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かーちゃん実は魔法少女だったの……  作者: 海原虚無太郎
第2話 社畜から魔法少女へ、スピリットアスリーテス再誕
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正義と生活を秤に掛けて(3)

 魔法少女になっても月曜が来れば電車に揺られて通勤する日々からは逃れることはできない。環はいつもの満員電車に辟易しながら次の駅まで耐えるしかなかった。


 星宮ベイサイド駅で大量のサラリーマン達の波に流されるように環も電車から吐き出される。

 星宮ベイサイド駅は星宮市南部に位置する新興港湾地区の玄関と言える場所に存在する。前市長の施策により港湾地区の再開発が推し進められ、ここ十年の間で工場の誘致や市内中央のビジネス街からのオフィス移転などが活発となり今や発展目覚しい地区となっている。星宮市中央に位置する星宮駅からベイサイド駅へと繋がる市鉄星宮ラインも同様に開発の目玉として作られた物だ。

 環の勤める山三電気の本社ビルはこの港湾地区の南端に建っている。スター電気時代は市内中央に本社を構えていたが、買収と同時にこの港湾地区の新社屋へと移転してきた。港湾地区南部は倉庫が立ち並ぶ程度でまだ開発が遅れている地区であるため6階建てのビルは一つ頭が抜けて遠くからでも良く目立つ。そしてこの辺りは山三電気以外に人気のある建物は少なく、ベイサイド駅から巡回バスに乗り、会社最寄のバス停に付く頃にはバスの中は山三電気の社員だけというのも珍しい事ではなかった。

 同じ会社の社員達と共にバスを降り、環は他の人に続いて会社を目指して黙々と歩く。

 バス停から徒歩で数分の距離であるが、月曜日の会社までのこの数分が環はとても嫌だった。そして今日は仕事以外に倒してしまった課長の件もあり、非常に憂鬱な足取りで会社へ向かうのだった。


 いつものように社員証を片手にビルのエントランスへと足を踏み入れた環だったが、ゾクりとした悪寒に襲われ咄嗟に立ち止まり周囲を見渡した。そして胸ポケットに仕舞っているメダルに手を当て環は頭の中で呼びかける。

「(スピネル、これってまさか……)」

「(そうね、これは悪魔の気配ね。……おそらく結構な数いるわね)」

念話によってスピネルと交信しながらゆっくりと自分の部署へと進んでいく。

「(あのアークデーモンがタマちゃんの上司だったっていうところから可能性はあったけど、ここまで黒だと笑っちゃうわね。まさか悪魔が組織だって会社勤めしてるなんて)」

「(笑い事じゃないわよ!)」

「(まぁとにかく今日は状況確認に専念しましょ。タマちゃんの魔力は偽装魔法で感知されないはずだからあちこち調べても目立たなきゃ大丈夫なはずだから)」

 環の所属する部署である営業二課はビルの3階に位置していた。

 部署入り口脇に設置されているホワイドボードに張られた紙に環は気が付き目をやった。その紙には課長が体調不良を理由に退職したことや今後の後任などのことがずらずらと書き並べられていた。

「体調不良ってねぇ……」

 課長であったアークデーモンは環自ら確実に消滅させたにも関わらず課長から退職の連絡があったかのように書かれているその紙を見て疑惑は確信へと近づいていった。

「(どうやらこの会社の上の方の連中は全員悪魔と考えて間違いなさそうね。こうも会社への影響を抑えるように働きかけてるしなかなか仕事熱心なことじゃない)」

 スピネルの念話に環は苦笑するしかなかった。

 

 とりあえず環はデスクへ座り仕事の準備をするしかなかった。

 会社に悪魔がいるなどと同僚達に訴えても恐らく病院に行くことを勧められるのがオチであるため、スピネルに魔法で会社の調査を行ってもらい、自分はいつもどおり仕事をしながらいつもと違ったことはないか調べることにしたのだ。

 PCも起動しそろそろかと書類を漁っていると始業のベルが鳴る直前になって部署に見知らぬ中年の男が若い男を連れて入ってくるのが見えた。

「あれ、河合君病気治ったのか?」

 同僚達が中年の男に連れられた人物を見て環は引っかかった。

 河合はここ最近元課長のパワハラによって鬱病を患い病欠していた同僚である。なぜこのタイミングで復帰できたのか環を除いて皆不思議な顔をしてこそこそ話している。

 河合と共に中年の男が課長のデスクの前に立ち部署の社員の注目を集める。隣の同僚の会話を盗み聞くに、どうやら中年の男は本社から派遣されてきた顧問の一人らしい。

「営業二課の諸君、おはよう。掲示されているが課長の山際君が急な体調不良でどうしても仕事ができない状況になってしまった。何分急な話なので後任人事についてもすぐには調整が付かない。そこで後任が決まるまでの間この課で山際君からの信頼が厚い河合君を課長代理とすることとなった。あくまでも後任が決まるまでの代理でしかないので、現在進行している案件に専念して新規の仕事は取らないようお願いしたい」 

 顧問の横に立つ河合は最後に見た時の死にそうな顔とは大違いで、覇気に溢れ、ぎらついたオーラがにじみ出ているようであった。

 環は悪魔特有のオーラを垂れ流す偽河合とその隣のあまりにも胡散臭い顧問を前にして冷や汗をかくだけであった。

「それから、今日もビルの設備の大規模点検があるから定時に全員退社することを厳守でお願いしたい。河合君は一応幹部会議に顔を出すように。では今日も一日よろしく頼むよ」

 そう言い残すと顧問を騙る悪魔は部署から出て行った。

 偽河合は目力いっぱいで辺りをキョロキョロしながら課長の席に座っている。

 

「(タマちゃん、魔法でざっと調べてみたけど5階からは障壁魔法で外部から隔離されているわね。5階からは何があるの?)」

 急に頭の中にスピネルの声が響いて環は飛び上がりそうになった。

「(ちょっと、びっくりさせないでよ!!……5階は大会議室と秘書課があって、6階は幹部と社長の部屋とあとは設備室だかがあるはずよ)」

「(さっきの顧問といい、幹部以上は悪魔と考えて良さそうね。それに今日も会議やるって言ってたし仕事終わったら一網打尽にしちゃいましょっか♪)」

 あまりにも簡単に事を進めるスピネルに環は慌てる。

「(ちょっと待ってよ!幹部全員悪魔ってことは倒しちゃったら会社どうなっちゃうのよ!?それに今日ってあんまり急すぎるわよ!!)」

「(んー、でもこのまま悪魔を放って置く訳にもいかないわけじゃない?社員皆があの河合みたいに潰されて悪魔にすり換えられてもタマちゃん困るでしょ?それにタマちゃんの身の安全もいつまで保障できるかわからないし、こういうのは早めにする方が楽なのよ!求職活動も早めの方が良いでしょ?)」

「(やっぱり職を失うのかなぁ……)」

 再び魔法少女として舞い戻ったかと思えば次は職を失う危機に直面し環は残酷な運命を呪うしかなかった。


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