7 Another アブない少年
(第七話に予定しておりました「高校生、見学に行く」は残酷表現が過剰すぎたため削除されました。心よりお詫び申し上げます)
さて丑三つ時がやってまいりました。
今回はT県在住のB様よりいただいたお便りをお送りします。
知識の魔人のような少年、そして探偵の奇妙な関係……
お楽しみに。
小説仕立てにしてるけど、実話なんですよこれ。本当にしゃれにならないのでこういうのを送ってこんな話もありますよってお知らせすることにしたんですけどね、ほんとにやばいんです。
探偵なんてやるんじゃなかったなあ。
◇
いつも通りの道を通って、いつも通りの学校に向かう。それはとてつもなく退屈で冗長で、どうでもいいことだ。
通り道に無防備な女性の洗濯ものが干していなかったなら、だが。
現代社会は何よりも効率を優先する。つまり登校時間を短縮してくれるスクールバスなり電車なりがあるわけで、ないならないなりに努力して自分の足で歩くという手間を減らすわけだ。車に乗るという邪道はともかくとして、歩くという手間を減らす手段は無数に存在する。
僕は歩く派だ。なぜか。
洗濯ものの中に混じっているはずである下着を見るためだ。
効率が優先される現代社会で非効率なことがまかり通る理由は何か? そりゃもちろん非効率の中に一定の利益があるからに決まっている。最近は田舎も都会も女性は用心深くなっているし、洗濯ものを見ようとした瞬間にその家に住んでいるのであろう女性が扉から出てきたのときの絶望感は説明しがたい。
わざわざ歩くという手間をかけるからこそ利益があるのだ。ブランド商品と同じだろう。もっともこちらの利益は季節によっても日によっても極端に上下するわけだが、それについては「女性が身につけるもの」という対象の事情も鑑みれば我慢できようというものだろう。
僕もただの変態ではない。対象の事情を気遣えるレベルの変態だ。
寒いのに生地が透けるような下着を付けていられるか、暑いのにぴったりした化学繊維の下着を付けていられるか。妊娠中に普段通りの下着で良いのか、気分はどうか、きのう何があったのか。そういったことを考えれば、いつもいつも女性がこちらの欲望を発露させるにふさわしいものを洗濯に出す、つまり前日に身につけるわけではないということも想像できるというものだ。
今、季節は春だ。服が透けるのを視姦するのも悪くはないが、温かくもありまた寒くもあるという微妙な季節であるため、気分も温かくなりより一層かわいらしいものを身につけるであろうというこちらとしてはよだれが出てきそうな季節である。通学路で干してあるのを見る、学校で上着を脱いだ女子のを見る、帰り道で無防備にもまだ干してあるのを再度見る。素晴らしい季節だ。
が、僕はさすがにおかしなものを見つけた。
「……何人いるんだ」
返事はない。対象を定義して発言したものではないし、相手に聞こえてもいないのだから返事はないのが当然だ。
おばあさんが洗濯ものを干している。
とだけ言っても色気もみる価値もないが、およそ五人分の服を干している。およそというのは、正確な人数が分からないからだ。
「小学生レベルの貧乳一人…… 普乳か美乳一人…… リアル巨乳一人、それから男が一人と本人か」
ブラジャーがハーフトップと呼ばれる色気に乏しいもの、それから普通のものと明らかにサイズの大きなもの、デザインからしてこれがおそらく「若い女性」のものだ。いわゆるおばさんブラと呼ばれるようなタイプのものが一つ、これは干している当人のものだろう。チェックのトランクスは明らかに男のものだ。
リアル巨乳という言い方をわざわざしたのは、フィクションのものはサイズ認定不可能なものになっているからだ。アンリアル巨乳もしくはバーチャル巨乳とでも言えようか。僕が目にしたものはEもしくはFほどのカップサイズであると思われる。
が。
(確かあそこはアルバイトとおばあさんの二人暮らしじゃなかったか)
小学生か実用性のみ追求する色気のない女性、高校生以上の女性二人、これがおそらくあの家の中に住む若い女性の内訳であるはずだ。だがそんな人を見たこともないし、話も聞かない。
女性の胸の成長は主にだが「遺伝」「成長ホルモン」「幼少時の食事量」に左右されることになるため、フィクションのような「姉は貧乳で妹は巨乳」などということは「睡眠時間が異常に違う」ようなことや「一人だけ虐待されて育つ」ようなことがない限り起こらないのだ。もしくは異母兄弟、異父兄弟であるとか、特殊な事情が無い限りはない。小学生サイズがいるのは妹だと思うにしても、あそこまでサイズが違うことがあり得ようか。起こらないことではないにせよ稀有な事態だ。
と思いながらもすでに足はそこから遠のいている。登校途中なのだから当然だ。
学校に行っても僕は勿論下着の事を考えていた。残念ながら今日ばかりは透けているものを見ることに集中できずたいへん悔しい思いをしたわけなのだが、それはいいとして、この頃の下着泥棒の容疑者は彼なのではないかと思い始めている。
泥棒の中でも、もっともデリケートなのはこういうものを奪われることだろう。体液がべっとりと付けられた…… 可能性があるというだけでも、もう帰ってきてほしくないものだ。だから被害届も出ないし、容疑者が見つかるまで検挙のされようがない。
では、他の可能性はどうだろう。
女性があの家の中にいるとしたら、それは誘拐ではないだろうか―― そんなふうに考えた瞬間に、この件は僕だけで追い切れるものではないと確信してしまった。
◇
「それで、ですか」
まあ、最初から嫌な予感がしてはいたんですよね。何かやりそうな顔といいますか。あとになってからのメタ視点で言うわけじゃない、本当に危険な少年だったんですよ。語り口がまず怖い。
こちらを見ている目も異様です。まるで解剖されているかのような気分になりました。どういうことなのか具体的に説明するのは難しいのですが、こちらを見ていることだけは確かです。私がどういう人間なのかを過去から未来まで、身体構造や思考形態を交えて分析されている、ということでしょうか。
「カップサイズの違う下着を付けることが無いとは言いませんが、あそこまで極端な例はないでしょう。ということはあれは下着泥棒、もしくは誘拐事件が起きている証拠なんです。まさか刑事事件を見過ごすとは言わないですよね? 調べてはいただけないでしょうか?」
「そのカップサイズがどうこうってのは、根拠があるんですか?」
「あると言えばあるし、ないと言えばない。そういうものなんです」
「ややこしいことを言わずに、私にもわかるように言っていただけないですかね」
まず、お年頃の少年が女性用下着に詳しいって、それだけで危ないにおいがぷんぷんしてくるってものじゃないですか。少年でも女装趣味があるってならまだ分かりますよ? いや分からないですけど調べていてもおかしくはない。無制限に知識だけため込むやつはその知識の行きどころがなくなってしまってひどいことを起こすものなんですよね。
「胸の小さい女性はお好きですか」
「いやまあ、ありていに言ってしまうのは…… 嫌いじゃありませんが」
「女性も胸の大きさを気にしてはいるんですね。というわけでパッドなるものがありまして」
まあ、説明の羅列をしても面白くありませんし、省略させていただきますね。要するに胸の大きさをごまかすのに、厚みを持った、胸と下着の間に挟めるつめものをするんだということでした。複数の男性と付き合っている人ならば別々の女性としてふるまっている可能性もあり、ならば個別に胸の大きさを調整して逢引きをしている可能性もなきにしもあらずである…… らしいです。もう何が何やら。
「あらゆる可能性を当たるなら、ですよ。あなたが勘違いをしている可能性もあるでしょう」
私が指摘したのはそこです。
示唆されたように「住んでいる女性が変装として」胸の大きさをごまかしており、だから複数のサイズがある。まずこれがひとつめ、これは彼自身が提示した可能性。
もう一つは「男性もしくはおばあさんの持ち物である」可能性。おばあさんとて若い頃があったわけですから胸が成長する過程を思い出しつつ、古いので虫干し…… のような形になっていてもおかしくないわけです。デザインなんかの話は一切なかったので、というより今と昔でそこまで大差ないでしょうから、この可能性もなきにしもあらず。男性の持ち物であるということはあまり考えたくありませんが、女装趣味があるだとか女性下着に興味があって独自のルート(通販などでしょうか)で手に入れたものである可能性もあります。大穴としては男性は女性下着メーカーにかかわっている立場だとか、そういうこともあるでしょう。大変気持ち悪いことは言うまでもないことですが。
もしくは彼の言った通り「男性は下着泥棒であり、干した理由は不明」である可能性。わざわざ戦利品をあたりに喧伝するあたり殺人鬼と同等の心理がうかがえますが、下着泥棒のような犯罪を犯す人物がそこまでの勇気ある行動を起こすでしょうか。
絶対にないとも言い切れないのは「住んでいない女性が預けていった」というものです。これは思考実験として出てきたものなので考える必要はないでしょう。そんなに信頼されている男性なら、とっくの昔に結婚できているはずです。
学生の話を聞くという至極くだらない仕事から始まった私の仕事は、いよいよ始まりました。
調査を進める間もあまりないうちに、真相は見えてきました。
まず、男性は最近不審な外出を繰り返しては帰宅する、アルバイトとは別の外出をしていることが分かりました。尾行してみればいいじゃないかとすぐに素人は言いそうですが、こっちがばれたら訴訟です。
また、おばあさんの方はかなり痴呆が進んでいました。男性はいちおう介護しているものの度合いから見て明らかに介護施設への入居が必要な状態です。もちろん私が近寄ってもまったく無警戒の状態で、お話をうかがっても不審に思われることはありませんでした。
となれば、もう答えは見えています。
「なるほど。ではうちの家には女性がいるとおばあさんが錯覚していて、洗濯ものをためているから洗ったというだけの話だったわけですね。で、男性の方も女性化願望があったのか、いるわけもない女性と自分を二重存在として扱い「女性としての歪んだ日常」を手に入れたわけですか……」
はい、もう私はここでどん引きです。犯罪者の心理にここまで入っていける男性が何者か?
答えはひとつ、犯罪者予備軍。これしかありません。
「えーっと…… どういう感じなのか、考えていることを聞かせてもらっても?」
「ああ、はい。女性化願望がある男性は、どうやっても女性として日常を送ることができないわけです。と言っても女装して生活、名義も女性で偽名を使って生活している人もいるみたいなんですけどね。ところが今回の場合は、盗んできた下着が洗濯されてしまい「明らかな非日常」が「ありふれた日常」に持ち込まれてしまったわけです。その持ち主を自分であるとすることで「それを身につけているひと」が拡大解釈として存在することになる。その存在を自分の中で捕まえたんですよ」
意味が分かりません。
「すみません、難しい表現で。明らかな異常を日常が同化してしまったことで、罪を犯した興奮が別の興奮にすり替わってしまった…… ということなんです。下着を盗むという興奮を自分だけのものにしていたが、その罪の興奮が「洗濯された」ことで薄まってしまった。だから新たな興奮を見つけ出すためにそれがそこにある意味を変えてしまったんです」
「それが自分のものだってことですか?」
やっぱり分からないですね。犯罪者予備軍の言うことは。
「それが「家庭」にあるもの、ということは「身内のもの」であり「家族に対しては所有権フリーのもの」であるわけなんです。所有権フリーと言うより、キモがられることがあるにせよ事故としてでも触れることは許されている。見てもいい。自分だけのコレクションが、美術館に変わった、という感じです」
おまわりさんこっちです。やばいですこの人。
「この家の中には女性として生活している人がいることになる。それがだれか、はっきりとは分からない。だからそれが誰なのか、ぼかしつつもはっきりさせてしまった。母のものではないとすれば、誰のものなのか…… 事実に基づいて考えれば答えは一つしか浮かばない。そういう、ことです」
分からないです。
逮捕された下着泥棒にとうとうと説教していた彼は「予想どおりでした」とにこにこしながら答えてくれました。正直なところ怖くて仕方が無いのですが、犯罪者「予備軍」であって犯罪者そのものではないのでこちらから手を出すことはできません。
――見ての通りのキモイ顔で女装ですとか言えるわけもなく入手できないから悶々としていたら、無防備極まるそれがあった。つい手にとって、気が付いたら家で、くんかくんかしていた。
――もちろん年老いているとはいえ母にも常識がある。ばれたらまずいと思ってそれとなく絶対にばれないような場所に置いていた。洗濯は俺がやっていたから、絶対にばれないはずだと思った。
――ところが母が「またあの子はあんなに洗濯ものためて」と言いながら盗んできたものを洗濯していた。絶対にやばいと思いながらも、母が元気なのがうれしかった。
――実は上京した妹がいた。高校、大学と研究に没頭してずぼら極まる女だったから母も心配していた。今は何をやっているのか知らない。聞くところによるとでかい研究をやっているそうだ。
――妹がそこにいるような、それとも自分のものであるような、じつに不思議な気分だった。誰にもとがめられないまま適応できているのが、まったくおかしなことだったというのに。
初犯だったので執行猶予があって、彼は日常に戻ることができたそうです。
そうそう、あの犯罪者予備軍の彼がどうなったのか、私は存じ上げていませんよ。今どこにいるのかはよく知りません。この前メールが来たときは「近くにいますよ」と言っていたんですが……。
◇
こんな与太を思い出した真夏の昼下がり、私は事務所のクーラーのきいた部屋にいました。
「どうなさったんですか?」
「ああ、いえ……。昔のことを思い出して」
同僚というほどではないのですが、あの時期の混乱で雇われた女性社員の一人でした。相変わらず化粧は下手なままでした。どうやら同性愛の傾向があるらしいのですが、それについてはあまり心配していません。怖いポイントは別なのです。
あのときのあの人にそっくりな、こちらを解剖するような目。
「お茶ですか、コーヒーにしますか?」
「あ、いえ暑いので……。麦茶、ありますか?」
「ええ。いま持ってきますね」
「お願いします」
体を冷やすとよくありませんよ、ホルモンバランスも崩れますしお肌にもよくないですとてきぱきお茶を注ぎながらも彼女は注意しました。こと健康のこととなると彼女はとても詳しく、バラエティー番組で得たような希薄なそれでなくひとつのことに対し百冊単位の本を読みこんでいるような感じすらします。
「お菓子いかがですか?」
「太っちゃいますよ」
外から入ってきた彼女は、薄着です。真夏の昼下がりなので当然のことでしたが、彼女の背中には当然のように下着が透けていて、私は自分の格好を見直しました。あのときのように、白いカッターです。当然のように下に着ているものは。
「あの、もしかしてその資料って、七年前の?」
「ええ、下着泥棒を摘発したときの」
「……お互い、変わりませんね」
「冗談でしょう?」
振り向いた彼女の唇は、べっとりと血で染まっているように見えました。
おい怖い。作者がどうしてこんなに知識をため込んだのかというとですね、あ、やっぱやめた。説明したら今以上にやばいことになる。
知り合いがアブノーマルなものを書くことにしたようですので、私にもアブノーマルなところはあるぞ! とばかりに書いてみたんですよ。一時期は消えてしまってどうなることかと思いましたが、復元できました。
第七話を書くのが面倒くさくなったのでそれらしい嘘の理由を付けて逃げました。でもちゃんと言い訳したからいいよね! 許してくださいごめんなさい。次回更新の予定は特にありません。書き上がり次第投稿します。




