正義と生活を秤に掛けて(5)
秘書課の後にした環は大会議室の扉を蹴破ろうとしている桃美の後ろ姿を確認して駆け出す。
「ピーチ先輩、おいていかないでください!」
「あっ!ごめんなさい。でもあんな悪魔たちを野放しに出来ないし、急いで退治しなくちゃ。ホワイトもなんだかやり難そうだから私が頑張らなくちゃなって」
環は自分の心を見透かされたようではっとした。確かにまだ自分の職場である会社をぶっ壊してまで悪魔を退治することに躊躇している部分はあった。
「魔法少女の使命と自分の生活を天秤にかけるのって辛いと思うよ。私だって今の生活を壊してまで魔法少女やれっていうのには納得してないしね」
桃美がトライガーに横目をやりながら愚痴る。トライガーは苦笑いするしかなかった。
「でも、結局は魔法少女の使命を果たさないと自分の生活も周りの大事な人たちの生活もいつかは壊れちゃうのよね。だから一時的に自分の日常を犠牲にしてでも禍の根元を断たないとダメっていうのは絶対正しい。それは誰だってわかることなんだけど、当事者にしたらとても難しい事っていうことも事実よね。でもこれは魔法少女の使命じゃなくても同じこと。大事な事と日常はいつだって誰だって天秤にかけなきゃならない時が来るわ」
「……先輩も色々乗り越えてこられたんですね」
環は目の前の桃美をまっすぐ見据える。そこに立つ魔法少女は過去にそういったことを全て乗り越えた上で再び使命のために変身しているのだと環は確信した。
そしてかつて同じ様なことで悩んで、同じ様に諭されたような記憶がおぼろげながらに脳裏をよぎった。
「受け売りよ、受け売り。さあ、さっさと悪魔を倒して日常を取り戻しましょ!」
この会社に巣食う悪魔を倒すことは日常を破壊することだ。しかし今まで日常と思っていた物は仮初であり、しかもいずれ全てが悪魔に貪られて破綻する未来しかない。
環は分かっていた。でもその答えから目を背け続けていただけだった。
「行きましょう、私もう迷いません!」
環は勢い良く大会議室の扉を蹴破る。障壁魔法が派手に音を立てて崩れ去り、大きく凹んだ扉が転がっていく。
「来たか、魔法少女よ」
冷たい声音が響く。扉の先にはまだ人の姿に擬態したままの悪魔達が待ち構えていた。
円卓を挟んで悪魔達は部屋の奥に陣取っていた。そしてその奥、壁には大量の巨大な試験管のような装置が並べられ、その中に人間が何人も沈められていた。
「あの中の人達まだ生きてるわね」
「はい、あれは人間から精神エネルギーを強制的に抽出する装置です。悪魔達は擬態した人間をあの装置に入れて生かしたままじわじわとエネルギーを取り出し、擬態がばれそうになった時に変わり身として解放するんです」
試験管の中には課長や河内、秘書課の人達、そして社内で見知ったような人達が何人もいた。そして彼らと同じ顔をした悪魔も目の前に並んでいる。
「流石にここまで来てしまったら君達はもう生きて変えることはできない。たっぷりと精神エネルギーを搾り取って悪魔神への生贄とさせてもらおうか」
中央に陣取る悪魔がニタニタと笑いながら語りかけてくる。あの初老の男は確か社長だったはずだ。そして回りで顧問だったり専務や常務といった顔の悪魔も同じ様に笑っている。
「しかし困るなぁ。折角潰れ掛けたこの会社をうまい具合に軌道に乗せたというのに、君達魔法少女は社長や幹部社員である我々を倒すつもりだったのか?倒した後で会社が混乱に陥いることは想像できるだろ。社員達を路頭に迷わせてそれは本当に正義なのか?」
悪魔達の言葉は事実だ。しかしもう環は迷わなかった。
「詭弁ね。その後ろの装置が全てを物語ってるわ。社員は全員精神エネルギーの電池か何かだとしか思ってないような連中に社員の将来を語る資格なんてないわ!!」
スピリットホワイトが両足を軽く開き臨戦態勢に入る。そして隣のプリティーピーチへ告げる。
「ピーチ先輩、ここは私一人で大丈夫です。私がやらなきゃダメな場面です。先輩は上の階に行ってここで抽出した精神エネルギーを魔界に送っている悪魔寺院の破壊をお願いします。多分社長室にあると思いますんで」
「わかったわ。終わったらすぐに戻ってくるから」
そう言ってプリティーピーチは部屋を出ていった。
「おやおや、仲間を減らすなんて随分余裕ですなぁ。かつて我々の仲間を倒したとは聞いていますが、我々も舐められた物だ。あの連中なぞ我らダークヘイターの中でも最弱の派閥だったに過ぎんというのに」
悪魔達のにやけ面は収まらずどんどん調子に乗っていくようだ。
「御託はいいからさっさと擬態を解きなさいよ。アークデーモン如き何体集まろうが今の私の敵じゃないわ」
環はふぅと深く息を吐く。そして素早く右手を前に突き出す。
放たれた光弾が社長の隣にいた専務に擬態した悪魔の顔面を捉え、着弾と同時にその頭部が弾け飛んだ。
「キサマ!」
社長に擬態した悪魔が血相を変えて叫ぶ。
弾けるかのごとく悪魔達が次々と擬態を解いて襲い掛かってくる。そのどれもが姿形が異なるアークデーモンであった。
「それでいいのよ。全員本気を出しなさい。今の私は最高に強いわよ」
真っ先に飛び掛ってきたシオマネキのように右手だけ異様に肥大化した悪魔の顔面に光弾を放って沈める。
その後ろから両手の爪が刀のように長く伸びた悪魔が襲い掛かるが、半歩後ろに下がりスレスレで攻撃を避けた。必殺の一撃を外して体勢を崩している悪魔の側頭部に回し蹴りをくれてやる。壁に悪魔が突き刺さる。
地面を這うように近づいてきた影のような悪魔を察知し、床ごと悪魔を踏み抜く。破砕音と共にタイルと悪魔が砕ける。
遠巻きから大蛇のような悪魔と蠅のような悪魔が火炎弾と毒液を放ってくる。スピリットホワイトは火炎弾と毒液のどちらもレシーブするように上空へ跳ね上げ、そしてそれを追いかけて飛び上がる。
「スピリットスパイク!!」
打ち返された自らの攻撃を受けて大蛇のような悪魔と蠅のような悪魔が共に破裂する。
着地を狙うかのように鎧武者のような悪魔と石像のような悪魔がスピリットホワイトへ殺到する。しかしスピリットホワイトは悪魔の頭を踏み台にして軽々と着地。そして着地と同時に距離を詰め、悪魔たちに拳を叩き込む。強靭そうな鎧武者と石像が吹き飛ばされ団子状にまとまり転がっていく。
「残りはアンタだけよ。威勢がよかったの最初だけかしら?」
環は一人残った社長に擬態した悪魔へ告げる。
「ぐぐぐぐ、貴様ぁ!大司教ゼイドラ様の片腕たるこの私を舐めるなぁっ!!」
擬態が崩れ、人間の姿から巨大な竜のような姿へと膨張していく。
「ジェネラルデーモンの誇りに賭けて貴様をダイアロット様への供物にしてくれるわ!!」
巨大な竜が灼熱のブレス噴き出し、円卓や扉、そしてアークデーモンたちの死体が瞬間で消し炭となる。
「結局アンタも会社ぶっ壊してるじゃないの。後ろの装置と部屋自体には障壁張ってるみたいだけど、割とセコいわね」
ブレス攻撃を片手で受け止めたスピリットホワイトが肩や頭にかかった灰を払う。
「言わせてもらうけど、前に戦ったジェネラルデーモンの方が多分アンタより強かったんじゃない?」
「ほざけぇぇえええええええええええ!!」
スピリットホワイトの言葉に激昂した竜がその巨体をぶつけて来る。
「もう終わりにする」
環はそう言い、右手に魔力を集中させる。そして突っ込んでくる竜をその右手で受け止めた。
「なっ、何だと……!?」
右手から生じた青白い魔力フィールドが竜を包み込むように展開されていく。そして魔力フィールドは竜を覆い尽くすとそのままどんどん収縮していった。
「ぐぁあああああ!この私が身動きが取れぬ!この力は一体!?」
収縮する魔力フィールドの中でボキボキと竜の骨が砕け圧縮されていく。
「健全なる肉体に宿る健全なる魔力よ、今こそ魔を打ち払わん!」
魔力フィールドは完全に青白い球体となった。
「必殺!スピリットスマッシュ!!」
右手の拳で魔力フィールドを思いきり殴りつける。青白い閃光と共に魔力フィールドが光の粒子となって霧散する。
「浄化完了、ゲームセットってやつね」
「お疲れ様。完全に吹っ切れたわね、タマちゃん♪」
メダルからスピネルの労いが聞こえる
「明日から就活しなきゃね」
ボヤキながらも環の表情は晴れやかだった。
「一応この会社の後始末に関しては大騒動にならないようにスターランドの方でもフォローはしておくわ。流石に悪魔が原因とはいえ、それを蔓延らせた責任もあるわけだしね」
「そっか、あとはピーチ先輩のところに行かなきゃ」
そうこうしてるうちに桃美が戻ってきた。
「ホワイト、頑張ったみたいね」
「先輩。そちらは大丈夫でしたか?」
「全然平気。誰もいなかったから障壁取っ払ってデッカイ置物みたいなのをちょちょっと壊してきただけよ」
桃美は微笑みながら答えた。
「それで、奥の装置の中の人達はどうするの?」
試験管状の装置には多くの人達が捉えられているままだ。
「さっきもちょっと話してたけど後始末はスターランドの連中がやるってことになってるから私達はもう帰っちゃって大丈夫よ。今回は本当にありがとね♪これからもタマちゃんをよろくしお願いするわ」
スピネルの説明に関してトライガーも特に言うことはないらしく頷いている。
「じゃあさっさっと帰りましょうか。私たちの日常へ」
桃美のウインクに気づいて、トライガーが急いでゲートを作り出す。
「環ちゃん、今度またゆっくり話しましょうね」
そう言って桃美は足早にゲートの中へ消えていった。
「桃美さん、とても不思議でとても強い人だったな。あの時の言葉といい、どこかで会ってる気がするんだけど……」
環は疑問を抱えながらもスピネルが作り出したゲートを潜るのだった。
ジェネラルデーモンの設定を修正しました(2016/10/27)




