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かーちゃん実は魔法少女だったの……  作者: 海原虚無太郎
第3話 ゆとり魔法少女セイントナース舞う
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あの日灯った輝き

「げっ、この制服ちょっとサイズが」 

 星宮中央病院のロッカールームでありすは貸与された真新しいナース服のボタンを留めるのに悪戦苦闘していた。

 魔法少女として復帰したものの特に代わり映えのない日々が続き、今日から看護実習が始まるのだ。

「ぐっ、むっ、よし入った」

 胸周りがパッツンパッツンになりつつもなんとか制服に着替え終わり、実習生の腕章のピンを留めながらロッカールームを後にした。

 すれ違う医者や患者の視線をある一部に集めながらありすは足早にナースステーションへと向かっていく。病院の窓から隣の公園で遊ぶ子供達の姿が見えていた。今日は金曜日だが祝日であり、真っ当な学校であれば今日から夏休みというところが大半だ。

「あーあ、私も遊びたいなぁ」

 窓の外の光景に早くも心折られそうになりながらもナースステーションのドアを開けた。

「おはよーございまーす」

 ありすの挨拶を聞いてナースステーション中央に座っていたいかにもベテラン風な中年看護師がギロリと睨みを利かせながら近寄ってくる。

「中村さんね。指導官の山崎です。まず朝の挨拶はもっとキチンとしなさい!もう実習は始まってるんですからね!」

「すいませーん」

 指導官の中年看護師はありすのパッツンパッツンになったナース服を見て更にまくし立てる。

「それになんですかその制服は!ここは如何わしいお店じゃないですよ!」

「いやー、渡されたのがこれしかなくって。ちゃんと着れてるんで大丈夫かなぁって」

「何か不備があった場合は早く言うように。大きいサイズのを用意しときますので明日はそれを着るようにね!」

「了解でーす」

 少しの会話でもピリピリした雰囲気を放ちまくる指導官を前にありすは帰りたい気持ちでいっぱいになった。

「それじゃあまずは先生のところで自己紹介だから簡単なやつ考えておきなさいね、それとデスクはここを使いなさい。9時からナースステーション内の説明をして今回の実習メニューを説明します。その後は―」

 ありすの長い一日が始まるのだった。



*  *  *



「うへぇ、やっと休憩か」

 ナースステーション内のデスクにありすは突っ伏した。

 時計は10時を指している。

「マジこの実習取るんじゃなかった」

 あれからありすは何かやるにつけ山崎指導官の厳しい指導に晒された。

「ったく、いちいち細かいんだっつーの。こっちは学生なんだからもうちょっと大目に見てくれても良いのに」

 小言で愚痴を呟いていたありすは背後に気配を感じて恐る恐る起き上がった。

「いつまで休んでいるつもり?これから実習中担当する病室をまわっていきますよ」

「はーい、がんばりまーす(チッ、休憩終わるの早すぎんだろ)」

 本心を隠しつつ力なく棒読みな返事をしてありすは渋々指導官のあとを付いていった。

 星宮中央病院は市内で最も大きく、入院病棟だけでも相当広い。今回の実習でありすが担当することとなったのは外科病棟の1フロアで、このフロアでは比較的軽度の入院患者を扱うらしく大半が大部屋であった。

 

 足早に病室を一つ一つ巡り入院中の患者に挨拶をしながらフロアの最奥までやってきた。

「ここも8人部屋だけど患者さんは今一人しかいないから」

「はーい」

 適当に返事をしながら指導官について病室に入っていく。言われたとおり病室には空のベッドが並んでおり、一番奥のベッドの上で男性が体を起こしてパソコンで何かしているのが見えた。

「杉田さーん、失礼しますねぇ」

 ありすに接するときとはまるで違った穏やかな声色で患者に声を掛ける指導官に冷ややかな視線を送りつつ患者の所へ近づいていく。

「杉田さん、この子は専門学校の実習生で日曜日までお世話することになるので何かあったら声を掛けてくださいねぇ」

「中村ありすでーす」

 ありすは挨拶しながら患者の男を観察した。40代前半ぐらいだろうか、年は行ってそうだが中々整った顔立ちをした男がやさしげに微笑んで見せた。

「こちらこそお世話になります」

 声も年を感じさせない若々しさがあった。

「(あ、この人結構イケてるかも。あとでメルアド渡しとこうかなー)」

 何やら不埒なことを考えつつもありすはパソコンを開いて何か作業している男の観察を続けた。そして左手の薬指に輝く物を見つけて少し落胆するのだった。

「杉田さんは次の検診でも問題なければ日曜日には退院できそうですよ」

「そうですか、仕事が溜まっちゃってるからそれはありがたいですね。家族も心配してますし」

「(うーん、こっちから不倫にもちこむのは危険そうだからなぁ。ワンチャン声掛けてくれれば……)」

 指導官と男の会話を上の空で聞きながらありすは引き続き不埒な考えを巡らしていた。


「それじゃあ行きますね。お昼ごはんまで楽にしておいてくださぁ―」

 患者と話していた指導官が突如力なく床に崩れ落ちた。

「えっ!?」

 突如起こった異変に驚くありすの目の前で患者もゆらりとベッドに倒れこんでしまった。

 指導官も患者の男も息はしているが呼びかけたり揺らしてもまったく目を覚ます気配がない。

「ちょ!?……なに?まさか!?」

 見回すと辺りは気味が悪いほど静寂に包まれている。空気も停滞したように重い。

「悪夢領域!?」 

 病室の時計の秒針はゆっくりと動きを止めつつあった、窓の外から覗く外界の景色も徐々に凍りつくように止まっていく。

 病院の上空に異様な暗雲があり、これだけが蠢くように広がりを見せていた。

「ありすよ、不味いぞ。どうやら強力なジャーアクが現れたようじゃ!」

 ナース服の内側に隠しておいたロザリオからバロンの声が聞こえた。

「この病院にジャーアクが……」

 頭がズキリと痛んだ。

 ありすは以前この病院に来たことがある、それも魔法少女としてだ。だが、なぜかその思い出はぼんやりとしたままであった。

「なんだろ、嫌な予感がする」

 ありすは背筋に悪寒を感じた。

 そして胸の疼きもまた強くなった気がした。


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