第23話 老兵が戦慄
※執筆再開します。
うまいこと言って、筋肉変態エルフとは別行動だ! しめしめ!
エントランスでは五十名を超える数のカナン騎士らが待ち構えていた。みな、突然の夜襲に戸惑いながらも剣を抜いている。
幼女魔王は魔剣ドライグを乱暴に床へと突き刺し、後頭部でルビー・レッドの頭髪を一本に束ねた。
この髪は嫌いではないが、やはり戦闘となれば視界を遮られる。
一端の乙女のごとく器用に片手で横髪を作ってから頭を振り、一度落ち着けてからおもむろにドライグの柄を片手で握る。
「ふん、たったのこれだけか」
「やはり大半はニーズヘッグ城へと向かったようね」
その隣には、聖剣グウィベルを抜いた六翼のヴァルキリーが立っている。
「ああ」
ユランの赤い視線が左右に揺れる。
いないな……。
勇者リントヴルムの姿はない。ニーズヘッグ城へと向かったか、あるいは。
「勇者の居場所なら、エントランスを突破してみればわかることだわ」
「ああ。遅れるなよ、ネハシム」
「仰せのままに」
命令を下されず、未だ戸惑った様子で立つカナン騎士らの中央へと、赤と金色の疾風が駆けた。
立ち尽くすカナン騎士らの隙間を縫いながら、巨大な魔剣ドライグを薙ぎ払う。二度、三度。
一歩、過ぎ去れば。
カナン騎士の首が跳んだ。戸惑いの表情のまま。
首を失った三つの肉体が噴水のように血液を噴き上げた頃には、ユランとネハシムはすでに騎士集団の中央で身体を沈めていた。
「く、は、速――ッ!?」
騎士らが大あわてで剣を引き絞る――……が、もうそのときには。
「遅い」
鋼の鎧ごと切断され、千切れ飛ぶ胴体。返す刀で別の騎士の足を斬り、斜めに傾いた騎士が地面に落ちるよりも早く、老兵幼女は頸を斬り上げる。
どっ、と音がして首が転がった。
「未熟……ッ」
ユランへと振り下ろされた剣を、白の特大剣が受け止める――こともなく、騎士の剣をまるで綿でも斬るかのように、その持ち主ごとグウィベルが薙ぎ払った。
金色の髪を躍らせて、六翼のヴァルキリーは全身をねじり込むようにしながら、三名の騎士を同時に鋼の鎧ごと両断する。
「やるではないか」
「あなたも」
長身のヴァルキリーと、矮躯の老兵幼女が背中を合わせた。
吹っ飛ばされた肉片から、血と臓物の臭気が立ち籠める。
ヴァルキリー・ネハシムはカナン騎士を殺した。今まさに、この目でそれを確認した。金や戦況次第では裏切る傭兵ではあるが、今のところは信じるに値するか。
そんなことを考えながら、ユランは己の身長をも遙かに凌駕する魔剣ドライグに、魔力を流し込んでゆく。
轟と、巨大な赤い刀身から炎柱が立ち上った。
ほとんど同時に、ネハシムの持つ聖剣グウィベルがバチバチと放電を開始する。
二人を取り囲むカナン騎士の包囲が、わずかに下がった。気圧されたのだ。愚かにも。
ゆえに、嗤う。勝利を確信して。嗤うのだ。この幼女は。
厭らしく、さらなる威圧を伴って。
「さて、カナン騎士ども――」
背中を離すと同時、ユランは小さな全身をねじって炎の斬撃を放つ。
避け損なった騎士が炎に包まれて灼け焦げる中、幼女は矮躯に似合わぬ速度で一瞬にして距離を詰めた。
「――皆殺しの時間だ」
剣を立てて防ごうとした騎士の肉体を真横に分断し、その背後から斬りかかってきた騎士の胸部へと魔剣ドライグを突き立て、背中まで貫通させる。
「く……っ、こ、このバケモノめ!」
「子供の見た目に騙されるな! 殺せ! こいつが魔王レギドだ!」
「そうだ。かかってこい、人間ども」
側面から襲いかかってきた騎士の一閃を、ドライグを貫通させたままの亡骸を盾にして防ぎ、幼女は凶悪な笑みを浮かべた。
「こ、こいつ、死体を盾に――ッ」
「死体? 違うな。もう肉塊だ」
怯んだ瞬間にはもう遅い。股間から頭頂部に、巨大な赤の刃が抜けた。縦に真っ二つとなった人間の切断面からは、血液すら燃やし尽くす業火が溢れ出す。
「くくっ、どうした? もっとこい」
「おおおおおぉぉぉぉっ!!」
背後からの突きを、赤い靴の背面蹴りで跳ね上げ、振り向き様に両脚を付け根から薙ぎ払う。支える足を失った騎士の首を刎ね、反す刀でまた一人斬る。
「もっと、もっとだ」
「く、ちくしょうがぁぁぁぁ!」
手が、足が、首が次々と宙を舞い、砦に亡骸や残骸が積み上げられてゆく。
横目でネハシムを確認すると、彼女もすでに十近くもの騎士の亡骸の中に立っていた。
強いな……。やつめ、本当に何者だ……?
同時に振るわれた剣をドライグの幅広な刀身で防ぎ、小さな身体を利用して騎士二人の足もとへと潜り込んで斬り払いながら、もう一度ネハシムへと視線を向ける。
ネハシムは己の振るう獣の剣術とは違い、まるで躍るような足運びで正確に心の臓や頸部といった、急所を斬っている。
長い金髪を扇状に広げて身体を回転させ、均整の取れた肢体を存分に振るい、魔剣ドライグと同格である聖剣グウィベルを、慣性に逆らうことなく静かに振るう。そのたびに血風が巻き起こり、雷が空間を走り抜けて騎士の自由を奪う。
「……」
怒声を発する騎士を屠りながらも、ユランはその凄まじき所業に目を剥いていた。
ラミュやヨハンどころではない。戦力的には、己がもう一人いるようなものだ。よもやここまでの手練れとは思いもしなかった。
いや、そのようなことよりも。
なんという……。
「美しい……」
飛ばす血や汗の雫ですら、空間を彩る。どのような血糊も汚泥も、ヴァルキリー・ネハシムを穢すことはない。
悲鳴を上げる間もなく、騎士らは次々と屠られてゆく。
「ふふ、聞こえたわよ、イルクレア」
「女同士だ。別にかまわんだろう」
ユランの物言いに、ネハシムが何度か瞬きをしてから微笑む。
「そうね」
「なんだ、今の間は……」
「なんでもないわ」
知っているわけがない。己がかつては老兵ユラン・シャンディラであったことは。真実を知っているのは己と、蛇の女王ラミュ・ナーガラージャだけのはずだ。
ふぅ、と息を吐く。
二人で四十は斬った。残りはどこへやら、だ。
剛の剣と静の剣が同時に血を払った。
「勇者はいないのかしら」
「さてな。いなければいないで、このまま制圧するのみだ。もう数はいくらもいまい」
「そうね」
そう言って歩き出そうとした瞬間――。
「気をつけろネハシム!」
「気をつけてイルクレア!」
同時に互いの名を叫びながら、飛び退く。直後、二人の立っていた場所に二人の人間が斬撃とともに降り立った。
斬撃がレエル湖砦の床を穿ち、木片と土塊を弾き飛ばす。
吹っ飛んできた木片を片手で弾いて、ユランは着地する。足首近くまで覆った赤いドレスの裾が大きく揺れた。
「リントヴルムッ!」
仮面からはみ出す銀色の髪。長いスカートを舞い上げて、勇者リントヴルムが息つく暇もなくユランへと躍りかかる。冷気を発する透明刃の剣を振り下ろしながら。
「死ね! レギド!」
だが、魔剣ドライグで斬撃を受け止める寸前、リントヴルムは側方から飛びかかってきた六翼のヴァルキリーに押されてエントランスの端へと連れ去られた。
「また邪魔をするかッ、このヴァルキリー風情がッ!!」
「ええ。何度でも」
氷の剣と聖剣グウィベルが轟音を発し、空間に火花と魔法の欠片を散らす。
「こっちはわたしがもらうわ、イルクレア」
「好きにしろ」
二人の勇者。不意打ちで斬撃を浴びせかけてきたのは、二人。
目の前に立つ青年。騎士ではない。軽装だ。リントヴルム同様、最低限の箇所に最低限の防具を装着しているのみ。仮面はない。リントヴルムとは違って。
ゆえに、すぐに理解する。知己であると。
ネハシムとリントヴルムが十分に離れた距離にいることを確認して、ユランは口を開く。
「やはりもう一人の勇者とは貴様であったか。エドヴァルド」
名を言い当てられても、青年は眉一つ動かさない。
整った中性的な顔立ちに、穏やかで静かな藍色の瞳を上げただけで。
エドヴァルド・カイハン。リントヴルム・サランジュと同じく、かつてユランの一人遊撃隊に押しかけてきた少年の名だ。
己同様、才能のない少年だった。
だがゆえに生真面目で、毎日のように愚直に剣を振るっていた。
リントヴルムとは違い、最後まで己の振るう獣の剣術を体得することはできなかったが、朝夕問わずひたすら繰り返された基本の型のおかげか、二年が経過した頃には木刀での訓練ではリントヴルムにも引けを取らぬ鋭さと力を身につけていた。
勇者、そう呼ばれる存在になるに相応しい努力だったといえよう。
青年エドヴァルドが息を吐いて呟く。
「なるほど。リントヴルムの言った通りだ。ずいぶんと調べたらしい。我が師ユラン・シャンディラのことを」
「ふん、試すな。リントヴルムにも貴様にも、おれは剣術など教えたおぼえはない。やつは戦場でおれの背中を追いながらおぼえ、貴様は愚直に毎日のように己の型を突き詰めた」
エドヴァルドがすらりと剣を抜く。
曲刀。いや、細い。東の海ではカタナと呼ばれている代物か。
「言葉に重みがないよ、魔王レギド。そんなことはユラン先生を絞め上げれば吐くことだ。そうだろう?」
幼女の額に血管が浮いた。
「貴様、おれをなんだと思っている。拷問されたとて自白などするものか」
「だろうね。あの人ならそうだ。だからこそ、こうして僕と対峙している貴女は、ユラン先生ではないという証拠になる」
舌打ちをする。
謀られた。昔から頭の回る、こまっしゃくれた餓鬼だった。今さらのんきに人類と対峙することになった理由を語る暇など、この男は与えてはくれないだろう。
ならば、と。
ユランは片手で巨大なドライグを持ち上げる。
「叩きのめす。対話はその後だ」
「そう……そうだ……貴女はユラン先生ではない……。……ユランなどであってたまるものか……」
んん? と気づく。
様子がおかしい。
エドヴァルドは不敵な笑みを浮かべながら、ぶつぶつと小声で何かを呟いている。
「……あんな中年の男であるものか……」
「貴様、何を言っている! さっさとかまえろ!」
エドヴァルドが胸を押さえながら、上気した顔を勢いよく上げた。
「……ああ……理想だ……。……そうとも……こんなにも可愛いぷにぷにの幼女が、あんな小汚いおっさんであってたまるものか……。……やっと……やっと巡り逢えた……僕の天使ちゃんだぞ……」
老兵幼女、かつてないほど戦慄する――!
あかん……(迫真




