最終回から続く物語(3)
プリティーピーチの握る杖、プリティースタッフから放たれた力を目の当たりにし、魔法少女達とダンテはまったく動けなくなっていた。
あれは自分達の認識できる魔法の力とはまるでかけ離れた別次元の何か、いうなれば自然災害に出くわしてしまったかのような、そんな無力感さえ湧き上がりそうなほどであった。
桃色の光、「輝き」の属性を帯びた圧倒的な力から運良く難を逃れた悪鬼兵達は、あるものは腰が砕けてその場にへたり込み、あるものは我先にと逃げ出し始めている。
人の悪しき心から生まれる悪鬼兵には本来恐怖という感情は存在しないはずであった。しかし自分達とは対極の属性を持つ理不尽なほどの暴力の前に本能的な忌避行動を取る以外の選択肢が現れなかったのだ。
「何よこれ……これじゃあまるで、あの時のままじゃない……」
自分が放ったと思われる魔法の力が引き起こした結果を見回し桃美は愕然とする。放たれた光は30年前に失われたはずの力、かつてのプリティーピーチの輝きの魔法そのものだった。
「その通りさ。前にも言ったと思うけど君の力は何も変わらず、最後の戦いの後もずっと君の中にあり続けたんだ」
トライガーはまだ上手く飲み込めていないようにうろたえる桃美へ続ける。
「あの戦いで君達が手に入れたハートストーン、そしてブレイブハートやフレンドリーハートなどの至宝の加護もなくなっていない。もちろんロイヤルハートもだ」
過去の戦いでプリティーピーチはウラーム帝国によって破壊された人々の心を修復していった。その際に修復した心から生まれるやさしさのエネルギーの結晶がハートストーンである。その石は彼女達の魔力を増幅する役目を果たしており、ハートストーンの中でも選ばれた者だけが加護を受けられるという特殊で非常に強力な物を至宝と呼んでいた。
「でも……、最後の戦いから30年も魔法を使っていなかったのよ!魔力が残っていたって言ってもあの頃のように魔法の練習をしたり戦ったりなんてしてなかった。あの日から私はただの女の子になってごく普通に30年を過ごしてきただけ……もう、今の私は普通の主婦なのよ……」
トライガーと再会して再び魔法少女となったものの、今の今まで魔法少女になったという実感はまったくと言っていいほど湧いていなかった。同窓会で昔なじみに出会ったような懐かしさと嬉しさで大してよく考えもせず魔法少女になることを決めたような気さえしていた。だが、魔法少女という現実は目の前の光景として今まさに桃美に突きつけられた。
あの日失ったと思っていた大いなる力がいまだここにあることに、普通の主婦が抱えるには重たすぎる使命が再び自分の元に戻ってきたことに桃美は恐怖すら覚え始めていた。
うつむいてしまった桃美を諭すようにトライガーが口を開く。
「ピーチ、君はあの戦いの後魔力がなくなってしまったと思い込んでたんだろう。そしてあの戦いのことも、皆で過ごした日々のことも、いつしか夢か何かだったのではと心のどこかで思うようになっていたんじゃないか?でもそれは違う。仮にあの時、魔力が本当になくなったとしても、君が戦いの中で得た記憶も一緒になくなるわけじゃない。あの日々を君が忘れてしまったとしても、君によってこの世界が救われたという事実がなくなるわけじゃない。長い時間の中で過去の思い出は風化していくかもしれない、でも君の中には過ごしてきた時間が全て刻まれているんだ。君が忘れていても、君が歩いてきた道のりにはしっかりと足跡が残り続けるんだ。魔法少女プリティーピーチの物語はあの日の決戦で最終回を迎えたかもしれない、でもあの日からも君の物語は続き続けていたんだよ!!」
トライガーの言葉にはっと顔を上げた桃美。その言葉で心の中に掛かっていた靄が晴れたような気がした。
30年前、友達と不思議なぬいぐるみと共に駆け抜けたあの懐かしくも二度とは戻れない日々が、全力で泣いて全力で笑っていたあの1年間の瑞々しい思いの全てが、鮮明に蘇ったのだ。
魔力のこと、妖精のこと、ウラーム帝国のこと、やさしさの心のこと、あの日以来鍵をかけてしまった記憶の扉が一斉に開け放たれるような、そんな不思議で素晴らしい気分であった。
「あの日からずっと、プリティーピーチは私の中にいたんだ……私が忘れてしまっていただけで、プリティーピーチだったあの頃の私は消えたりなんかしてなかったんだ……」
「そうだ!君は今でもあの頃の自分に、プリティーピーチになれるんだ!」
しっかりと前を見据え、杖を握る桃美の眼差しには決意が宿っていた。
「さあ行こう!魔法少女プリティーピーチここに復活だ!!」
トライガーの声に促され桃美は魔法少女として再び新たな一歩を踏み出した。




