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ロック・ザ・トゥーワールド  作者: テツ
第一部 導かれし者達
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第17話 翡翠の忠騎士

夜の街に、魔宝石のランプが紫の明かりを灯し始める。

酒場“ネフライト”の扉を開くと、取り付けられたベルがからん、と来客を知らせる音を鳴らした。


「いらっしゃ……ジェード!? 」

「帰ったぞ」


両手に酒の入ったたる型のジョッキを持ち、白に近いほど淡い緑色の長髪を一つに束ねた女性が振り返る。

瞳はこの街のランプのような紫色で、目元の小皺と口紅が熟した女性の色気を際立てていた。


彼女はジェードを見るなり慌てた様子でジョッキを客の席へと運び、店の中を忙しなく動く青年に声をかける。

青年は女性と同じ紫の瞳を大きく見開き、入口に向かって駆け寄ってきた。


「……父さん! 姫様もお久しぶりです! 」

「ダイト。元気そうで何よりだ」

「「父さん……!? 」」


ソウ、ユリア、カルロの三人が声を合わせて驚愕する。

ダイトと呼ばれた青年は見知らぬ三人を見て首を傾げるが、後で説明すると聞かされて再びジェードの方へ向く。


「ゼノは一緒か? 」

「ああ。外にいるぞ」


ゼノ……?

初めて聞く名前に三人は誰?という視線を交わし合うが、ダイトは話を聞くなり酒場の外へと飛び出す。


「ゼノ! お前も元気してたか? ハハハ俺は元気だったぞー! 」


彼が嬉しそうに話しかけていたのは、黒いたてがみに深い茶色の毛並みと逞しい身体を持つ……ジェードの愛馬だった。

ダイトに相当懐いているのか、声高々にいなないている。


「ジェードの馬、ゼノって名前なんだ……」

「今初めて知りました……」

「俺も……」

「あら? お話ししていませんでしたっけ」


知らなかった三人ときょとんとするシフォとの温度差が激しい。


「あなたもゼノも、元気そうで良かったわ。――私はネフラ。この酒場のマスターで、彼の妻よ」

「あなたがジェードさんの奥様ですね……! お美しいです」

「私なんてもうおばさんよ。……ダイト、あんまりゼノに構ってるとレノがやきもちを焼くわよ。もうあなたを乗せてくれなくなっちゃうかも」

「それは困る……! 」


話の内容から察するに、レノはダイトの馬の名前だろう。

焦る彼を見てネフラとジェードは笑う。


暖かい家族。

見ているだけで、その雰囲気が伝わってきてソウは少し羨ましく思う。

自分の両親が今も生きていれば、こんな家庭を築けていたのだろうか。


「さぁ、皆さんもダイトも中に入って! 今夜は飲み明かしましょ」


改めて酒場の中に入ると、中は大勢の人で賑わっておりジョッキをぶつける音や楽しげな笑い声が響く。

賑やかな空気に少し緊張しながら座っていると、ソウとシフォの目の前に小型のジョッキが二つ置かれる。


「お二人はお酒の代わりにジュースで良かったかしら? 」

「は、はい! 」

「本日のおすすめはジョーヌ産のココヤシを使ったジュースよ。南の風を感じられる人気メニューなの」


一口飲むと、暖かくて優しい甘さが口の中に広がっていく。行ったこともない南国を想像してなんとなく幸せな気分になる。


「はい、お待たせ! この酒場の葡萄ぶどう酒は本当に美味いから、二人も是非飲んでみてくれ」

「酒なんて久々だぜ」

「そうですね! 」


ジェード、ユリア、カルロが座るテーブルにダイトは手際良くジョッキを置いていく。

その様子を眺めていたユリアは、先程から気になっていたことをダイトにそっと訊ねる。


「あの、失礼とは思いますがダイトさんはおいくつで……? 」

「俺か? 今はちょうど二十歳だな」

「ユリア達の一つ下じゃないですか……!! 」


ダイトはジェードの息子だけあって髪は父親譲りの青緑色で、精悍な顔付きをしている。

性格は父とは対照的に明るいようだが。

自分達と同じぐらいの息子がいる、とは聞いていたが思っていた以上の歳の近さでユリアとカルロは再び驚愕していた。


「……ダイト、怪我はもう大丈夫なのか? 」

「騎士団に復帰するにはもう少し掛かりそうだけど、酒場の手伝いぐらいは出来る。身体のあちこちが鈍っているから慣らしておかないとな」

「無理をしないようにな」


怪我、騎士団……。

以前ライモンドが話していたことを思い出す。やはりダイトが副団長なのか。

それにしても、まさかジェードの息子だとは思わなかった。

ソウは不思議な気持ちでダイトをまじまじと見る。


「ダイト、ネフラ。私達は今、旅をしている。――導かれし者を探す旅だ」

「導かれし者って、大賢者様のお告げの!? 」


ジェードは頷くと、リュミエールがロプスキュリテに狙われていること。

国を守る為には導かれし者の力が必要となり、彼等を探して旅をしていること。

休息としてヴィオラに来たことを二人に話す。


「そこの三人……ソウ、ユリア、カルロも守護石によって導かれた者達だ」

「ジェードとシフォ王女が導かれし者なのは知っていたけど……あなた達もそうだったのね」


二人に軽く会釈をするユリアとカルロに続いてソウも少し緊張気味に会釈をする。


「明日にはここを出るつもりだ。……いつもこんな感じですまないな」

「いいのよ。忙しいということは、それだけあなたが騎士として信頼されてるってことなんだから」


ネフラの言葉を聞いてどこか寂しそうに微笑むジェード。

本当は彼も、久々に会えた家族とゆっくり過ごしたいのだろう。

ソウの胸が小さく痛む。


「さ、お堅い話は終わりにして今夜は飲もうぜジェードさんよ」

「そうですよ~飲みましょ飲みましょ」

「お前達どうした急に……」


カルロはジェードの肩を組み、ユリアは目の前にジョッキを並べていく。

普段より上機嫌な二人を不思議に思いながらも、あの三人いつの間にか仲良くなっていたのか……なんて考えていた直後。


――からん、とベルの音が響く。


現れたのは、焦げ茶色のローブを身に纏った人物。

見覚えがある。昼間に大通りでぶつかったあの少女だ。


「ねぇ、シフォ。あの人って……」

「……」


ぽすん。

船を漕いでいたシフォの頭が、ソウの肩にもたれる。

彼女は来客に気付くどころか、すうすうと寝息を立て始めた。


「あの……」

「姫様、お疲れみたいだな。休ませてやらないと」


ダイトはシフォを軽々と抱き上げ、酒場の二階にある寝室へと運ぶ。突然のことで思考が停止している間に颯爽とシフォを運んでいったダイトの姿は騎士そのもので、格の違いを見せられた気がしてソウは萎縮する。

来店した少女のことが気がかりだが、普通に席に座って注文をしている様子からただ飲食をしに来ただけかもしれない。


――本当に気がかりなことは、少女が入ってきた瞬間どこからか()()()()()()()()()()を感じたことなのだが。


「姫様はお休みになられたか。……せっかくの機会だ。少し、昔話に付き合ってくれないか? 」

「ネフラさんとの馴れ初めですか!? 」

「いや違う」


即座に真顔で否定するジェードに、ユリアは残念がって溜息をつく。


「私は昔、先王……姫様のお父上に仕える騎士だった。まだ若造だった私は、騎士団の訓練に耐えられず倒れてしまうこともあるほどの軟弱者だったのだ」


ソウ達三人はえっ、と小さく声を漏らす。

今の彼からはとても想像がつかない。


「私が倒れた時、いつも心配してくれたのは先王であるロレンス様と王妃のレティシア様だった。お二人は騎士団に迷惑をかけている私を嫌な顔一つせずに励ましてくれた。それがとても嬉しかった……」


懐しさに浸りながら穏やかに語るジェード。

見慣れない彼の様子に、三人は驚きつつも真剣に耳を傾ける。


「お二人の優しさに触れて、私は今まで以上に国の為に強くなろうと努力した。結果、努力は実を結び姫様が産まれる頃には騎士団長になったのだ」


――しかし。

語気を強めたジェードの表情が、いつも以上に険しくなる。


「あれは八年前、姫様が五歳の頃――」






八年前、ロクワルドの各地で戦争が起こった。

それはリュミエールも例外ではなく、先王ロレンスも騎士団を率いて国を守る為に戦っていた。


『ジェードよ。これは私からの命令だ。シフォとレティシアを……頼んだぞ』


『っ……、承知いたしました』


リュミエールが混乱に陥る中、シフォとレティシアを連れて逃げるようロレンスに命じられてジェードは城を出た。

あと少しのところで追手に囲まれ、もはやここまでかと絶望した時。


レティシアが、自ら敵の前に立った。


『レティシア様!? 一体何を……! 』


『ジェード。貴方は、生きるのです。生きてこの子を……シフォを、どうか傍で見守っていてください』


レティシアは振り向くと、聖女の如く清らかな笑みを見せる。

娘と同じ深い青の瞳はどこまでも澄んでいて、迷いはない。


『シフォはリュミエールの……希望なのですから』


お母様、お母様と叫ぶシフォ。

しかしその声に振り向くことはない。

引き留めようとジェードは手を伸ばすが、王妃の決意を、想いを、無駄にしたくはない。

虚空を掴んだ拳を下ろし、泣きじゃくるシフォを胸に抱えて馬を走らせた。






「シフォのお母さんは、それで……」

「……ああ。ロレンス様とレティシア様を犠牲にして私と姫様は生き延びた。しかし、あの時主君を守れなかったことを後悔している。――だからこそ」


力強い光が青緑の瞳に宿る。


「お二人が私に託したリュミエールの希望、そして今の主君である姫様を守りたいのだ」


それが王と王妃である二人の最後の願いなのだから。

ソウはジェードの言葉を聞き、深く頷く。


「その気持ちはぼくも同じだよ。シフォを守りたい……ぼくだって、騎士だから」

「……初めて会った頃に比べると、随分と頼もしくなったな」


ジェードはふっ、と静かに笑ってソウの頭を撫でる。

……騎士といっても、彼のように立派なものではないが。


もう二度と、こんな悲劇を繰り返すわけにはいかない。

リュミエールの皆を悲しませない為にも。


「湿っぽい話をしてすまないな。どうも私は明るい話をするのが苦手なようだ」

「いえいえ、ユリアもシフォ王女を守りたいですから! 」

「俺も導かれたからには王女サマを守ってやらないとな」


ユリアとカルロは勢いのままに立ち上がる。

その様子を見たネフラはここぞとばかりに四人のジョッキに葡萄酒とココヤシジュースを注いでいく。


「これからもシフォ王女とリュミエールを守ってね。騎士団長さん」

「……ああ。皆、ありがとう」

「さぁ、これから先も頑張っていきましょー! 乾杯! 」


何故かユリアが乾杯を合図してジョッキを差し出す。

木製のジョッキがぶつかり合う、小気味の良い音が響いた。


「ダイトさん! おかわりください! 」

「お前何杯飲んでんだよ」

「初回はサービスしたけど、それ以降はタダでとは言わせないぞ? 」

「ええー!? 」


一応商売だからな、と親指を立てて笑うダイト。

涙目で見るユリアに溜息をつきながら、カルロは追加分の代金を渡す。

ソウとジェードは顔を見合わせて苦笑いした。


「――盛り上がっているところにごめんなさい。少し、いいかしら」


突然背後から聞こえた声にソウは振り返ると、焦げ茶色のローブの少女と目が合う。

まさか少女の方から近付いてくるとは思わなかった。


「あら、あなた……昼間に大通りで会った子ね」

「そ、そうですね……! 」

「実はさっきの話を聞いていたの。あなた達、リュミエール騎士団よね? 」


全員がそうではないが一応頷く。

少女は出会った時のような凛とした瞳で、ソウを見据える。



「シフォ王女を探しているの。……どうか私に、会わせてくれないかしら? 」

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