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かーちゃん実は魔法少女だったの……  作者: 海原虚無太郎
第5話 走れ青春!夏と祭と悪魔と魔法少女と
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走り出した青春(2)

「隆ー!百合子ちゃん来てるわよー」

 チャイムが鳴る音がしてすぐ1階から母の呼ぶ声が響いた。

 午前10時に5分前、約束通りで流石というか真面目な奴だ。

「すぐ行くよ!」

 部屋のドアを開け階下の母に聞こえるように大声で返事をする。

 財布も携帯電話も持った。身だしなみもまぁ問題ないだろう。

 昨夜妹に祭りに一緒に回れないことを告げる時は少し心苦しかったが、どうも妹にも先約があったらしく気にしていないようでほっとした。

 その妹は30分ほど前にその先約の相手のところへと出かけていったのだが、約束の相手がまさかボーイフレンドとかだったらお兄さん許しませんよ!

 なんてごちゃごちゃした思考を巡らせつつ階段を降りて行く。


「杉田君おはよう。朝早くからごめんね」

 母に招き入れられたのか玄関に百合子が立っていた。

 淡い青のワンピースの上に薄手のカーディガンというまったく見慣れない百合子の姿を見て隆はドキっとしてしまいすぐに視線を下に向けてしまった。

 いくら近所だからといってほぼ付き合いがなかったわけで、百合子の私服姿を見たのなんてそれこそ小学生の時以来だろうか。

「あっ……ああ、大丈夫。準備できてるから行こうか」

 なんとか気持ちを落ち着けようと玄関に腰掛け靴を履くことに集中することにした。

「百合子ちゃん気をつけてね。隆もしっかり百合子ちゃんを助けるのよ」

 背後のキッチンの方から母親の声が掛けられる。

 祭りのバイト程度で何をそんな心配してるのだかと思うのと同時に母親の世話焼きを異性の同級生に見られるのが少し恥ずかしくなり百合子と促してさっさと玄関のドアを開けていた。



「……暑いな」

 夏休みももう終わるというのに暑さが緩むことも無く、まだ午前中だというのに焼けるような日差しが降り注ぎアスファルトを容赦なく焼いていく。

 隆の家から駅まではバスを使えばすぐにたどり着ける。一応今日は祭りのため交通規制もされているから駅から少し離れたところまでしか行かないが、そこまでは冷房の効いた場所に逃げ込めるのだから文句は言うまい。

 問題があるとすれば、隣に居る百合子とまったく会話が続かないという状況だろう。バスを待つ間のほんの5分ほどの時間が隆には無限のように感じられた。

 ちらりと百合子の方に目をやるが、白い帽子を被った彼女は足元をじっと見詰めているだけだった。

「(今日こんな重い空気で一日過ごすのか……?)」

 隆は額にじっとりと汗をかくのを感じた。

 長い一日が始まろうとしていた。



* * * *



 隆たちが出発してすぐ後、杉田家のキッチンには3人の魔法少女が集結していた。

「さて、百合子も出発したようだな。我々も出撃するぞ」

 食卓の上にはトライガーが乗っかっていた。

「トラちゃん、本当に大丈夫なのよね?」

 プリティーピーチに変身した桃美は心配そうに尋ねた。

「昨日も説明したが、恐らくは大丈夫だ。状況証拠しかないが隆君ならば暴走したハートスポットだろうが問題ないはずだ。そしてもうこれ以外の手が無いのも事実なんだ」

「うーん……」

 それでも桃美はまだ納得していないように唸っている。


 昨日の夕方、例のカラオケ屋において状況打破および対悪魔大規模作戦についての作戦会議が行われていた。

個室には魔法少女同盟の三人とトライガー、そしてもう一人、ビビットレッドを基調としたポップなイメージのオーバーオール風コスチュームを纏った魔法少女が作戦図を囲んでいた。


「さて、まずは今回急遽作戦に参加することになった魔法少女を紹介しよう。桃美は顔見知りだろうが、他の皆は知らないだろうしな。彼女は5年ほど前に魔法少女マジカルチューナーだった井上百合子。今回ハートスポットの修理に当たる魔法少女というわけだ」

 桃美は百合子が魔法少女の格好をしてこの部屋に入ってきた時思わず声を出して驚いてしまった。

 百合子の家とはご近所付き合いもそれなりにあるし、隆の同級生ということで魔法少女をやっていた時期も何度か目にしているはずなのにまったく魔法少女だと気がつかなかったからだ。

「桃美が気が付かなかったのも無理は無い。彼女は非戦闘型の魔法少女で魔力量自体はほとんど普通の人間に近くて、魔力素養と魔法具との相性さえ合えばなれるタイプなんだ。主な役目は星宮市内の精神エネルギー流路やハートスポット、その他環境制御魔法具の修理調整。ちなみに同じ役割の魔法少女はかなりの数いて、今も市内に20人ぐらいは現役のマジカルチューナーがその役目を果たしているよ」

マジカルチューナーとは魔法少女の個体名というよりかは役職名に近かった。

ハートスポットを点として市内に張り巡らされた精神エネルギーや魔力の通り道を整備や修理したり、コミュニティ内の負の感情の淀みを正して健全な状況にもどしたりして笑顔溢れる地域を維持することを目的としたご近所トラブル解決型魔法少女といったところだろうか。


「でも。百合子ちゃんじゃなくて他の現役の子でも良かったんじゃ?」

 桃美は率直な疑問を口にした。

 トライガーの説明どおりならばいちいち引退した百合子を連れてくる必要などはないはずである。

「ハートスポットの修理だけであればその通りなんだが、問題は暴走したハートスポットまでたどり着くことができないってことだ。桃美と僕の二人して必死になっても突破できなかったあの防衛魔法を突破するには彼女がキーになる。いや語弊があるな。彼女はキーとなる人物を作戦に組み込むために必須というところだな」

「いまいち良く分からないんだけど」

 環もありすもまったく事情が飲み込めていないようであった。


「現在暴走しているハートスポットが発動している防衛魔法は偽装魔法、錯覚魔法、人払いの魔法の複合結界だ。これを突破するのは現状最強の魔法少女である桃美ですら無理だったわけだが、かつて桃美の偽装魔法と僕の人払いの魔法をまとめて苦も無く突破してきた人物がいたのを思い出してね。桃美も覚えているんじゃないか?」

 トライガーは桃美のほうを向いて短い腕で指差してきた。

「え?…………もしかして……隆!?」

 30年ぶりに再び魔法少女になったあの日。たしかに変身した姿だったはずなのに息子に正体を見破られた。見破られたというよりもただただトンチキな姿をした母親だとしか認識していないようだった。

 その時のことを思い出して桃美は赤面してしまった。


「思い出したようだね。ありすと悪夢領域で会っていた話も非常に興味深かった。昨日すぐスターランドのデータベースを照合してみたんだが、なんと隆君に関してはほとんどデータが存在していないこともわかったんだ」

「それで桃美先輩の息子さんが何らかの力をもっていると」

 環は身を乗り出してトライガーの話を聞いていた。

「そのとおり。そして隆君の能力だが、恐らく超絶的な魔力無効化能力であると推測された。彼は彼自身および接触している物に対する魔力干渉をほぼ全て打ち消していると思われる。魔道具による映像は残っているものの、識別魔法や精神同調、精神干渉、読心、魔力波長調査などなど魔力を投射してデータを得るようなタイプの調査はほぼ全て失敗している」

「へー、んじゃ攻撃魔法とかにも無敵ってこと?」

 ストローを咥えていたありすが口を挟んできた。

「いや、恐らくは魔力による干渉を無効化しているだけで攻撃魔法といった魔力を熱や光といったエネルギーに変換してぶつけるようなことには関係しないはずだ。だが、魔力干渉に対する耐性だけでいえば桃美を遥かに上回る能力をもっていると思われる」


「そんな……どうして隆が?」

 桃美は愕然としていた。

 娘の夢には強い魔力があることは生まれた時になんとなく分かっていた。しかし隆に関しては生んでから今の今まで何か特殊な力があるとはまったく思いもしなかったからだ。

 そんな桃美を見てトライガーが続けた。

「夢ちゃんの魔力が胎児の時に君から影響を受けたように、隆君の魔力耐性も君のお腹の中に居たときに獲得した物だろう。人間は基本的に魔力に関する感受性は女の方が高くて、男は魔力に対する抵抗が高い傾向がある。君が引退して隆君を産むまでに放出されず蓄積した超高濃度の魔力に君のお腹の中で晒され続けたことで、彼の魂が魔力によって変性しないように魔力耐性が凄まじい勢いで強化されていったんだろう」

 桃美はあんぐりと口を開けて黙ってしまった。


「さて、話が逸れたが戻すぞ。ここに来て貰った百合子なんだが、桃美は知ってるだろうが隆君と幼馴染で今は同じクラスメイトでもある。そして今日既に学校で明日一緒に祭りを回る約束も取り付けている。祭りに乗じた悪魔の侵攻を挫く対悪魔大規模作戦の前段階として、マジカルチューナーである百合子には隆君を連れて防衛魔法を突破し、暴走したハートスポットを修理するという役割を担ってもらうということだ」

「バカじゃないのー!!!!」

 桃美の絶叫がカラオケボックスに木霊した。

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