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ヒミツの寮生活3

 ちょっと冷静になれば、脳内弓矢で人が殺せないことくらいわかったはずだ。けれど、パニックになったオレはとにかく焦りまくって少女を助けようと駆け寄った――その時だった。


 伏していた少女の首が、グルンと動いた。思わず立ち止まって息を飲む。するとその首はいきなり喋りはじめた。


「ナニソレ? 『し、死んでる!?』って、チョー受けるんですけど」


「えっ? ええっ!?」


 驚くオレを尻目に、少女は身体中の関節をガクガクさせながら強引に立ち上がった。


「でもまあ、さすがに本調子ってわけにはいかないかぁ。右足が動きにくくてしょうがないんだもん。それにしても、まったくあの暴力女、刀なんか振り回しちゃって時代劇かっつうの」


 そう憎々し気につぶやく姿には見覚えがある。


 シャツの胸元は大きく開けられ、スカートも膝上15センチくらい。髪の毛は金に近い茶色で、化粧もバッチリ、つけまつげがこれでもかという位テンコ盛りになって上を向いている。


 いわゆるギャル系ってヤツ。真面目な生徒が多いウチの高校で、そんな格好をしているのは一人しかない。


 上級生の問題児、白神一子先輩だ。


 そのギャルで有名な先輩が、なんだって空から落ちてきたんだろう?


 しかも、あんなふうに体中の関節がグニャグニャになっっておいて、『右足が動きにくい』くらいで済むんだろうか? 普通なら命に関わるんじゃないのか? それとも、関節が曲がって見えたのは目の錯覚か何かなんだろうか?


 ワケが分からないまま恐る恐る尋ねた。


「し、白神先輩ですよね」


「そうだけど、キミは?」


「姫雪です、一年の姫雪九郎」


「ふうん、どこかで聞いた名前ね。どこかで会ったことあったっけ?」


「いえ、おそらく初対面かと」


「ふうん、まあいいわ。それよりキミ、ガムテープ持ってない?」


「ガ、ガムテープですか? たしか道場にあったと思いますけど、そんなもの何にするんですか? っていうか、それよりなんで空から落ちてきたんです?」


「空からなんて落ちてないっしょ。落ちたのは屋根からだよ」


 言われてみれば、空から人が落ちてくるわけがない。射場の屋根から落ちたっていうんならナットクできる……って、ナットクできるはずないじゃないか。


「どうして屋根から落ちたんです!? ってゆうか、そもそもなんで屋根なんかに上ってたんですか!?」


 さらに食い下がるオレに、先輩は右足を引きずりながら近寄ってきた。


「キミ、女の子の扱いがわかってないなぁ。わからないことは何でも聞けばいいと思ったら大間違いだぞ」


 そう言いながら両腕を首に巻きつけてくる。甘い匂いがオレの鼻腔を直撃した。


「……特にベッドの上ではね」


 心臓がドクンと波を打つ。同じ驚きでも、さっきまでとは全然ベクトルが違っていた。顔と顔が近すぎて思わず目を伏せる。その視界に飛び込んで着たのは、制服の開いた胸元からあふれんばかりの巨大な二つの肉塊だった。


「こ、ここはベッドじゃありませんからっ」


 慌てて腕を振り解く。


 なんなんだ? 一瞬オカルトかと思わせて、この不自然なまでのサービス展開は?


「……そうか、わかったぞ!」


「ふぇ?」


「こ、これは夢なんですね」


「はい?」


「だってそうでしょう。いきなり女の子が落ちてきて体がグニャグニャになってたり、ものすっごい巨乳で迫られちゃったり。こんなだけ非現実的なことがたてつづけに起こるなんて。なるほどオレ、いつのまにか寝ちゃったんだ」


 無理矢理自分を納得させようとするオレを、眼前のギャル先輩は鼻で笑った。


「フン、そうね、夢かもね」


「やっぱりそうか、これで全部ナットクいったぞ」


「じゃあさ。これが夢の中なら、キミはなんでも好きなことをしていいってことだよね」


「えっ?」


「だってそうでしょ。キミの夢なんだもん。やりたいようにやればいいじゃん。例えばぁ……キミの言う、ものすっごい巨乳を思う存分揉みしだいてみるとかぁ」


 言いながら、これ見よがしに胸をそらして突き出してみせた。


 ただでさえ大きな胸が、シャツのボタンを弾き飛ばしそうにプルンと震える。


 喉が、ゴクリと鳴った。


 そうだ。先輩の言うとおり、これはオレの夢なんだ。ってことは、どれだけ揉んでも……いや、それだけじゃない。剥いても舐めても摘んでも、ぜーんぶオレの思うがままだ。


 両手の指が、目の前の巨大マシュマロに吸い寄せられるように伸びていく――次の瞬間、


「いや、無理っス。全然そんな勇気ないっス!」


 両手を引き戻して、そのまま思いっきり自分の頬に張り手をくらわせていた。ヘタレだからじゃない、ジェントルマンだからだ。すると、焼けるような張り手の衝撃が顔面を襲った。


「いってぇっ! ……ってことは、夢じゃない!」


 頬の痛みに目をシロクロさせるオレの目の前で、


「ちょーウケる、キミ、ホントに面白いねえ」


 白神一子はお腹を抱えて笑っていた。


「だ、騙したな。もしあのまま揉んでたら、痴漢冤罪でオレの人生を終了させるつもりだったんだろう」


「揉んでたら冤罪じゃないじゃん。てゆうか、なんなのキミ? 女の子の胸もビビって揉めないなんて、もしかして童貞?」


「な、ななな、ナニ言い出すんですか」


「図星だぁ」


「ちゃ、ちゃいますよ。ボク童貞ちゃいますよ」


「なんで、急に大阪弁なのよ……いいじゃん童貞。あたしはウェルカムだよ」


「えっ?」


 思わず息を飲む。そして、思い出した。


 白神先輩には一つの噂があった。


『白神一子は、複数の下級生を誘惑していかがわしい関係を持っていた』


 噂によると、去年、白神先輩は何人かの後輩男子と同時進行で恋人関係にあったんだそうだ。しかも日替わりで相手を替えながら夜の学校に忍び込み、アヤシイ行為に勤しんでいたという。それが発覚して先輩は停学になり、相手の男子たちは自主退学したとか、しなかったとか。


(いかん、いかん)


 目を閉じてブルブルと首を振る。


(そんなの根も葉もない噂じゃないか。オレだって、そういうデマにはずいぶんと悩まされてきただろ)


 オレは自らを襲ったデマ騒ぎを思い出して、自分を戒めた。


 アレは入学したばかりの四月のことだ。


 透が男だとバレないようにべったりと世話を焼いていたのが原因だろう。「姫雪九郎と座志木透はホモカップルだ」という噂が学園中を駆け巡ったんだ。


 人の噂も七十五日というだけあって、いつのまにかそんな馬鹿げた噂を口にするものはいなくなった。でもそのときオレは、人の噂ってヤツがまったく根拠のないデタラメだと思い知らされたんだった。


(なのに、そのオレが得体の知れない噂なんかに影響されるなんて。オレはいつからそんなくだらない人間になったんだ。反省しろ、反省。悔い改めよ。主よ、許したまえ!)


 思わず目を閉じて神に祈る。すると甲高い嬌声が頭の上から響いてきた。


「ねえねえ、童貞クン」


「人が神に懺悔しているときに、変な名前で呼ばないでください」


「あら、あたしは『童貞クン』がキミのことだなんて一言も言ってないけど」


「ぐぬぬぬ」


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