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かーちゃん実は魔法少女だったの……  作者: 海原虚無太郎
第3話 ゆとり魔法少女セイントナース舞う
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夢の癒し手、セイントナース治療開始!

 星宮看護福祉専門学校。学園街にある学校の中では比較的最近になって作られた専門学校だ。看護福祉と名を打っているものの、時代のニーズに合わせて調理師や会計士、情報処理技術など多岐にわたる専修コースを取り揃えている。

 月曜日の午前中ではあるが一足先に夏休みを迎えたキャンパスには人影もまばらだ。だが夏休み中も特別講義や授業がある科目はあり、講義棟には学生の声が響いていた。


「おいすーありす、この前の合コンどうだったの?横国大だったんでしょ相手?イケメンいた?」

「おいっす。クソバカな男しかいなかったから高い酒ばっか頼んでソッコー帰った。マジ時間の無駄」

 講義室の最後列の机で気だるそうに携帯電話を弄っていたサイドテールの学生が隣に座った茶髪の友人に答える。

「つーか夏休みなのにガイダンスとかチョーめんどいんすけど。出欠取ったらフケようかな。奈々子、今度アイス奢るからプリントとか貰っておいてよ」

「はぁ?ふざけんな。看護実習今年は中央病院だから厳しいらしいって先輩言ってたよ。ガイダンスちゃんと受けないとヤバいって」

 ありすはその言葉を聴いて机に突っ伏すように体を預けた。

「まじかー。看護実習簡単って聞いてたのに騙されたー。それなら別の課の適当なやつ履修しとけば良かったし」

「私も先輩から聞いて初めて知ったんだけど、中央病院と夏洲会病院で交互にやってるんだって。夏洲会は小さいとこだから実習中も暇なことが多いらしいんだけど、中央病院はでかい病院だから実習にも鬼軍曹みたいな監督官が付くらしいって。マジ勘弁だわ」

 

 ガラリと教室のドアが開けられ担当の講師が入ってきた。そして出欠表が前から回されていく。

「それでは看護実習のガイダンスを行います。プリントを配るから1部ずつ回すように。担当日などはそちらに―」

 回されてきたプリントを眺めてありすは日程表に記された自分の名前を見つけた。

「うげっ、初日からじゃん。だっるー」

「あ、私最後だ。実習何やったか教えてよね」

「奈々子マジウザ。私がそれやるつもりだったのに」

 ありすの実習日程は今週の金曜日からだった。看護実習の期間は3日間で終わるとはいえ、週末を思いっきり潰されるスケジュールで泣きたい気分だ。

「っはー。この実習取るんじゃなかったー」

「まぁまぁ。つかさ、ありす今日この後予定ある?ないならセイキュー行こうよ。私水着新しいの欲しくってさ」

 セイキューとは駅に隣接しているモールの事だ。シネコンにフードコート、多種多彩なテナントが入っている人気のスポットである。

「ゴメーン、今日はガイダンスだけだと思ってたからバイト入れちゃった。明日なら空いてるけど、授業とかなかったよね?」

 ありすは両手を合わせてふざけ半分に大袈裟な謝意を示す。奈々子は少し残念そうにしてすぐさまゴテゴテと膨らんだスケジュール帳を開き確認を始めた。

「それじゃあ明日ね。待ち合わせはまたメールする」

「らじゃー」

 ありすはびしっと敬礼するようなポーズをとった。

「私も水着買おうかな。今年は海行きたいし」

「ありすは胸おっきいからビキニで悩殺すれば入れ食いじゃね?」

「うっさい。クソみたいな男が寄って来てもウザいだけなんだよね。イケメンならホイホイついて行くけど」

「流石ビッチパイセンは違いますなぁ」

 講義室の前方では講師がなにやら説明していたようだが二人がまったく聞いていなかったのは言うまでもない。



 ガイダンスも終わり、ありすは講義棟で奈々子と別れてキャンパスを後にした。

 バイト先である学校近くのコーヒーショップへ向かう道中、ありすの中では実習への不満が高まっていた。

「はぁー、完全に看護実習は失敗だったなぁ」

 一応専門学校に入り、看護コースを進んでいる以上取っておいた方が良いかなぐらいの気持ちで履修したが、今や後悔で一杯であった。

「つーか、なんで私こんな学校に入っちゃったんだ」

 進路選択の時に看護師になりたいという漠然な気持ちを元になんとなくこの学校を選んだ。ろくに授業に出ていなかった自分でも入れるとか実家と同じ市内にあるからとか学費が安いからとか色々と理由はあった。しかし、そもそもありすの中で看護の道を目指そうと思った大事な何か、きっかけになる出来事があったようが気がするのだがどうしてもそれが思い出せなかった。そうしていつしか思い出そうという気も起きなくなり、漫然と学生生活を続けていた。

「中央病院に行くの何年ぶりだっけ。なんか昔行った記憶があるんだけど……」

 記憶の中で何かが引っかかっている感じがした。暗闇に沈む病院、その中で見つけた暖かな光。


「ん?」

 ふと肩からかけていたカバンの中で携帯電話のバイブが動いた気がしてありすはカバンを漁った。カバンの中の携帯には特に着信などがあった様子はなかった。そしてカバンの中で見慣れぬ物を見つけてしまった。

「これは……奈々子のが紛れ込んだ?」

 小さな白い十字架のロザリオだった。十字架の中央に嵌っていた白い宝石がキラリと光ったその時。

「ようやく見つけてくれたか。ありすよ、久しぶりじゃのぅ」

 突如ロザリオから声が発せられ、ありすはぎょっとしてロザリオを放り投げた。

「きもっ!何これ!?もしかしてドッキリか何か!?」

 ありすはキョロキョロと辺りを見回す。いつもは人が多く行き交うはずの道だというのにありす以外誰一人いない事に気づいた。

「……えっ?えっ?マジなんなの?」

 恐る恐るロザリオへと近づくありす。地面に転がったロザリオはぼんやりと白く発光しているのが分かった。

「ありすよ、まだ思い出さんのか!ワシじゃ、バロンじゃよ!」

 その名前を、老人のようなしわがれた声を聞いて突如側頭部を殴られたような鋭い衝撃が走った。

「ぐっ……。バロンですって?」

 激しく痛む頭を抱えるありす。その痛みで記憶の中のモヤがゆっくりと晴れていくのが分かった。

 そう、かつて自分が超常な存在であった過去がおぼろげながら蘇っていく。

「やっと思い出したようじゃな。ありす、いやセイントナース」

―思い出した。

 10年前にありすは目の前に転がるロザリオを露店商から偶然貰い、ロザリオから聞こえる声に導かれてセイントナースという魔法少女へと変身したのだった。セイントナースとして人々の夢を貪る邪悪な存在と戦い勝利したこと、そして最後の戦いが終わった後にロザリオも記憶もすっかり消え去ってしまったことも。

「……」

 ありすはゆっくりとロザリオを拾い上げた。ロザリオは記憶の中の物と何も変わっていない。

「久しぶりの再会じゃが、そうもゆっくり旧交を温めておられん。再びこの街をジャーアクが狙っておる。今一度ありすの力が必要なのじゃ、この街のためにセイントナースの力を貸してくれんか」

「はぁ?今更どの面下げて言ってんの?嫌に決まってんじゃん」

 ありすは再びロザリオを放り投げてバイト先へと歩き始めた。

 

 10年前、最後の戦いを終えたありすは充実した気持ちを抱えてベッドに入った。街を覆う闇を払いこの街に幸福の光が満ちるだろうと言われた、この先君には素晴らしい人生が待っているだろうとも。

 だが、朝起きてみればロザリオは消え、魔法少女だった記憶も夢のようにおぼろげなものに変わっていた。そして何も変わらない日常、何も変わらずいがみ合う家族。灰色の日々の中で確かにあったはずの魔法少女として積み重ねた自信や誇りもぼやけ、誰にも褒められず、誰にも認められないまま怠惰な生き方に流されていった。

 それなのに今頃になって再び現れて、また力を貸してくれだなんて身勝手にもほどがある。ありすはけっと舌打ちしながら先を急ごうとしたが謎の光に包まれて再びロザリオの目の前に戻されてしまった。

「ふざけんな。これからバイトなんだから邪魔すんなって」

「あの時は本当にすまないことをしたと思っておる。ありすにはいくら謝罪してもしきれんじゃろう。だが、ありすが魔法少女だったこと、そして成したことは無駄だったのではない。実際にあの時ありすは多くの人々を救ったのじゃから」

 バロンの声を聞いているとドンドン怒りが湧き上がってくるのを感じた。

「だから何?私は何も救われなかった。魔法少女だったからって何も得しなかった」

「違う。セイントナースの力は魂の浄化。ありす自身に宿るその力はあの後も少なからず周りを良い方へ導いたはずじゃ。ありすがそれに気がつかなかっただけで」

「はぁ!?なにそれ、私が鈍感だったのが悪いって言うわけ?嫌味も大概にしろよ」

「だから違う、違うのじゃ」

「とにかく、私は絶対やんないから!」

 イライラも頂点に達してありすは再度拒絶の意志を示した。

 その瞬間、周囲に張り巡らされていた不思議な気配がふっと緩んだ気がした。そしてロザリオも消え去っていた。

「突然すまなかったの。じゃが、ありすの力が必要とされておるのは事実なんじゃ。今一度考え直してくれれば幸いじゃ」

 バロンの声が虚空から聞こえ、再び戻った街の喧騒の中に消えていった。

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