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ヒミツの寮生活2

 *     *      *


 亡くなった次郎丸真亜沙理事長は、戦後の混乱期にキリスト教の理念に基づいてこの青嵐学園を創設した『学園の聖母』と呼ばれる人物だ。さらに学園の発展のため生涯独身を貫いたシスターでもある。


 亡き理事長の功績を称えて、学園では緊急に学園葬が行われた。


 おかげで本日の授業は全部休み。遅刻もうやむやになってくれた。おまけに明日から三日間は服喪期間ということで学校が休み、土、日曜日もあわせて五連休になるという。



 その日の放課後、


「いやー、ラッキーラッキー、葬式サマサマだなあ」


「ちょっと九郎ちゃん、その発言は人としてどうかと思うよ」


 オレと透は、人気のない校舎裏を歩いていた。


「でも、立派なお葬式だったよねえ」


「ああ」


「ボクも死んだらキリスト教のお葬式がいいなあ」


「おまえだって十分不謹慎だろ」


「へへへ」


「それにしても、今日はやけに静かだな」


 校舎裏は人通り自体は少ない場所だけど、いつもは隣のグラウンドで練習する運動部の声がうるさいくらいにこだましている。なのに今日は、晩秋の虫の音が澄んだ鳴き声を響かせていた。


「九郎ちゃん聞いてなかったの? 理事長先生の喪中は部活も禁止なんだって」


「へー、でもさあ、喪に服するとか言ったって、ぶっちゃけ本気で理事長の死を悼んでるヤツなんて一人もいないだろ」


 オレがそう言ったのには、理由が三つあった。まず第一に、生前の次郎丸理事長なる人物は、偉いさんだけあって生徒たちと接する機会がほとんどなかった。第二に、彼女は長いこと病の床に伏せていて、近いうちにこの日が来るのは誰からも予想されていた。最後三つめ、彼女の年齢は105歳。つまり完全なる大往生なのだ。


 ところが、透はチッチッチッと指を横に振ってみせた。


「そんなことないよ。少なくとも一人はいたじゃない」


「えっ? ああ、生徒会長様か」


 言われてみれば確かに一人、理事長の死を心から悲しんでいる生徒がいたっけ。


 理事長の孫にして、生徒会長兼剣道部部長、更に入学以来三年連続ミス青嵐学園に選ばれている完璧美少女、次郎丸真紅様だ。彼女が学園葬で見せた涙をこらえながらの送辞には、それまで居眠りしていたオレですら思わずもらい泣きしたくらいだった。


「いやー、やっぱり会長様は美しかったよなあ。これも不謹慎な話だけど、喪服姿がまた一段とソソるっつうか、是非一度お付き合いしてみたいもんだよなぁ」


 秋空に麗しき会長様の姿を思い浮かべ、ついつい男の夢が口をついてでた。すると透のヤツ、あっかんべえをしながら憎まれ口を叩きやがる。


「不謹慎っていうより身の程知らずにもほどがあるよ。学園カースト最上位のあの次郎丸真紅様が九郎ちゃんなんか相手にするわけないじゃん。寝言は寝てるときに言うもんだよ」


「うっせえなあ。そんなのわかんねえだろ。何があるのかわからないのが世の中だぞ」


 悔しさのあまり反論してはみたものの、もちろんオレにも現実はわかっているんだ。


 噂によると、完全無欠の美少女生徒会長は男女交際などというモンには一切興味がないらしい。野球部のエースや東大合格確実の秀才といった、透の言うところのカースト上位者たち(なんて嫌な言葉だ)の告白をことごとく袖にしているんだそうだ。しかも悲しいかな、オレのカーストは甘めに見て中の下、下手をすると下の上程度しかない。とてもじゃないけど、次郎丸生徒会長様とのカップリングなんておこりえなかった。


「うんうん、絶対ありえない。九郎ちゃんと真紅様が付き合うなんてことになったら、学園七不思議を超える超怪奇現象だよ」


 学園七不思議というのは、トイレの花子さんとか校庭を走る二宮金次郎とかいうどこの学校にもあるアレのことだ。青嵐学園は、ミッション系だからなのか、妙にそういう怪談話が充実している。


 でもヒトの恋愛をそんな怪奇現象と同じカテゴリーに分別するなんて、透のヤツ、オレの事をなんだと思ってるんだ。


「チェッ、そこまで言うか。あれ? でも、たしか理事長って学園に生涯を捧げて独身を通したんだよな、なのにどうして孫娘がいるんだ? それに、会長のご両親の話は全然聞かないよな。今日のお葬式も会長が喪主だったわけだし」


「さあ、養子ってことかな? 孫だから、養孫? ……ひょっとして隠し子とか?」


「養孫ってなんだよ。それに理事長は『学園の聖母』と呼ばれたお人だぜ。隠し子ってのもないだろ」


「じゃあマリア様と一緒で処女懐胎した、とか?」


「んなわけないじゃん。でも全然関係ないけど、『処女懐胎』って『処女買いたい』に聞こえるよな」


「ホントに全然関係ないじゃん、もー九郎ちゃんのスケベ」


 そうやってくだらない話をしているうちに、オレたちは目的地に到着した。


 そこには、古めかしい弓道場が建っている。まるでその一画だけ江戸時代にでもタイムスリップしたような見事な造形美。いかにも弓道の強豪校が練習に勤しんでいそうな威風堂々とした佇まいだった。けれど青嵐学園の弓道部が活動していたのは五年前までで、以来ずっと休眠状態が続いている。そのため一級品なのは建物だけ。周りに雑草が生え放題、室内も埃が積もって荒れ放題という悲惨な状況に陥っていた。


 そして何を隠そう、このボロボロの弓道場に通うのが、オレと透の放課後の日課なのだ。


 時代掛かった閂で施錠された表門を迂回して、道場の裏手に回る。するとそこには道場への裏口と、併設されたプレハブのロッカー室があった。


「じゃあ、見張りよろしくね」


 透は手にした鍵でロッカー室のドアを開け、慣れた足取りで中に入る。このロッカー室には、温水の出るシャワーが設置されていた。


 男装少女の透が男子寮生活を送る上で、どうしても問題になるのが入浴だ。いくらツルペタとはいえ、女子が男子寮の大浴場に入れるはずがない。かといって、高校三年間ずっと入浴しないわけにもいかない。そこで、こっそり入浴できる場所を探し回った結果、二人はこの弓道場に辿り着いた。温水シャワーがあり、なおかつ廃部寸前で人の出入りがほとんどない。


 弓道場のロッカー室は、透の毎日の入浴場所としてはうってつけだった。


「でもさぁ、今日くらい人がいないんだったら、オレもう帰ってもいいかぁ!」


 ドア越しに叫んだ。


 透のシャワー中、オレには乙女の秘密を守るガードマンの任務が課せられている。でも、部活禁止の今日ならその役目は必要なさそうだ。


 すると、ロッカー室のドアが開いて透が顔を覗かせた。


「だめだよ。ティファ先生も言ってたでしょ。理事長のおうちに泥棒が入って、まだ犯人が捕まってないって。人気がない分、かえって物騒じゃん」


 そういえば、ホームルームでそんなこと言われたっけ。学園の敷地内にある次郎丸理事長邸に窃盗犯が侵入したとかなんとか。なんでも理事長が亡くなる直前だったために警察を呼ぶのが遅れ、犯人はまだ逮捕されていないんだそうだ。敷地内に犯人が潜伏している可能性もあるから気をつけろ、ってことだった。


「大丈夫じゃねえの? もしこの辺にその窃盗犯が隠れていたとしてもさ、泥棒なら痴漢じゃないんだからシャワー室を覗いたりはしねえだろ」 


「そんなこと冷たい言わないでよ。九郎ちゃんが覗きたかったら覗いてもいいからさ」


 透はドアの隙間からさらに身を乗り出してくる。左肩から、鎖骨、そしてあるかないかわからない程度の横乳のラインが露になった。


「誰が覗くか、バーカ。んなことしてると風邪ひくぞ」


「やせ我慢しちゃって、つまんないの」




 幼馴染が再びロッカー室に消えるのを見送って、オレは弓道場の裏口から中に入った。


 扉を開けると、そこには板張りの射場が広がっている。


 弓道場は、射手が矢を射る射場と、的を設置する的場、そしてその間にある矢道の三つの部位からなっていた。屋根があるのは射場と的場だけで、矢道は言ってみれば中庭のようなもんだ。透のシャワータイムはいつもたいがい三十分ほどで、見張りだからといってロッカー室の前に張り付いているには長すぎる。道場内の板張りの射場に寝転がって読書をしたり宿題をしたりするのが、いつもの日課だった。


 時刻は午後五時を過ぎて、十一月の空はすでに薄暗くなっている。


 空を見上げると、的場を覆う屋根の上に丸い月が浮かんでいた。


 ロッカーの鍵を手に入れるためにオレと透が弓道部に入部して、すでに半年が経つ。入部前は練習の真似事でもしなきゃならないかと思っていたけれど、長い休部状態で顧問の教諭はすっかりやる気をなくしていて、二人の幽霊部員は完全に放置されていた。おかげでいままで一度たりとも部活動に励んだことは無く、弓にも矢にも触れたことすらない。


 でも、いくら事情があっての仮面入部とはいえ、毎日弓道場に来ていればそれなりに愛着が湧くってもんだ。


 特にこの弓道場は、いるだけで心が清められるような清らかな空気にあふれている。


「よぉし」


 立ち上がって28メートル先にある的を目掛け、弓に矢を番える……フリをする。それから、狙いを絞って矢を放つ……フリをした。


 脳内で放った矢は、一直線に的の中央に突き刺さる。


「そのうち、本当に弓道を習ってもいいかもなあ」


 白い息が空に昇っていく。今度は沈みかかった丸い月目掛けて弓を引き絞ると、気合いと共に矢を放った。


「エイッ!」


 ドサッ


 すると突然、空から何かが音を立てて落ちてきた。


「えっ、オレ、何か撃ち落としちゃった?」


 落下物は人型をしていた。最初はマネキンか何かかと思ったけど、よく見ると違った。落ちてきたのは制服姿の女子、人間だ。


「……ウソだろ、」


 しかも、その様子はフツーじゃない。物も言わずに矢道の草むらに倒れこんだまま、身動き一つしていない。おまけに首、肩、腕、足、全ての関節が普通じゃありえない方向に捻じ曲がっていた。


「ま、まさか、し……死んでる!? オレが殺しちゃったのか!?」

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