第22話 老兵が興奮
前回までのあらすじ!
変態筋肉エルフのせいで、老兵幼女のテンションはがた落ちだっ!!
物見櫓に弓兵が二人。櫓の数は左右それぞれに一つずつ。
当然のことながら、櫓は砦化された壁の内側に建てられている。さらに壁の外側にはレエル湖の水を利用した、人工の川が流れている。堀だ。深さはわからない。
あのように煌々と炎を焚かれていては、見つからぬように堀を泳いで渡って壁か門を破り、櫓の足もとまで走るなどまず不可能だ。
厄介。極めて厄介。
ただの仮設砦かと思いきや、なかなかどうして、人間どももやってくれる。
老兵幼女、唸る。
「せめて櫓一つに見張り一人なら……」
ヨハンの弓で静かに暗殺できるのだが。片方を殺せばもう片方が叫ぶのは自明の理。
夜、深く――。
大半の騎士らが出払ったレエル湖砦は、炎の数とは裏腹に、不気味に静まりかえっていた。風に揺れる橙色の灯火が、レエル湖の湖面に鮮明に映し出されている。
幻想的な光景は嫌いではない。眺めていたくなる。ずっと。
考えていても仕方がない。もともとが無茶な作戦。無茶な目的だ。
正面突破、やむなし。
勇者が澱みの森方面へと出向いたか、それともこのレエル湖砦に残っているのかはわからないが、どのみち最後に頼れるのは己の剛力のみだ。
そうやって生きてきた。もちろんこれからもだ。
「征くぞ、貴様ら。正面の門をぶち破る」
細く幼い腕で巨大な魔剣ドライグを肩にのせて、澱みの森の木陰から歩き出そうとしたユランの肩を、力強き男性の手ががしっとつかんだ。
「お待ちください、我が可憐なる主よ」
「~~ヒィっ!?」
ぞわわっと駆け抜ける悪寒に、幼女の全身が震えて止まった。
「な、なななんだっ!? き、気安く触るなッ!!」
剛力無双の幼女、脅える。目が、怖がる子犬のようになって。
筋肉エルフが気色悪いくらい黒光りする顔でニカッと笑い、親指を立てた。いい笑顔なのが余計に癪に障る。
「このダークエルフ族のヨハン、弓とナニにかけましては天下無双の腕前。とっくとご笑覧あれ」
言うや否やヨハンは背負った複合弓を左手に持ち、腰の矢筒に手を伸ばす。
「おい待て、貴様。敵は二人だ。片方を殺せば一気に砦内部の騎士らがやってくる。この絶望的な人数差の状況で城壁を挟んで攻防するくらいなら、限界まで見つからぬうちに進んだほうがいいだろうが」
「オー、我が主。心配なされますな」
心配などしていない。むしろ死ね。貴様だけ死ね。
「問題ありませんな」
ヨハンが矢筒から取り出した四本の矢を、同時に弓へと番えた。
ぎ、ぎぎ、と弦が鳴る。
「金属糸の弦か」
「ご明察。さすがは我が可憐なる主様」
「気色の悪い呼び方をするな。次に同じ事を言ったら斬る」
「おおっ! いい! いいですなっ! 貴女の手にかかり、この身朽ち果つることこそ、私の本望っ!」
ほんとやだ、こいつ……。
弓を引き絞るほどに、ヨハンの上半身の筋肉が膨れあがる。特に腕は凄まじい。かつての老兵であっても、これほど見事な切れはなかった。
老兵は感嘆する。
もはやエルフじゃないな、と。完全に蛮族である、と。
ヨハンが弓を横倒しにした。さらに引く。金属糸が悲鳴を上げるまで。複合弓が折れそうなほどに。
「ふッ!!」
口をすぼめ、息を吐くと同時、四本の矢が放たれた。それは目にも止まらぬ速度で夜の闇を飛び、二つの櫓に立つ合わせて四人の見張りの喉を正確に貫く。
悲鳴一つあげられぬままに。
くるりと複合弓を回転させ、ヨハンがイルクレアを指さしながら得意げにウィンクをした。
「この愛の狩人ヨハン、貴女方のハートもいつか射貫きますよ。ずきゅんっ!」
ぞわわ……。
ヨハンと毛むくじゃらのトロロンを除外した人型魔族三人衆全員が、ぶるりと身震いをした。悪い意味で。
神技ではあったが、あとの一言で褒める言葉も失われた。
不快! 極めて不快!
老兵幼女、顎をしゃくって舌打ちをする。
「……征くか」
少々気勢を殺がれたが、老兵幼女は赤い髪を揺らして歩き出す。
見張りがいないとなれば、堂々と正面突破してやる義理もない。
「ネハシム」
「ええ。わかっているわ、イルクレア」
六翼のヴァルキリーはふわりと夜空に舞い上がると、あっさりと壁を越えて砦内へと侵入し、門と一体となっていた跳ね橋を下ろした。
轟音がして、木造の跳ね橋が大地にかかる。
この音で敵に侵入はばれるだろう。だが問題ない。門を破る前に敵に発見され、壁を挟んでの攻防よりは、遙かに勝ちの目が出た。
「し、侵入者だ!」
詰め所で眠ってでもいたのか、鎧を身にまとってもいない騎士が、大声で叫んだ。だが、叫び声が消える頃には、その首はもはや用を為さない。
ごろり、転がって。
ユランがドライグに付着した血液を振るって払う。
「さて、正念場だ。トロロン、ヨハン、ラミュ、蹂躙しろ」
「はぁ~い。じゅ~りんっ、じゅ~りんっ!」
「はっ! 貴女様のためとあらば!」
命じるや否や、トロロンが詰め所へと向かって走り出す。
愛らしい毛玉のようだった肉体は逆三角形となり、血に飢えた魔族らしくべろんべろんと舌を振り回しながら。
「げぎゃぎゃぎゃぎゃっはああぁぁぁいっ!」
一度はその巨体のせいで詰め所の入口で詰まってしまったものの、強引に壁を壊しながら侵入したトロロンは、未だ鎧の装着に手間取る騎士らを一方的に虐殺する。
縦に、横に、斜めに、鋭い爪で斬り裂いて。
断末魔の悲鳴が詰め所からこだました。
砦から出てきた騎士らのもとへは、ヨハンが走った。
ヨハンは走りながら腰にぶら下げていたナニ――石槌を取り外すと、両腕で薙ぎ払って先頭の騎士を鎧ごと遙か遠方まで吹っ飛ばした。地に落ちたソレはもう、人間の形をしていない。
とたんに騎士たちが鼻白む。
「どうです、私のナニは? 太さといい堅さといい、ほれぼれするほど立派なものでしょう。あそぉ~れ、そぉ~れ、ぶんぶんっと」
老兵は思った。頑張れカナン騎士ども、と。
だが老兵の願い虚しく、カナン騎士は筋肉エルフの前に次々と血肉の花火のごとく宙を舞う。
「ラミュ。貴様も行け」
ラミュがムッとしたような表情をした。
「わたくしはイルクレア様を護衛するのが務めですので」
「護るだと? 阿呆が。おれはこれからリントヴルムを捜しに行く。聞きたいことがあるからな。貴様がリントヴルムの猛攻からおれを護衛できる自信があるのならばついてこい。なければ邪魔だ。貴様を守るためにおれが死んでは、元も子もあるまい」
渋るラミュをユランは睨む。
「……おれは仲間を見捨てんぞ。どれだけ足手まといでも、どれだけゲスなやつでもな。身を挺してでもおまえを助ける。おまえも同じ覚悟だろう。それは理解している。だが、残念ながらそれでは互いの足を引っ張り合うだけだ。……おれから離れろ。そうやって生きてきた。前世からだ」
「ラミュ・ナーガラージャ。心配はいらないわ。わたしがイルクレアを守るから」
跳ね橋を下ろす大役を終えたネハシムが、ふわりとユランの隣に舞い降りた。
聖剣グウィベルはすでに抜かれ、血を滴らせている。
しばらくそれを見つめ、思案するような素振りをした後、ラミュはあきらめたようにため息をついた。
「仕方がありませんね。わたくしがお供するよりは、たしかにネハシムと行ったほうが生存率は高そうです」
考えていることが手に取るようにわかる。
「ですが、イルクレア様。……くれぐれも、お気をつけください」
ネハシムは傭兵。
ラミュは彼女の裏切りを心配しているのだ。だが、グウィベルは血を吸っている。それはつまり、カナン騎士を殺めたということに他ならない。
だから同行をゆるした。裏切らないと判断した。
……ように見せかけた。
なぜなら、ラミュがそう考えることをネハシムが気づいていたなら、血糊なりすでに死した騎士の血を使うなりして、偽装することは簡単だからだ。
ラミュが微かに瞳を細め、ユランを見つめる。
ユランは静かにうなずいた。
「わかっている」
互いの意志を確かめ合ってから、ラミュは連接剣を抜いて闇に潜るように走り出す。それを見送ってから、ユランは六翼のヴァルキリーに視線を上げた。
「さて、ネハシム」
「ええ」
美しい。イルクレア・レギド・ニーズヘッグに勝るとも劣らぬ美しさだ。
どこか郷愁の念が沸き立つ。金色の髪の、このヴァルキリーを見ていると。
「貴様の力を借りる。もしも勇者が二人とも砦内にいた場合、片方を貴様が抑えろ。どうしようもなければ殺してもかまわん。貴様が死ぬことは、おれがゆるさない。いいな?」
ほんの少し、ネハシムが口もとを弛めた気がした。
「わかったわ。あなたも気をつけて、イルクレア」
何気ないそんな言葉を、少し真に受けて。
老兵の頬がわずかに染まった。
「あ、ああ。……くく」
「どうかして、イルクレア?」
「いや。征こう」
幼女と化したかつての老兵は、巨大な魔剣ドライグを右肩に担いで。
得体の知れぬ六翼のヴァルキリーは、巨大な聖剣グウィベルを背中に収めたまま。
歩き出す。
気合い一閃で、閉ざされた砦本館の扉を乱暴に叩き斬って。本館のエントランスに詰めていた大量のカナン騎士らが、一斉に剣をかまえた。
その数、およそ三〇〇といったところか。
負ける気がしないな。
口もとに笑み、浮かべて。幼い胸、躍らせて。
老兵、滾る――!
現在の老兵の血圧。
下100
上180
(あかん!)
※5/18追記
更新速度低下中です。
詳しくは活動報告にて。




