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第13話 老兵と戦乙女(第一章完)

前回までのあらすじ!


空白の十年で勇者化した昔の弟子が、幼女魔王になった老兵をやっつけにきたぞ!

 ドライグの刃で透明の刃を受け流し、ユランは裸足でステップを切りながら後退する。


「騙されていただと? おれが、魔王レギドに?」


 リントヴルムが一足で迫り、低空を透明の刃の剣で薙ぎ払う。

 ユランはドライグの切っ先を地面に突き刺して固定し、それを防いだ。再びリントヴルムのヘルムとユランの顔が近づく。


「それを知らないということは、やはりおまえはユラン様ではないっ!」


 舌打ちをしたユランが、スリットから飛び出したリントヴルムの蹴りを屈んで躱し、ドライグを引き抜いてさらに後退した。


「それに姿が違ったとしても、ユラン様であれば魔族の王などにのうのうと収まったりはしない!」


 リントヴルムがスカートを翻し、全身を回転させながら斬撃を繰り出す。一回転、二回転。ユランはそれをドライグで受け流し、嫌がるようにさらに距離を取った。


 記憶の虫食いを突かれては、言い訳のしようもない。だからといって、ここでリンを殺してしまうことは、虫食いの過去を封じてしまうも同じ。


 いや――違うな。


 驚くべきことに、そういった利害を除いても、己は彼女を殺したくないと思っていた。思ってしまっていた。

 護ることはあっても、背中をまかせたことは一度たりともない。仲間だと思ったこともない。十年前、彼女は間違いなくただの足枷に過ぎなかった。ただの足手まといだと思っていた。

 しかしどうやら、ともに過ごすうちに情なるものが移っていたらしい。


 こいつはお笑いだ。人間嫌いのユラン・シャンディラともあろうものが。


「ふ……」

「何がおかしい!」


 だがしかし、どうしたものか。


 打ち合い、受け流し、躱す。


 いつまでも保つものではない。リントヴルムの腕は、十年前より遙かに上がっている。もっとも、勇者の称号に足るかと問われればいささか疑問ではあるが、それでも防戦一方では遠からず膝をつくのは己である。


 カナン騎士どもはリントヴルムが優勢と見るや、立ち止まり声援を上げている。


 ユランは悔いた。

 騎士どもを殺さずに傷つけるに抑えておけばよかった。無論、言うまでもなくそれは、命を奪ったことに対する人道的な後悔ではない。すぐさま撤退せねば助からない程度の傷に留めておけば、リントヴルムも立ち去らざるを得なかったはずだ。


 まあ、そのようなことは今さらだ。


 防ぎ、後退するうち、歓声を上げていたカナン騎士たちの間で悲鳴が上がった。

 ユランとリントヴルムが同時に視線をそちらに向けた瞬間、六枚の白い翼を持つヴァルキリーがカナン騎士らを蹴散らして迫り、リントヴルムのヘルムへと高く持ち上げた槍の穂先を叩き下ろす。

 ギャリ、と金属を擦る音が響き、ヘルムを穂先で擦られたリントヴルムが弾かれたように後退した。


「ネハシムか」

「ご無事で?」

「ああ。大した怪我もない」


 少々額が割れてしまった程度のこと。

 幼女は額から流れてきた血液を舌で舐めとり、凄味のある笑みを浮かべる。凶悪で、凶暴な。禍々しい笑みを。


 額の傷などのことよりも、てっきりネハシムには嫌われているものだとばかりに思っていたため、助けに入ってきたこと自体に驚いた。


 羽根飾りのヘルムのヴァルキリーは、金色の髪をなびかせて槍をリントヴルムへと鋭く突き出す。


「ハッ!」

「く……っ、六翼のヴァルキリー……!?」


 リントヴルムが上体を反らせてそれを躱し、さらに大きく後退する。直後、ユランを護るようにラミュとトロロンがその左右に立った。

 ネハシムが両手で槍を取り回して穂先を向け、リントヴルムに静かに告げる。


「立ち去りなさい、勇者リントヴルム。……もう、潮時よ」

「~~ッ」


 リントヴルムが歯がみした。

 周囲に視線をやってから、右手を上げる。その合図を皮切りにして、カナン騎士らが仲間の死体を抱え、潮が引くように謁見の間から撤退していった。


 どうやら黒妖精の報告通り、ニーズヘッグ城攻略は本来の作戦には入っていなかったらしい。おそらくはリントヴルムの一騎駆けに、カナン騎士の有志らが同行した、命令違反の類だったのだろう。とはいえ、二十名程度の奇襲ではなかったことだけはたしかだ。殺した数だけでゆうに五十は超えている。


 リントヴルムが後退りをして、謁見の間の扉をくぐって呟く。


「レギド、薄汚い女! わたしはおまえを決してゆるさない……ッ」


 その言葉だけを残すと、リントヴルムはヘルムからはみ出た銀色の髪をなびかせ、ニーズヘッグ城の闇に溶け込むかのように走り去っていった。


 ユランは長いため息をつくと、床に転がっていたドライグの鞘を右足で蹴り上げてつかみ、魔剣ドライグの刀身をその中へと収めた。


「ラミュ」

「あ、はい」


 ラミュに魔剣ドライグを投げて渡し、血溜まりの床を歩いて玉座に座り込む。

 その足もとには聖剣グウィベルが転がったままだが、片付けようにも触れることのできないユランやラミュにはどうしようもない。言わずもがな、彼らより魔の存在に近いトロロンもだ。


 グウィベルを一瞥し、もう一度ため息をついて全身の力を抜く。

 脱力した状態で、ユランは肘置きに肘を置いて顎をのせた。


「ネハシム」

「出過ぎた真似だったかしら」


 美しいヴァルキリーの娘が、無表情のままに呟く。


「あなたの表情が、そうして欲しいと言っているように見えたの」


 不思議なことを言う。

 よもや己がリンを殺したくはないと思ったことを、知られたというわけでもあるまいに。


「いや、助かった。礼を言う」


 おかげでリントヴルムを殺さずに済んだ。


「そう。ならよかったわ」


 金色の髪に、白い肌、空の青さを思わせる碧眼。見つめていると、不思議と郷愁に駆られるような気がした。


「……? おれが貴様と言葉を交わすのは、これが初めてだったな」

「……。……ええ、そうね」


 間があった。だが、ラミュの話では、ネハシムがニーズヘッグ城へやって来たのは、己とイルクレアが相討ちとなった後のはずだ。


 なぜか見つめ合う。

 本当に吸い込まれそうな瞳だ。ニーズヘッグ城でイルクレアと初めて会ったときに感じたものと、少し似ている気がした。


 やがて、ネハシムが淡い色の唇を微かに開く。


「わたしはあなたをなんとお呼びすればいいかしら」


 ユランであるとは名乗れない。


「……イルクレアだ。敬称は必要ない」

「そう。おぼえておくわ、イルクレア」


 ネハシムは足もとに転がったままの聖剣グウィベルを、なんの躊躇いもなく右手でつかむ。


「なんだ、貴様はグウィベルを持てるのか?」


 碧眼でしばらく手の中のグウィベルを見つめ、ヴァルキリーは視線をユランへと向けた。


「いただいても?」

「かまわんぞ。そのようなところに放置しておいて、踏んづけて雷撃を喰らうのも困る。どうせ誰にも使えん代物だ。貴様の好きにしろ。そいつが今回の報酬だ」


 ネハシムが口もとに手をやって、くすりと笑った。

 それは無垢なる子どものように無邪気な、そして暖かな印象のある微笑みだった。

 ヴァルキリーとは魔族ではないのだと、ユランはこのときに初めて知った。おそらくは驚いた顔をしているラミュもだ。


「ありがとう、イルクレア。大切にするわ」

「ああ」


 報酬次第で人間側にも魔族側にもつく彼女らがいったい何者なのか、それを知るものはまだどこにもいない。


 握ることもできなくなった聖剣など、正直リントヴルムにくれてやってもよかったが、あれはあれで大層な剣を持っていた。透明な刃の剣など、やりにくくて仕方がない。しかも炎の魔剣ドライグにとっては少々厄介な、水か氷の属性を秘めたる剣だ。

 まあ、それを引いてしてもまだ己が敗北することはないだろうが。


「貴様がニーズヘッグ城から得たかった報酬とやらは、その剣か?」

「安心して。グウィベルを手に入れても、わたしは決して裏切らないから。あなたたちを」


 あなた、()()。複数形だ。


 ラミュと視線を合わせる。


 こいつは今、誰のことを言った? ラミュとおれか? それとも……おれ(ユラン)とイルクレアか? まさかな……。


「考え過ぎか……」

「何か?」

「なんでもない」


 ネハシムが巨大な聖剣グウィベルを背中に装着し、抜きやすいよう位置を調整する。

 本来であれば腰に吊すべきなのだが、グウィベルやドライグはあまりに大きすぎる特大剣だ。巨人族でもなければ、とても腰には装着できない。

 ましてや幼女では背中ですら遙かに余る。


「ではね、イルクレア」

「ああ」


 それだけを言い残すと、ネハシムは形ばかりの会釈をして、謁見の間から立ち去っていった。鉄錆びの臭いに支配された謁見の間で、その髪からは微かに果実のような甘い香りがしていた。


「トロロン」

「はぁ~い」


 間延びした返事をして、筋肉だらけの逆三角形の毛むくじゃら生物が、一気に球体へと戻った。ぶよん、ぶよんと、体毛に覆われた腹肉が揺れている。外見上は人畜無害だが、本性を見たあとでは、間の抜けたこの球体姿こそが空恐ろしく感じられる。


「よくやってくれた。貴様の働きにも感謝する。今日はもういいぞ。(ベルクフリート)へ奥方を迎えに行ってやれ」

「はぁ~い」


 とてててて、とトロロンが走り出す。

 後ろ姿が妙に可愛らしい。凶暴な魔族の分際で。

 この場に残ったラミュと視線を交わし、ユランが呟いた。


「……疲れた、少々な」

「先ほどの娘――たしか、勇者リントヴルムとか言いましたっけ。彼女はユランのお知り合いでしたか」


 十年前を思い出し、ユランは肩をすくめる。


「ああ。昔な。まだガキだったあいつを、ずいぶんと袖にした」

「うふふン、それはもったいないことを」


 ユランが顔をしかめて仏頂面で呟いた。


()れるな。そういう関係ではない」


 気にかけるならば、とびきり面倒な娘に近い存在だった。今はさらに輪をかけて。

 もっとも、誰がどう見ても己のほうが年下となってしまったが。


「あいかわらず冗談の通じないこと!」

「冗談は嫌いだと最初から言っている」


 肘をついたまま、ユランは指先で自らの額をこつこつと叩き、考える。

 己の過去に何があったのか。十年前の記憶が虫食いとなっているおかげで、途方に暮れることばかりだ。


 己の肉体がイルクレアのものになっていること。


 イルクレアの魂がどこにあるのかということ。


 イルクレア・レギド・ニーズヘッグがユラン・シャンディラを騙していたこと。


 少なくとも三つ目は、勇者リントヴルムが知っている。だが、リンとは今や敵味方に分かれて殺し合う仲となってしまった。


 途方に暮れる。本当に。

 ああ、今日も頭が痛い……。



老兵の血圧がぐんぐん上昇中!


※3/5

更新速度が落ちます。

詳しくは活動報告にて。

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