幼馴染のヒミツ2
「203号室座志木透の机の鍵ぃ?」
寮監室でスポーツ新聞を広げていた近藤先生は、オレの言葉に片眉を引き上げた。
「ええ、透のやつ、引き出しに財布を入れたまま鍵を失くしちゃったみたいで、至急合鍵が必要なんです」
とりあえず嘘八百を並べてみる。アマレスの国体選手だったいう寮監は、ガタイはプロレスラー並みだけど脳みそまで筋肉でできている単細胞と評判だった。
「うーん、もちろん机の鍵のスペアは寮監室にあるし、203号室の鍵はおまえが必要だっていうんなら貸し出すことに問題はないけどなあ」
ナイス単細胞。いや、ここは疑うことを知らないピュアな性格と言っておこう。
「だが、座志木透って誰だ?」
目が点になった。どうやら彼は評判どおりの脳みそ筋肉人間らしい。寮生の名前を忘れるなんて。ホントにこれで寮監が務まってるんだろうか。
「座志木は座志木ですよ。ほら、背が小っさくて、ちょっとナヨっとした」
「なんだ? 今流行のエア友だちってヤツか? そういえば、姫雪はいっつも一人でいるもんな。妄想もいいけど、現実の友人も作らにゃいかんぞ」
「何言ってるんですか。座志木ですよ。203号室、オレと相部屋の」
「おまえこそ何言ってんだ。たしかに部屋のつくりは昔ながらの二人部屋だけど、緑水寮はプライバシー保護の目的で三年前から全室一人部屋になってるだろ。そりゃあんな事故があった後だし、おまえにとっちゃあ、誰か同室の人間でもいたほうが気が紛れたかもしれんがなあ……どうする? ちょっと、カウンセラーの先生にでも相談してみるか? あー、でも理事長が亡くなってバタバタしてるから、しばらくは無理かもなあ」
「?」
「ホラよ。鍵、持ってけ」
近藤先生が無造作に投げてよこした机の鍵をキャッチすると、オレは逃げるように寮監室を後にした。
(何言ってんだ、あのオッサン。とうとう頭おかしくなっちゃったのか?)
階段を駆け上がる途中で、クラスメイトの小林に声をかけられる。
「おう、姫雪じゃん。どうしたんだ、そんな怖い顔して」
親しい、というほどでもないけど、一学期の初めに席が隣だった縁で毎日会話する数少ない知り合いだ。
「あのさあ、座志木透のことなんだけど、オレと同室の」
「ん? なんだ、そりゃ? 同室って緑水寮は全員一人部屋だろ……ああ、新しい嫁の話か。どんなアイドルなんだ? それとも二次元か?」
「いや、そうじゃなくて、座志木透。一学期にオレと噂になってたじゃんか!」
「??」
「ごめん、今の忘れてくれ!」
きょとんとした顔でオレをながめる小林を残して、部屋へと急いだ。
なんだか、急激に視界が狭くなった気がする。心臓が早鐘をうち始め、呼吸が苦しくなった。
(どうしちゃったんだ。みんなが、透の事を忘れちゃってる?)
部屋に戻ってドアの前のプレートを確認した。
203号の表示の下に二人分のネームプレートを差し込む場所があり、そこには姫雪九郎と座志木透、二人のプレートが差されて……いなかった。
差されていたのは姫雪九郎の名札だけ。
室内に入ると、ついさっきまでそこにあった透の荷物一式が無くなっていた。本も文房具も服もお菓子も。
オレは膝からガックリと崩れ落ちた。
「一体なんなんだよ!?」
その声がガランとした室内に響き渡る。
これも学園七不思議の一つなんだろうか。それとも、白神一子がまた何かの呪いを使ったのか。
「どっちにしてもオレが透を助けなきゃ。あいつはオレの他に頼れるヤツがいないんだ」
幼馴染とはいえ、透とオレはべったり一緒にいたわけじゃない。男女の違いもあって小学校高学年から中学の終わりまではむしろあまり口も利かなかった。二人の距離がぐっと縮まったのは、あの痛ましい交通事故がきっかけだった。
家族のいなくなったリビングに、透は一週間近くも座ったまま動こうとしなかった。
あのときの彼女の顔は、脳裏に焼きついて忘れることができな……
「……あのときのあいつの顔……忘れられないはずだったのに……」
たそがれのリビングに座り込んでいた透の顔が、ぼやけてはっきりしなかった。
「ウソだろ、しっかりしろよ、オレ!」
どんな七不思議があろうと、オレがあいつを忘れるなんてありえない。
「オレが、透を助けるんだろ!」
握りしめた鍵で、透の机の秘密の引き出しを開けた。
あった。
そこには、新聞の切り抜きと一緒に、古びた一枚の紙が収められていた。紙に書かれた朱色の文字は、封印帳と同じ草書体だ。
この紙が、破り取られた封印帳の一頁に違いない。
「でも、なんだって透のヤツ、わざわざ封印帳を破ったりしたんだ?」
ふと、隣の新聞記事に目が行った。
『東名大和トンネルで追突事故
玉突き十台、死者七人
原因はトラックの居眠り運転、運送会社の勤務体制に問題か』
透の両親と双子の兄を襲った交通事故の記事だ。
(アイツ、こんな新聞記事を隠してやがったのか……ん、待てよ)
思わず、目をしばたたかせた。
新聞記事の詳細、死亡した被害者の名前の欄には、こう書かれていた。
『姫雪和夫(34歳)姫雪涼子(38歳)』




