蘇るスポ根。スピリットアスリーテスGet ready!(4)
「スピリットアスリーテス、Get ready!」
転送ゲートの中で環はスピリットメダルを握り締め叫ぶ。
スピリットメダルから放出された魔力フィールドによって全身を瞬時に包み込まれる環。上半身は体にぴったりとフィットした半袖、下半身はブルマと所謂海外のバレーボール選手のようなコスチュームへ変換されていく。両肩には白く大きな水晶のブローチが肩パットのように装着され、それを止め具として腰長けの半透明の薄いマントが大きく広がるように生み出される。ショートカットだった環の髪は伸び、後頭部で一括りに纏め上げられ、止め具としてまた白い水晶が付いた飾りが装着された。純白のブーツを高らかに鳴らし、変身を終えた環はゲートの出口を目掛け大きく飛び立つ。
「健全なる精神は健全なる肉体に宿る!強き心の守り手スピリットホワイト!」
ゲートを飛び出し、空中で膝を抱えてクルクルと回転しながら着地した環が名乗りを上げる。
「我らスピリットアスリーテス!!」
心臓の位置に右手の握りこぶしを当てて背筋を伸ばし、20年前のお約束だった登場シーンを再現した。他の4人がいないことは残念だが、20年ぶりにしては決まったなと自画自賛したい気分であった環であった。
「うわぁ、またダサいのが来たにゃ」
「一人なのに我らって頭大丈夫なのかしら?」
「み、みんな、聞こえちゃうよ」
突如乱入してきた新たな魔法少女らしき人物に対して次々に思ったことを口に出すマギカフォース達。
「で、サンシャイン的にはアレは有りなのかしら?」
「スポーツモチーフは断然有りね。ヒラヒラのマントもポイント高いわ。……って!何言わせんのよ!」
マギカフォース達は喋りながらも前方の乱入者への警戒は解いてはいなかった。しかし、
「あなた達、ここは私に任せてもらえるかしら?」
くるりとこちらを振り返った魔法少女の顔はこれまた非常に整った美少女であった。
プリティーピーチが可愛い系というのであれば、こちらは宝塚の男役といった具合の女の子ウケする女性と言えた。
そして、すらりとしたスタイルとちょっと低めのハスキーボイスを兼ね備えたイケメン風(?)の魔法少女の申し出の効果はてきめんであるのは言うまでもなかった。
「は、はい!お任せします!」
「超イケてるお姉さまにゃあ……」
などと初見の感想などどこかへ消え去り、マギカフォース達は完全に色めき立つ始末だった。
「さて、後輩の見ている手前無様なことはできなくなった」
悪魔へと向き直りゴキゴキと拳を鳴らすスピリットホワイトこと環。悪魔をぐるりと見回すとその奥にありえないものを発見してしまう。
「スピリットアスリーテスとは面白い冗談だ。20年前に潰された同胞共はヘマをしたようだが私達がそんな過去の遺物のような存在を恐れるとでも?」
悪魔の包囲陣の奥で指揮を取っている中年サラリーマン風の男が下品な笑みを浮かべる。
不意の乱入者の存在を前にしてもまだ自分たちの優位性を疑っていない素振りであった。
「か、課長……なの?なんだ、悪魔だったのか……。悪魔なら何やっても良いわけだ……」
見覚えのある下卑た笑みの中年男性の顔を見出し、環は俯き小刻みに震えだした。
「ハハッ!先ほどの威勢はどうした!?震えてるではないか!!」
その様子を見落とさなかった悪魔達は口々に嘲笑う。だが、環の口元には笑みが浮かんでいた。
「スピネル……私をまた魔法少女にしてくれて本当にありがとう。今日は最高の日になりそうよ」
「え?まあ、なんだか良く分からないけどタマちゃんが喜んでくれるなら嬉しいわぁ~」
すっと顔を上げ、拳を握り締めて構えを作るスピリットホワイト。
「ゴチャゴチャ言ってないで掛かって来なさい!雑魚まとめて相手してやるわよ!」
スピリットホワイトの叫びに反応して悪魔達が一斉に襲い掛かる。
周囲から迫り来る悪魔を前にして環は最高の高揚感を味わっていた。
このコスチュームを纏うと五感が敏感になり、超常的な力が溢れ出すのがわかった。そう、20年前と何一つ変わらない大いなる力が再び蘇ったのだ。
正面から真っ先に飛び掛ってきた悪魔の攻撃を潜り込むように避け、そのまま密着状態で拳を胴体へと叩き込む。悪魔は吹き飛ばされ、後続の二体を巻き込んで青白い光と共に爆散する。
拳を振り抜きながら回転するように右手からの悪魔へ向き、頭部へ鋭く飛び蹴りを見舞う。悪魔の頭部はサッカーボールのように蹴り飛ばされ、胴体と別れを告げた。
着地したスピリットホワイトの背後を狙い悪魔が襲い掛かるが、次の瞬間にはスピリットホワイトの姿は掻き消え、悪魔の頭上へと飛び上がっていた。自分の姿を見失っていた悪魔の背後へと着地し、首に両手を回して捻りながら別の悪魔へと力任せに叩き付ける。轟音と共に二体の悪魔がまとめてビルの柱へと激突する。
そして最後にスピリットホワイトの動きをまったく追いきれず戸惑っていた悪魔へ狙いを定め、両手から青白い光弾を放つ。次の瞬間には上半身を消し飛ばされた悪魔の死体が二つ出来上がっていた。
それは一瞬の出来事であった。残された中年男の前には小刻みに痙攣する肉塊になった悪魔達が転がっているだけであった。その手際の良さ、体捌きにマギカフォース達も見蕩れる他なかった。
「ふぅ、やっぱりこの感覚サイコー!さてと、ウォーミングアップはこのぐらいでいいかな」
軽い運動をした程度の感覚で両手をブルブル振るいながら残されたリーダー格の中年男へと歩を進める環。その表情には黒い笑みが宿っていた。
「いやー、課長が悪魔っていうんなら成敗しなきゃダメだよね。色々溜まってるし世のため人のため、そして私の職場のためにも正義を実行しなきゃ」
ブツブツと呟きながらゆっくりと近づいて行く。
「貴様ぁ、スピリットアスリーテスを語る以上は手練というわけか。だが私を甘く見てもらっては困るな!」
そう言うと中年男の体が弾ける様に膨張し、見る見る内に筋骨隆々の巨大な化物へと変化していく。
リーダー格の男は悪魔の中でも上位種のアークデーモンと呼ばれる大型個体だ。下位の雑魚悪魔と違い、体躯や能力に優れ、個体間の特徴もそれぞれ固有であるため初見では対策が取り難いという強敵であった。
この個体の特徴はその馬鹿げたほど膨らんだ両手だ。その太さは丸太のようであり、身長とほぼ同じ位の長さという非常にアンバランスな見た目であった。
「グフフフ、コノスガタヲミテブジダッタモノハイマダカツテソンザイセヌ。キサマモスグニツブシテクレルワ!!」
アークデーモンが巨体を揺らしながらスピリットホワイトをけん制する。
「分かりやすい馬鹿で助かるわ。あんたのそのクソッタレな声をこれ以上一秒たりとも聞いていたくないからすぐ終わらせてあげる」
「ホザケッ!!」
爆音のような叫びと共に巨大な両腕がしなる。
スピリットホワイトを叩き潰すように両手が左右から迫り、悪魔の正面で爆裂音上げる。だが、悪魔の両手が合わされることはなかった。悪魔のその丸太のような両手は魔法少女の細腕によって難なく両方受け止められていた。
「それで終わり?潰すんじゃなかったっけ?」
受け止めた巨腕を握り、さながら襖を開け閉めするかのごとく弄ぶ環。
アークデーモンはその拘束されている力の巨大さに愕然としている。
「じゃあ今度はこっちの番ね」
そう言うやいなや、拘束していた悪魔の両手を思い切り引っ張り、悪魔を一気に引き寄せる。両腕が引きちぎれんばかりの力にアークデーモンは堪え切れず、その巨体が軽々と宙に浮き、魔法少女へと突進するような形となった。
環は踏ん張り、突っ込んでくる悪魔目掛け正拳突きを見舞う。
魔法少女の拳を頂点として巨躯がくの字に折れ曲がり、ぐったりと床へ倒れ伏した。
「一発で終わっちゃった。なんか勿体無い気がするけどスッキリしたから良いか」
「さて、後片付けもしなきゃね」
そういうと環は、かつての上司だった悪魔の屍をむんずと掴み軽々と宙へ放り投げた。
「スピリットサーブ!!」
体を大きく逸らしながら、降ってくる悪魔をさながらバレーのサーブのように右手で激しく叩く。青白く輝く魔力が込められた右手から打ち出されボールと化したアークデーモンは部屋の最奥に鎮座している悪魔寺院へと着弾し、魔力の爆発によって死体と悪魔寺院共々木っ端微塵となった。そして爆発した青白い魔力の余波によってフロアに転がっていた悪魔の死体も次々に煙を上げて消滅していくのだった。
「部署の皆、巨悪は倒したわ……。皆の恨みは晴らしたからね」
環は満面の笑みで呟く。
「あー、でも課長いなくなったらうちの部署どうなっちゃうんだろ。……まぁそういうのは偉い人が考えればいいことか。私はスピリットホワイトでも、会社じゃ平社員だしねー」
スッキリした面持ちで転送ゲートを発生させ、環はゲートへと消えていく。
「一体何だったのよアレは……」
突然の乱入から嵐のような勢いで悪魔を片付け消えていったスピリットホワイトの姿にマギカフォース達は言葉を失っていた。
「プリティピーチに続いてまたわけわかんない魔法少女が出てくるなんてどうなってるのよシリウス!」
サンシャインがシリウスに詰め寄る。
「確かにあれはかつてダークヘイターと戦ったスピリットアスリーテスの力だ……僕も信じがたいがね」
「じゃあ、あれもプリティピーチと同じ様に二代目ってことなのかしらね」
「カッコイイお姉様だったけど、ライバルが増えるにゃあ」
「チームみたいだけど、他にもメンバーが増えていくのかな」
あまり多くの情報を出さないシリウスを無視してスピリットホワイトについて盛り上がるマギカフォース達。
一方シリウスは状況を把握できず混乱していた。
「(プリティーピーチに続いてスピリットアスリーテスまで復活するなんて聞いてないぞ!先輩は居なかったようだけど何か嫌な予感がする……)」




