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ヒロインには優しくしてあげてください!

作者: 千坂 ろな

 出来心ですが、後悔はしてません。むしろ、すっきりしました。

「おい、どこだ!?」

「そっちに行かなかったか!?」


 ……私は、バクバクと不吉に騒ぎ立てる心臓を押さえた。何が何やらわけがわからない――いや、わかりたくもない。


 とにかく、混乱に混乱を極めていた。ぐるぐると脳みそがかき混ぜられるような錯覚に陥る私の視界には綺麗な茶色いショートブーツ。先日買ったばかりのものだ。ショートブーツにかかるロングスカートの裾には白いレースの刺繍。黄色の生地の上から白いレース地がかぶせられている可愛くも小奇麗なロングスカートで私のお気に入りだ。

 ……しかし、これが間違いでもなんでもなければ、この格好は悪目立ちをする。婦女子が足を晒すことがはしたないと言われてしまう、この世界、この国に来るのにミニスカートやハーフパンツを履いていなかったのは不幸中の幸いか。痴女とか言われたくないもんね。……いや、そういう問題じゃない。


「みーつけた」


 耳元に吐息混じりの声が吐き出されて飛び上がった。反射的に飛びのいて距離を取ろうとしたけど、腕を掴まれてしまって叶わなくなる。


 目の前に立っていたのは男だ。しかし、女として少し背の高い私より若干高いくらいの小さめの背丈にすらっとした小柄な体。髪は真っ黒で腰よりも長い。基本的に右肩の方に流されている。それと対照的に肌は真っ白だ。頬が赤くなりやすい体質のせいでだいたい赤みがあるのであまり不健康そうな印象はない。目は青と黄色のオッドアイ。おばあちゃん家で飼っていた白い猫を連想させる。

 オッドアイとか使い古された中二病みたいな設定だけど、ちゃんと理由がある。先天性の聴覚障害があるのだ。青目の方がそう。

 実在する先天性の珍しい病気を参考にさせていただいたんだけど、この世界では病名がついていない……というか、病気だと思われていない。一応、舞台が仮想中世ヨーロッパってことになってるから。昔なら聴力がない――彼は左耳は正常だけど、右耳の聴力がほとんどない――というだけで何かしらの病気であると判断することは難しいんじゃないかと推測したためにこういう設定になったのだ。


 ぱっと見の設定は当てはまる……。なぜ、よりにもよってこの世界なのか……なぜ、私なのか……眩暈がする。


「……目の色は違うけど、姉さまにそっくりだね」


 柔らかに微笑む。私の顎をしっかり掴んだ彼は思いのままに私の顔を動かして色んな角度から眺めて満足そうに呟いた。


 ……そうだよね。この展開……間違いないよね。


「姉さまだったから諦めざるをえなかったんだけど……貴女はそっくりな他人だもんね。ああ、ぞくぞくする……。大切にするからね、ゾフィーア」


 待て待て待て、落ち着け。私はゾフィーアじゃない。


 いや、落ち着かなきゃいけないのは私もか……。

 そういえば、ゾフィってどういう描写してたっけな……。思い出せないんだけど。主人公と似てるってことはしっかり書いたはずなんだけど、それ以外は何か……もしかして、書いてなかった? 私は勝手に小柄で可愛らしいタイプの女の子を思い描いてたんだけど……私なんかとは違うタイプのつもりで書いてたはずなんだけど……それとも、私が主人公の位置についても問題ないように補正がかかっちゃってるのだろうか……。気にはなるけど、今はそれどころでもないかもしれない……。



 焦っているのは、この世界に覚えがあったからだ。

 私の世界だ。正確には、私が趣味で書いていた携帯小説の中……と言えばいいのだろうか。だからこそ、目の前の彼についても詳しいのだ。下手をしたら本人よりも本人のことをわかっているかもしれない。


 どれだけ人気が出たって? ……そこはあまり突っ込んでほしくはないんだけど……。私の小説が好きだって言ってくれる固定のファンさまがいてくれるから、そこそこの反応はもらえていたけども、所詮は素人だ。書籍化なんて夢のまた夢だし、そもそも、仕事の合間に趣味で書いていたものだから、そんな高望みもしていなかった。ただ、書くこと自体が楽しくて、面白かったと言ってもらえるのが、続きが楽しみだと言ってもらえるのがひたすらに嬉しかった。

 ちなみに、この作品は私の5作目の作品だ。とは言っても気まぐれに3作同時に書き進めていたから完結作自体は2作しかない。


 いや、細かいことは置いておこう。どんな物語かということの方が重要だ。

 王侯貴族の存在している仮想中世ヨーロッパの世界に異世界召喚されてしまう、入社2年目にして立派な社畜である芽衣子が色んな種類のヤンデレから逃げまどうものの、結局、安心して身を預けていた男がヤンデレに進化してしまって……最終的にはどっちにしてもヤンデレに捕まっちゃう話なんだよね……。

 どう考えたって私が今、この芽衣子の立ち位置にいるんですけど……。いや、ヤンデレでも当事者たちが納得してるならいい。……いいけども……私は絶対にヤンデレに捕まるなんて嫌です。

 正直、お世話になってる人までヤンデレ化させちゃうとか、芽衣子にヤンデレ製造機の素養があったからなんじゃないかと生みの親ながら思ってたんだけど……少なくとも私にはそういった事実はないです。




 見た目少女、弟ポジション、べったり執着甘えた甘やかし系ヤンデレであるリーンハルトに見つかった後ってどうしてたっけな、芽衣子ちゃんは……確か、最初のシーンでは逃げおおせてたはずなんだよ……。私が書いたんだろう、さっさと思い出せ……!


「あ」

「ん?」


 閃いた。思い出した。リーンハルトがにこにこしながら私の顔を覗き込む。……近い近い近い!


 私はさっとしゃがんでリーンハルトの右側からすり抜ける。そのまま右回転で円を描くように回って直進!

 リーンハルトは前述のように右耳が不自由だ。右側の音を感知できないから芽衣子が偶然右に逃げた時に見失っちゃったんだよね。音がちゃんと聞こえていたなら追いかけることも可能だったと思う。ここ――王城の裏は植物が生い茂っていて視界が悪いのだ。



 リーンハルトの姉であり、この国の末の王弟の想い人であり、よき女主人、よき先生――そんなゾフィーアが死んでしまって、甦りの禁術を行ったものの、それは異世界召喚の術だったというはた迷惑な設定なのである。しかも、甦らなくても、その異世界人が亡き彼女にそっくりだったから代替品でも構わないとか言い出したとか、ほんともう……主人公の立場になってみろ、最悪だ!

 ……ああ、そうとも、私のせいだよ!


 だってさ、異世界の平和のために異世界召喚だとか、一定期に異世界人が落ちてくる世界だとか……正直、他の人が書いてるしさ、もっと主人公が怒り心頭になりそうな理由の方が面白いんじゃないかなって思っちゃったんだもん!

 あくまでも主人公をいじめるのが面白いというか、物語に面白みを出すために必要だと思っただけで、私が芽衣子の代わりに召喚されるとか想定してないよ! 主人公はどこだ! 自分の仕事放棄すんな!



 ……えーっと……リンちゃんを撒いたら……あ、あれだわ、あいつだ。木を登って王城の柵を越えたらゾフィーアの家の……正確には弟のリンちゃんことリーンハルトが乗ってきた馬車があって、使用人に促されて馬車に乗っちゃうんだよ。……でもなあ、あいつは監禁拘束タイプの独占欲行き過ぎたヤンデレだから……捕まればまともな人間生活なんて送れないぞ。

 確か、危険を察知した芽衣子は走行中の馬車から飛び降りるんだよね。芽衣子が勇気ある無謀な女だったわけじゃなくて、走行中の馬車から飛び降りなきゃいけないレベルの身の危険と恐慌状態寸前に陥るほどの恐怖を感じたからなんだよ……。



 もちろん、そんなことして無傷でいられるわけなんかない。なんとか道の脇の草むらに転がって身を隠すんだけど、偶然――を装った――貴族のお坊ちゃまに保護されるんだよね。彼の家で療養してる最中はいいんだ。

 ……でも、ヤツは実はゾフィーアを甦らせようとしてることを知ってリンの動向を見張っていて、こっそり芽衣子が乗った馬車の後もつけていて、芽衣子を見つけたのも偶然なんかじゃない。使用人に任せるんじゃなくて、自らが動向を見張るなんて無理を押し通すくらいなんだから、それでどれだけヤツも末期なのかお察しいただけるだろう。


 ゾフィーアは名高い才女で彼の勉強を見ていた。……ちなみに、このお坊ちゃまはまだ13歳で芽衣子の敵であるヤンデレの中で最年少だ。こいつも相当にイカれちゃってて……ロマンスを取り違えてるんだよね。

 彼の勉強を見ることになったのもパーティでゾフィーアに一目惚れしたから。真向から求婚すればいいものを勉強を教え教えられているうちに愛が芽生えて……というシチュエーションを期待してゾフィーアを指名してるし、芽衣子を助けたのだって、懸命にお坊ちゃまが慣れない手つきで怪我が治るまで看病することで惚れてくれるものだと思ってのことだ。……しかも、怪我が治ったと判断するなり夜這いを仕掛けられます……。やだよ、こんな13歳……。確かに、見た目は天使みたいだけどね……。意外なことに家を継げない3男坊である彼は騎士志望で鍛えてるんだよ。ショタなのに組み敷かれたら敵わないんだよ……。


 ……この子のターンが1番書いてて楽しいと思ってたけど……私が1番目を付けられたくないヤンデレはこの子だよ……。お年頃だからさ! 性に興味津々なんだよ! 嫌だ! 絶対に体もたない!

 いや、ツッコミたいところは色々とあるけど……舞台の外にいたから楽しめたんだ……。誰がこんな経験をしたいものか。



 怖いのがさ、投稿してあったのがここまでなんだよね。最年少勘違い男の夜這いのシーンまで。一応、のちに芽衣子のせいでヤンデレ化する保護してくれる男と出会うまでは下書きしてあるんだけど……あくまでメモアプリに書いてあるから自動で投稿してくれるわけじゃないから……それに、実は悩んで飛ばしちゃってるシーンもある。

 そうなると、そこから先がどうなるのかわからないよね。大まかなプロットはノートにまとめてあるんだけど、それ通りに物語が動くかどうかの保証はない。


 いや、でもさ……今のところ、設定は私が作った通りっぽいよね。物語の通りに動いてやらなくてもいいんじゃないの? 生みの親が負けてどうすんだよ。彼らの行動パターンや裏設定エトセトラエトセトラ……全部私が作ったものなんだから利は私にあるはずなんだ……!



 えーっと……ここは、王城の敷地の裏の方なんだよね。正門から出ようものなら目立って仕方ないだろうな……。でも、王城の敷地内では少なくともリンと王弟が捜してるはずだから見つかるのも時間の問題だ。

 そうだ、荷馬車に紛れてしまうというのはどうだろう。関所での荷物チェックもそこまで厳しくないから荷物まで細かくチェックされない。ただ、馬車置き場が正門に近いから荷馬車に潜り込むまでに見つかってしまう可能性がある。


 しかし、私が書いた通りの道をたどるのもごめんだったために度胸で実行した。女は度胸!



 幸い、誰にも見つかることなく問題なく荷馬車に紛れることに成功。もしかしたら、持ち主が荷馬車の中を確認するかもしれないとドキドキしていたんだけど、そんなこともなく、無事に走り出した。

 馬車が走り出したことで安心してしまったらしい。私はいつの間にかうつらうつらと船を漕いでいたのでした。






「――だな」

「私どもも見つけた時には驚いたものですが」

「ほんと……そっくりだ。この方はうちでおもてなしするよ。わざわざありがとう」

「いえいえ。マティアス坊ちゃまにとって少しでも慰めになるかと思いまして……それが叶いましたら幸いでございますよ」

「うん、ゾフィーアじゃないっていうのもわかってる。こんな服を着てるところなんて見たことないしね」

「そうですね。珍しいデザインですね」


 ……な、なんか嫌ーな予感がするな……。

 否が応でも冷や汗が噴き出してしまう。なんでうっかり寝ちゃってたんだろうか。私ってば、本当に馬鹿だ。


 ……マティアス坊ちゃんってさ……やっぱりヤツだよね。あのロマンスのなんたるかを履き違えた勘違い坊ちゃん……。


 ああ、そうだよ! 何を隠そう、マティは今作で私の1番の押しキャラだよ! 例え、主人公が私のシナリオを無視して動き出したとしても、家の使用人とかリンとか王弟との遭遇を全力で避けたとしても、私の力の全力で使って意地でもマティとだけはなんとしても遭遇させますよ! でもさ、そこまで忠実にこの世界を再現しなくてもいいんじゃないかな!?

 確かに、押しキャラですけど……それはあくまでも空想上のキャラクターとして好きってだけで実在の人物としてはおぞましすぎて会いたくなんてない……! まだ、使用人の男に捕まってた方がマシなんだよ!


 ……やばい、目を開けたくない……。


「ああ……会いたかった、ゾフィーア」

「私がお運びしましょうか?」

「いや、僕がやるからいいよ。女性の1人くらい抱き上げられるから」

「そうですか」


 あ、やばい……くる……。

 そっと髪を払いのけたらしい指が頬をかすめて、つい、体が強張った。


「……あれ、寝たフリをしてるのかな」


 耳元で囁かれた。……鳥肌全開。


「荷馬車に忍び込んだから叱られると思ってるのかな。……じゃあ、そのままでいいよ。僕が運んであげるね。悪いようにはしないから。惚れた者負けと言うものね。君は僕のお姫様なんだ」


 どう聞いてもヤバいヤツだよね、こいつ……。初対面の女に向かってお姫様とか……鳥肌だよね。冷や汗だよね。

 しかし、もう……ここまできたらどうしようもなくないか……? 逃げられる気がしない。


 ……確か、逃亡防止のために外鍵付きの2階の部屋に閉じ込められるんだよね。窓は普通に開けられたはずだ。まさか、2階から飛び降りるとは思っていなかったんだろうけど……飛び降りるしかないか。いや、でも、大けがを負いかねないよね……。そしたら、部屋から抜け出せてもそれ以上身動きが取れないのでは……?


 そうは言っても、今、私は怪我をしていない。となると、最悪、今夜にでも夜這いを仕掛けられかねない。そうなってしまうと……もう私はベッドに縫い付けられた生活を送るしかなくなるんじゃ……?

 13歳という年齢、望めば大抵のものは手に入る環境による我慢のきかなさから仕方ないとは思うけど……暇があれば襲われるのだ。それこそ、剣の稽古の合間とか……勉強の合間とかにさ……。不健全だ。爛れてる。体もたない。やばい。


 実はさ、芽衣子がどうやってマティの手から逃れるのかってところは考え中だったんだよ……! まだ、書いてないどころか練ってる最中だったんだ……! 空想ですらこいつから逃げることは難しかったってことだよ!? 無理ゲーとはまさにこのことか! そんなこと実感したくなんてなかった!




 あ、やばい……詰んだ。

 誰か……助けて……。



 

 “転生×転生×転生!”“転生にも色々なパターンがあるのです。”に吸収しちゃって連載作品に今はないのですが……。こんなネタもありましたなぁと……(笑)

 このパターンは上記2作が完結しないと少なくとも書かないので……短編で書いてみました。


 私も主人公を逆境に落としたり泣かせたりするの大好きなんですよね……。しかし、自分が主人公に代わって経験するのは絶対に嫌です。押しキャラもあくまでも好きなキャラであってイコール好きな人ではありません。むしろ、こんなの実在してくれるなという押しキャラすらいますね……。


 ……書き手のみなさまも経験のあることではないでしょうか……(笑)

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