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ヒミツの寮生活1

(1)

「やばい、寝坊したっ!」


 枕もとの目覚まし時計を掴んで、オレは顔面ソーハクになった。


 時刻は八時五分。今日は月曜日だから、八時二十分にはショートホームルームが始まる。もし遅刻すれば、今学期通算三回目の遅刻だ。スリーアウトルールでクラス担任からのありがたいお説教を小一時間ほども聞かされるハメになる。


 あと十五分。


 制服に着替えて、歯を磨いて、朝飯を食って、


 一見大ピンチのようだけど、オレだけなら実はまだ焦るような時間じゃなかった。なぜならこのオレ、青嵐学園高等学校一年姫雪九郎の暮らす男子寮その名も「緑水寮」は、学園まで徒歩一分の距離にあったからだ。


 オレ一人なら、朝ご飯のおかわりだってできたかもしれない。


 ――だが、しかし、


 二段ベッドの上段から飛び降りた。


 案の定、下の段では相部屋の同級生、座志木透が布団に潜り込んで朝の惰眠をむさぼっている。


「起きろ、透! 遅刻するぞ!」


「えぇ、あと5ふぅん」


 布団の中から妙に甘えたような声が聞こえて来る。コイツはいつも絶望的なくらい寝起きが悪いんだ。


「あと5分じゃねえんだよ!」


 ベッドの上にこんもり盛り上がる掛け布団を勢い良くひっぺがした。


「……あっ」


 まるで庭石をどけられて行き場を無くしたダンゴ虫のように、透はベッドの上で丸まっている。その姿を見て、オレはいやーな気分になった。パジャマ代わりに着ているジャージのズボンが脱げ、パンツ一丁の下半身が丸出しだ。


 透のパンツは、小学生が穿くようなブリーフだった。


 こうやってあらためてよく見ると、コイツは背が低く身体も痩せ細っている。髪型はマッシュルームカット、もっと分かりやすく言えばおかっぱ頭だ。見ようによっては小学五年生くらいに見えないこともない。


「いやだぁ、寒いよぉ、布団掛けてよぉ」


 上半身ジャージ下半身ブリーフ姿の小学生モドキが、手足をスリスリしながら足下に擦り寄ってくる。オレは、その背中を思いっきり踏みつけながら怒声を上げた。


「てめえ、なんちゅうカッコしてるんだ! 気をつけろっていつも言ってるだろ!」


「えー、だって寝苦しいんだもん。いいじゃん、部屋の中には九郎しかいないんだし。あたしは九郎ちゃんになら見られたって全然平気だよ」


「あたし、じゃない。俺!」


 透を踏む足に力を込めた。コイツの身体は、他の連中と違ってやっぱりどこか柔らかい。


「俺は無理だよ。せめてボク……ねえ九郎ちゃん、苦しいよぉ」


 黒目がちな瞳に涙が浮かんできたところで、足をどけてやった。


「じゃあ、それでいい。言い直せ」


 すると、透はベッドの上にちょこんと正座をする。それから頬を真っ赤に染めて、うつむいたままこう言った。


「ボクは、九郎ちゃんになら下着姿くらい見られたって平気だよ。ううん、下着姿だけじゃない。九郎ちゃんが望むなら、たとえ身体の隅々まで全部見られても仕方ないと思ってるよ。だって、九郎ちゃんはボクの恩人だもん」


 グーで殴った。


「そうじゃない! 誰がおまえのツルペタなんぞ見たがるか! いいか、いくらオレたち二人の部屋だって、いつ他の寮生や先生たちが入ってきても不思議じゃないんだぞ。オレが言わせたいのは、いついかなるときでも気を抜きませんってことだよ!」


 何を隠そう。実は、透は女の子だった。いや、透は女の子じゃない。


 コイツは本当は透じゃなく、双子の妹の瞳子(とうこなんだ。


 彼女は訳あって双子の兄の代わりに青嵐学園に入学。しかも男子専用の緑水寮に入寮している。その秘密を知っているのは幼馴染のオレだけで、オレは彼女が男子寮で正体をばらさずやっていけるよう何かと世話を焼いているんだった。


「まったく、偶然オレが相部屋になったからいいようなものの、誰か他のヤツと同室だったらすぐに女子だってバレて、いまごろ学園を追い出されてるぞ」


「ううう、だから九郎ちゃんには感謝してるってば。もしこの寮から追い出されたら、ボクには行くトコなんかないもんね。きっと今ごろどこかの路上で野垂れ死にか、人身売買の船で海外に送られてるところだよ」


「そりゃ、ちょっとオーバーじゃねえか?」


「ううん、図書室の本で読んだんだ。家出した女子高生がヤクザに騙されてクスリを打たれて風俗に落とされて、挙句の果てには肉奴隷としてアラブの大富豪に売られていくって話」


「どんな本読んでんだよ!」


 大丈夫かよ、ウチの図書室。これでも青嵐学園はミッション系のはずなんだけど、一体どういう基準で本を仕入れてるんだろう。


 オレは思わず頭を抱えこんだ。でも当の本人はすっかり三流エロ小説を信じきっているらしく、熱に浮かされたような表情でジャージをはだけはじめる。


「だからこうして寮にいるためには、九郎ちゃんの青い欲望の捌け口にされることぐらい我慢しなきゃいけないんだよね。いいんだよ、ボクを好きなだけ慰みモノにしても」


「誰がするか!」


「だって九郎ちゃん、そんなコト言ってるけど……ジャージの前」


 細くて白い指が九郎の股間を指差した。気がつくと、その部分はモッコリと盛り上がっている。慌てて股間を押さえた。


「こ、これは、朝だからだ。生理現象だ。決しておまえごときに反応したわけじゃない」


「はいはい、わかってます。フフフ、そういうことにしておいてあげるよ」


「しておいてあげるって、おまえなあ、ああーっ!」


 ふと時計を見て、再び顔面から血の気が引いた。その盤面は八時十五分を指している。


「早く着替えて支度しろ。ちくしょう、今日も飯抜きかぁ」


 朝からくだらないコントを繰り広げているせいで、今日も朝飯にはありつけそうになかった。いや、それだけじゃない。三回目の遅刻はもう目前だ。


 ウチの担任はティファというあだ名のアラフォー女教師だった。ちょっと聞くとゲームのヒロインを思い出す小洒落たニックネームだけど、名前の由来は『あっという間にスグに沸く』湯沸しポット。つまり、そのくらい簡単にキレるヤバい奴ってわけだ。


「ヤベえ、今日はマジでヤバいぞ!」


 オレたちは大慌てで着替えを始めた。ワイシャツを着て、ズボンを穿き、学ランを羽織る。


 横目でチラりと透の着替えを覗き見た。女子だとバレないようにちゃんと支度できているかをチェックするためで、けっしてやましい気持ちがあるわけじゃない。


 案の定、透はTシャツの上から直接ワイシャツを着ようとしていた。


「今日、ウチのクラス体育あるだろ。ちゃんとサラシ巻いとけよ」


「ええっ、今からじゃ間に合わないよ」


「だって、いくらオマエがぺッタンコでもそのまんま体操着になったらマズいだろ」


「えー、どうして?」


 透はキョトンとした顔になる。コイツの胸は悲しいくらいの真っ平らだけれど、ワイシャツの胸には微妙な突起が浮かび上がっていた。体操着になれば一段とポッチリが目立つに違いない。


 けどいくらオレでも、女の子に向かって直接「乳首浮いてるぞ」と指摘するのはさすがに無理だった。親しき仲にも礼儀ありってヤツだ。


「どうしてって、その、なんだ、……みかんってヘタがあるじゃん。あれ、どうしてあんなもんがあるんだろうな。ないほうがツルっとしていいと思うんだけどな」


 我ながらナイス比喩表現。ところが、透は外見だけでなく脳味噌まで小学生レベルらしい。オレの意図を介する素振りも見せず、


「そんなの、ヘタがないと剥きにくいからに決まってるじゃん」


「そうじゃねえって! ああもう、時間がないっつうのに……わかった、じゃあコレ貼れ!」


 しょうがない。オレは救急箱から最終アイテムを取り出した。擦り傷に貼るバンドエイド。これなら、透の胸のポッチリを隠してくれるだろう。


「コレって絆創膏? コレをどこに貼るの?」


「んなこと、言わせんなよ!」


「言ってくんなきゃわかんない。ってか、もう完全遅刻だよぉ!」


 透が泣き出しそうになったその時だった。


 ――ガランガラン、ガランガラン 


 窓の外で、突然鐘が鳴り始めた。シャツのボタンを留めようとしていた手が止まる。


「九郎ちゃん、この鐘……」


 普段滅多に鳴らされない礼拝堂の鐘。確か、この鐘は……


「遅刻、せずにすむね」


「……ああ」


 この鐘は、青嵐学園の創始者、次郎丸理事長が亡くなった合図だった。


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