第16話 老兵とお散歩
前回までのあらすじ!
ノォォーーーーーーーームゥゥゥゥ!!(血涙
ポンコツどもの首にヒモをつけて、澱みの森を歩かせる。
まるで犬の散歩のようではあるが、こうでもしておかなければ魔物が一体出現するたびに、真っ先に姿を眩ませるのだ。このポンコツ――ノーム三匹衆は。
そうなれば捜すだけで時間を無駄に喰ってしまう。ましてや今はすでに真夜中。一度見失えば発見することさえ難しい。
手綱はラミュが握っている。ユランが握れば、ちょっとだけ持ち上げて窒息させてしまいたい衝動に駆られるためだ。
そう。ユラン・シャンディラは苛立っていた。
先ほどから何度、ドレスや髪色に合わせた赤い靴で木に八つ当たりをしたか、数えるのもすでにバカバカしい。
「あにき、こっちかなー?」
「あにき、そっちだなー!」
「あにき、ぼくはこっちだとおもうなー」
「じゃあそっちいこー!」
「いえっさ!」
「ちょっとおしっこぉ。あっ、あーっ! あ~あ。まいっかっ」
ノームの道案内で澱みの森の奥地に入り、すでに丸一日が経過していた。
このようなことをしている間にも、人間軍がニーズヘッグ城に攻め入るかもしれない。そうなった場合、まともに迎撃できるのはヴァルキリーのネハシムただ一体だけだ。
それだって、勇者が二人そろってニーズヘッグ城に来た場合は、どうにもならないだろう。
ノームは小さな手で小枝を拾い、ぶんぶん振り回しながら陽気な歌を歌っている。無意味にシダ植物をぶん殴りまくってあるあたり、まるで手癖の悪いガキそのものだ。
ユランは怒りの余り、頬を引き攣らせながら蛇の女王に尋ねた。
「……おい、ラミュ。いつになったらこのポンコツどものポンコツアニキとやらは見つかるんだ」
「わたくしが知るわけないじゃないですか」
三匹のノームはご機嫌な様子で、それぞれ違う方角へ歩こうとしている。右手のやつは右側へ、真ん中のやつは真ん中へ、左手のやつは左側へ。
道案内ってなんだっけ? そんなレベルだ。
これではただ単にノームどもを散歩させているだけに過ぎない。
ぎゃあ、ぎゃあ。見知らぬ鳥だか猿だかの声が、深夜の森に不気味に響いている。頼りは手にしたランタンの灯りだけだ。
先ほどまではニーズヘッグ城の明かりが微かに見えていたが、今は振り返ってももう何も見えない。闇に閉ざされた澱みの森だけで。
「……おい、ラミュ」
「なんですか」
「ここはどこだ?」
「澱みの森です」
ぴくり、と頬を引き攣らせて、ユランはラミュに尋ねる。
「澱みの森のどのへんだ?」
「……………………さあ……」
ラミュが目を伏せた。
「……迷ったのか?」
「………………かなり前から……」
もともと月明かりさえ届かぬ深い森ではあったが、ランタンの灯りすら見失ったかのようにユランの目の前が真っ暗になった。
もはやどの方角にニーズヘッグ城が存在しているのかさえわからない。
三匹のノームは、それぞれ勝手な方角に進みたがっている。どう贔屓目に見ても、三匹に共通する目的地があるような歩き方ではないのだ。
「あにき、あにき、いないねー」
「ぼく、こっちだとおもうなー」
「でも、ぼくはこっちかなー」
「じゃ、そっちで~」
こんな具合だ。
ユランは思った。ニーズヘッグ城に帰りたい、と。
こんなところで野垂れ死ぬくらいであれば、勇者を二人同時に相手取って戦って死んだほうが幾分納得のいく死に様にもなれただろう。
ぎょぐるるるる、と腹が鳴った。
侮っていた。ユラン・シャンディラは侮っていたのだ。黒妖精のあほさ加減を。
瞬間、葉擦れの音がした。とっさに首を倒しながら視線をやると、頬のすぐ側を巨大な蛇が通り過ぎた。
「~~ッ」
ユランはとっさにラミュの持つ魔剣ドライグの柄をつかんで抜くと、奇襲に失敗して逃げ去ろうとしていた大蛇へと投げつけた。
どん、と鈍い音が響き、大蛇の首にドライグの刃が突き刺さる。
なおも暴れる大蛇に駆け寄り、ユランはドライグに魔力を流し入れた。とたんに巨大な刃が赤く輝き、炎と高熱を発生させる。
数秒と経たずに、大蛇は丸焼きとなってしまっていた。
幼女は幼い手でドライグを引き抜くと、ラミュの持つ鞘へと刀身を収めて呟く。
「運がよかったな。晩餐にはありつけた」
「わーっ、おいしそーっ」
「いっただきぃ」
「ごち」
我先にと、三匹のノームが灼けた蛇に群がる。鱗ごと皮を剥ぎ、肉を手でつかんで口に運ぶ。
「おーいしーぃ」
「ごぞーろっぷに、しみわたりますなー」
「いきかえりますなー。ぼくら、しんでないけども?」
三匹いるとはいえ、ノームの体躯で食べきれる量ではないだろう。
ユランは大樹に背中を預けて一息つき、ラミュに命じた。
「貴様も喰え。体力がもたんぞ」
「……あの~……」
「なんだ?」
ラミュが己を指さしながら、なんともいえない表情で呟く。
「わたくし、これでも一応蛇の女王なのですが」
ユランの背筋を悪寒が走った。
「共食いはさすがに」
「む、う。……そうだな。少々無神経だった」
己とて、人間の丸焼きを食えといわれても食えるものではない。
ルビー・レッドの頭髪に手を入れて、ばりばりと掻き毟る。
うまくいかない。どうにも、うまくいかないものだ。
「まあ、気持ちだけはいただいておきますよ」
「ふん」
「イルクレア様はどうぞお気になさらず、お食べください」
「当然だ。奪った命を喰らって生きるは自然の摂理。誰にも文句などいわせん」
「……豚にカラダ喰われてガチ切れしてたのはどこのどなたでしたっけ?」
「う、うるさい」
ユランは三匹のノームを蹴散らして座り、大蛇の肉を貪った。
泥臭い上に味もないが、この際もう贅沢などいっていられる状況ではない。
むりやり喉に詰め込み、嚥下する。
臭い。まずい。これに比べれば、ニーズヘッグ城での食事がいかにマシなものだったかがうかがい知れる。
歯に挟まった小骨を抜き取り、投げ捨てる。
「ラミュ」
「はい」
「ドライグを寄こせ」
「……?」
「さっさとしろ」
舌打ちをしたユランが、ラミュから強引にドライグを奪い取る。
「あ……」
「おれが持つ。貴様は体力を温存しておけ」
でかい。己の身長を遙かに凌駕する魔剣を肩に置くと、ずしりとその重さが矮躯に降りかかってきた。
抜き身であれば魔力を通すだけで軽く馴染むが、納刀状態では並の特大剣の重さとは比較にならない。これは聖剣グウィベルにもいえたことだ。
「はあ」
「不満か?」
「いえ。ですが、どういった風の吹き回しかと思いまして」
食い終えた大蛇の残骸へと、三匹のノームが再び群がった。皮の裏についた肉や脂をこそぎ取り、再び食べ始める。
ユランはそれを眺めながら、幼い顔を背けて言い放った。
「勘違いするなよ。おれは蛇の肉で体力を得た。貴様は食事を摂っていないし、ベヒモスと戦いになった場合、早々にへばられても困る」
ラミュが目を丸くした後、苦々しい笑みで小さく呟く。
「はい。お気遣いありがとうございます」
「ふん。最初にいったはずだぞ。勘違いするなとな。おれは貴様に利用価値を見出したに過ぎ――」
そんなことを言った瞬間だった。
三匹のノームが、大量の木の葉に覆われた空を同時に見上げたのは。
「あー、あにき?」
「あにきのにおい、する?」
「おーい、おーい」
空――。
何か……来る……?
直後、澱みの森に大風が巻き起こった。
樹木同士がひしめき合って生えているため、風など通さず常に澱んだ空気を保っていた、この樹海がだ。
「うお――ッ!?」
木の葉と枯れ葉が一緒くたになって舞い上がり、ユランは目を覆った。大風の直撃を受け、ルビー・レッドの頭髪が舞い上がる。足が浮いてしまいそうな風だ。
そいつが通り過ぎたとき、ラミュは額に縦皺を寄せていた。
「い、今のは……?」
様子が変だ。
「あにきー」
「あにきだなー」
「うん、あにきだねー」
「はやいねー。しゅしゅって、はやいねー」
ノームどもは興奮したように話している。
ラミュは困惑した表情で、立ちすくんでいるだけだ。
「ラミュ、どうした! すぐに追うぞ!」
「お、お待ちください、イルクレア様!」
「なんだ! ここで逃せばいつ遭遇できるかわからんのだぞ!」
「違う! 違うんです!」
ラミュが首をゆっくりと左右に振った。
「今のはあきらかにベヒモスではありません……」
あんだってぇぇぇ……?
ノォォーーーーーーーームゥゥゥゥ!!(憤怒
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