新たなる力、フォームチェンジギア起動!(5)
黒い霧のフィールドを吹き飛ばし突如現れた魔法少女に視線が注がれている。
一瞬で場を支配した焔は皆の視線を浴びて愉悦に浸っていた。
「本当に最高の気分!この力、そして悪鬼、全てが私のためにお膳立てされてるってわけね!」
狩るべき敵を前にして真紅の魔法少女は喜びに震えた。
中学生ほどに見える小柄な魔法少女の姿から放たれる圧倒的なプレッシャーによって悪鬼の群れは完全に飲まれてしまっていた。ただ一人を除いては。
「あなた!一体何者ですの!?」
張り詰めた空気を切り裂き苛立ったようなレイジーの声が響く
「そういえば変身したままだったから名乗りを忘れていたわ。私の名はプリティーベリー。悪鬼を滅ぼし、正義を実行する魔法少女よ」
淡々と名乗る魔法少女の様子を悪鬼の群れを挟んで向かいにいたマギカフォース達も注目していた。
「プリティーベリーって事はやっぱりプリティーピーチの仲間ってことね。まったく次から次に私達の邪魔ばっかりして!」
サンシャインが怒りをあらわにしてブツブツ呟いている。その隣ではシリウスが無言でプリティーベリーのデータの解析を急いでいた。
「(まさかプリティーベリーまで引っ張り出すなんて先輩は本気でマギカフォース計画を潰すつもりなのか?あのおばさんもプリティーピーチと同じぐらいの化物……ん?このノイズは?……不味い!!)」
シリウスもトライガー同様にプリティーベリーから放たれる魔力の中に混じる負の魔力のノイズに気が付き、その危険性を認識して警戒を発しようとした時であった。
「プリティーベリーですって?一体何者か知りませんが私のフィールドを引き裂いた罪はその命で償ってもらいますわ!」
「いけませんレイジー様!奴は危険すぎます!すぐに退却の準備を!」
プリティーベリーの名乗りを聞いても意に介さず、強気を貫くレイジーに必死の形相で悪鬼兵長達が提言する。
「何を弱気になってるのです!この期に及んで新たな魔法少女が増えた程度で逃げるなどと!」
現帝王の一人娘であるレイジーは能力こそ立場に見合った非常に優秀な悪鬼であった。ただ箱入り娘が過ぎて過去の敗戦の事も敗戦の原因である魔法少女の事も、そして現在の戦況すらも知らされていなかったのだ。
今回の戦いはあくまでも立場に見合った実戦経験を積ますための練習のようなものであったのだが、そこに現れた最悪のイレギュラーの存在にお目付け役の悪鬼兵長達は狼狽しきっていた。
「ともかく、フィールドも破壊され、魔法少女に挟まれている以上は無理は禁物です。大切なレイジー様を危険な目に遭わせるわけには」
戦友である悪鬼将軍ガリオから直々にレイジーの護衛を任されていた老悪鬼ジュダスはこの危機から速やかに脱出するため、無理矢理にでも転移させられるように魔力を練り始めていた。しかしそれも遅かった。
「さて、自己紹介も済んだしもういいわね。私がこの街を守るんだから悪鬼は一匹たりとも生かしてはおけないのよ」
そう言うとプリティーベリーは右手に握った杖を下から上へ軽く振り上げる。
プリティーベリーの頭上で杖の先端に取り付けられている赤いハート型の宝石が強く輝いた瞬間であった。悪鬼達が立っている地面に不吉な亀裂が一瞬で広がり、割れ目から光と熱が溢れ出す。
「レイジー様!」
「不味い!防御魔法を早く!」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!
老悪鬼とシリウスの叫びはすぐさま訪れた荒々しい魔力の噴火の前に掻き消える。
赤熱したマグマのごとき魔力は噴出した真上に立っていた不運な悪鬼超兵達を瞬時に蒸発させる。そしてあちこちから間欠泉のように吹き上がり、灼熱の魔力の滝となって降り注ぐ。
「ラムレイ!!レイジー様だけでも!!」
老悪鬼は障壁を展開してレイジーを庇い降り注ぐ灼熱の雨を一身に受けていた。そしてその背後に死力を尽くして転移ゲートを開く。
「おぉう!!」
巨漢の悪鬼ラムレイは全身焼け爛れながらも覆いかぶさるようにしてレイジーを守り、転移ゲートへ押し込んだ。
「なっ!?ちょっ!あなた達!」
瞬時に塞がりゆく転移ゲートの隙間から漏れるレイジーの叫びを聞きながら、悪鬼兵長達は押し寄せる灼熱の荒波に飲み込まれていった。
魔力の噴火は収まり、地面の亀裂も悪鬼達も最初から無かったかのように消え去っていた。その場に残されたのは真紅の魔法少女と虹色のシャボン玉のような魔法障壁に包まれたマギカフォース達だけだった。
「一匹逃がしちゃったかー。まぁすぐに根絶やしするんだから問題ないか」
焔は自分の力の感触ににやけ顔が止まらなかった。そして辺りを見回し、悪鬼がいた場所の奥にいる彼女達の存在を初めて認識した。
「あれは……そういうことね」
ゆっくりと彼女達の方へと歩き出す焔に向こうから怒声が届いてきた
「バッカじゃないの!死ぬかと思ったじゃない!!」
背中のバックパックから立ち上る煙に構わずサンシャインがプリティーベリーへと烈火のごとくキレまくる。
プリティーベリーの魔法が発動した瞬間、マギカフォースシステムに組み込まれていた緊急防御プログラムが発動しフラワーの防御魔法を中心に強制的に魔法障壁が組み上げられていた。
魔力の噴出の中心からかなり離れていたこと、そしてマギカフォースシステムとフォームチェンジギアの大半の魔動力を障壁に注ぎ込んだことでなんとか彼女達は無事やり過ごすことができたのだ。
その代償としてフォームチェンジギアのオーバーヒートが起こり、バックパックから盛大に白い煙が上がっていた。また障壁の中心となったフラワーはブレイブナイトフォームの盾もガントレットも砕けてしまい、マギカフォースシステムもオーバーヒート寸前となってしまいその場にへたり込んで立てずにいた。
「やめろサンシャイン!その魔法少女は危険だ!」
シリウスが今にも突っ込んでいきそうなサンシャインを引き止めるように叫ぶ。
「やっぱり、あなた達も魔法少女なのね」
シリウスの制止に噛み付こうとしたサンシャインに遠くからプリティーベリーの声が聞こえてきた。
真紅の魔法少女はフリルの付いたミニスカートを揺らしながらゆっくりと歩いてきている。
「そうよ!私達はマギカフォース!この街を悪鬼達から守るのは私達の仕事なんだから邪魔しないでよね!!」
サンシャインの叫びに反応したのかプリティーベリーは20メートルほど先で歩みを止めた。
「へぇ、そうなの。奇遇ね、私もこの街を守るのが使命なの」
プリティーベリーは不穏な笑みを浮かべながらサンシャインの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「な、何が言いたいのよ!」
その視線に怯んだサンシャインが及び腰になりながらもプリティーベリーを睨みつける。
「この私以外の魔法少女はこの街に必要ないのよ」
気だるそうに杖が持ち上げられた。
先端の宝石が真紅の輝きを放つ。
「みんな逃げて!!」
プリティーベリーの動きを察したドリームは全ての魔力を機杖に注ぎ込み、漆黒の魔力弾を撃ち出す。
ギュオオオオオオオ!!!
魔力弾はプリティーベリーの杖の先から放たれた巨大な火炎弾へと衝突する。
しかし漆黒の弾丸は燃え盛る火球に飲み込まれてしまう。
「ウソでしょおおおおお!!」
サンシャインの叫びとほぼ同時に魔力が炸裂し爆炎に包まれた。
「うーん……あれ?なんともない!?」
火炎弾の熱気に思わず目を瞑ってしゃがみ込んでしまったサンシャインは自分の身の無事に気づき、キョロキョロと見回した。
仲間達も同様に何が起こったか理解できていないようだった、ただ一人ドリームを除いては。
そのドリームの視線でサンシャイン達は自分達の前にいつの間にか現れていた人物に気がついた。
「プリティー……ピーチ……」
「なんとか間に合ったみたいね」
ドリームの口から零れた言葉に反応したのか、プリティーピーチは展開した桃色の障壁を解除する。そして目の前にいる同じ様な姿をした魔法少女に悲しそうな視線を向ける。
「ピーチ、やっぱりあなたもこの街に居たのね。その忌々しいトラも生きてたようね」
「……ベリー」
黒こげになったトライガーがプリティーピーチの肩にぶら下がるようにくっ付いていた。
「ベリー、一体どうしたの?どうしてこんなことを!?」
プリティーピーチの声は強張っていた。
「ふふっ、私はこの街を守る魔法少女になるために戻ってきた。そしてこの街は大いなる力を持った私の手で幸せが満ち溢れた世界になるの。そのために邪魔な存在を除去しているだけよ」
プリティーベリーの声は淡々としながらも狂気がにじみ出ているようであった。
「あなた達、ここにいるのは危険だわ。すぐに転移で逃げなさい」
その言葉にマギカフォース達は思わずプリティーピーチへと視線を向けた。
いつもの柔らかな雰囲気とはまったく異なった真剣な様子で背後の自分達に顔を向けずに投げかけられた言葉の迫力にサンシャインも黙りこくってしまった。だが、
「私も一緒に戦います!戦わせてください!」
ドリームの突然の申し出にプリティーピーチは振り向いて困った顔をしてしまった。
そしてマギカフォース達もいつもはあまり自分の意思を表に出さないドリームがプリティーピーチと共に戦おうと声を上げたことに驚いていた。
「……ダメよ。危険すぎる」
そう静かに呟いてプリティーピーチはシリウスに視線を向けた。そして桃色の魔法陣が地面に展開される。
「先輩!この事は後で全て説明してくださいよ!」
シリウスはその視線の意味を悟り、プリティーピーチの肩につかまっているトライガーへと叫んだ。
「そんな!?私も―」
状況を理解しすがるようなドリームの言葉を残してマギカフォース達は発動した魔法陣へと吸い込まれていった。
マギカフォース達が無事転移できたことを確認してプリティーピーチはプリティーベリーへと杖を握り向き直る。
「ふふっ、邪魔者を逃がしちゃってどうするの?あなたはトラに利用されたままで私の邪魔をするの?ねぇ、桃美」
「焔ちゃん……」
お互いの瞳にはかつての姿が映し出されていた。
30年前共に過ごしたあの日々の姿が。
「まぁいいわ、なんだか興ざめしたしね」
ふっと杖を下ろして焔は桃美に背を向けて歩き出した。
「明日は何の日かあなたも知ってるんでしょ?桃美、また明日、ね」
そういい残して焔は転移魔法を展開して消え去ってしまった。
「また明日……」
30年前の思い出、学校の帰り道、魔法少女として一緒に過ごした後、去り際のいつもの挨拶。




