第18話 老兵がキョトン
前回までのあらすじ!
老兵幼女、あにきに殺されそう……。
ノームなど知らない。そう言ったのだ、森の王たる地竜は。
ユランは瞳を閉じて暗い空を見上げた。
……この得も言われぬ絶望感よ……。
ややって、ユランは長いため息をつきながら幼く赤い瞳を開けた。
「…………ちょっと待っていろ、森の王よ」
――ふむ……。
ユランはへたり込んでいた蛇の女王ラミュの腕を引っ張り、転がっているノームの首に巻かれた紐をつかんで口に咥え、引きずりながら地竜に背中を向けて歩き出した。
こうなってくると片手で肩に担いでいる魔剣ドライグの重さが、年老いた幼体には堪える。
立ち去る前にふと思い立ち、振り返った。
「おい、まだ寝るんじゃあないぞ、地竜。話は終わっていない」
――生意気な魔め。だが、よかろう。戯れは嫌いではない。
あくまでも堂々と、ゆっくり。決して逃げ足にはならず。
首吊り状態のノーム三匹を、ぷらぷらと揺らして。
そうして地竜の視線を切ったあたりでユランはラミュの手を放し、乱暴にノームを澱みの森の湿った大地へと転がした。
「起きろノームどもッ!!」
幼い怒声が風すら遮る深い森に轟く。
「はっ」
「うう?」
「あぱー」
ノームらがクイっと上体を起こす。
「質問にこたえろ、この阿呆ども。貴様らはあの地竜と面識はあるのか?」
「めんしき?」
「め~んしき!」
「きしめ~ん!」
三匹そろって首を傾げた。
どうやらこの黒妖精たちには、少々難しい言葉だったらしい。
ユランは怒りを抑えながら言い直す。
「顔見知りなのか? 知り合いなのか? お友だちなのか?」
三匹が互いに顔を見合わせた。
「しってる?」
「ぼく、しらないなー」
「ぼくも」
終わった。
「あるいはぼくも」
「なおかつぼくも」
「ともすればぼくも」
なぜ二回ずつ言う。ややこしいやつらめ。
そうして最後に三匹が同時にこちらを向いて口を開けた。
「どうやら、あにき、しらんひと?」
ユランは今一度瞳を閉じ、空を見上げる。
やはりだ。
ノームたちは、すっごくでっかくて、すっごく強そうで、すっごい速さで空とか飛べちゃう、あの神々をも苦しめた超生物、古竜種地竜が格好良すぎて、勝手に「あにき」と呼んでいただけの、完膚無きまでの他人だったようだ。
……この甘美なる絶望感よ……。
否、失望である。
「ラミュ」
「は……」
「(この三匹のクソをぶっ殺しても)いいか?」
「(この三匹のクソをぶっ殺しては)だめです」
蛇の女王は穏やかな諦観を見せ、首を左右に振った。
「だめか……そうか……」
「帰りましょう」
ラミュが真顔で呟いた。
「地竜を待たせたままか? やつは待ってくれているのだぞ?」
「対話なんて不可能です! ベヒモスとも比べものにならないくらいの大物ですよ、あの古竜は! 人間の間でも伝わっているでしょう? 神々と古竜の戦争は!」
世界を三月で灼き尽くした大戦だ。
逸話は山ほどある。大陸が高熱で融解して硝子の島と化しただの、海水が蒸気となり枯れ果てただの、星が落ちてきただの、胡散臭いとさえ感じられるものばかりだ。
だが、どの伝承も、締めくくりには、この世界に神なるものが存在しないのは、古竜が神々を喰らい尽くしたからだとされている。
そんなものの生き残りを、「あにき」て! 他人が「あにき」て!
ユランはあらためて三匹の矮小なるアホンダラに視線を向けた。
あにきて、おまえら……。自分たちは小動物か、もしくはそれ以下の生物の分際で……。
三匹のノームは木の枝を振り回して、キャッキャウフフしている。
「イルクレア様! 一刻も早く、ニーズヘッグ城へ引き返すべきです。万に一つ、地竜の怒りにでも触れようものなら、わたくしたちなど塵と化します」
「ニーズヘッグ城はどっちだ?」
ラミュが苦い表情で黙り込む。
星すら見えぬ深い森で、方角などわかるはずもない。
ユランはルビー・レッドの頭髪を振って、ラミュとノーム三匹に背中を向けた。
「ちっ、役立たずどもめ」
「イルクレア様、どこへ?」
「聞いてくるに決まっている!」
「誰に!?」
「あにきの他にいるか、阿呆が! やつは空を飛ぶ。知らんわけがあるまい」
ラミュがユランの手首を強くつかんだ。
「いけません! もうあなた一人の肉体だとは思わないでください!」
「よせ、貴様。誤解を招く言い方はやめろ」
「わたくしはその肉体を護るためだけに、ここにいるんですよ!」
ユランとラミュが剣呑に睨み合う。
「ふん、知ったことか。おれはおれの好きにする」
「……行かせませんよ。絶対に」
乱暴にラミュの手を振り払ったユランへと、実力行使に出ようとしたラミュを追い越して、三匹のノームが走った。
「わぁ~い、ぼくもいくー」
「あにきに、じんぎをとーすー」
「まってまって~、うふふー」
ノームの一匹がラミュの股ぐらを通って追い越し、二匹目三匹目がそれぞれ左右の肩を通って追い越した結果。
「あ、ちょ――あ、や! ま、ま待ちなさい、ノーム!」
ラミュは再び編み込みのような縛り方で地面に転がっていた。もちろん、ノームたちもずっこけて転がっている。
ユランがその様子を眺めて、冷笑を浮かべた。
「初めて役に立ったな、黒妖精ども」
そうしてラミュと三匹のノームを置いて、老兵は歩き出す。
少々、待たせすぎた。怒り狂っていたらどうしよう。
木々の隙間、地竜のいる拓けた場所まで来て。
「ずいぶんと待たせたな、地竜よ」
――気にするな。ゆるく地を這う魔よ。
恐ろしい容貌に依らず、意外と懐が深い。そんなことを考える。
だが、威嚇のつもりか、地竜は尾をゆっくりと左右に揺らしていた。尾といっても、太さは巨人族の胴回りほどもあり、長さは巨人族五体分だ。
あんなものに薙ぎ払われては、ひとたまりもない。いくら魔王の肉体を持つ老兵幼女であったとしても。
それでも、ユランは胸を張る。
「貴様に問いたいことがある。ニーズヘッグ城を知っているか?」
――フン、塵のごとき砂の城よ。
「ならばどっちの方角に歩けば着くか教えろ」
――………………迷子……?
ユランの顔が真っ赤に染まった。
だが、それでも。だがそれでも、老兵は朗々と告げる。
「その通りだ! 帰り道がまるでわからん! 正直腹が減って泣きそうだ!」
深々とルビー・レッドの頭髪を下げ、直角に腰を曲げて。
「貴様、おれを助けろ」
ユラン・シャンディラは幼少期より剣を持ち、青年期を迎えるよりもずっと早く、戦場に立っていた。騎士団に所属してからも、剣技に優れるこの少年を持ち上げるものこそいても、意見するものは誰もいなかった。
ゆえに知らないのだ。礼儀というものを。
礼を尽くすラミュがここにいなかったことは、僥倖だったといえよう。
幼女、鼻息荒く頭を上げて。
「ふん!」
――弁えよ、地を這う魔ごときがッ!
地竜の尾が風を巻きつけるほどに、激しく揺れ始めた。
瞬間、老兵の全身の穴という穴が開いた。汗が一瞬にして全身を覆い、手足が痺れる。
恐怖。絶対的な恐怖だ。
「く……っ、やはりだめかッ」
叩きつけられる暴風から目を守るため、ユランは片手で顔を覆う。
だが、その幼き全身から、闘神のごとき闘気が溢れ出した。
恐怖など関係ない。そのようなものは剣を収める理由にはならない。老兵はかつてそう心に刻みつけたのだ。仲間を見捨てたその夜に。
ゆえに幼女、嗤う。凄まじき形相で。
「くく、よかろう……っ」
右手で肩に担いだドライグを、微かに抜く。
だが、次の瞬間、地竜は幼き魔王の肉体を持つ老兵の足もとへと、己のあまりに巨大すぎる翼を差し出していた。
――さあ余にのるがいい、魔の娘よ! 方角だけでは迷うこともあろうッ!!
毒気を抜かれたユランが、きょとんとした表情で眉を歪める。
「あぁ?」
――さあ! さあ! 早よう! 早よう!
地竜の尾は一層激しく揺れていた。
それはまるで、長らく留守にしていた主人を迎えた飼い犬のように。
まさかのッ、ツンデレェェ!(ノД`)




