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かーちゃん実は魔法少女だったの……  作者: 海原虚無太郎
第3話 ゆとり魔法少女セイントナース舞う
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あの日灯った輝き(2)

「桃美大変だ!君の旦那が入院している病院にジャーアクが出現したぞ!」

 朝食の後片付けをしていた桃美の元にトライガーが飛び込んできた。

 突然の来訪に驚かされたが、トライガーの口から出た言葉に桃美は固まってしまった。

「……えっ!?それで、学さんは大丈夫なの!?」

 狼狽し洗っていたコップをシンクに転がしてしまった。

 動きを止めた腕を伝って洗剤の泡がポトリと床に落ちる。

「まだ状況が詳しくわからんが場所が場所なんですぐにスターランドのほうでバックアップ体制が動いている。まだ大きな被害は出ていないが危険なことには変わらない。すぐに中央病院に転送するからそこで環君と合流するぞ」

「え、えぇ!急ぎましょ!」

 転送ゲートが開かれ桃美の姿が掻き消える。



「桃美先輩!こっちです!」

 転送ゲートを抜けると環の声が聞こえてきた。

「ここ病院よね?なにこれ……」

 駆け寄ってきた環と共に周囲を見回す。

 病院の屋上のようだが、上空には異様な暗雲が広がっていた。

 さらに病院の周囲には大小様々な魔方陣が展開されており、病院まるごと巨大な結界に納まっているようであった。

「ジャーアクの悪夢領域によって汚染された現実世界では人々が昏睡状態に陥る現象が見られる。最近よく新聞に載ってるだろ、昏睡状態になる謎の奇病が多発してるって。悪夢領域が小さければ現実世界でも影響は小さいがここまで巨大な悪夢領域だと影響も計り知れない。あとは手術中の患者や重病者の多くの命が危険に晒されることにもなる。だからスターランドの魔法的な支援によって時間の擬似凍結と次元遮断を行っているんだ」

「はぁ」

 環が要領を得ず生返事で返した。

「この病院は今外界から時間も空間も遮断されてると思ってくれればいい。これから病院に来る人たちは偽装魔法や人払いの魔法で他の病院に向かうように仕向けている。とにかく影響が大きくなる前に悪夢領域に突入するぞ」

 トライガーが魔方陣を展開した。その瞬間周囲の空気が止まった感覚がした。

「時空間マーカーは悪夢領域内のセイントナースに設定。今10時47分、発生から大体15分経過しているから時間座標の同期を開始。……よし、行くぞ」

 トライガーがブツブツと呟きながら魔方陣を操作していく。そしていつもの転送ゲートとは違う眩い光を放つゲートが生み出された。

 「入ってすぐに戦闘になるはずだ、気をつけて行くぞ」

 桃美たちは変身しながら眩いゲートへと飛び込むのだった。



*  *  *



「くっそぉ。何この息苦しさ……」

 変身したありすは額に流れる汗をぬぐった。

 病院は瞬く間に悪夢領域に取り込まれ、ありすがいたはずの病室も指導官や患者らごと闇の中に溶けてしまった。

 闇が歪み、一瞬で赤黒い幾何学模様が縦横無尽に描かれたドームが現れた。

 ありすはドームで覆われた広間の中に立っているようだった。

「この感覚、……知ってる」

 腹の底に鉛を抱えるような重苦しい感覚。

 これは恐怖だろうか。

 

 ドームの中心にゆらりと黒い水溜りが生じた。

 水溜りは波紋を広げながらどんどん大きくなっていく。

「癒し手ヲ再度認識しタ。我ガ名はジャ=ゾハル。霧散セし悪夢の残滓なリ」

 巨大になった水溜りの中から金色の十字の形をした板が現れた。

 板状の本体には黒の禍々しい幾何学模様が無数に描かれ、本体中央には巨大な一つ目がゆっくりと開かれようとしていた。

「ウソでしょ……あれって確か10年前の……」

 ズキズキと痛む頭を片手で抑えながらありすは記憶の糸を手繰る。

 未だぼんやりとしているが10年前この病院で倒したはずの最強の3文字のジャーアクだ。

「歪まサレし魂の波動ニよリ我は再度凝縮した。癒し手ヨ感謝スる」

 ジャ=ゾハルの周囲に白く無機質な茨のような枝がメキメキと音を立てながら絡み合い環を作り出していく。

「私に感謝するって?」

 ありすの頬に汗が伝っていく。


「マギカフォースただいま参上!!ってもうボスいるじゃん!?」

 突如眩い光のゲートが生み出され、ありすから少し離れたところにマギカフォース達が騒がしく降り立った。 

「今度は金色の十字架だなんていちいちデザインが奇妙な相手ですわね」

「ニャハハ、病院だから十字だったり?」

 精神攻撃に対策をしたのか、マギカフォース達は以前と比べ俄然楽そうにジャーアクと対峙していた。

「少しは役に立ってくれれば良いけど……」

 その様子を横目にしながらありすは目の前の強敵との戦闘を思い出そうとしていた。

 だがどうしてもその記憶がはっきり思い出せず、漠然とした恐怖しか浮かばないことに焦りを感じていた。


「なんでもいいわ。今回はばっちり装備も整ってるし私たちが頂くわよ!」

 サンシャインを先頭にマギカフォース達がジャ=ゾハルへ仕掛けようとした瞬間だった。

「恐怖セヨ癒し手ヨ。再ビ闇に堕ちルガよイ」

 巨大な一つ目が大きく見開かれ、悪意に満ちた魔力の波動が広がる。

 凄まじい速度で放たれた波動が防御する暇も与えず魔法少女達を飲み込み通り抜けていった。

「!?」

 マギカフォース達の後ろに浮いていたシリウスが突如硬直し、吊るされていた糸が切れたように地面にポトリと落ちて転がった。

「―ザザッ。っ!過負荷でリンクが切断されただと!?」

 ぬいぐるみのごとく硬直していたシリウスは再び生気を帯びたようにむくりと起き上がった。

「ああああああああああああああああああああ!!!!!いやあああああああああああああああ!!!!!」

 シリウスは激しく喉を掻き毟り悶えているサンシャインの姿に驚愕した。

 そのとなりではアクアが膝からぺたんと座り込み虚ろな目をして笑っている。

「許してっ!!もうやめてぇ!!!!!」

 スカイは何かを追い払うように手足を振り回して錯乱している。

 フラワーもうずくまったままぴくりとも動いていない。

「精神攻撃に対する抵抗値は最大限まで高めた調整をしたはずだ。防御システムが一発で破壊されるなんて!?」

 シリウスはマギカフォース達のデータを確認してうろたえた。

 唯一ドリームは正気を保っているようだが、装備からは故障のシグナルが検出されており、片膝を付いてなんとか堪えているだけのようであった。

「これほどの敵とは……。このままでは非常に不味いぞ、時空間転移なんてとてもできる状態じゃない」

 すがるようにセイントナースに視線を移した。


「ぐぐぐ……頭がっ」

 頭が割れんばかりの激痛が走り、ありすも身動きが取れなくなっていた。

 フェザーバリアによる防御に失敗したとはいえ、悪意の波動にここまで飲み込まれることなどなかったはず。

 戸惑うありすの視界がぼやけ、断片的に記憶がフラッシュバックされる。

 闇の中で迷い、追い詰められ、絶望した記憶。

「病院……ここは、怖い……」

 いつの間にかジャ=ゾハルの周囲で蠢いていた白亜の茨がありすの体に絡みつき始めていた。

「セイントナースよ闇に囚われるな!おぬしはかつてそやつを倒しておるのだ!おぬしの力を思い出すのじゃ!」

 バロンの声はありすには届かなかった。

 ありすの目から正気の光が消えつつあった。


「ソの恐怖は我デアり、我ソのもノ。そノ魂も我へト還るノダ」

 ジャ=ゾハルは黒い水溜りを四つ作り出す。

 水溜りより巨大な魔獣が一体ずつ生み出される。

 首のない甲冑を着たような巨人。胴体にある一つ目が狂気に満ちた眼光を宿している。

戦魔獣(せんまじゅう)じゃと!?セイントナース早く目覚めるのじゃ!!」

 バロンの悲痛な叫びはやはりありすに届かなかった。

「(……あの時、私はどうやって勝ったんだっけ?闇の中で、逃げるしかもう手は無かったはずなのに)」

 思い出される記憶は悪夢領域内を戦魔獣の追撃から逃げ惑う場面ばかりだ。

 泣きそうになりながら、ありすは逃げた、逃げるしかなかった。

 

 ズキリと胸が疼く。

 その痛みで記憶の中の微かな輝きが思い浮かんでくる。

「光……」

 ありすの虚ろな瞳に戦魔獣がその拳を振り上げる姿が映っている。



 醜悪な巨人が拳をありす目掛けて振り下ろす―――直前で何者かの飛び蹴りを喰らって派手に吹っ飛んでいく。

「(この人たちは?)」

 はっきりとしない頭で状況を把握しようとするありすの元に何やら派手な姿をした女性が駆け寄ってくる。

 穏やかな顔をした、なぜか懐かしいように思えたその女性がありすの両手をしっかりと握った。


ドクリ

 握られた両手から伝わる暖かな力に反応して胸の中で何かが激しく脈打ち始めた。

 女性は両手を握り締めながらありすに言葉を掛ける。

「――――――――――」

 

 

 記憶の闇が消え去った。

 


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