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「悪魔か……」
海斗は、目の前にいる少女を確認した。ゴスロリ銀髪蒼眼少女が自分が悪魔であることに異議を唱えたい反面、「ああ、そうか」と納得できる面もあった。これだけ異質で危険な存在が自分と同じ人間であっていいはずがない。そして、こんな状況になったのは決して普通の人間である自分のせいではない。そう海斗は心で自分を落ち着かせようと必死であった。
「質問はおしまい? それじゃあ、話を再開するね」
クレアという悪魔だと名乗る少女は、残念といった顔を見せた後、話し出そうとした。
「……待ってください。さっきまでの話を聞いていなかったので、もう一度初めからお願いできますか? あまりにも、あなたが恐かったので……!!」
海斗は、話をしっかりと聞く必要があると考えもう一度とお願いしたが、自分の行動は迂闊だったことに気がついた。今この瞬間も命の危険を感じているのに、相手の話を遮り、あなたの話を聞いていなかったと言い、さらには恐いとまで言ってしまった。彼女の雰囲気がより凶悪なものへと変わっていくのを感じて、海斗はようやく自分の失態を知った。ここ終わるのか、と自分の不運さと至らなさを後悔した。
「……あれ〜、それは困ったな。そうか、恐かったのか。人間相手だから、威圧しなくてもいいんだっけ?……はい、これで恐くない?」
少女はそう言うと、少しの間 目を閉じた。彼女が目を開けるころには、先ほどまでの邪悪な雰囲気はなくなり、普通の人間のように見えた。死までも覚悟した海斗は、拍子抜けし間抜けな声で少女に尋ねた。
「え、あれ、……殺さないんですか?」
「殺す? なんで?」
「それは……、先ほどまで、その、ものすごく恐かったので。てっきり、私を殺すのかと思いまして」
「? 恐いから殺される、ってすごい考え方だよ? さすがに、ここでそんなのはいないと思うけど……」
先ほどまでとは打って変わって、別人のように見える少女は、海斗の方を心配そうに見つめている。海斗は、その変わり様に戸惑いながらも、緊張感を失わない様にと、気を引き締め直して少女に話しかけた。
「……それで、あのあなたは」
「クリス」
「……あの、何で私に」
「クリス」
「……クリスさんは、何で」
「クリス!」
「…………クリスは、何で私に話しかけてきたんでしょうか?」
「せっかく名前を教えたのに、呼んでくれないと悲しいでしょ? それと敬語はイヤ!」
「………………」
…………めんどくせぇぇぇ!!
海斗は、一度深呼吸をした。いくら雰囲気が変わっても、こいつはさっきまで人間じゃない雰囲気だったんだ。これはきっと作戦かなんかなんだ、俺を面白く殺すための。目の前の少女が先ほどまで、死をも覚悟させた存在であるということを忘れるな。
そう海斗は再度自分の状況を確認し、あくまで冷静に話を再開した。
「クリスは何で俺に話しかけてきたんだ?」
「そんなことより、あなたの名前を聞いてなかったね!」
…………突っ込んだら負けだ。
「……加賀海斗だ」
「へー、海斗か〜 じゃあ、ギャスケッパって呼んでもいい?」
…………平常心平常心
「……海斗って、呼んでくれ」
「むー。ギャスケッパ可愛いのに……でも、モジャトンダは可愛くないし……。あなたは何がいい?」
…………我慢我慢
「……海斗って呼んでくれ」
「カイトか〜。なんか、カイトはしょぼい気がするんだよね〜。でも、人間だしカイトでいいかもね! よろしくねカイト!」
「…………」
「で、何の話してたんだっけ?」
…………もう無理
「おぉぉぉい!! 人が落ち着いて話そうとしてるのに、テメェ、人の話はちゃんと聞きなさいってお母さんに言われなかったのか?! 足をガクガクと震わせて今にも折れそうな感じの高校生の発言を無視して、勝手気ままに話を進ませやがって! って、もう高校生じゃないか。……じゃなくて、そんな勇気ある質問を「そんなこと」で済ませて、何様のつもりだお前? いくら、俺が我慢できる男だからってもう限界だ。第一、名前を呼ばなかっただけで、人の話を聞かないとか何歳児ですか? 名前を教えても意味不明なあだ名をつけるし、お前頭おかしいんじゃないの??」
言い切った直後、海斗はなんとも言い難い達成感に浸っていた。そうだ、こういう子にはちゃんと言ってあげないと、と。が、すぐに自分がいったい何に対してこんなことを言ってしまったのかを思い出し、血の気が引いていった。今度こそ殺されてもおかしくない。
本日二度目の死の覚悟をした海斗であったが、一向に少女は襲ってこない。そればかりか、高かったと言っていた本を落とし、右腕を目元に当て、嗚咽を漏らし始めた。
「……そんなこと、言わなくても、いいじゃんかぁ……わたしだって、50年か振りに、生物と会話、したんだから、ちょっとはしゃいで、たのは認めるけど、そんなに怒んなくても、いいじゃんかぁ……」
…………小学生ぐらいの背格好のコスプレをした女の子が、高校生の男に怒鳴られ、ぐすんぐすんと泣く様子は、とてもかわいそうだった。というか、海斗は完全に悪者だった。
そして、ここで、変なこと言わず謝っていればよかったと海斗はのちに後悔することになる。
「え、ちょっ、その反応は予想外だったというか、俺が悪かったというか。……って、俺悪くないし! それにお前今50年っていったよな? 俺より年上じゃねぇか!! ババァ!」
「なっ……50年って、わたしたちの中だとないのとほとんど一緒だしー!! 他の生物と接してないと、成熟しないから、実際はそんなに年とってないしー!! 自分の常識を他人に押し付けて、恥ずかしいと思わないの??」
「ぐっ。確かに、自分の常識を押し付けたのは良くないとは思うが、それでもお前の今までの言動は反省すべきだと思うぞ!」
「サイテー!! カイトのバカー!!」
「……なぁ? 一回落ち着いて、ゆっくり話をしよう。そしたら、分かり合えると思うんだ」
「カイトのアホー!! ドーテー!!」
「……童貞ゆうなぁぁあ!!」
……数十分後、ゴスロリ小学生とケンカをした海斗は、少女をクリスという悪魔の女の子であると認め、彼女の契約にサインし、さらに彼女の下僕となることが決定したのであった。
…………なんでこうなったのか、今の海斗にはわからない