夢の癒し手、セイントナース治療開始!(4)
「強制変身!セイントナースクロスオンじゃ!」
バロンの掛け声と共にありすは光のフィールドに包まれ別次元へ転送される。
一面虹色の輝きで満たされた空間にありすは投げ出された。
ロザリオから純白のベールがあふれ出しありすの体を幾重にも包んでいき、純白の光の塊となった。
光の塊はすぐさま人型となった。まずは右手に肘まで覆う手袋が現れる、続いて左手にも。両足には純白のロングブーツが現れ、体にはミニスカートの純白のナース服が一瞬で装着された。頭には小さなナース帽がポンと載せられ、背中にはデフォルメされたような小さな天使の羽根がピョンと飛び出す。最後に胸の部分に赤の十字マークが現れ、その十字のラインが上下左右にナース服の上を伸びて行き、ナース服に巨大な十字架を生み出した。
空中で純白の輝きが爆発し、その中心でコスチュームを纏ったありすがポーズを決める。
「セイントナース治療開始!」
着地の衝撃も感じさせず、ありすは羽のようにふわりと地面に降り立った。
「……はぁ、マジで変身しちゃった」
腹を決めたはずだったが本当に変身してしまった衝撃で先ほどの覚悟は霧散してしまった。
再び魔法少女となった自分の手を見つめ、ありすは力と記憶を失った時の虚無感が心を再び覆っていくような気がした。
憂鬱な気持ちになりながらありすは辺りを見回した。さっきまで駅前の通りを走っていたはずだ。
「うわぁ、ここって悪夢領域の中じゃん。マジでやんなきゃならないの?」
周囲は現実とは明らかに様子が違っていた。空は漆黒に染まり、地面は何やら赤黒い管のような物が這い回って脈打っている。本来なら建物が密集している駅前通りのはずだがこの空間には目の前のビルしか建物は見えず、このビルも地面と同じ様に赤黒い管によって外壁を覆いつくされていた。
戸惑っているありすにロザリオからバロンの声が答える。
「再び変身し、その力を再度認識できたのならきっと自分のなすべき道が見えるはず!ありすよ、心の底から湧き上がる想いに委ねるのじゃ!」
その声を聞きありすは右手を自分の胸に当てた。
「心のままに……。それじゃあ今すぐ元の世界に戻してよ。もう帰りたいんですけど」
「おぉ……ありすよ……」
力が抜けて消え入りそうなバロンの声をかき消すように獣の唸り声が木霊する。
冒涜的な唸り声と共に目の前の地面に黒い水溜りが次々と現れ、その中から人型の化物が次々生み出されていく。
化物は人型をしているものの頭部がなく、胴体に巨大な一つ目が付いていてギョロリこちらを睨みつけている、三本指の両手には鋭く尖った爪が。足は短いががっしりとしていて、手と同じく三本指で太い鉤爪を地面にめり込ませている。腹部にある横一文字の大きな亀裂が時々ガバリと広がり、その内側の禍々しい牙とねっとりとした舌を覗かせる。
「うげぇ、久しぶりに見たけどやっぱキモすぎ」
「下級ジャーアク共が魔力に反応して寄ってきおったようじゃな。ここまで来たら後には引けんぞ!」
「マジかぁ……」
ありすが渋々戦おうとしたその時だった。
「マギカフォース!ただいま参上!!」
中空に転送ゲートが開かれ、そこから五つの人影が魔力の光を帯びて飛び出してくる。
ありすとは対称的に近未来チックな姿の五人組の魔法少女が着地と同時に臨戦態勢を取る。
「……何あれ?あれも魔法少女なの?」
急に現れた乱入者をぽかんとした顔で眺めるありす。
どうやら向こうもありすのことを認識したらしく何やらこっちを指差して仲間達や共に現れたマスコットキャラのような物体と話し合っているようだ。
「ああ、あれは現役の魔法少女じゃな。一応敵ではない」
「何その言い方?でもあいつらがいるんだったら私必要ないんじゃね?」
バロンがありすを諌めようと何か言いかけたが向こうからの大声にかき消された。
「ちょっとアンタ何者よ!コスプレ系の大鉄板であるナースモチーフとかうらやましすぎるわよ!!」
大声でナース姿の魔法少女へと叫ぶサンシャイン以外皆ゲンナリした顔をしている。
「サンシャイン、そういうのは良いから。さっきも言ったようにアレはプリティーピーチなんかと同じで敵ではない魔法少女だ」
シリウスがありすを見ながらサンシャインに告げた。
「味方でもないってことですわよね。邪魔してくれなければなんでもいいですけど」
「にゃはは、それにしてもあの子はまた別のタイプの美人さんだね。いうなれば清楚系?アクアとキャラ被っちゃうんじゃないかな?」
「そ、それにすっごいスタイルが良いね。特に胸とか……」
ふざけるスカイの肩をこずくアクア。自分の胸を見下ろして肩を落とすフラワー。それぞれ様々な感想を抱きながらありすの姿を眺めている。
プリティーピーチらと同様に偽装魔法によってありすの見た目は現役当時の姿として映っている。
「(……何か懐かしい気配。あとプリティーピーチの気配もする。何でだろ?)」
ドリームは何故か妙な気配を感じる新たな魔法少女を見つめ続けていた。
「とにかく、ここは私達がやるからあんたはそこで大人しく見てなさい!」
サンシャインはビシっとセイントナースを指差し啖呵を切った。
「何か急に仕切りだしてウザイけど、アイツらがやってくれるってさ。もう私帰っていいよね?」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ。ジャーアクを払うにはありすの力が一番なのじゃから」
ありすを引き止めようとバロンが様々説得を試みている目の前でマギカフォース達とジャーアクとの戦端が開かれた。
「いくわよ、私たちの新しい力。来い!マギカエクストラウェポン!」
サンシャインが掛け声と共に右手を天高く突き出す。他の四人もおざなりな感じでサンシャインに続いて右手を上げた。
マギカフォース五人のカラーに合わせた色の簡易転送ゲートが上空に現れ、新たな武器が転送される。
サンシャインは転送ゲートから身の丈もありそうな幅広の大剣を引っつかみそのまま駆け出して正面のジャーアク達を横なぎにした。
シュバアアアアアアアアアアアン
光り輝く刀身がジャーアクを木っ端微塵にしながら振りぬかれ、さらに斬撃の軌跡に沿って光りの刃が放出されジャーアク達の群れを切り裂いていく。
「流石、私のサンシャインバスターブレードね」
新兵器の威力に惚れ惚れしながらサンシャインが満足げに声を上げた。
「そういうのは良いですから、余所見をしない」
サンシャインの背後に回り込もうとしたジャーアクをアクアが細身の直剣で切り捨てる。この剣の刀身には等間隔にくの字の筋が入っている。
「私も試して見ますわ。舞いなさい、アクアチェインソード!」
アクアが剣をまるで新体操のリボンのごとく振り回す。すると刀身の筋毎に連結が解け、魔力のラインによって刃のパーツが繋がれた鞭と化してジャーアク達を蹂躙する。
「ニャハハ、私も負けないよー。スカイガトリングで蜂の巣にゃ!」
巨大な弾倉を背中に装着したスカイはガトリング砲の左手で支えたガトリング砲のトリガーを引く。
銃身がけたたましい音を立てながら回転し、銃口から緑色の魔力を纏った弾丸が一直線に打ち出されていく。弾道の先ではジャーアク達がボロ雑巾のように飛び散っていく。
「うぅ、皆凄いなぁ…・・・えいっ!」
スカイの護衛に回っているフラワーは右手につけた巨大な盾でスカイの弾幕をかいくぐって来たジャーアクを引っ叩いた。ポカンというマヌケな軽い打撃音と裏腹に盾に内蔵された魔力によってジャーアクは派手に吹っ飛ばされていく。
「ああっ、サンシャイン前を見ないと危ない!フワラーガーディアンシールド展開!」
盾の中心に設置された打突兼用のオーブが輝き、前線にいるサンシャインとアクアに防御壁を展開し、サンシャイン達に迫るジャーアク達を黄色に輝く光壁で阻んだ。
「サンキューフラワー!どっせぇぇええい!」
光壁によって阻まれ渋滞したジャーアクの波をサンシャインがぶった切り、アクアが蹂躙していく。
マギカフォース達は次々ジャーアクを倒していくが黒いの水溜りは更に増え、そこから続々と魔獣が生み出されていく。だが魔獣の群れはサンシャイン達に近づく前に光をも通さぬ漆黒の魔力球によって吹き飛ばされた。
「これがドリームセプターマグナ。今までより全然安定する。」
先端部の魔力集積機構が増強され以前の杖よりも更に大型化した機杖を握りなおし、ドリームはジャーアクの群れに破壊の魔力を叩き込んでいく。
黒い水溜りは増えているもののマギカフォース達の殲滅力の方が若干上回っており、徐々にジャーアク達は減りつつあった。
そんな様子をみてありすは自分の出番はなさそうで安堵していた。
「ほら、現役の子たちで全然余裕そうじゃない。やっぱり私が魔法少女になる必要なかったんじゃない?」
「ぐぬぬぬ……」
バロンが歯噛みをしているのが小さく聞こえた。




