新たなる力、フォームチェンジギア起動!
「同窓会明日だっけ?」
朝食を頬張りながら学が桃美に問いかけた。
「うん、明日は少し遅くなるかもしれないから晩御飯適当にピザでも取るように隆には言ってるからね」
テーブルを挟んで学の向かい側に座った桃美はコーヒーをかき混ぜていた手を止め学の顔を見た。
明日は桃美の母校、星宮市立星宮第二小学校で卒業生40歳の節目の同窓会が予定されており、夏休みということで校内を利用しての会ということで久しぶりの母校訪問を桃美は楽しみにしていた。
ちなみに星宮第二小学校は桃美の実家もある星宮市西部でも古くから首都圏のベットタウンとして整備された場所にあるが、結婚を機に学の通勤のことなどを考えて市中央寄りの新しく開発された住宅地へと引っ越していた。そして息子の隆は近所の市立星川小学校へ行かせ、娘の夢は私立の美星学園という小中高一環の学校に現在通っているため桃美は卒業以来母校を訪ねる機会がほぼ無かったのだ。
「前の同窓会が30歳の時だったから10年ぶり。皆元気ならいいけど」
桃美は前回の同窓会の記憶を遡る。30年前の大事な友人達の姿がそこに無かったことに少し落胆した記憶がぼんやり思い浮かんだ。
今回はなんだか会えそうな、そんな予感が桃美の中にあったが、それがどういう形での再会になるかはこの時知る由も無かった。
* * *
スターランド防衛部隊、通称軍部のオフィスの一角、魔法少女運用部門にトライガーの個室はあった。
かつての戦いを勝利に導いた功績によりトライガーは魔法少女部門における上級管理官まで上り詰めたのだが、この30年で魔法少女運用の主流が保全部に移ったことや軍部の縮小などがあったことで少し前に若手に実務を一任してデスクワーク中心の仕事を行っていた。
しかし、ヘイトレギオン結集によってプリティーピーチら復活の計画が始動したことでトライガーは再び実務の最前線へと舞い戻り、部屋は魔法少女同盟の司令室として機能するように改装されることとなった。
「プリティーコアの反応があっただと?」
デスクに据え付けられた通信機を片手に受信したデータをモニターに表示していく。
「ああ、確かに、これはプリティーベリーのものだ。しかも契約者が持ち歩いている状態だな」
通信機越しに誰かと会話しながらトライガーは表示されているデータを隅々まで確認する。
「ああ、分かった。これから復帰の打診のため変身誘導を行う。封印の詳細をそちらに送るから封印解除の手続きは任せる。研究所との掛け持ちだってのにすまないな、オリバー博士にはよろしく言っておいてくれ」
現在のトライガーの立場はかなり特殊であり、実質的な部下は一人もいない。そこで現在は軍部の若手数名がティアラ女王からの辞令により掛け持ちという形でトライガーの補佐に当たっている。
今通信しているのは軍部の開発部門魔科学研究所所属の若手の一人で、主にヘイトレギオンの活動監視などを掛け持ちで行っていた。
通信機をデスクに置いてトライガーは立ち上がり、部屋の奥に置かれた透明な円筒形の装置のハッチを開け中に入った。
「マスコットアバター生成、座標は星宮駅。精神転送開始」
ハッチが自動的に閉まり、円筒形の装置がガタガタと揺れ、青白い光を放った途端に装置内に立っていたトライガーは眠りに落ちたように目を瞑り身動きしなくなった。
「マスコットアバター生成および精神転送に問題なし。よし、転送ゲート離脱」
転送ゲートから抜け出しトライガー(マスコット状態)は星宮駅上空へと姿を現した。
「……っと、あそこだな。ここなら高架下に誘導するか」
トライガーが空に浮かびながら魔法を次々展開していく。
「ん?スキャンデータにノイズが入ってるが大丈夫かこれ?……まぁ封印も解除できてるし大丈夫だろう」
目標地点への誘導が成功しているのを確認しながらトライガーは降下していく
人払いの魔法によって駅近くというのに気味が悪いほど人気がない高架下に目標の彼女、プリティーコアの契約者霧島焔がいた。
その姿を捉え、不可視化したトライガーが背後から誘導魔法をかける。
「!?」
何かに気がついたように焔がポケットからプリティーコアを取り出している。
「……プリティーチェンジ」
その言葉と共に焔の体は漆黒のプラズマを纏った真紅の炎に包まれる。
「なっ!これは!?」
起動したプリティーコアから異常な魔力が吹き上がっていることを計器が示していることにトライガーは釘付けになった。
「みんなの心に真っ赤な情熱!プリティーベリー!ただいま参上!!」
赤黒の炎を割ってプリティーピーチと色違いの赤を基調としたコスチュームを着た焔がポーズを決めて現れる。
「変身シークエンスもコスチューム展開も異常はない。だが、何なんだこの負の魔力のノイズは?」
トライガ-は慌てて不可視化の魔法を解き焔の前へと姿を現した。
「焔!焔!久しぶりだが色々と聞きたいことが―」
その声を聞いてトライガーに向けられた焔の視線は凍て付いていた。
「久しぶりね、トラ……私も聞きたかったことがいっぱいあった。……でも、もうどうでもいいや」
焔は唐突にトライガーを杖で思い切り打ち据える。トライガーはまったく抵抗できず地面へとボヨンとマヌケな音を立てて叩き付けられた。
「魔法の力を取り戻して最高の気分なの、私たちを見捨てたあんたの顔なんて見たくないのよ」
転がったトライガーを焔はブーツで踏みつける。
「ぐっ、焔!一体どうしたんだ!?そのプリティーコアは一体どこで見つけたんだ!?」
「はぁ?あんた達が私の力を利用したいからってコレを持ってきてここまで呼びつけたんでしょ?これ以上私をバカにするのもいい加減にして」
魔力の炎がトライガーの体から発火した。
「とにかく、力は返してもらったから。もうあんた達の指図は受けない。この力は私が私のためだけに、失われた30年間を取り戻すために使うわ」
火ダルマになっているトライガーを蹴り飛ばして焔は踵を返し歩き出そうとした。だが前方の暗がりからあの男が姿を見せ、焔の前に立ちふさがった。
「流石スターランドの偽装魔法は素晴らしいですな、まったく姿が変わっておられる。さて、お見事でしたよ霧島焔さん、いやプリティーベリー。どうですか?帝王様の魔力を授かった気分は?」
焔にプリティーコアを持ってきた特徴のない男の顔が醜く歪んでいく。
「自己紹介が送れて申し訳ありません。ワタクシ悪鬼将軍が一人ジェスと申します。普段は工作部隊の統括などをやっておりまして、裏方仕事は報われないなぁと思っておりましたらまさかプリティーベリーを離反させるという大役を仰せつかるとは悪鬼冥利に尽きますねぇ。それではこれからやみ―」
「黙れ」
醜悪な笑顔をたたえベラベラと喋る悪鬼に向かって焔が吐き捨てるように呟く。
「……はぁ?今なんと?ワタクシは右も左も分からないあなたにこれからの―」
「だから黙れって言ってるの」
焔がぶっきらぼうに杖を振った。
杖から生み出された火炎弾がジェスの右側を通過し、右半身を瞬時に消し炭にした。
「!?……ぐわぁあああああああ!!!!貴様!一体なぜ!?」
地面に転がり悶えるジェスに焔が近づいていく。
「なぜって?当たり前のこと忘れたの?魔法少女プリティーベリーは悪鬼を殲滅するのが使命。それは30年前から変わらないはずよ」
虫けらのようにジェスを見下しながら焔は歩みを止めない。
「そっ、そんな!?そのプリティーコアには確かに―」
「悪鬼がまだ蔓延ってるなら私は戦うわ。大いなる力の義務だからね」
狼狽するジェスに杖が振り下ろされる。
ジェスは瞬時に火柱に飲み込まれ消滅した。地面に残された人形の焦げ痕だけがそこに悪鬼が存在していたことを示していた。
悪鬼を消滅させた焔はグッと拳を握り締め、その感触を確かめていた。
「フフッ、フフフ、アハハハハハハ!あの時の力そのものだ!30年前の私が帰ってきた!!」
誰もいない高架下に焔の高笑いが反響する。
「この力があれば私はやりなおせる!この力で私の成功を邪魔する物を排除できる!私が幸せになれる世界を作り出せる!!」
変身したままの焔は高笑いしながら高架下から勢い良く飛び立っていった。
「……くっ、これは暴走か?魔力パターンは姫様の時と似ているが。となれば解呪のためには……」
黒コゲになったトライガーがむっくりと起き上がり、分析されたデータをなんとか確認していた。
「桃美になんて説明すればいいんだ……」




