「……なぜ見逃すの……っ」

「貴様に言っても、どうせ信じんだろう」


 こんな姿になったのではな。心で付け加える。


 仮面の内側から覗く女の視線が、炎のように輝く幼女の瞳に向けられた。

 睨み合ってしばらく。リントヴルムはエドヴァルドに肩を貸して歩き出す。


「……あなたが誰であれ、次は殺す。あのヴァルキリーにもそう伝えておけ」


 覇気のない声だ。原因は迷いか。

 そんなことを考えながら二人の勇者の背中を見送って、ユラン・シャンディラは大きなため息をつくのだった。


老兵モテモテv

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