動き始めた祭(2)
「それで、朝っぱらから呼び出された理由は?」
駅前通りから奥へ3ブロックほど入り込んだ薄暗い路地に明らかに場違いなピンク色の派手な衣装を着た桃美が立っていた。
午前9時過ぎ、飲食店や怪しげなマッサージ屋、得体の知れない事務所などが立ち並ぶ雑居ビル街に夜間の賑わいは無く、残飯を漁るカラスの鳴き声がむなしく響いていた。
「突然すまない。だが、重大な問題が起きたんだ」
「重大って割には私しかいないじゃない。今日が子供達の登校日じゃなかったらどうするつもりだったのよ」
隆と夢は月に一度の登校日で出払っていたから良かった。
そうでなければこんな朝早く出かける事の理由をでっちあげるのに苦労したはずだ。
「君でダメなら他の二人が居ても無駄足になるだけだからね。とりあえずこっちだ」
トライガーはふよふよと宙を浮きながら桃美を促して路地裏へと進んでいく。
「今朝早く駅前地区のハートスポットの機能不全が確認された。今回はその確認作業に当たってもらいたい」
「壊れたから修理するってこと?私そういうのやったことないんだけど」
奇妙なほどに静まり返った路地には桃美の足音しか響いていなかった。
「修理には別の魔法少女を手配している。ハートスポットの不具合が検知されたんだが、その後に非常事態用の最終防衛機能も何故か働いているようで遠隔操作をまったく受け付けないしモニタリングも正常にできていないんだ。だから今から直接ハートスポットの状況を確認しに行くんだ」
「それ私必要?トラちゃんだけで行けば良いんじゃ。それに、なんかこの先行きたくないっていうか……」
桃美は進む道の先に何やら悪寒を感じていた。
見ればトライガーも移動速度が遅くなっているようだ。
「それが君が必要な理由だ。今君はこの奥に行きたくないって感じているだろ?それはハートスポットから出てる人払いの魔法のせいなんだ。最終防衛機能の誤作動で防衛用の人払い魔法や忌避魔法、錯覚魔法なんかがが無差別無識別で展開されている。しかもハートスポットという装置の特性上、スターランドとこの街の両側から魔力を無尽蔵に使ってそれを展開しているから非常に厄介極まりない。ということで、この最強級の防衛魔法の中を無理矢理突破してハートスポットまで行かなきゃならないからこの街で最強の魔法少女である君にきて貰ったわけだ」
「そう言われても……なんだか気分も悪くなってきたし」
「僕だってこの先へ行くのは非常に気分が悪いんだ。だがこれを突破しなければハートスポット本体へたどり着けない」
ヘロヘロと飛ぶトライガーと共に桃美もゆっくりとだが狭い路地を進んでいた。
しかし、ようようと進んだ所で路地の風景は急にぐにゃりと歪みだし、天地が溶け合うようにグルグルと回り始めた。
「うっぷ……トラちゃん……もう無理……吐きそう……」
「この近くの……はずなんだが……方向感覚も狂わされたか……」
無我夢中で真っ直ぐ歩いた先は何故か最初にトライガーに呼び出されたビルの陰であった。
「やむをえん、一時撤退だ」
ほんの僅か5分ほどの時間であったはずなのに桃美はダラダラと冷や汗をかいて肩で息をしていた。
「ふー、生き返るー」
アイスコーヒーのグラスに刺さったストローから口を放し桃美は大きく息を吐いた。
駅前のコーヒーショップの店内は良く空調が効いており、窓の外の照り付ける太陽も、焼けたアスファルトとも無縁のまさに天国であった。
「結局三箇所回って全部気持ち悪くなってダメだったわけだけど、これからどうするの?」
カバンに入ったトライガーに向けて小声で問いかける桃美。
あの後、休憩を挟みつつ別の場所を回ってみたが結局同じことの繰り返しで成果は得られなかった。
桃美もトライガーもフラフラになった挙句路地の入り口に戻されてしまい確認作業は中断となった。
「まいったなぁ。いくら我々に対して親和性がある魔力とはいえまさかここまで強力だとは……」
トライガーは思案しているらしくカバンの中でさっきからウンウン唸っていた。
「このままじゃ修理を担当する魔法少女も近寄ることができんぞ」
「遠隔操作できるロボットみたいなのはないの?」
「このぬいぐるみの体自体そんなものなんだけど、僕みたいに干渉されて進めなくなるのが関の山だろうな。検出された魔力量から考えたら君と僕の展開する人払い魔法や忌避魔法にまとめて抵抗しなきゃならんレベルだ、君で無理ならそんなことできる人間は存在…………するかもしれないな」
「???」
カバンの中でトライガーが飛び起きたようで、急に不振な動きをしだすカバンを桃美は咄嗟に抱きかかえた。
「すまない、直ぐにスターランドに戻る!夕方の明日の作戦会議までには戻るから」
そう言ってトライガーはカバンの中から姿を消したようだった。
「なんだったのかしら?それに明日は悪魔退治だったっけ?学さんが危ない目に合わなきゃ良いけど」




