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ロック・ザ・トゥーワールド  作者: テツ
第一部 導かれし者達
15/21

第12話 双子の吸血鬼

緋色の空は徐々に青みを帯びていき、夕から夜への移ろいを感じさせる。

一行はホレスに案内されて屋敷へと向かっていた。


「はぁ……。お前らが来たせいで十分に仮眠とれなくて眠いぜ」

「ご、ごめんなさい……」


ホレスの使用人が運転する大きな馬車の中で座る一行。

馬車内の空気はぎこちなく、特にジェードはいつも以上に眉間に皺を寄せて座っている。


「あの男……。突然家を出ていき戻ってきたと思ったら、姫様を吸血鬼を呼び寄せる為の罠にするだと? 無礼にも程がある……」

「すみません……本当にすみません……」


不機嫌そうに腕を組む彼に、ユリアは繰り返し頭を下げる。


「屋敷に現れた二人の吸血鬼は、高貴な血を求めていると聞きます。王族の私が囮として適任でしょう」


シフォに宥められるが、依然として複雑そうな表情のジェード。

主君が囮になるのだから、心配するのは当然だろう。

ソウも見習いではあるが騎士の一人。彼の気持ちもわかる。


「彼は無事に仕事を終えられたら、私達に協力すると言っていました。導かれし者が力を貸してくれるのなら……私は吸血鬼に血を差し出しても構いません」

「姫様……」


どこまでも真っ直ぐで、透き通る青。

その瞳を見て彼の険しい表情が緩んだ。


「カルロ。屋敷に着く前に、あなたにルビーを渡しておきます。炎属性の魔力が込められており、身体能力の強化など攻撃に特化している守護石です」

「炎に身体強化か……。前に使ってた銃より断然強そうだぜ」


カルロがルビーを受け取ろうとするが、シフォはぴたりと手を止める。


「……ルビーは強力な守護石ですが、体力の消耗も激しいです。力の使いすぎにはくれぐれも注意してください」

「え……? 」

「はいはい。さっさと終わらせるから大丈夫だ」


ルビーを受け取る彼の横顔をユリアは心配そうに見つめて、胸の前で拳を握る。

それは胸騒ぎを落ち着かせるように。



「さぁ、ここが私の屋敷だ」


ロッソから少し離れた森の中に建つ大きな屋敷。

豪華な外観ではあるが、窓が所々割れており吸血鬼に荒らされたことがわかる。


「殺された使用人達の遺体は運び出したのだが……屋敷の中はまだ荒らされた状態のままでね」

「これから吸血鬼との戦いでもっと荒らしちまうけど、それでもいいのか? 」

「構わないよ。どうせもうほとんど壊されてしまったからね」


諦めたように笑うホレス。

屋敷の中に入ると引き裂かれたカーテン、倒された燭台、まだ血痕が残る床など想像以上に荒らされていた。


「吸血鬼を退治してくれるのなら、私の屋敷はどう使ってくれても構わない。頼んだよ」


ホレスが屋敷から出ていくと、カルロは屋敷内を丹念に調べていく。

吸血鬼が現れたのは昨夜の零時過ぎ。今夜も同じ時間に現れると推測し、それまでに屋敷の間取りや戦闘に使えそうな物を調べているようだ。


「私達はどうすれば良いのでしょうか? 」

「まず俺、ユリア、オッサンとボウズはどこか隠れられそうな場所を探す」

「オッサン……」

「ボウズ……」


雑に呼ばれたジェードとソウは顔を引きつらせながらカルロを見る。


「王女サマは屋敷の外で隠れる。吸血鬼が中に入ったのを確認してから、依頼人の身代わりを装って入ってくれ。……大丈夫だ、本当に血を吸われる前に俺達が助ける」

「はい。頑張ります」






ソウ達も屋敷内を見て回り、隠れられそうな場所を探して身を潜める。

すっかり日は沈んで外には暗闇が広がり始めている。

カルロは懐中時計を取り出して時間を確認すると、時計の針は零時を指し示していた。


「いつまで待てばいいんですか! 退屈でもう我慢できません! 」

「騒ぐなバカ」


こつんと軽く小突かれて、ユリアは不服そうに頬を膨らます。


――すると突然、窓が割れる音が辺りに響く。

その場にいる全員が息を呑み、侵入者の姿を確認する。


その姿はホレスが話していた通り二人の少女。

桃色の髪を二つに束ねた容姿でよく似ているが、一人は気の強そうな吊り目、もう片方はどこか色気を感じる垂れ目。

二人とも鮮血のような赤い瞳を持っている。


「マキュア、今夜こそ高貴な血が飲めるかな」

「サキュア、今夜こそ高貴な血が飲めるわ」


サキュアと呼ばれた吊り目の吸血鬼と、マキュアと呼ばれた垂れ目の吸血鬼は顔を見合わせると、牙を覗かせて笑う。

割れた窓から差し込む月の光と相まって、幼いながらも妖艶な雰囲気を放っていた。


「屋敷に入りましたね。成功すると良いのですが……」


外で隠れていたシフォは、吸血鬼二人が入ったのを確認して自らも屋敷に足を踏み入れる。


「ここが吸血鬼が現れるという屋敷でしょうか。私はリュミエール王家の血を引く者。この屋敷の主人の代わりに、私が血を差し出します」


声を聞き、屋敷の暗闇から現れたサキュアとマキュアがシフォに詰め寄る。


「マキュア! 王家の血だって! こんなの十年に一度あるかないかのごちそうだよ♪ 」

「ええ、そうねサキュア」

「さぁ……どうぞ召し上がってください」


ケープを脱いで首筋を晒す。

シフォの血が吸われてしまうかもしれない。

不安と緊張で物陰に潜むソウの手は震え、胸の鼓動は早まっていく。

傍にいるカルロを見上げると、彼は紅く光る守護石を取り出す。


「心配すんな。王女サマの血は吸わせねーよ」


囁くと、それは炎を纏いながら形を変えていく。

独特な形状へと変化したルビーは、拳銃となってカルロの手に握られた。


「それじゃ、いただきま――ッ! 」


銃声。

シフォの首筋に噛み付こうとしたサキュアの頭上を、ルビーの弾丸が一瞬にして通り抜ける。

あと少し反応が遅れていたら頭部を貫いていたであろう弾丸は、壁に当たり炎を放ちながら砕け散った。


「外したか」

「やっぱり。なんか怪しいと思ってたんだよねー。さっきから色んな血の匂いがプンプンしてたし」

「残念でした。吸血鬼狩人(エクソシスト)のお兄さん♡ 」


二人は桃色の髪を揺らし、口元を押さえてくすくすと笑う。


「いや、こんなの全然想定内だ。まぁ今のが当たっていれば一番楽だったけどな」

「あんなので騙されるワケないよ。吸血鬼に自ら血を差し出すおバカさんなんていないもんね♪ 」

「……」

「なんでユリアを見るんですか!? 」


涙目のユリアをよそに、カルロは隠れているソウ達に合図を送る。


「サキュアはマキュアのお姉さんだよ」

「マキュアはサキュアの妹なのよ」


「「サキュアとマキュアに勝てるかな? 」」


物陰から飛び出したソウはサキュアに斬りかかる。

光が軌跡を描き出すような一振り。しかしそれはひらりと避けられてしまう。


「早い……! 」

「キミ、変わった血の匂いがするね。ちょっと味見させてよ」


背後に回り込んだサキュアは首筋に噛みつき、血を吸い出す。

首筋を走る痛みに小さく呻くソウ。

噛みついていた牙を離すと、彼女は満足げに舌舐めずりをして笑う。


「今まで飲んだことないような血の味♪ キミ、どこからきた人なの? 」

「……血の味だけでよくわかるね」

「ソウくん! 」


ユリアが駆け寄ると、サキュアは彼女を避けるように勢いよくソウから離れる。


「大丈夫ですか? 」

「ちょっと吸われただけだから」

「うわ……何この血の匂い、近寄りたくない! ニンニクと似たものを感じるよ! 」

「いくらユリアが退魔の血を持っているからって! ニンニクと同じ扱いは傷付きますよ! 」


退魔の血を持つ彼女は、やはり吸血鬼にとって天敵らしい。

近付くだけでサキュアは顔をしかめて後ずさる。


「お前が吸血鬼狩人(エクソシスト)ならこれ以上ないぐらいの逸材なのにもったいねーよな……。俺がその血欲しいぐらいだ」

「神は不公平です……。うう……」


一方、サキュアの妹マキュアはシフォを執拗に狙い、素早い身のこなしで追う。


「やはり私の血を狙っているのですね」

「サキュアは美味しければどんな血でも良いみたいだけど、マキュアにはこだわりがあるのよ」


襲いかかろうとした瞬間、シフォの周囲に発生する旋風。

その風圧によってマキュアは吹き飛ばされる。


「貴様らに姫様の血など一滴も吸わせん。吸血鬼の小娘が」

「おじさんの血には興味ないわ。退いてくれるかしら? 」

「興味がなくて結構だ」


ジェードに気を取られている間に、カルロはマキュアとの距離を詰める。

鋭い回し蹴りを腹部に受けたマキュアは、屋敷の壁に勢いよく叩きつけられた。


「いったぁい……。でも……気持ちイイ……♡ 」

「気持ち悪いなお前……」


びくびくと身体を震わせ、不気味に笑う彼女を見てカルロは不快そうに顔を歪める。


「良い蹴りだったわ。でも残念、マキュアの好みは高貴な血か美しいお兄さんの血なの」


両方揃っていればそれは最高の血なのだけど、と呟く。

姉と比べて随分と理想が高い。


「お兄さん、顔は悪くないけどちょっと目付きがこわいわ。もっと優しい顔できないのかしら♡ 」

「生憎だが生れつきなんでな。どうすることもできねーよ」


目の前の鬱陶しい吸血鬼に銃口を向ける。

引き金を引こうとした刹那、カルロの耳にユリアの短い悲鳴が届く。


「ひゃっ! 」

「マキュアは痛いことされるのが好きだけど、サキュアは痛いことするのが好きなんだよね。キミには近付けないから、遠くから痛めつけちゃおうかな♪」


サキュアは牙で手首を傷付けると、傷口から出た血から小さな蝙蝠こうもりを生成し、ユリアへと飛ばす。

数匹の蝙蝠はついばむ鳥ように彼女を襲う。


「痛っ! あ、あっちへ行ってください! 」

「ったく……。今行くから待って――」


魔術書を振って蝙蝠を追い払おうとしているユリア。

見かねて振り返ると、うなじ付近に突き刺されたような鋭い痛みが走る。


「うッ……! 」

「吸血鬼にうなじを向けるなんて、血を吸ってくれと言っているようなものよ。お兄さん♡ 」


まさか血にこだわりを持つ方に吸われるとは、正直少し油断していた。

舌打ちをしてマキュアを睨む。


「マキュア、好き嫌いばかりしちゃいけないってサキュアに言われてるの。仕方ないからお兄さんの血で我慢してあげるわ」


必死で振り払い抵抗するが、人間と比べて力の強い吸血鬼は子供であろうと簡単には引き剥がせない。

カルロにしがみついたまま、じっくりと味わうように血を吸い続ける。


「クソッ、離れろ! 」

「あら……? お兄さんの血、不思議ね。()()()の味がする……♡ 」

「――っ! 」


ねっとりと囁かれた言葉に、双眸を見開く。


「教えろ、ソイツの名前を」

「マキュアとサキュアに勝てたらね」


マキュアは飛び退いてカルロから離れると、サキュアと顔を見合わせて頷く。

二人は抱き合い、互いの首筋に噛み付いた。

傷口から出た血は二人の頭上へと浮かんでいき、巨大な紅い塊となっていく。


「時計をご覧、もう零時過ぎだよ」

「人間達は眠る時間よ」


無数の蝙蝠が、紅い塊から放たれる。



「「おやすみなさい」」

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