第15話 老兵と妖精
前回までのあらすじ!
がに股幼女、叱られる。
玉座の肘置きに腕を置き、ユランは睥睨する。
その斜め前方にはラミュが背中を向けて立っており、玉座前には毛むくじゃらの小さな黒妖精が三匹、偉そうに仁王立ちしていた。
「ラミュ」
「はい」
「こいつらがノームか?」
「ええ」
偵察に出ていたタイプとは微妙に違うらしく、羽根がない。茶色の直毛が頭部から足の先まで全身を隠すかのように生えている。なかなかどうして可愛らしいものだ。
「この前のポンコツは風の精霊シルフです。ここにいるポンコツは土の精霊ノームといって、主に穴を掘ったり土壌を改善したりします」
「ほう。食糧難の今では、十分に役に立つじゃないか」
体長はまあ、どんぐり脳みそと称されるだけあって、羽根のあるタイプの黒妖精と似たようなものだ。この体躯では、戦闘面ではあまり期待できそうにない。
だがまあ、落とし穴の設置くらいはできそうか。他の阿呆魔族がはまらなければいいが。
ラミュがぼりぼりと後頭部を掻いてため息をつく。
「ええ、まあ……」
なんだ、はっきりしないな。
「そろったな、ノームども。貴様らに聞きたいことがある」
「なんだおまえ~?」
幼女、閉口する。
聞き間違いか? 今なんつった、こいつ? いや、まさかな。
咳払いを一つし、気を取り直す。
「澱みの森についてなのだが――」
「やるの? お? お?」
「かちこみなの? みなごろしなの?」
「うちらのじもとあい、なめんなー?」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
しょせんはポンコツか。だがここで短気を起こしても真実を知ることはできん。
「貴様ら――」
「きさまだとー? ぶれいなまおーさまめー!」
「たまとったろかぁ!」
「まおーさまに、たまは、ないけどもー?」
あったんだよッ! 十年前まではなッ!
ユランは玉座に立てかけておいた魔剣ドライグを片手で手繰り寄せる。
「おい、ラミュ」
「なんです?」
「一体くらい減らしてもいいだろう?」
怒りに満ちた幼女の目が、ぎらりと輝いた。
「ひー! ころされるー!」
「まおーさま、さつじんきのめ、してる~!」
「ぼくら、にんげんじゃ、ないけどもー?」
毛むくじゃらの小人は三匹でわちゃわちゃ走り回っている。しかし一目散に逃げるわけでもなく、同じ場所で互いを追いかけるようにくるくると回転しているだけだ。
程度が知れる……。
一方その前では、どうにかドライグを引き抜こうとする幼女の手を、蛇女が両手で懸命に抑えていた。
「この際もう腕の一本でもいい! 斬らせろ! 頸でもいいから!」
「だめですって! こんなポンコツでも畑仕事には必要なんですから!」
「こんなもん、また捕まえてくればいいだろうが!」
「精霊はそう都合よくいませんよ! これだけ豊穣な澱みの森でさえ、たったの三体しか発見できなかったんですから!」
ドライグを挟んで押し合いへし合いする一人と一体に、ノームらが一斉に首を振った。
「けんかはよくないなー」
「よくないねー」
「なかがいい、しょうこだけどもー?」
他人事のような言い草に、ユランは舌打ちをしながらも、ドライグをラミュごと突き放した。
「ええい! もういい!」
あからさまに顔を歪めて吐き捨てる。
「いいか、ノームども。今後おれの話の腰をいちいち折るな」
「おはなしに、こしってあるの?」
「こし……どこ?」
一匹が、くい、くいっと腰を動かしている。
「ぼくには、ありますけどもー? あ、そーれ、すぱんすぱーんっ」
ユランの顔面に無数の血管が浮かんだ。握りしめた拳の隙間から血が滲む。
再び立ち上がらんとするユランの肩を、ラミュが大あわてで押さえつけた。
「く、どけ、ラミュ! この手で解剖してどんぐり脳みそとやらを見てやる!」
「だ、だめですって! 落ち着いてください、イルクレア様! ほら、落ち着いて。わたくしを見て。いいですか~? はい、ひっひっふー、ひっひっふー。呼吸を合わせて。ひっひっふー」
「ひひ、ひひひ、ふぅぅぅぅ!」
後にユランは語る。
老兵の肉体だったらば、このとき脳の血管がイっていたかもしれない、と。
「要するにだ、ノームども。貴様らの他に澱みの森に、力のある魔族はいなかったか?」
ようやく最後まで本題を言えたところで、三匹のノームは輪になって首を傾げていた。
「あにき?」
「あにきかなー」
「まぞくじゃ、なくなくない?」
「なくなくないって、ない? ある? あるあるない?」
「どっちか、ぼくにも、わかりませんけどもー?」
ユランは思う。一匹、いちいちオチをつけたがるうざいやつがいる、と。
暗殺してしまいたいが、残念ながら見分けはつかない。
「その兄貴とやらは何者だ、ラミュ?」
「知りません。澱みの森にそのような魔族がいるだなんてこと、わたくしも初めて知りました。長年この森に拠点を置いてきたのですが、驚きですね」
ラミュは唇に手をあてて、眉根を寄せている。
「予測はつくか?」
「地精ノームの上位存在だとしたら、四大精霊王の一角、ベヒモスでしょうか」
「どんなやつだ?」
「怒らせれば大地震を引き起こし、地の底から噴火を促して、大地ごとその地にいるものを殲滅させます。……が、魔族や人間に従う類の存在ではありません。世界にただ一体の、大地を統べる精霊ですから」
ふむ、とユランは玉座の背もたれにもたれかかる。
「従えなくとも、利用できれば済む話だ」
「……できます? へたをすればニーズヘッグ城ごと沈みますよ。精霊王は、どんぐり脳みそではないですからね。以前のあなたさまであれば、力で従わせることもできたでしょうけど、そのお姿では……」
イルクレア・レギド・ニーズヘッグの力ならば可能だが、ユラン・シャンディラの力では不可能である、という意味だ。濁したのはどんぐり脳みそとはいえ、ノームどもがこの謁見の間にいるからだろう。
だがしかし、ユランは事も無げに呟く。
「上等ではないか。どのみち、他に人間軍を壊滅させる術はない」
「レエル湖の砦にこちらから打って出るというのはどうです?」
「ニーズヘッグ城を明け渡してか? 城と砦の交換など、ずいぶんと割に合わん。くだらん提案をするな。貴様はニーズヘッグの参謀だろうが」
ラミュが不快そうな表情をした。
「戦力を分けるんですよ。思いの外、ネハシムが協力的でしたので、わたくしとイルクレア様がニーズヘッグ城の防衛に残り、ネハシムに動ける魔族を預けて派兵させるのです」
「だめだ。勇者の存在が厄介だ。一人ならばどうにでもなるが、二人同時となると話が変わってくる。やつらも別行動していれば問題ないが、二人一緒に行動していた場合、おれたちはともかくネハシムが死ぬ恐れがある」
おそらく勇者と呼ばれる二人に対抗できるのは、己とネハシムだけだ。だが、もう一人の勇者がリントヴルムと同等の力を秘めていた場合、己であってもネハシムであっても、二人の勇者を同時に相手することは避けたい。
その点、己には魔将軍であるラミュが常に付き従うが、ネハシムは傭兵。仲間などいない。レエル湖の砦に二人の勇者がそろった場合、ネハシムは高確率で敗れる。
ラミュの表情が戸惑いに変化した。
「……意外ですね。あなたさまが傭兵の心配をするなんて。てっきり使い潰すものとばかりに思っていましたが」
「む……」
そういえばそう。ラミュの言うことはもっともだ。そのために雇うものなのだ。傭兵などという輩は。
ユランが首を傾げる。
なぜネハシムを派兵したくないのか、理由はわからない。わからないが、あの六翼のヴァルキリーは、なぜか失ってはならない気がする。
ざわ、ざわと、胸の奥で何かが騒ぐのだ。彼女といると。
「ふん、阿呆が。使い潰してどうする。第二次人魔戦争は始まったばかりだ。ネハシムには長く戦ってもらわねばならん」
そうだ。それ以外の理由などあるものか。すべては長期戦を見越してのことだ。優秀な将を使い潰すなど、愚か者のすること。
「そういうことでしたら……ですがベヒモスは――」
「問答は時間の無駄だ。いつ人間軍が攻め上がってくるかわかったものではない。さっさとベヒモスの巣に向かう」
ラミュがあからさまに不満げに顔を歪めた。
本心ではユランの言葉に従いたくなどないのだろう。ラミュ・ナーガラージャは、イルクレア・レギド・ニーズヘッグの肉体のみに傅く存在なのだから。
だが、その肉体の持ち主は、今はユラン・シャンディラである。
「……仕方ありませんね」
そうしてユランは立ち上がる。
細くか弱い、幼女の足で。グラマラスな蛇の女王を従えて。
「ノームども、早速で悪いが、そやつのところま……で……」
ほんのわずかの間、話しかけなかっただけで、ノームたちは横になって眠っていた。しかも三匹輪になって、互いの腹を枕代わりにして眠るという落ち着き具合だ。
ユランとラミュが同時に真顔になった。
「蹴って起こすくらいはかまわんだろう?」
「死なない程度にでしたら」
やめたげてよぉ!!!
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