第13.5話 騎士達の非日常
ロッソでルビーに導かれし者である吸血鬼狩人、カルロと出会い共に吸血鬼を退治した一行。
その頃、リュミエール王国では――
「城下町に賊が現れたぞ! 騎士達は民衆を守り、賊を討伐せよ!」
寮で過ごしていた騎士達に突如届いたのは、リュミエールの城下町に盗賊団が現れたという知らせだった。
「エヴァン、ライモンド、ウルソン。お前達実戦は初めてだろう? 良い機会だ、お前達も他の騎士と共に賊の討伐に向かってくれ」
「「はっ! 」」
エヴァン達は鎧を身に着けると、馬舎へと向かいそれぞれの馬に跨がる。
馬は彼等を乗せ、城下町まで勇ましく駆け出していった。
「お頭ぁ! リュミエールなんてでけぇ国の城下町を狙うなんて本当に大丈夫なんすかね? 」
「聞きゃあ、今この国の王女と騎士団長は旅に出てるそうじゃねぇか。ロプスキュリテに目ぇ付けられて導かれし者とかいうのを探しに行ってるらしいぜ」
お頭と呼ばれた、賊の頭領と思われるスキンヘッドで大柄な男。
相方らしき痩せ型でバンダナをした男と共に民家を物色している。
「王族も騎士団長もいねぇリュミエールなんざ俺らの敵じゃねぇってことよ! 」
「さっすがお頭! ちゃっちゃと盗るモン盗ってずらかりましょうぜ! 」
「おかあさん、あの人たち、だれ……? 」
「…………」
盗んだ物を乱暴に運び出す盗賊二人を見て、この家の住人である女性とその娘の幼い少女は立ち尽くす。
買い物の帰りだったのか、女性は果物や野菜が入った紙袋を恐怖のあまり床に落としてしまう。
「んん? 家主が帰ってきたようですぜ」
「あぁ……? なんだ女子供じゃねぇか。気にするこたぁねぇよ。おっ、これなんか相当な値がつきそうだぜ! 」
頭領が宝石箱から取り出した守護石を見て、女性は必死の形相で二人の前に立ち塞がる。
「やめて!それだけは!それだけは……! 」
「邪魔だ! どけ! 」
大柄な頭領はいとも容易く突き飛ばす。
体を打ちつけた女性は、呻きながら蹲った。
「おかあさん! ……やめて! おねがい取らないで! 」
「うぉっ、邪魔するガキは……こうしてくれる!! 」
少女は最後の抵抗で逃走しようとする頭領の足にしがみつく。
それを振り払うと、頭領は大きな拳を少女に振り下ろした。
「いやぁっ!! 」
――しかし、振り下ろされた拳は少女ではなく白い結晶に遮られる。
結晶の鋭い先端は拳に突き刺さると、水飛沫を上げながら砕け散った。
「ぎゃああああッ!! 」
「お頭ぁ!? 」
「物を盗んだ上に女性や小さな子に暴力を振るうなんて……人として最低だよ、君達」
太陽の光に反射して美しく輝く金髪と、海のように青い瞳。
馬に乗り、まるで王子様のような佇まいの青年に少女は目を奪われる。
「ライモンド! 見事だぞ」
「当然さ。エヴァン、ウルソン。あの二人を追ってくれ」
「あっアイツらいつの間にか逃げてやがる! 行くぜエヴァン! 」
盗賊達は盗品を詰め込んだ大きな袋を抱えて逃走する。
エヴァンとウルソンは手綱を引いて馬に合図を送ると、盗賊達目掛けて力強く駆け出した。
二人と盗賊達の距離は一瞬にして縮まり、彼らは吃驚した様子で振り返る。
「げげっ……もう追いついてきましたぜお頭! 」
「馬から逃げられるわけねぇだろ! 賊共覚悟しろー! 」
ウルソンは電撃を纏わせた刃を振りかぶる。
しかし痩せ型の男は細い体を利用して器用に逃げ回り、なかなか当たらない。
「あークソッ! すばしっこい奴! 」
「リュミエールの騎士め! さっきはよくもやってくれたな! 」
先程ライモンドの魔晶術を受けた手とは逆の手で斧を取り出した頭領が、ウルソンに向かい突進する。その勢いに圧倒された彼は思わず馬を止めて怯んでしまう。
ウルソンへと振り下ろされた斧は、間に入ったエヴァンの剣によって受け止められた。
大柄な頭領にも負けない力強さで、カーネリアンの刃に炎を纏わせて斧を押し返す。
「サンキューエヴァン! 助かったぜ」
「ああ。俺は賊の頭領を捕らえるから、お前はもう片方の男を頼む! 」
「おうよ! 」
ウルソンが痩せ型の男を追うのを確認すると、エヴァンは目の前の敵へと向き直る。
頭領は乱雑に斧を振り回すがそれを全て避けると、一気に距離を詰めて斧を弾き飛ばす。
「ただの鉄の斧など、守護石の刃には敵うはずがない! 諦めて投降するのだな」
「クソッタレがぁ!! おい野郎共、やっちまえ! 」
頭領が叫ぶと、城下町の通路から数十人の盗賊達が現れる。
彼等はエヴァンを囲んで道を塞ぎ、頭領の逃げ道を作り出した。
炎を纏った剣を振るい、邪魔をする盗賊の下っ端達を倒していくが次々と湧いて出てくる。
「一人ではキリがないな……」
「エヴァン! 」
軽快な蹄の音を響かせながら、ライモンドが向かってくる。
彼は水を纏わせた細身の剣で盗賊達を凪ぎ払うと、エヴァンの隣に並んだ。
「いくらエヴァンでも、この人数を一人で相手するのは危険だよ」
「ライモンド……しかし、お前が来ても二人では――」
「大丈夫。後ろを見てみなよ」
振り返ると、先輩の騎士達が応援に駆けつけた。
「奴等は私達が片付ける! お前達二人は頭領を追え! 」
「今回の手柄はお前達に譲ってやるよ! 」
「先輩方……ありがとうございます! 」
二人が追いつくと、頭領は狼狽えながら通路の角に曲がる。
しかし通路の先で待ち構えていたウルソンによって、挟み撃ちの状態になった。
「これがリュミエール騎士団の力だ! 観念するのだな」
「う……クソがあぁぁぁ……」
賊の頭領はエヴァン達三人によって取り押さえられ、捕縛された。
「そういえばウルソン、もう片方の男は捕まえたのかい? 」
「バッチリだぜ」
ウルソンは親指を立てると、頭領を捕らえる際に待ち構えていた通路の角を指差す。
角を曲がると、既に捕縛された痩せ型の男が今にも泣き出しそうな情けない顔をこちらに向けていた。
他の盗賊達も先輩の騎士達によって一人残らず捕縛され、盗まれた物が持ち主に返されていく。
「どうぞ。守護石は無事ですよ」
「ああ良かった……。この守護石は八年前、戦争で亡くなった主人の形見なんです。彼も騎士でしたから」
盗まれた守護石を返された女性は、それを愛しそうに掌で包み込む。
「それは……とても大事なものですね」
「うん! おとうさんの、とっても大切なものなんだよ! 」
花が咲くような笑顔を見せた少女に、ライモンドは優しい微笑みを返す。
「本当に、ありがとうございました……! 」
「騎士のおにいちゃん達、ありがとう! 」
親子と別れた後、三人の騎士は以前ソウと訓練した森へと足を運んでいた。
「いやー感謝されるって気持ちのいいもんだな! 」
「そうだね。僕達初めての実戦だったのによくやったと思うよ。ね? エヴァン」
「……ああ」
エヴァンは丘に立ち、どこまでも続いていく空を眺める。
いつ見てもこの丘から見える空は美しい。
「綺麗な青空だね。まるでソウの髪の色みたいだ。……ソウのこと、考えていたの? 」
「そうだ。よくわかったな」
「どこか寂しそうな顔してたからね」
穏やかな笑みを向けるライモンドに、お前には隠し事が出来ないな、と空を見上げて呟く。
「あいつなら大丈夫だって! ああ見えて結構強いしな」
「きっと無事に帰ってくるよ」
「……そうだな! 」
ソウは今、どこまで進んでいるのだろうか?
この世界は広い。
一歩一歩大地を踏み締めて、色々なものを見て、経験を詰んでいけ。
自分達は日々成長している。ソウもきっと、日々成長しているのだろう。
リュミエールに帰ってきた時、お互いにどれだけ成長したかとても楽しみにしている。
――絶対に、無事で帰ってこい。