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ヒミツの寮生活4

 先輩と話していると、どうしたって主導権を持っていかれてしまう。透となら絶対こんなことはないのに、これが大人の女性ってヤツか……。


「つまんない見栄はいいから、ガムテープ」


「え? ガムテープ?」


「やだなぁ、貸してって言ったでしょ」


「あ、そうでした。すいません、なんかいろいろあってすっかり忘れてました」


「もぉ、忘れないでよ。わかったわ。貸してくれたら、童貞クンが童貞クンじゃなくなるようないいことしてあ・げ・る」


「い、いいですよ。そんなことしてもらわなくても」


 顔が真っ赤になるのを感じながら、先輩に背を向けて道場の隅へと向かった。


 たしか角の棚に工具箱があって、その中にガムテープがあったはずだ。これ以上からかわれ続けたらハートが持たない。透のシャワーもそろそろ終わる時間だし、ガムテープを渡して早いトコお引き取りいただこう。


「どうしてよ? いいことして欲しくないの?」


 極彩色に縁取られた目許から妖しげな視線が繰り出される。それを無視しながら、できるだけ素っ気無く答えた。


「別に、ガムテープくらいタダで貸してあげます」


 すると、彼女はいかにも芝居がかった口調で一人語ちた。


「へー、じゃあホントだったんだぁ、びっくりぃー」


「何がです?」いやな予感がした。


「思い出したのよ、キミの名前。どこかで聞いた事があると思ったら、有名な一年生のホモカップル!」


 予感的中だ。


「いやぁ、よくある無責任な噂だと思ってたけど、火のないところに煙は立たないってコトワザはやっぱり真実なのねえ」


「アンタがそれを言うかっ!」


「童貞の上にホモ。ってことはきっと、姫雪クンは童貞だけど処女じゃないのねぇ。まあ、気にしなくていいと思うわよ。順番なんて間違えるためにあるようなモンだから」


「処女です! オレはめっちゃ清らかなバージンです!」


 魂の叫びが弓道場に響き渡る。すると先輩は、今度は腹を抱えて笑い転げた。


「くっくっくっ、キミ、ホントに鬼ウケだわ! 高校生男子が、顔を真っ赤にして『オレはバージンだっ!』って、……ありえない。クックックッ。死ぬ、笑い死ぬ!」


「勝手に笑っててください。でも、言っておきますけど、オレは本当にホモじゃないですからね」


「大丈夫。キミがホモじゃないってことは、さっきからあたしの胸をみつめる淫獣のような目つきでちゃんとわかってるから」


「くそっ、ああいえばこういう」


 工具箱から黒い布製のガムテープを取り出すと、「これでも喰らえ!」とばかりに投げつける。すると先輩は飛んできたガムテを器用にキャッチした。


「ありがとサンキュー」


「使ったら、とっとと帰ってください。……でも、そんなもの一体何にするんですか? っていうか、うわぁっ!」


 突如目の前に広がった光景に、オレは我と我が目を疑った。


 白神先輩がただでさえ短い制服のスカートを思いっきりたくし上げたんだ。


 ジェントルマンなオレは慌てて自分の手で目を覆う。けれど指と指の間から、白い太腿とその上にある下着が飛び込んでくるのはどうしようもなかった。先輩の脚は今朝見た透のと同じくらい細くて折れそうだけれど、その印象は一八〇度違う。何といってもつけている下着が違っていた。片やブリーフ。先輩のは黒と赤のレースで、まるでグラビアアイドルが身につけていそうなセクシーランジェリーだ。


「な、何してるんですかっ」


「何してるって決まってるでしょ。治療よ、治療」


 よく見ると、先輩の右足は膝の辺りから下がブラブラと揺れ動いている。オレはようやく冷静さを取り戻した。


「ちょ、ちょっと先輩、それマズいっすよ。脱臼か、下手すりゃ骨折してますって」


「ヘーキヘーキ、あ、この辺の矢もらっていいよね。落ちてるやつ」


 荒れ果てた弓道場の床には使えなくなった矢が散らかっている。先輩はその中からニ、三本をみつくろって拾い上げた。


「そりゃ別にいいですけど、まさか矢で添え木代わりですか。やめましょうよ。ちゃんと病院行きましょう」


「大丈夫よ。戦国時代の有名な武将、毛利元就の話を知らないかな。矢ってのは一本だとすぐ折れるけど、三本重ねれば滅多なことでは折れない。だから三本をまとめて足に当てて、それからガムテで固定すれば……あら、ちょっと長いわね。少し折るか。フンっ」


 三本の矢を両手で握ると、掛け声と共にへし折った。


「いや、いま、メッチャ簡単に折りましたよね」


「ハッハッハッ、気にしない気にしない」


 不安げなオレにはお構いなしに、白神先輩は慣れた手つきで膝の手当てを終えてしまった。


「無理しないでくださいよ。ホントは痛いんでしょう?」


「バッチリよ。まあ空を飛ぶまではいかないけどね」


 先輩は笑顔を見せる。信じられないけど、どうやら本当に痛くないらしい。たしか何かの病気で痛覚神経のない人がいるって話を聞いたことがある。もしかして白神先輩もそうなんだろうか。


「本当に大丈夫なんですか」


「姫雪クンって優しいのね。お姉さん、気に入っちゃった。どうする? いいコト、していく?」


「だから、しませんって」


「遠慮しなくていいのよ」


「いいですよ。もともと部の備品でオレの私物じゃないっすから。それに、もし仮にオレが童貞だとして、その価値がガムテ一個って安すぎると思うんです」


「うーん、なるほど、姫雪クンは誇り高き童貞なんだね」


「だから、もし仮にって話です」


「はいはい、仮に仮に。でも、なんかキミって憎めないのよね。じゃあさ、もうひとつお願いを追加したらどうかな?」


 言いながら、フッと目を細める。とても高校生とは思えない色っぽい目つきだ。


 それから先輩は、ピンクのマニキュアで飾られた人指し指を自らの唇に添え、その指をオレの額に押し当てた。


「えっ?」


 一瞬、視界がぼやける。触られた額が熱くなった。


(なんなんだ、今の?)


 尋ねる間もなく、先輩はどこから出したのか古めかしい書物を手渡してきた。


「これを、預かって欲しいの」


「何です、コレ?」


 古文書ってやつだろうか。黄ばんだ表紙からはかび臭い臭いがする。


 頁をめくると、そこに書かれていたのはミミズののたうった様な文字だった。これは本当に日本語なのか? チンプンカンプンでさっぱり読める気がしない。


「『封印帳』っていうんだけどね、まあ、スタンプラリーのカードみたいなものかな?」


「スタンプラリー?」


「今夜十二時。この封印帳を持って保健室まで来てほしいの」


「十二時? そんな遅くにですか?」


「姫雪クンは知ってるかな? この青嵐学園に『学園七不思議』ってのがあるんだよ」


「ええまあ、でも、ああいうのって単なる噂ですよね」


「単なる噂は信じない?」


「オレ、自分の目で見たもの以外は信じない主義なんで」


「じゃあ、なおさらいいじゃん。今晩一緒にその七不思議を見に行こうよ。そしたら、噂が本当かどうか確かめられるでしょ」


「噂が本当かどうか、確かめるって……」


(いったい、なんの噂を確かめるんだ)思わずゴクリと唾を飲み込んだ。頭の中を例の噂がグルグル回る。


『白神一子は、下級生を誘惑していかがわしい関係を持っていた』


 根も葉もない噂に振り回されるのがいかにくだらないことかは重々承知している。


 でも、もしもあの噂が本当だったら、ひょっとして今オレは『誘惑』されているんだろうか? そして、もしここでイエスと答えたら、『いかがわしい関係』を持つことになっちゃうんだろうか?


 オレは女子に対して積極的なほうじゃないけど、決して女嫌いってわけじゃないんだ。目の前の綺麗なお姉さんが相手をしてくれるというのなら、拒む理由なんて一つもない。


 まあ強いてあげれば、それが門限破りになるってことか。緑水寮には門限があって、それがなんと午後七時という厳しさだ。夜間、こっそり抜け出した事がバレれば、プロレスラーのような寮監督の体育教師にどんなメに合わされるかわからない。


「ど、どうなっちゃうんですかオレ。もし、噂が本当だったら」


 すると、白神先輩はまるでお人形さんのような綺麗な笑顔を浮かべた。


 今頃、気がついた。


 彼女は顔も身体も均整が取れて、まるで西洋絵画の登場人物のように美しい。


 折りしも、弓道場の屋根の上にはぽっかりと丸い月が浮かんでいた。月の光を浴びて、白神先輩の身体は藍色の闇の中に融けてしまいそうだ。


 彼女の姿を、前にどこかで見たことがあるような気がする。いや、あれは見たんじゃなく……うーん、なんだっけ? 記憶に靄がかかったかのように思い出せない。


「フフフ、青嵐学園の七不思議はね、全部見るととってもいい事がおこるの」


「いいこと?」


「ちゃんと封印帳を持ってきてくれたら、教えてあ・げ・る」


 それから先輩は、耳元に唇を寄せてつぶやいた。熱い吐息が耳をくすぐる。


「保険室のベッドってね、結構寝心地いいんだよ」


 ベッドッテ、ソレドウイウコトデスカ?


 疑問が頭の中で渦を巻く。けど、言葉にして尋ねることはできなかった。頭に上った血を引かせるため深呼吸を一つして振り向くと、そこには誰もいなかった。


 白神先輩の姿は、本当に月の光に融けたかのように影も形も無くなっていたんだ。


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