第2話 光の王国リュミエール
「私はジェード。リュミエール王国騎士団の団長だ」
ジェードと名乗る、生真面目そうな男性はソウに自己紹介をする。
その堅苦しい雰囲気に、こちらの体まで強張りそうだ。
「あの……助けてくれてありがとう」
ソウは感謝の言葉を述べるが、彼の表情は依然として険しい。
「しかし姫様……この少年、かなり頼りなさそうに見えるのですが……。先程の魔物に苦戦しているようでしたし、本当に大丈夫なのでしょうか? 」
ジェードの言葉がソウの心にグサリと突き刺さる。
確かにそれは事実なのだが。
「ソウはケルベロスの攻撃から私を庇ってくれました。あそこで彼が咄嗟に動かなければ、私は命を落としていたかもしれません……。彼には感謝しているのですよ」
「そのようなことが……! “世界の鍵”の反動で飛ばされ、しばらくお側にいられなかったとはいえ主君を護れぬなど騎士団長として一生の不覚です……」
ジェードはシフォに跪き、深く頭を項垂れている。
「い、いやそんな大層なことはしてないよ……! 君が来なかったらそれこそぼく達おしまいだったから! だから顔を上げて! 」
「む、そうか……」
ソウはなんとか落ち込む顔を上げさせる。
彼は責任感の強い男性のようだ。
「それにしても……。さっき魔物の首が落ちて少し経ってから駆けつけてくれた気がするけど、なんでだろう? 直接斬ったんじゃないの? 」
「それはジェードの守護石の力ですよ」
ソウの疑問にシフォが答え、ジェードの方を向く。
彼が取り出した守護石は大型の刃のようなものに形を成していき、淡い翠色の大剣となった。
「私の守護石はヒスイ……風の魔力が込められている。飛ばされた姫様を捜しに森の中を進んでいたところ、姫様に襲いかかろうとしている魔物を見つけたので風の刃を作り、遠距離から斬ったのだ」
「すごいんだね……守護石って」
ソウは掌の中の守護石に視線を落とす。
白く透き通った守護石は、驚きで目をぱちくりさせる彼の表情を映し出した。
「さて、今度こそ城に向かいましょう」
「姫様、お疲れでしょう。私の馬をお使いください」
「ありがとうございます。……ソウを一緒に乗せても構いませんか? 」
「え、いいの? 」
シフォとジェード、二人の顔を交互に見て確認を取る。
「はい。姫様を護って頂いたという恩がありますし、少年……ソウも疲れているだろう? 」
「まぁ、疲れてるけど……。ジェードは大丈夫なの? 」
「城までの距離など、馬がなくとも大したことはない。まだ若い者に心配される歳でもないしな」
「さぁソウ、遠慮せずに」
一足先に馬に乗ったシフォが手を差し伸べる。
どこか勇ましさを感じる今の彼女は、王女というよりも王子に見える。
「それじゃ……お言葉に甘えて」
「城まで馬で歩いていくだけですが……万が一のことがあっては大変なので、私にしっかりと掴まっていてくださいね」
……普通逆なのでは。
ますます自分が情けなく感じるが、ソウはその手を取り彼女の後ろに乗った。
馬は蹄の音を響かせて、ゆっくりと歩き出す。
ふと後ろを振り返ると、首がなくなったケルベロスの死骸が横たわっているのが見える。
なんとなくその死骸を凝視していると、ソウにある疑問が浮かぶ。
――血が流れていない。
自分が首を一つ斬った時も、血は出ていなかった。
なぜだろう?
斬った時の感覚は確かにあったはず……と、頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。
徐々に遠ざかるケルベロスの死骸を未だに見つめていると、それに変化が起きる。
ケルベロスの死骸が、石化したかのように黒い結晶で覆われていき――
砕け散った。
驚きで目を見開いたが、城に着いたらシフォ達に聞いてみようと前に向き直った。
森を越え、草原を越え、大きな街が見えてきた。
街の奥には立派な城も見える。
「あちらに見えるのがリュミエールの城下町です」
城下町の入口である巨大な門の前に到着すると、ソウ達は馬から降りた。
「ジェード。馬を貸してくれてありがとう。……大丈夫? 」
「なんのこれしき」
「歩いてきたとはいえ、ピンピンしてるね……すごい体力」
あなたもありがとうございます、とシフォは優しく馬の鬣を撫でる。
馬は嬉しそうに嘶いた。
門は既に開かれており、大勢の人々が行き交っている。
沢山の荷物を積んだ馬車を走らせている商人、守護石の付いたペンダントを揺らして屈伸をしている旅人らしき青年、手を繋ぎ楽しそうに話している親子……。
行き交う人々を眺めているだけでもリュミエールは良い国、と伝わってくるようだ。
「シフォ王女がお戻りになったぞ! 」
「騎士団長のジェード様もご一緒だ! 」
街の人々がシフォとジェードを見て歓声を上げる。
「シフォ王女、そちらの少年はもしや……」
「はい。ダイヤモンドの守護石に導かれた者、です」
「おお……! 」
皆の視線がソウに集まる。
守護石に導かれし者とはそんなにすごいのだろうか。
人々の期待に満ちた眼差しと、これから説明されるであろう召喚された理由を考えると目眩がしてくる。
「あ、あまり見られると、その……」
「……ソウ、城に向かう前にまずは街中を見ていきませんか? 」
「うん、わかった」
「姫様がお通りになる。道を開けてくれ」
集まっていた人々はジェードの言葉に従い、道を開けていく。
もしかして、二人は自分が困ってるのに気付いてくれたのだろうか?
人見知りなので大勢の人々に囲まれて困っていたソウは、申し訳なく思いつつも彼女達の気遣いに心底感謝していた。
「うわぁ……! 」
巨大な門を越え見えてきたのは、煉瓦や石で造られたいくつもの家や店。
果物や野菜、魔宝石を売っている露店も見える。
そして街中の至るところに魔宝石のランプ。今はまだ明るいが、街灯の役割をするのだろうか。
「すごいよ! こんな光景、テレビか昔読んだ絵本ぐらいでしか見たことないよ……! 」
「てれび? 」
「ああいや、なんでもない」
近くの露店に駆け寄ると、色とりどりの果物が並べられている。
ソウは自分の目に映るもの全てが新鮮に見えて、胸を高鳴らせていた。
「そこの坊っちゃん。あたしの店の果物、気になるのかい? 」
「あ……! ぼ、ぼくお金持ってないんです。ごめんなさい……」
「ありゃ、そうなの? 」
「ええと……」
ソウが口ごもりあたふたしていると、シフォとジェードが後を追ってきた。
「申し訳ありません。彼は旅人で、リュミエールは初めてなのです」
「シフォ王女! そうだったんですね」
「果物、買いましょうか? 」
ソウはふるふると首を左右に振って断るが、果物屋の中年女性はにっこりと微笑む。
「坊っちゃん! この国で穫れる果物は本当に美味しいから、特別にサービスしちゃうわ! ほら、シフォ王女やジェード様にも! 」
女性は気前良くソウ達に果物を配っていく。
二人はお礼を言って頭を下げるが、ソウは申し訳なさそうに女性を見上げる。
「あの、本当にいいんですか……? 」
「いいのよいいのよ! この国はとっても良い所だから、楽しんでいってね」
「はい……! 」
彼女の満面の笑みに、心が温かくなる。
ソウは深く頷くと、果物屋の女性に別れを告げた。
「ジェード、もう少し……ソウと街中を見ていても構いませんか? 」
「はい。私はお側で見守っていますから」
「ありがとうございます。……ソウ! 次はどんな所を見たいでしょうか? 」
シフォはソウの隣に並んで大通りを歩く。
今の彼女は王女ではなく、至って普通の少女だ。
「……姫様のあんなに年相応なお姿を見るのは何年ぶりだろうか」
楽しそうに笑う少女の横顔を見ながら、ジェードは目を細め呟いた。
シフォと共に色んな場所を巡っていたら、少しお腹が空いてきた。
果物屋の女性から貰った果物をかじる。
とても甘くて、優しい味。
まるで愛が込められているよう。
果物だけじゃない、この国……
リュミエール王国は愛や温かさに満ち溢れていた。
街の人々は皆優しく活気に満ちている。
例えるのならば、光の王国。
こんなに優しくて温かい国があるなんて。
「日が暮れてきましたね。そろそろ城に向かいましょう。楽しくて、つい時間を忘れてしまいそうです」
「ぼくもだよ。こんなに笑ってはしゃいだの、本当に久しぶりだから」
余韻に浸りながら城を目指していく。
城下町に到着した時にはあまり目立たなかった魔宝石のランプは、今は日が暮れて点灯している。
魔宝石が放つ鮮やかな光は夕闇を優しく照らし、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
……すごく、綺麗だ。
いつまでもこんな時間が続けばいいのに。
その美しさに見惚れながら歩いているうちに、城の前に到着した。
明るい色合いだが気品を感じる城が高くそびえ立っている。
「――さぁソウ。ここがリュミエール城です」
城門がゆっくりと開く。
その様子は、まるでソウを歓迎しているようだった。