ある夏の午後(2)
「海だー!!」
真っ赤なビキニを着た日向が人もまばらな砂浜へと駆け出していく。
さんさんと降り注ぐ日光が波に反射してきらめき、熱く焼けた砂浜が広がっている。
「まったく、特訓だって盛り上がってたのは一体どこの誰でしたかしら」
セパレートタイプの水着の上からゆったりとしたマキシ丈のワンピースを着た海美が砂浜で盛大にコケた日向の後姿を眺めながらため息をついた。
大きなツバの日除け帽にサングラスとその姿はリゾート地のバカンス客のようであった。
「ニャハハー。まぁまぁ明日もあるんだから今日は遊ぼうよ」
モノトーン柄のタンキニにスパッツタイプの水着姿の空良がビーチボールを抱きかかえて隣を通り過ぎていく。
「せっかく海に来たんだから海美ちゃんも遊ぼうよ」
フリルがいっぱいついた花柄のワンピース水着の花代が海美の手を引いて行く。
「はぁ……仕方ありませんわね」
3人は日向の元へと向かう。
「あんたら何ちんたらやってんのよ!海よ!海!こんな良い場所に別荘持ってるなんて、やっぱ持つべき物は金持ちの友達よね!」
波打ち際でギャーギャー騒ぐ日向の声が聞こえてくる。
彼女達は星宮市から2つほど隣町の海水浴場に来ていた。
近隣都市からのアクセスが少し悪い場所のため、夏真っ盛りというのにそれほど混んでおらず完全な穴場スポットとなっていた。海美の実家・夏樹物産所有の別荘がこの近くあるため、それを当てにして特訓合宿という名目で遊びに来ているのだ。
「夢ちゃんも来られれば良かったのにね」
波打ち際に腰を下ろした花代がぽつりと呟いた。
「ふん、折角私が誘ってやったのに断るなんて生意気なのよ!」
「周りが年上しかいないんだから遠慮もするわよ。それよりもこの合宿で夢さんを超えるって息巻いてたんだですからちゃんと特訓もしなさいよ」
海美が波間に寝そべる日向に足で水をかけた。
「うっさいなぁ、夢なんてすぐ追い越すわよ!ただでさえ最近は他の連中も出てきて良い所持って行かれっぱなしなんだから」
「最近夢ちゃんの負担大きいからなんとかしなきゃって思ってるんだよね。さっすがリーダー、日向ちんやっさしー」
空良がビーチボールを日向に軽くぶつけた。
「バッ、バカ!そんなこと思ってもないわよ!私の見せ場が減るのが許せないだけよ!」
「で、でも、最近夢ちゃんなんだか疲れてるというか、なんか思いつめてるような顔してるのを時々見るから私達も頑張らなきゃね」
赤面してビーチボールを空良に投げ返す日向を見て少し笑いながら花代も砂を軽く握って日向に放った。
「そうですわね、まだ小学生の夢さんにばかり負担はかけてられませんわね」
「ニャハハ、私達は同じ仲間で先輩だもんね」
「明日は特訓頑張ろうね」
3人が日向を囲んで水をバシャバシャかけ始めた。
「ちょっと!さっきからあんた達、私にケンカ売ってんの!?」
日向も立ち上がり応戦を始めた。
彼女達の上げる水しぶきが日差しを反射してキラキラと輝いていた。
* * *
同じ頃、星宮市内の市民プールに夢はいた。
「夢ちゃーん!スライダーいこっ!」
スクール水着姿の夢は友人の香に手を取られ半ば引き摺られるようにウォータースライダーの列へと連れられ行く。
「やっぱり夢ちゃんも可愛い水着買えばよかったのに。今時学校のなんて誰も着てないよ」
香が周りを見回しながら、夢の姿を嘗め回すように視線をやる。
そういう香は最近のませた小学生らしくリボン結びのピンクのビキニをその薄い体に貼り付けていた。
「私はそういうの似合わないからいいよ。それに学校の水着も私は好きだよ」
「いーや、夢ちゃんの可愛さにその水着は相応しくない!いつも夢ちゃんを見続けている親友の私が言うんだから絶対絶対間違ってない!」
微妙に気持ち悪い事を口走ってる親友の事は適当に流して夢は空を眺めた。
「(今頃あの人たちはちゃんと特訓してるんだろうか)」
日向から合宿のことは聞いていた。ただ、夢としてはまだ彼女達とは距離感を感じていたため断ってしまった。
自分の魔力への嫉妬に似た眼差しや言動、戦いでの立ち位置などマギカフォース内ではっきりと壁があると夢は思っている。
「(私一人だけでなんとかできれば良いんだけど。それか、もっと強い人たちと一緒だったら良かったのに)」
一撃で悪鬼の群れをなぎ払うプリティーピーチの姿がいまだ脳裏に焼きついている。
圧倒的な強さ、魔法の美しさ、初めて見た時の衝撃ですっかり夢はプリティーピーチに心奪われてしまっていた。
「(プリティーピーチのこともっと知りたいなぁ。私だけ一緒に戦うことができて、それがキッカケで仲間に誘って貰えちゃったりして)」
「…めちゃん!夢ちゃんってば!」
ぼんやり妄想の世界に片足を突っ込んでいたところを香に引き戻された。
「夢ちゃんぼーっとしちゃってたけど大丈夫?疲れた?ベンチで休む?アイス買って来ようか?」
至近距離まで顔を近づけて問いかけてくる香に少し引き気味になりつつも夢は大丈夫だと笑って応えてみせた。
「列動いてるから早く行こうよ」
そう言って香を引き剥がし前へと歩いていく。
「(プリティーピーチと並び立てるぐらいに私は強くなってみせる!)」
夢のこの夏の目標が決まった。




