至宝の煌き
プリティーベリーとの対峙から一夜明け、魔法少女同盟の三人は例のカラオケ屋の一室で対策会議を行っていた。
黒こげのトライガーが桃美のもとへ飛び込んできてから壮絶な一日であった。
嬉しいはずのかつての仲間との再会は最悪な形で実現してしまった。あろうことか、プリティーベリーは娘たちへ本気の攻撃を加えたのだ。すんでのところで間に合ったから良かったものの、一歩間違えればマギカフォース達は危険な状態になっていただろう。
そして助けられたは良いが、安全な場所へ逃がそうとしているのに夢が一緒に戦うと食い下がってきたために強制転移させたことも後々問題となった。
あの後で帰宅した夢は何やら暗い顔をして夕飯を少しだけ食べてすぐに部屋に閉じこもってしまった。
魔法少女としての全能感をへし折られた時の気持ちは桃美もよく分かっていた。けれどあそこで彼女達を残し、ましてや彼女達をかばいながら戦うことは不可能だと悟っていたため決断を下した。
娘の安全を優先した結果娘の自尊心を傷つけてしまうことになってしまったが、それはもうどうしようもないと桃美は諦めるしかなかった。
目の前にいた相手が母親としての選択を許してくれなかったのだ。
「それで、焔ちゃんの居場所は分からないわけね」
少し低いトーンでトライガーへと問いかける桃美。
今日は桃美の同窓会の日でもあり、薄いパールピンクのスーツを着た桃美はじっとトライガーを見つめて言葉を待っていた。
「プリティーストーンからの情報が途絶えているからな。恐らくは魔力でジャミングをかけているんだろう。ただ大雑把には掴めている」
テーブルの上に座り込んでいたトライガーは魔法で中空にビジョンを作り出した。
「これは昨夜星宮市内であったプリティーベリーが絡んでるであろう事象をマーキングした地図だ。市内中央部の東通りで悪魔が巣食っていた雑居ビル2棟が爆発炎上、あとは駅周辺の次元回廊で悪鬼の小部隊いくつかとの交戦反応も見られている。ここから推測されるに彼女は昨夜駅周辺にいたのは間違いないだろうな」
トライガーは淡々と説明を続けていた。
「うーん、いまいち状況がわからないんだけど。そのプリティーベリーっていう桃美先輩のお仲間はどういう状態なんです?マギカフォースを殺しかけて桃美先輩とも戦おうとしたって聞いたけど、その説明じゃ悪鬼や悪魔を倒してるし敵なのか味方なのか」
トライガーの説明が一段落したところでテーブルを挟んで桃美の向かい側に座っていた環が口を開いた。
それに応えるようにビジョンが切り替わり無残な焼け跡となったビルが映し出される。
「今のところプリティーベリーは暴走状態にあると言って良いだろう。観測されたデータと過去のデータから考えて恐らくプリティーストーンにウラーム帝王の呪いが掛けられていたんだと思う。焔の持つ魔力が強大だったことで呪いは完全に成功していないが、焔自身の負の心を増幅させて欲望のままにその力を使うことにも何の抵抗も覚えていない。今はまだ魔法少女としての使命を覚えているから良いが、このビルのように加減なんてまったく考えてはいない。悪鬼や悪魔、魔獣の他に、その力がこの街の人々へ向けられた場合とんでもないことになりかねない」
「呪いかー。つーかプリティーストーンの機能をそっちで止めらんないの?私達の記憶弄れるんだからそれぐらい余裕じゃない?」
ありすの疑問に答えるためトライガーはビジョンを消して向き直った。
「それも無理だろう。プリティーストーンの場所が分からない上に何らかの妨害魔法が展開されていてこちらからの操作することが出来ない状況なんだ。それにプリティーストーンに組み込まれた呪いが焔と繋がってるから解呪をせずに強制的にプリティーストーンの機能を止めた場合、焔にどういう影響が起こるか想定できないし危険すぎる」
「つまり、呪われたプリティーベリーそのものを浄化しろってことよね?」
桃美の瞳には覚悟の光が宿っていた。その言葉の意味する所を理解して環もありすも黙ってしまった。
「解呪専門の魔法少女というのもいるにはいるんだが、戦闘力は皆無に等しい。プリティーストーン自体を解呪できないのであればプリティーベリーと戦って呪いを消し去るしかあるまい」
「まぁ、なんとかやってみるわ。そういうのは昔もよくやったしね」
重苦しい雰囲気を誤魔化すように明るめの声を出しているようだった。
事実、プリティーピーチとして活動していた時には悪鬼の他に、悪鬼の呪いによって悪鬼へと堕落してしまった人間とも戦ったことがあったのだ。そして魔法の力で呪いを解くこと、汚染された人の心を修復することも経験していた。
「先輩!私も全力でお手伝いしますからね!」
「私だって桃美さんの力になれますから!!」
桃美を気遣うように二人が前のめりになって声を掛けてくる。桃美は自分が暗い顔をしていたことにそこで気がつきふっと肩の力が抜いた。
「二人ともありがとう、でもこれは私だけに任せてもらえるかしら。もう一度ちゃんと焔ちゃんと話しておきたいから」
桃美の脳裏にはかつての仲間との日々がずっと浮かんでいた。辛い事、悲しい事があっても共に乗り越えてきた遠い日々が。だからこそ、彼女とは自分だけでもう一度向き合いたいという桃美の覚悟は定まっていた。
仲間に、友達になったかつての日の様に。
「焔ちゃんは絶対小学校に来る。そこで話をして、ダメなら私の手で呪いを解いてみる」
「わかった。では環とありすには万が一の場合に備えて裏方として待機してもらおう」
トライガーの言葉に環とありすは桃美を見つめながら頷き返事を返した。
「桃美、分かっているとは思うがまともに対話が出来ない可能性があることは想定しておくんだぞ。彼女の戦闘力は君とほぼ同等だということも忘れるな」
プリティーベリーもピーチ同様に人々の心を修復した際に生まれるハートストーンによって戦いの中で強くなり続けていった。そして万能型のピーチと違い、ベリーは攻撃力に特化したタイプの魔法少女でもあった。
「最悪の場合に備えて至宝ブレイブハートを使う準備もしておくんだぞ。使い方は忘れてないだろうな」
「……至宝ね。もしかして焔ちゃんも」
「そうだ、彼女がデザイアハートを使う可能性は捨てきれない。そうなった場合にはこちらも至宝を使うしかないだろう」
至宝、ハートストーンの中でも強力な力を持つ特殊な存在。プリティーピーチ達は戦いの中でそれぞれ資質に適応した至宝の加護を受けており、それを発動することで更なる力を発現させていった。
「至宝?切り札みたいなものですか?」
二人の会話にありすが疑問を挟んできた。
「簡単に言えばそうだな。至宝の力でプリティーピーチ達は巨大な力を備えた魔法具を纏うことができるんだ」
「へぇ、フォームチェンジってやつですね。私達もあったけど結局やらなかったんだよなー」
環は遠い目をして昔を思い出しているようだった。
「焔の持つ至宝は戦闘特化型のデザイアハートと広域支援型のチアフルハートだ。力を振るうことに溺れている今の焔であればデザイアハートを使ってくる可能性は高い。それに対応するのであれば、桃美も戦闘特化のブレイブハートで迎え撃つしかない。そうなった場合、いくら次元回廊でも現実世界に大きな影響を及ぼしかねないから君たち二人の力で結界を張って維持して欲しいんだ」
桃美は魔法少女として復帰した日の戦いを思い出した。
全力で放った魔法の余波は次元回廊から現実世界まで到達していた。では、もし至宝をまとった魔法少女同士の全力の戦いであればどうなるか。
「これはただの我侭だってわかってるけど二人ともお願い。私達の戦いで母校に被害が出ちゃうのはあまりに悲しすぎるから」
桃美の頼みに環もありすも納得したようだった。
「さて、そろそろ良い時間ね」
時計の針は午後1時前を刺していた。同窓会は午後1時から受付を始めるスケジュールだった。
「トラちゃん、皆、行きましょう」
桃美の言葉に応えるようにトライガーが転移ゲートを作り出す。
「いいか桃美、焔と接触したら彼女を次元回廊に誘導するんだぞ。ダメそうでもなんとか人気のないところに連れ出せば強制転移させることもできるから、そのことも頭に入れててくれ」
「ええ、なんとかしてみる」
桃美は肩の力を抜いてゲートへと足を踏み入れるのだった。




