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真夜中ガクエン2

「マジかよ。ピアノってことは……音楽室か」


 耳を澄ませると、ピアノは聞き覚えのあるクラッシックを奏でている。どうやら、新館の三階にある音楽室から聞こえてくるようだ。


「この曲、くるみ割り人形だね。そういえば、たしか青嵐学園七不思議その12にそんな記事があったような」


「その12って、七不思議じゃなかったのかよ」


 オレのツッコミはあっさりスルーされた。


「やっぱり、学園七不思議はホントにあるんだよ」


「ハハハ、バカ言え、オレたちみたいに忍び込んだ誰かが弾いてるんだろ」


「だったらいいけど……ねえ、どうするの?」


 透は不安げにオレのウィンドブレイカーの裾を握って離そうとしない。でも、こうなったらやるべきことは一つだった。


 オレのこの目で確かめてやろう。七不思議が本当にあるのか、それともあるいは――


「もちろん、音楽室に行ってみる」


「本気?と書いて、マジ気?」


「気が一個多いぞ。だって、ピアノ弾いてるのは白神先輩かもしれないだろ」


 オレは音楽室に向って走り出した。一人残されそうになって、透もあわてて追いかけてくる。二人は渡り廊下を抜け、三階の音楽室へと階段を駆け上がった。


 息を切らしながら透が尋ねてきた。


「先輩かもしれないって、なんでビチ子先輩が九郎ちゃんを驚かせるようなことするの?」


「おまえ、いい加減、ビチ子って言うのやめろよ」


「そうか、きっと怯えきって理性をなくした九郎ちゃんにあーんなことやこーんなことをするつもりなんだ。もう、ビチ子のやつ油断ならん! こうなったら、怖がってる場合じゃないぞ。ぜぇったいに九郎ちゃんをビッチの魔の手から守って見せるんだから! うぉぉぉ!」


 そう叫びながらオレを追い抜こうとする。負けじとオレもピッチを早めた。


「元気なのはいいけど、おまえが理性なくしてどうするんだ!」

 

 音楽室にたどりついたオレと透は、立ち止まって大きく息を吐いた。ドアの向こうでは相変わらずくるみ割り人形が鳴り響いている。


 なぜ白神先輩がオレを驚かせようとするのか? 


 もちろん、そんなことオレにわかるわけがない。でも、もしかして保健室で待ち合わせをしたこと自体、彼女が仕掛けたドッキリだったりして。ってことはこの『封印帳』もニセモノ? つまり生徒会長もグルだとか?


 もしそうだとしたら、今日のことがすべて納得できる。


「そうか、そうだったのか。じゃあ、このドアの向こうには……」


 ガラガラッ


 思い切ってスライド式のドアを開いた。ドアの向こうに、「ドッキリ大成功」のプラカードを持った白神先輩がいることを祈って。


 ところが――


 ドアを開けた途端に、うるさいくらいに鳴り響いていたピアノの音がプツリと途絶えた。それだけじゃない。音楽室の照明も落ちて真っ暗になった。


「キャアー!」


 透の悲鳴が響く。


 オレはおおいそぎで電気を再点灯した。けれど、音楽室の中には人っ子一人どころか、猫の子一匹見当たらなかった。


「いったい、どうなってるんだ?」


「やっぱり誰もいないの? ってことは、あのピアノを弾いてたのは幽霊? ホントにホントに学園七不思議なの?」


「んなバカなことがあるか! 探せ! きっとどこかにCDプレイヤーとかが隠してあるはずだ!」


「どこだ、どこだ、どこだ」


 オレたちは必死になって音楽室中を探した。CDプレイヤーじゃなく、MP3プレイヤーとか携帯電話とかの小さなものでもあのくらいの音は出せるだろう。けれど、それらしいものはまったくみつからない。


 ってことは、マジで幽霊の仕業なのか?


 オレはいままで幽霊なんてものの存在を信じたことがなかった。でもそれは、この目で見たことがなかったからだ。一度自分の目で見たものなら、幽霊だろうとなんだろうと信じるべき、というのがオレの信条だった。


 ピピピピッ


 突然、アラームが鳴った。


 透がコートの袖をめくって腕時計を確認した。


「待ち合わせの十二時だよ。先輩との待ち合わせ場所は保健室だよね」


「しゃーない。音楽室は明日ゆっくり探すとして、まずは保健室に行くか。って、うるさいなぁ。さっさとアラーム消せよ」


「えっ? ボクの時計じゃないよ」


 ピピピという電子音は鳴り続けている。驚いてポケットから携帯電話を取り出すけど、そんなアラームを設定した覚えはないし、もちろん音は鳴っていなかった。


「どういうことだ?」「どういうことなの?」


 オレと透が顔を見合わせたそのとき、


 ピッ、ピピピピッピ、ピッピッピッ


 アラームの電子音が、くるみ割り人形のメロディーを奏で始めた。


「うそっ、学園七不思議その12、まだ続いてるの?」


「マジかよ……」


 さらに次の瞬間、アラームのくるみ割り人形が今度はいきなりオーケストラ演奏にグレードアップした。耳が痛くなるほどの大音量で、これはもうMP3プレイヤーや携帯に出せる音じゃない。オレたちは思わず耳を押さえてしゃがみこんだ。


「どう? 九郎ちゃん、青嵐学園七不思議これで信じた?」


「確かに耳では聞いたけど、まだ目で見たわけじゃないから」


「もう屁理屈ばっかり」


「……なあ透、もしこれがホントに青嵐学園七不思議その12だとして、これからどうなるんだ?」


「ええと、どうもならないよ。青嵐学園七不思議その12『真夜中のオーケストラ』は、真夜中の音楽室でくるみ割り人形の曲が鳴るだけ。でもね、『真夜中のオーケストラ』は、たいがい学園七不思議その13に繋がるんだって」


「13って一体いくつまであるんだよ! で、その13はどんなんだ?」


「七不思議その13はね、あそこに肖像画があるでしょ」


 透に促され、音楽室の後ろの壁に目をやった。そこには、音楽史に残る大作曲家たちの肖像画が一列に貼ってある。肖像画はどれも濃いタッチで描かれ、見た目かなり気持ち悪い。


「ああ、バッハとかベートーベンとかだろ……って、おい」


 次の瞬間、目の前で起こった出来事に、オレは唖然として言葉を失った。


 肖像画の一人、白髪のおじさんの大きく見開かれた瞳が


 グルン


 と動いたんだ。それだけじゃなかった。


「あの肖像画から作曲家たちが抜け出して踊りだすんだって」


 その説明と同時に、八つある肖像画から黒い人影が飛び出した。


「……マジかよ」


 飛び出したのは、頭部こそ大人サイズだけど身長は幼稚園児くらいしかないアンバランスな姿をした小人だった。その小人たちが、くるみ割り人形の楽曲に合わせて踊り狂っている。


「どう? これでもう信じるしかないでしょ」


「ああ、さっきも言ったよな。オレは自分の目で見たものは、誰に何と言われても信じる……でも」


「でも?」


「でも、これはちょっとシュール過ぎやしないかっ!」


 真夜中の音楽室で、四頭身の小人たちが輪になって踊っている。


 バッハ、ベートーベン、モーツアルト、チャイコフスキー、ブラームス、ショパン


 そんな超現実的な光景を受け入れろってのはムチャブリすぎやしないか。

 特に一人だけ眼鏡の日本人が混ざっているのが、違和感バリバリだった。あれは……滝廉太郎だったか?


 小人たちのダンスの輪に囲まれ、オレは我を忘れて立ち尽くしていた。


(いかんいかん、ついボーっとしてしまった。しっかりしろオレ、って、ええっ!?)


 ふと隣を見ると、透がくるみ割り人形に合わせてステップを踏んでいる。お世辞にも上手とは言えないけど、珍しくミニスカートを穿いた彼女のダンスは妙に可愛らしい。


(これが萌えってヤツか? いや、今はそんなこと言ってる場合じゃないぞ!)


「おい、透! この非常時に何してんだよ!」


 踊る幼馴染を叱り飛ばした。けれど、返ってきた返事は予想の斜め上だった。


「そういう九郎ちゃんだって踊ってるじゃん」


「ええっ!」


 自分でも気づかないうちに、オレまでが曲に合わせて腕を振ってたんだ。


「な、なんだこりゃ?」


「これが青嵐学園七不思議その13『音楽室に踊る作曲家たち』なんだよ。深夜の音楽室にくるみ割り人形が鳴り響くと、肖像画から抜け出した作曲家たちが踊り出す。それを見たものは、一緒に踊らずにはいられないんだって」

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