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かーちゃん実は魔法少女だったの……  作者: 海原虚無太郎
第3話 ゆとり魔法少女セイントナース舞う
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あの日灯った輝き(3)

 悪夢領域の中を私は彷徨っていた。

 

 多くのジャーアクを滅ぼし、3文字のジャーアクを倒すことにも成功した。

 いつもメソメソしていた私はもういない。

 どんな敵にだって勝てちゃう強い魔法少女に成長したのだ。

 

 そんな自信は病院に巣食うジャーアクの前で脆くも崩れ去ろうとしていた。



「右から戦魔獣が来ているぞ!」

 バロンの声を聞いて私は咄嗟に飛び退る。

 脇道に潜んでいた戦魔獣が吐いた火炎弾に行く手をさえぎられた。

「くそっ!ここもダメ!?」

 適当に魔法を放ち戦魔獣の足止めをして私は身を翻した。


 悪夢領域に取り込まれた病院は闇の迷宮と化し、ジャーアクの眷属がはびこる中を私は駆け回り続けている

 最初は下級眷属ばかりで楽々倒していたが、次から次へと突如襲い掛かる魔獣の群れに私の体力も魔力も気力もすり減らされていった。

 そして追い詰められていくに従いどんどん強力な魔獣が現れはじめ、ついにはこの戦魔獣が出現するようになってしまった。

 ボロボロになった体をなんとか引き摺って戦魔獣の追っ手から逃れつつ、私は悪夢領域を作り出した本体のを探し続けているのだ。


「本体はどこなのよ!?」

 戦魔獣に追い回され恐怖が私の心を蝕み始めていた。

 走り抜けた先は小さな広場だった。

「ここは大丈夫かな」

 周囲を見回した。―見回すんじゃなかった。

 突如出現した黒い水溜りから戦魔獣が現れ、私は包囲されてしまった。

 狂気を孕んだ眼光が私を射抜き、思わずすくみそうになってしまう。

「まずいぞ!なんとか奥にある小道に逃げ込むんじゃ!」

 バロンに従い、私はありったけの魔力を叩き込んで包囲を突破した。

 

 転がり込むように小道に逃げ込む。

 もう魔力はほぼ空だ。

 怖い、帰りたい、辞めたいっていう気持ちで私の心は満たされてしまっていた。

 だがそこで私は見つけた。

 小道の奥に輝く光を。

 無我夢中で光に向かって走り出した。

 悪夢領域にも関わらず何も変わっていない病室のドア。

 ドアの小さな窓からは暖かな光が漏れていた。

 私は藁にもすがる思いでドアを開き中へ飛び込んだのだ。



「あら?可愛らしい看護婦さんね」

 一か八かで飛び込んだ私を出迎えてくれたのは穏やかな声だった。

 病室の中はまったくと言っていいほど変化しておらず、悪夢領域など本当に悪夢だったのではないかと勘違いしそうになったぐらいだ。

「どうしたの?何か御用?」

 ベッドの傍に腰掛けた女性が戸惑ったようにこちらに声をかけてきた。

「え、えっと……ちょっと休ませて貰おうかなって……」

 想定外の状況に私はしどろもどろになりながら何とか理由を答えた。

「あらあら、お仕事中にサボり?いけない看護婦さんね」

 女性は少しおどけたように笑っている。

 私の格好を見てまさか魔法少女だとは思っていなさそうだったので少しほっとした。


「いつまでそこに立ってるの?ちょっとこっちにいらっしゃい」

 気を抜いてると急に呼ばれてビックリした。

 恐る恐るベッドへ近づいていくと小さな寝息が聞こえてくる。

 ベッドには男の子と小さな女の子が仲良く寄り添って寝ていた。

「上の子が具合悪くなっちゃって昨日晩から付き添いでね。随分良くなったんだけど、環境が変わってあんまり眠れなかったみたいでお昼寝させてたら私も一緒に寝ちゃってた」

 笑いながら女性は私に語りかけてくれた。

 ベッドで眠る子供達とそれを見守るやさしげな母親。

 悪夢領域の内部とは思えないほどここには邪気が感じられなかった。

 そしてここにあったのは、まさしく幸せな世界そのものだった。


「……どうして泣いてるの?」

 母親の女性の困ったような声でいつの間にか涙が零れ落ちていたことに気がついた。

 極限状態だった緊張の糸が切れてしまったのだろうか、なんだか足もフラフラしていた。

「あっ」

 柔らかな感触に包まれた。

 暖かくて優しい匂いがする。

「よくわからないけど、色々がんばってたみたいね」

 私は女性に抱きしめられていた。

 涙が止まらない。

「大変なお仕事なら辞めたっていいのよ。辛いなら投げ出したっていい。頑張って頑張って、それでもダメなら諦めたって誰も責めたりなんて出来ないよ」

 頭を優しく撫でられる感触が心地よかった。

 そう言われてもう魔法少女なんてやめようかなって思ってしまった。

 でも、私がここでやめたらこの家族はどうなってしまうのか。そんなことを考えたら胸が疼いた。

 

 どれくらい経っただろうか。

 優しさに抱かれながら泣いたらなんだか力が戻ってきた気がした。

 そして力が戻ってきたらくよくよしてた心もなんだか晴れてまた頑張ろうって気にもなってきた。

 目の前にある幸せな世界をこれ以上好き勝手させない。

 私は魔法少女なんだから。

「急に泣いたりしてごめんなさい。元気になったからもういかなきゃ」

 ゆっくりと抱かれた腕から抜け出し私は笑って見せた。

「私のお仕事は皆を癒すことだから、皆を幸せにすることだから。だから、私は泣いてなんかいられないの」

 涙を乱暴にぬぐい、私は力強く言葉を紡いだ。

「そうなの、とても偉いのね。……頑張ってね、小さな看護婦さん」

 穏やかな声と共に頭をそっと撫でられた。

 思えば魔法少女になってから誰かに褒められたことってこれが初めてだったのかな。


「お仕事サボってたら胸の中がキュってなっちゃった」

 私は照れ笑いをした。

「誰だって心の中に輝きを持っているわ。みんな気づかないけど、それはいつだって進むべき道を照らしてくれてる、前に進むための力を与えてくれるの。その胸の痛みは自分の道を見失わないでっていう心の叫びよ」

ぎゅっと両手を握り締められた。


「胸の中の輝きを見失わないで」


 握られた両手から暖かな力が流れてくる。

 暖かな力が私の鼓動に共鳴してどんどん膨らんでいく。

 

 これが魂を癒すということなのか。

 

 そうだ、私の使命はジャーアクによって汚染された人々の魂を癒すこと、そして人々を幸せにすること。

 最初は仲の悪い家族が少しでも幸せを取り戻してくれればっていう小さな願いだった。

 でも、これまでの戦いの中で私の願いはもっと大きく育っていたんだ。

 溢れ出す心の輝きが強く、大きくなっていくのを感じる。


 

 私は笑顔で病室の扉を開けて出て行った。

 病室の扉を閉める間際まであの女性はありすを見詰め微笑んでいてくれた。



*  *  *



「胸の中の輝きを見失わないで」

 

 10年前に偶然流れ込んだ輝きの魔力が繋がった手の先の魔力と再び共鳴して大きな力を生み出す。

 それは記憶の改竄の影響でありすの中で最後まで閉ざされていた魔法少女の時の恐怖の記憶と共にしまわれていたのだ。

 10年前、闇の迷宮の中でありすは自分の使命を、自分が追い求めるものを見出した。

 あの後ありすは心から溢れ出す衝動のままに病院に巣食うジャーアクを倒し悪夢領域を打ち払った。

 そして、この出来事はジャーアクの根源を打ち破るための大きな力となったのだ。


「思い出した。私の心の輝きも、私の恐れ(ジャ=ゾハル)も、全部ここに置いてきたままだったんだ」

 白亜の茨が粉々に砕け散る。

「また助けられちゃった」

 握られた手の先には10年前とほとんど変わらない優しさに満ちた顔があった。


「もう忘れない」

 そっと放された両手に残る暖かさを感じながらありすはしっかりと前を向くのだった。



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