ある夏の午後
―お家の倉庫の中で綺麗な宝石を見つけたときから私の不思議な物語は始まった。
なんと私、実は魔法が使えるんです。
可愛いコスチュームに変身して人知れず悪と戦う私は正義の魔法少女!
戦うのはちょっぴり怖かったけど今では全然平気。
一緒に頑張るお友達がいてくれるから私は絶対負けないの!
* * *
「くそっ、ついてない」
楽しげな音と光、そして喧騒が渦巻くパチンコ屋から力なく抜け出した。
手元にあったお金が瞬く間に筐体に飲み込まれていく様を見るのはもう限界だった。
計算が狂ったせいで生活費も心許無くなってしまったため、これから給料日までどう過ごすかの思考がヘドロの中に埋まっていくようにろくに働かなかった。
「今日はもう寝よう。無駄に動いていたくない」
やせ細った体に夏の太陽が容赦なく照りつけてくる。
夜勤のバイトに行くかアパートで寝ているか、時々パチンコに出かけるか。ここ数年の私の行動パターンだ。
若い頃は派手に遊んでいた時期もあったが、今となっては時間の無駄でしかなかった。付き合った男も多かったが結局誰とも将来を誓うこともなく、私は独りになってしまった。
堕落した。
いつ頃からだったろうか、自分が道を踏み外してしまったと認識するようになったのは。
神童も二十歳を過ぎればただの人、というような言葉があったと思うが私はまさにこれだ。
私の人生のピークは小学生の頃で終わってしまったのだろう。
こんなことをおおっぴらに言えないし言えるような間柄の人間もいないのだが、実は私は子供の頃魔法少女だったのだ。
恐らく今の職場でこの事を昔話や自慢話として話しても、良くて笑いもの、最悪危ないクスリに手を染めていると疑われかねない。
それでも確かに、私は魔法少女、だった。
魔法少女だった輝かしい記憶は随分埋もれてしまっていたが、大人になってからも何か失敗したり上手く行かなかったりした時に限って記憶の奥底からひょっこり顔を出して私を更に惨めな思いにさせる。
かつての思いとは関係なく汚れた大人になってしまった私をあの頃の私が責め続けているような、そんな気分にさえなってくる。
ゴトンゴトンゴトンゴトン
電車が通り過ぎていく音が遠くまで響いている。
高架下はまだ日が高いはずの夏の午後というのに不安になるほど薄暗い。
そういえば辺りに誰も人がいない。
淀んだように停滞した空気、気がついてしまったことで妙に胸騒ぎがした。
これは、知ってる、人払いの魔法だ。
「すみません」
背後から急に声を掛けられ私は硬直してしまった。
冷や汗を掻きながらゆっくりと振り返る。
そこにはどこにでもいるような特徴のないサラリーマン風の男が立っていた。
「霧島焔さんですね?」
なんとも捉えようのない平坦な声で問いかけてきた。
私は警戒し少し後ずさりながら男から視線を逸らさない。
「私、スターランドの方から来ました。今日は焔さんにお渡ししたい物がありまして」
―スターランド。
確かにかつての私はそこの妖精と契約して魔法少女となった。
「……今更スターランドの連中が私に用なんてあるの?私達のことをほったらしにしたくせに」
私達、私と他に二人の仲間がいたが、皆最後の戦いのあと魔力を使い果たし変身できなくなっていた。
最後の戦いのあと一緒にいた妖精とも現実世界に戻る最中におぼろげな意識の中で別れを交わした程度でそれっきりだ。
その後仲間と一緒に変身しようとしてみたりしたがダメ、問いかけてみてもダメ、それまで体を張って戦ってきたにも関わらず関係が途切れてしまうときはあっさりしたものだった。
それは私とかつての仲間との関係とも同じだったのだが。
「こちらをお探しではなかったですか?」
男の掌にハート型の赤い宝石が転がっていた。
「それは!?私のプリティーコア!?」
少し黒くくすんでいるが、確かにあれはかつて私が魔法少女へと変身するときに使っていた宝石だ。
20年ほど前に親が死に、資産整理のために実家の全てを処分した時にいつの間にかなくなっていた宝石。
多分親が持っていた貴金属類に紛れて質屋にでも売ってしまっていたのだろう。
無くしたことすら今の今までほぼ気にも留めていなかった、思い出すこともなかった物ではあるが、流石に久しぶりに目にしたソレはかつての思い出そのもののように思えた。
「これを、私に?でも、もう私には変身できる魔力はないはずなのに何のつもり?」
男はゆっくりと近づいてきてそっと私にプリティーコアを握らせた。
「現在星宮市の方で少し問題が起きてまして、あなた方の力が再び必要となったのです。これを持って星宮市に行って頂ければ担当の者がすぐに変身できるよう手配してくれるはずです」
星宮市、私が捨てた古里。
魔法少女でなくなってから特に日常で楽しいこともなく、私は派手な友達とつるむようになった。あとは惰性で高校に進み、そして特に目的もなく何か変われるのではという漠然とした思いだけで東京へと出てきた。
実家を処分するときに少し戻ったことはあったが、他に親戚もおらず星宮市に居つく理由もなかった。
「これがあれば、また魔法少女に戻れる……」
かつての巨大な力、楽しかった日々が再びこの手の内に戻ってくる。
錆び付いてしまった人生が再び色づく可能性が私の掌の上に転がっている。
「ご検討よろしくおねがいします。フフッ、魔法少女としてのご活躍期待していますよ」
その言葉が残され、男はいつの間にか消え失せていた。
淀んでいた空気は解き放たれ、辺りにセミの声や車の通る音などが戻ってきた。
そういえばポストに小学校の同窓会の案内が来ていたことをふと思い出していた。
全ては仕組まれたことなのだろうか。
「……プリティーベリー」
私は無意識にかつての私の名前を呟いていた
握り締めたプリティーコアに宿る濁った輝きに私は最後まで気がつかなかった。




