真夜中ガクエン4
額から汗が流れる。考えれば考えるほど、この状況は最悪だった。
まず第一に、オレと透は夜間外出禁止の現行犯だ。生徒会長は、違反者には相応の罰があると寮の食堂で宣言していた。
さらに、オレの腹部には封印帳が巻き付けられている。こいつはどうやら次郎丸家から盗まれた古文書らしい。もしみつかれば、晴れてオレは窃盗罪の共犯になってしまうだろう。
そしてもっとも厄介なのは、足元に横たわっている透がミニスカート姿だってことだ。このままじゃ透が女子だとバレるのは時間の問題。オレは、生徒会長から死角になっているのを幸い、まだ動けない透を足で蹴って教卓の下に押し込んだ。
「痛いよ、九郎ちゃん」「うるせー、黙ってろ」
それから、できる限りの愛想笑いを浮かべた。
「ありがとうございましたぁ。おかげで助かりましたよぉ。いやーすごいですねぇ、その刀。悪霊たちをもぉバッサバッサと」
だが、完全無欠の生徒会長はクスリともしない。
「この刀はクダリ刀。我が次郎丸家に伝わる御神刀です。でも、そんなおべんちゃらを言ってもだめですよ。夜間外出は禁止だと言い渡してあったはずです。アラ? 他にもう一人いませんでしたっけ?」
「いいえ、オレ一人です。作曲家小人と見間違えたんじゃありませんか」
「言われて見れば、背はかなり低かったような……でも、明らかに日本人だったけど」
「じゃあ、滝廉太郎ですよ。彼だけは日本人ですから」
その言葉に、足元の透が「ボクと滝廉太郎を一緒にするなんて許せないよ!」と文句を垂れた。どう考えても怒るポイントがおかしい。オレはさらに蹴りを入れて、教卓の下の幼馴染を黙らせた。
「うーん、そうだったかもしれませんね」
生徒会長は小さく小首をかしげた後、オレに向って眉をしかめてみせた。
「それにしても、先刻あんなにダメだと言ったのに夜間外出するなんて、軽い罰では済みませんよ。そもそも、何をしに学校に来たのです? 誰かと待ち合わせ? もしや女子生徒とか?」
腰に手を当ててお説教する様は、まるで園児のイタズラを咎める保母さんのようだ。
涼やかな声、キリリとした眼差し。
あの生徒会長から一対一でお説教をいただけるなんて、なんておいしいシチュエーションだろう。つい、うっとりしそうになって慌てて首を振った。さすがに今はそんな場合じゃない。オレは必死で言い訳を探した。
「そ、そんな滅相もありません。忘れ物です。教室に忘れ物、ええとスマホを忘れちゃって、オレスマホ中毒ってゆうか、アレがないと居ても立ってもいられなくなっちゃうんで」
「ふむ。私は所持しないのでわからないのですが、そういう方は多いみたいですね」
オレの必死さが通じたのか、会長は眦の皺を解いてにっこり微笑んでくれた。
「わかりました。今日はもう十分怖い思いをしたでしょうから、懲罰はなしということにしてあげましょう」
男嫌いという評判には似合わない優しい笑みだ。
(やっぱりこれだから、噂なんてあてにならないんだよな)
そんなことを思いながら深々と頭を下げる。それから透に、「先に行ってるぞ、お前も隙を見て帰って来いよ」と目で合図を送った。
「でも、夜の学園に入り込むのはこれきりにしてくださいね。理事長が亡くなって、学園七不思議もひんぱんに発生しています。中には人間に危害が及ぶケースもありますから」
生徒会長の口ぶりでは、学園七不思議のことをよく知っているようだ。早くこの場を立ち去りたいって気持ちとさっき目にした超常現象への好奇心を天秤にかけて、後者が勝った。
「学園七不思議っていったい何なんです? あんなものが現実に存在するなんて」
すると会長は自らの失言に気がついたらしい。
「そ、それは……その」
思わず口を押さえ、困り顔になった。
あの完全無欠の生徒会長がこんな顔するなんて、これがいわゆるギャップ萌えってヤツか。あまりの可愛いさに鼻の下を伸ばしていると、「何やってんの、早く帰りなよ」と透に脛を蹴られた。
「い、いえ、会長がおっしゃりたくなければ無理に聞くつもりはないんです。じゃあ、オレはこれで失礼します」
教室を出ようとした、その時だ。
「ちょっと待って下さい。やっぱり、少し話を聞いてもらってもいいですか。なんだか今日は、誰かに話したい気分なんです」




