夢の癒し手、セイントナース治療開始!(3)
平日とはいえ昼時ともなれば駅に隣接するセイキューモール前はフードコート目当てのサラリーマンや老人たちでごった返している。
ありすは昨日約束した奈々子を待って駅前の時計台でぼんやり待っていた。時々暇そうな男や自称スカウトマンが声を掛けて来たが、昨日のバロンの件もあってそんな気分になれず適当に追い払った。
今日のありすは赤のプリントTシャツにローライズのジーパン、ヒールサンダルというラフな格好だが、派手目の化粧とスタイルの良さ、特に少し小さめのTシャツを着ているためその豊かな胸部が強調され通り過ぎる人々の視線を集めていた。
「おっすー、お待たせー」
駅の方から大きなサングラスを頭に載せた奈々子が手を振って近づいて来るのが見えた。
「遅い。昼奢りでよろしく」
遅れて来たにも関わらず半笑いの奈々子を指差してありすはふくれた顔をした。
「いやーごめんごめん。昨日バイト先で飲みまくったから爆睡してたわ」
奈々子はヘラヘラ笑って悪びれもしなかった。こいつはいつもこんな感じだしと諦めてはいた。
「お昼どうする?今混んでそうだし、先に買い物済ませちゃおっか」
「そだね、私は奈々子の奢りでご飯食べられるならいつでも良いよ」
二人は談笑しながらセイキューモールへと入っていった。
セイキューモールは四階建てで中央に吹き抜けを有するドーナツ型の構造をしており、中央の吹き抜け部分は広場として開放されている。この広場では催し物をやったりすることもあるが、普段は大量にテーブルが並べられており1階のフードコートの飲食スペースとなっている。
ありす達はごった返すフードコートエリアを足早に通り過ぎ、ファッション関係のショップが集まる2階へと向かった。
水着を扱うショップにはありすと同い年ぐらいの大学生らしきグループ客がいてそこそこ賑わっていた。
「うーん、可愛いのがいっぱいで迷うなぁ。ありすはどうすんの?やっぱビキニ?」
「デザイン良いのがあればねー。あとは値段か」
黒地に白の水玉模様がデザインされたビキニの値段を見ながらありすは答えた。バイト代の大半は家賃と生活費に消えるので財布の紐も中々緩ませられないのが実情だ。
「えー?ありすならパパにおねだりすればいいじゃん。それか適当に男に貢がせるか」
「もうウリはやってないって。適当に社会人つかまえて貢がせるのが早いっちゃ早いけどね」
中学高校時代は荒れに荒れていたが最近は割とおとなしくしているとありすは自負していた。もっとも流されることも多いがそれはそれであまり気にしないのだが。
魔法少女でなくなった後、ありすは心の隙間を埋めるため非行に走った。男達に求められる事でなんだか心が満たされるような気はしたが一時的なものに過ぎなかった。
目の前の快楽に流され怠惰に生きることにありすは慣れてしまっていたが、高校2年生の時に両親がついに離婚し母と共に母方の実家に引っ越したことで少しずつ変わろうと努力するようになり、専門学校への進学を決意したのだ。
「マジでやってたんだ。冗談だったのマジ引くわ」
そんなありすの後ろ暗い過去や特異な事情など知る由もない奈々子はニヤけながら大袈裟にありすから身を遠ざける。
「キャバでバイトしてるあんたも人のこと言えないでしょ」
「あれは夢を売る仕事ですしー」
結局二人は手頃な水着を見つけてそれぞれ買った。
その後2階のショップをブラついたりドラッグストアで化粧品を見たりして時間を潰し、少し遅めの昼食を取った。もちろん奈々子の奢りで。
昼食後は特に用事もなくなったので3階の本屋でファッション誌を軽く眺めてモールを出た二人。
駅前の時計台は17時を過ぎようとしていた。
「この後どうする?買うものは買ったしもう帰る?」
「うーん、そうだね。今日はもう解散でいいかなぁ」
奈々子と手持ち無沙汰に会話している最中にふと妙な気配を感じてありすは当たりを見回した。すると東の空に異様な暗雲が立ち込めているのが見えた。
「……あれって、見覚えが。ねぇ奈々子、あっちの空なんか変じゃない」
周囲の人達はまるで気づいていないようだ。
「ん?特に普通じゃん。急に何いってんの?」
奈々子にはアレが見えていないとわかりありすは察した。
「(ありすよ、悪夢領域が見えとるな!ジャーアクが出たのじゃ)」
「!!。ちょ、ちょっと急用思い出しちゃった。ごめん奈々子、私行くね!」
突然脳内に響いたバロンの声に飛び上がりそうになったありすは咄嗟に言い訳をして駅前から東へと駆け出した。
「本当になんなのよ一体!私は魔法少女なんてやらないっていったでしょ!!」
「ありすの力が必要とされておる。その力を無駄にしてはならん!もう一度変身すれば自分の力の素晴らしさに気がつくはずじゃ」
何故か勝手に異様な暗雲の下へと駆け出している体に驚きながらもありすは拒絶しつづけた。
魔法少女としての日々は仮初の物だったとありすは知っている。だからありすはもう穏やかな日常を失いたくなかったのだ。なのにバロンはやっと前向きに進み始めたこの人生をまたメチャクチャにしよういうのか。
「目の前で闇に沈もうとしている魂があるのじゃ。今回だけでも頼む!!」
拒絶していても胸の中で何かが疼いているのは分かっている。悪夢領域へと近づくにつれ、その疼きは強くなっている。
脳裏であの頃の自分が手を差し伸べ何か語りかけている。あの頃の私は何か使命に燃えていたはず……幸せを……。
悪夢領域はもうすぐそこだ。足は止まらず、逆に走るスピードは上がっていく。
「あーもう!わかったわよ!変身すりゃ良いんでしょ!!」
半ばやけっぱちになってありすは叫んだ。体の自由も利かずこれでは脅迫のようなものだ。
だが覚悟を決めて少し心が軽くなった気もした。
「その言葉を待っておったぞ!ならば善は急げじゃ!」
いつの間にか首下に掛かっていたロザリオが輝き、光のフィールドを作り出していく。
「強制変身!セイントナースクロスオンじゃ!」




