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ロック・ザ・トゥーワールド  作者: テツ
第一部 導かれし者達
16/21

第13話 紅玉の弾丸

サキュアとマキュアの血は巨大な紅い塊となり、無数の蝙蝠が放たれる。

狼狽えるユリア達を背にカルロは涼しい顔で前に立つ。

波のように押し寄せる蝙蝠が、彼を包み込んだ。


「カルロさん!! 」


一瞬の静寂の後、囲うように渦巻いていた蝙蝠が次々と床に落ちて灰となっていく。

渦の狭間から見えたカルロの手に握られているのは、屋敷の床に落ちていた燭台。

三つ又の燭台の先には今もなお蝋燭ろうそくの炎が揺らめいている。


「おやすみしないなんて悪い子だね♪ 」

「俺は昔から悪ガキだったからな」


燭台に灯した炎を利用して残り数十匹の蝙蝠を焼き払っていく。

赤髪を靡かせて燭台を操る彼は、まるで炎と踊っているよう。

その戦いぶりに吃驚していたソウは我に返ると彼の援護に向かう。


「強い……。ぼくも頑張らないと」


ソウが斬撃を繰り出す度にダイヤモンドの刃はきらきらと光を放つ。

その光を見たカルロは一瞬動きを止めるが、すぐに前へと向き直り燭台を振り回す。


残りの蝙蝠は、シフォとジェードによる吹雪とユリアの魔晶術により一匹残らず灰となった。


「あらあら。文字通りの出血大サービスだったのよ? 」

「痛がる顔すら見れなくて残念だよ」


二人の吸血鬼は残念そうに、けれどどこか楽しんでいるようにくすくすと笑う。


「さぁ、そろそろ覚悟してもらうぜ」


カルロの銃が赤く光り、銃口からは火の粉が散っていく。

直後に響いたのは銃声……


――ではなく、ゴトンと石を落としたような鈍い音だった。


「ぐ……っ、」


床に銃を落とし、その場に崩れるように膝をつく。

胸の辺りを押さえるその表情は、苦痛を堪えているかのように歯を食い縛っている。


「だ、大丈夫!? 」

「俺に構うなッ!! 続けろ!! 」

「ごっごめんなさい! 」


「クソッ……こんな時に……っ」


心配して駆け寄ったソウは、カルロの激しい剣幕に怯んで逃げるように走る。

去り際に聞こえた絞り出すような声は、苦しさだけでなく悔しさやもどかしさを感じた。


「カルロさん、まさか()()が……? 薬はありますか!? 」

「呪い、とは……? 」

「説明は後だ! 薬はあるから、少し、時間を稼いでくれねーか……っ」


息も絶え絶えに言葉を紡ぐカルロ。

ユリアは頷くと、床から翠の結晶を出現させて壁を作る。


「あれあれ? どうしたのかなぁ♪ 」

「あらあら? 大丈夫かしらお兄さん♡ 」


更に魔術書から蔓を伸ばして二人の攻撃からカルロを庇う。

後方に下がった彼は小瓶を取り出すと、隙を見て一気に飲み干した。


「薬が効いて完全に治まるまで数分はかかります! 皆さん、すみませんが協力をお願いします! 」

「あの人、大丈夫かな……」

「心配なのはわかるが、今は目の前のことに集中すべきだ」


室内で派手に振り回すと色々な物を壊しかねないからか、ジェードの大剣はいつもより刃の大きさを縮めていた。

そんなことも出来るのか、と少し感心しながらソウは彼と共にサキュアとマキュアに攻撃を続ける。

しかし、動きの素早い二人になかなか追いつくことができない。

隙を突かれたソウはサキュアの蹴りを背中に受け、床に叩きつけられる。


「く……! 」

「いいね、その痛がる顔。もっと見せてよ♪」


サキュアはソウの頭を踏みつけて踵を押し付ける。

赤い瞳を細めて、苦悶の表情を浮かべるソウを見下ろした。


「あはは♪ サキュア、ゾクゾクしてきたよ」

「ソウ! 」


杖を向けて氷柱つららを放つシフォ。

サキュアが氷柱を避けて離れた隙に、ソウの傷を癒した。


「大丈夫ですか? 」

「ありがとう。――っ、後ろ! 」


シフォの背後に迫るものに気付いて叫ぶ。

振り向くと、吸血鬼二人が血を狙って飛びかかる。咄嗟のことに思わず目を瞑ると二発の銃声が辺りに響き渡った。


「うあッ! 」

「あぁっ♡ 」


痛みに叫ぶ声と、どこか悦んでいる声。

二人の肩を貫いた紅い弾丸がコツン、コツンと音を立てて床に落ちる。


「悪い、待たせた」


呪いが治まったらしいカルロがシフォとソウの前に立つ。

彼はダイヤモンドの剣を凝視するといきなり腕を掴み、ソウは驚きと恐怖で素っ頓狂な声を上げる。


「お前の守護石、光属性だろ。なのにそれを活かしきれてない」

「い、活かす……? 」

「この場所では光属性が有利だ。()()()()を教えてやる」


カルロは剣を握るソウの手に自分の手を添え、剣先に魔力を集中させろ、と囁く。

言われた通りに魔力を込めると、剣先にきらきらと集まる光の粒子。


「いったーい! サキュア、痛めつけるのは好きだけど痛めつけられるのは嫌いなんだからね! 」

「マキュアはとっても気持ち良かったわ……♡ 今度は何をしてくれるの? 」


「お前ら目は閉じとけよ」

「……なるほどな」


状況をいち早く理解したジェードとシフォは目を閉じる。いまいち理解できていないユリア、そしてソウも二人に続いて目を閉じた。


「――今だ! 剣先に集めた光を解き放て!! 」


サキュアとマキュアがソウの眼前まで近付いた瞬間、カルロは帽子のつばを下げて叫ぶ。

魔力を解放すると、まるでカメラのフラッシュのような、火花のような閃光が辺りを駆け巡った。


「うわあぁぁッ!? 」

「いやあぁぁッ!! 」


至近距離で激しい光を受けた二人は目を押さえて立ち止まる。

その隙を突いて二発、ルビーの弾丸を撃ち込む。

弾丸はサキュアの胸の中心とマキュアの腹を貫き、二人は床に倒れ込んだ。


「これは、目眩まし……? 」

「ああ。これが光属性の活かし方……吸血鬼は特に光に敏感だからな。覚えとけよ、ボウズ」






「サキュア……。起きて、まだ夜は明けてないわ。サキュア、」


数分の間気絶していたマキュアは、隣でまだ倒れているサキュアの体を揺さぶる。

しかし彼女からの返答はない。

それどころか、指一本も動かさない。


「サキュア……死んでしまったの……? 」

「吸血鬼は傷の再生が早い厄介な魔物だ。だが心臓さえ貫いちまえば、再生は出来なくなる。そして最後には――灰になって死ぬ」


よく見ると、サキュアの体は足先から徐々に灰となっていく。

姉の“死”を理解したマキュアは牙を剥き出しにして、鮮血のような赤い瞳でカルロを睨む。


「許さないわ……。お姉ちゃんを……サキュアを! もう高貴な血も何もいらない、あなた達を殺すわ! 」


飛びかかるマキュアの体に、カルロは非情にも弾丸を撃ち込んでいく。

帽子の影から覗く冷たい眼光。

ぞく、と身震いした。


「サ……キュ……ア」

「……ソウくん、シフォ王女。二人とも幼いのですから、これ以上はあまり見ない方が良いです。行きましょう」


完全に灰となったサキュアと、血塗れで壁にもたれるマキュアを呆然と見ていた二人を連れてユリアはその場から離れる。

カルロはマキュアの元に歩み寄ると、銃口を向けて見下ろす。


「……俺の血を吸った時、()()()()()()()()って言ったよな。ソイツの名前を教えろ」


引き金に指を掛け、低い声で淡々と問う。

彼女はにたりと妖艶に笑うと、口から血が滴り落ちていく。


「――イザーク様よ。あなたの血は、わずかに彼の味がしたの」


その名前を聞いた彼はそうか、と呟く。

怒りも、驚きもせず、まるで最初から知っていたかのように冷静だった。


「痛いのは好きだけど、サキュアに会いたいから……早く逝かせて」

「……ああ」



直後、乾いた銃声が屋敷内に響いた。






「吸血鬼を退治してくれるとは、君達には本当に感謝しているよ……。殺された使用人達も浮かばれることだろう」


ロッソに戻り、依頼を無事に終えたことをホレスに報告する一行。

彼はようやく不安から解放されたような、穏やかな笑みを見せた。


「これは報酬だ。受け取ってくれ」

「こんなに貰っちまっていいのか……? 」

「す、すごい大金ですね。これだけあれば色んなものが買えそうです……! 」


受け取った袋はずっしりと重く、かなりの大金が入っていることがわかる。

袋を開くと大量の金貨が眩い光を放ち、覗き込んだユリアは目を輝かせた。


「貴族が出来ることなんて金を出すことぐらいだからね。好きに使って構わないよ。それじゃあ、失礼するよ」


貧しい人間からは嫌味にも聞こえる言葉だが、それが彼なりの精一杯の感謝なのだろう。

ホレスは会釈すると馬車で屋敷の方へと帰っていった。

見届けると、カルロは突然力が抜けたようにふらつく。


「カルロさん!? 大丈夫ですか……? 」

「今まで耐えてたけど、正直ずっとしんどかったぜ」

「あなたの守護石は銃に変化するので、弾丸を撃ち出す度に魔力を消耗するのでしょう。無理は禁物ですよ。……そういえば、()()とは? 」


シフォが問うと、彼は目を伏せる。

深い緑の瞳は、悲しみと少しの怒りを含んだような冷たい表情を際立たせた。


「……俺とユリアは昔、マローネという村に住んでいた。森に囲まれた辺鄙へんぴなとこだったけど悪くはない生活だった。だが……その村は五年前、吸血鬼の集団によって潰されたんだ」


ソウ達が驚くと、カルロの傍にいるユリアの表情も曇ったものになる。


「家を壊され、家族を殺され、もうどうしようもないって時に……ある吸血鬼が俺に呪いをかけた」


その吸血鬼はローブを被っていて顔は確認出来なかったこと、それ以来まるで心臓に茨が絡みついて締めつけるような痛みに襲われるようになったこと。

カルロは俯き、胸に手を添えて淡々と語り続ける。


「ユリアが呪いを抑える薬を作ってくれてはいるが、それもいつまで続くか……」


もどかしそうに目を細める彼を見て、一同は口を結んで押し黙ってしまう。


「だから俺は、奴らへの復讐と呪いをかけた吸血鬼を探す為に吸血鬼狩人(エクソシスト)になったんだ」

「そのような事情があったのですね……。無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした」

「……依頼は無事達成したし、お前らの旅について来てやってもいいぜ」


驚きで一瞬目を丸くするが、王冠を取り深々と頭を下げて礼を言うシフォ。

頭を下げたままの彼女を見下ろしながら、カルロはだけど、と言葉を続ける。


「また、さっきみたいに呪いの発作が出て足手纏いになるかもしれない。それでもいいのか? 」

「はい。私達は今、国を救う為ならどんなに小さな力でも必要としていますから」


顔を上げたシフォは、真剣な眼差しでカルロを見つめる。

その様子を見て、彼は帽子の鍔を上げてふっと小さく笑う。


「それじゃ、これから世話になるぜ。どこかで例の吸血鬼も見つかるかもしれないしな。それに……」

「それに? 」

「ちゃんと見てやらないと危なっかしい奴もいるしな」


振り返った彼の視線の先にいるユリアは、きょとんとして瞬きを繰り返す。


「ちょっと! それどういう意味ですか! 」

「どうも何もそのままの意味だ」

「では、出発しましょう」

「皆さん待ってくださいよー! 」



夜が明け、空は藍色から緋色へと変わる美しい色彩を描き出す。

昇り始めた日の光に照らされて、一行は再び歩き出した。

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