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かーちゃん実は魔法少女だったの……  作者: 海原虚無太郎
第2話 社畜から魔法少女へ、スピリットアスリーテス再誕
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蘇るスポ根。スピリットアスリーテスGet ready!(2)

 夕暮れ時の駅前。

 家路を急ぐ学生や買い物帰りの主婦、仕事終わりのサラリーマンなどでごった返す駅前の広場をスーツ姿の一ノ瀬環(いちのせたまき)はトボトボと歩いていた。

 人ごみに揉まれるように歩く彼女は駅前のゲームセンターへと流されるようにたどり着いた。

「久々の定時上がりだしね……」

環はそんな独り言を呟きながら店内へと入っていった。

 環が今の職場に勤めてからもう8年ほどだろうか。

 山三電気。もともとはスター電気という名前だったが2年ほど前に業績不振に陥り、市内に本社がある大手商社、山三物産の買収によって子会社となった家電卸の会社だ。買収と同時に大幅な人事異動があり、本社から派遣されてきた幹部社員らによる業務改革によって、環が就職した当時とは比べ物にならないほど非常にブラックな職場へと変貌を遂げていた。今日は運良く会社の空調設備改修とかなんとかいう理由で定例会議のある幹部社員以外は定時に退社させられたため、何ヶ月かぶりに夕日を見ながら帰宅できている。


「どぉおおおおおおりゃああああああ!!!!!!」

ドスンと重く鈍い音を立ててパンチングマシーンのミットが後方へと激しく倒れこむ。

 着ていたスーツの上着を脱ぎ、腕まくりをした環は表示される点数を気にせず次の一打の体勢へと入る。

「あれはクソ課長、あれはクソ課長、あれはクソ課長……」

起き上がってくるミットに憎悪の対象の顔を思い浮かべ、軽く足を開き、滑らかに体重移動させながらの腰の入った綺麗なフォームで右の拳を振りぬく。

「死ねぇええええええええええええ!!!!!!!!」

 パンチの衝撃で筐体がミシミシ音を立ててるのを店員も遠巻きから不安そうな顔をして見ている。

 ギシギシと軋みながら戻ってくるミットをボンヤリと眺めながら最後の一打を繰り出そうとする環。カップルがこちらを指差して笑っていることを視界の隅に捉えており、その怒りも乗せた打撃に筐体ごと少し後方へと動き、ミットが殴り飛ばされた際の破裂音に周囲は静まり返った。

 少しスッキリした顔で振り返る環を前にして、ギャラリー達はそそくさと散っていった。

 

 最近本社から派遣されてきた新しい課長のことを環は本当に嫌っていた。部署内で嫌っていない人間など存在しなかったといっても差し支えないほどその人物は憎悪を振りまいていた。パワハラセクハラ上等で誰彼構わず怒鳴り散らかし、すでに2人ほど鬱病と診断されて会社へ来なくなってしまっている。噂ではいびり倒して自主退社へ追い込む壊し屋では?と囁かれているほどの横暴ぶりに部署内の空気はいつも重苦しかった。

 環は特に課長の嘗め回すようないやらしい目つきが大嫌いだった。そして二言目には早く結婚しないの?とか、そんなんだから結婚できないとか言って来ることにも腸が煮え繰りかえる思いをしていた。

 小さな頃からバレーボール一筋で身長180センチを優に超え、胸こそ控えめだが引き締まった肢体と言わばモデル体型を持ち合わせる環であったが、バレーボール以外何もかも捨て去っていた青春時代を過ごしていた反動でまったくもって男っ気のない人生を送っていた。

 今も会社帰りだというのに髪はボサボサ、うっすら化粧はしているもののほぼスッピンでスーツもヨレヨレというまるで人目を気にしていないような有様だったが、一応32にもなって結婚していないことには流石に焦りを覚えていた。そしてその痛い所を毎度突いてくるセクハラ上司への怒りの炎が消えることがなかった。


 しこたまパンチングマシーンにストレスを吐き出し、環は怯える店員をわき目にしながらゲームセンターを後にした。そんなに長居したつもりはなかったが日も大分落ち、あたりは薄暗くなり始めていた。

「……あれ?」

 ゲームセンターから少し歩き繁華街の外れまで来た環は雑居ビルが立ち並ぶ細い路地の向こうに何かが輝いていることに気づいた。

 普段であれば進んで入ろうとは思わない暗く細い路地であったが、なぜかその時は好奇心を抑えられず環はズンズンと進んでいく。そして、地面に転がる金色の小さなメダルを見つけ拾い上げた。

「これって、もしかしてスピリットメダル?」

 自分が拾い上げたメダルについて何故か名称が浮かんできたことに困惑する。

「あれ?なんで私これのこと知ってるんだ?でも、これはスピリットメダルなんだよな……」

「せいか~い!流石タマちゃん、魔力は鈍ってないみたいねぇ~」

 急にメダルからオネエ言葉の野太い声を掛けられビビりまくる環。

「えっ!ちょっ、何これ!?」

「あ~ごめんなさいねぇ~。今すぐ魔法解くからぁ」

 メダルから青白い光が放たれ、環の胸を貫く。

「うわっ!!」

 咄嗟のことに逃げ出すことも出来なかった環であったが、次の瞬間何もかも思い出した。

「スピネル……よね?」

「良かったぁ、ちゃんと思い出せたみたいね!タマちゃんお久しぶりぃ~、元気してた?」

「ああ、元気だよ……ってさっきので全部思い出した!何で全部忘れてたわけ!?スピネルのこともスピリットアスリーテスだったことも!」

 

 スピリットアスリーテス。

 今から20年前に星宮市で暗躍した悪魔教団ダークヘイターに対抗するために結成された魔法少女部隊。

 それは5人のスポーツ少女達で構成され、市民生活の影で人々の精神エネルギーを奪う悪魔と戦い、最後には教団が復活させた大悪魔神ダイアロット撃破して教団ごと潰滅に追い込んだのだ。

 そして環はかつてスピリットアスリーテスのリーダー、スピリットホワイトであった。


「ごめんなさいねぇ、それは深い訳があったの。あなた達は健全な精神は健全な肉体に宿るの信念の下選定されたスポーツと魔法の才能に優れた子達だったの。そして魔法少女としてのお役目が済んだ後でその記憶がスポーツマンとしての人生の邪魔になっちゃ不味いからって皆の記憶を封印して改竄しちゃったのよ」

「……どおりであの1年間の記憶はなんかバレーやってたことしか覚えてなかったわけだ」

「でもでも!ちょっとまた面倒な事が起きちゃったからタマちゃんの力を借りたいなってことになっちゃったわけ」

「何なの?またダークヘイターが出てきたとか?他のメンバーには……ってあの子達今ほとんど海外とかか」

 スピリットアスリーテスはバレーボールの他にサッカー、柔道、水泳、新体操の才能があるメンバーで攻勢されていて、かつてのメンバーは今やトッププロとしてや一線を退いて指導者の立場として世界を飛び回っていた。

 しかし、環だけは高校の頃に子供を助けて代わりに自動車に撥ねられ膝を壊して以来バレーから遠ざかってしまった。

「そうなのよ、タマちゃんしか捕まえるのが困難だったわけ!」

「滑稽よね。リーダーとして一番バレーも魔法少女も頑張ってたのに、今じゃ私だけただのOLやってんの」

「タマちゃん、バレーにはまだ未練があるの?私はあなたの行動は何一つ間違っていなかったって信じてるわよ」

 環が事故に遭った時は丁度高2のインターハイ直前であった。事故による怪我で一時車椅子の生活を余儀なくされた環であったが、部の顧問は環の体の心配をするよりも大事な試合の前に子供の身代わりなった事を馬鹿馬鹿しい真似だと断じたのだった。その言葉に憤慨した環はその場で退部を宣言しバレーから遠ざかってしまった。

「その正義に燃える心こそタマちゃんの良い所だしね!」

「まぁいいわ、んでやっぱりダークヘイター絡みなわけ?私だけで戦うってこと?」

「大体正解。仲間についてはまた追々紹介するわ。それよりあんまり抵抗がなさそうだけど本当に大丈夫なの?またステゴロでドツキ合いやれってことよぉ」

「最近ムシャクシャしてるから全力で誰かをブン殴れる機会があるのは願ったり叶ったり……」

 環が黒い笑みを湛える。

「あー、でも今の会社ブラックであんまり時間に余裕がないけどその辺は大丈夫なの?」

「まぁその辺はこっちで調整するか安心してね。タマちゃんがやる気マンマンで大助かり~♪んじゃ早速ウォーミングアップがてら出動しましょ!」

 メダルから転送魔法が発動され、環の前にゲートが生成される。

「ちょっとちょっと、いきなりすぎでしょ!」

「今現役の子達が苦戦してるみたいだから顔見せがてら助っ人に行かなきゃなのよ!あ、ちなみに仲間はその子達じゃないからね」

 驚く環をよそにメダルは急かす様に説明を続ける。

「明日も仕事だから速めに片付けなきゃなぁ……」

「さぁさぁ、サクっと行って、バシっとやっつけて帰りましょ。」

 環はメダルを握り締めゲートへ足を踏み入れた。


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