1 深夜のテレビ
さて丑三つ時がやってまいりました。
今回はT県在住のW様よりお便りをいただきました記念すべき第一回を文字としてお送りいたします。
深夜にテレビを見に行ったW少年が出会ってしまった恐怖とは?
お楽しみに。
私は、テレビを見ることができません。
中学生のころのトラウマが残っていて、不惑に近づいた今でも、まだ迷い続けているからです。
そう、あれは中学生のころ。私は美術部に入っていて、下手な絵を一生懸命書くことに意味を見出すような、今から考えれば何をやっていたんだろうと思うようなことをしていました。
美術部には男子は私とUしかおらず、そしてUはアニメが大好きなオタクでした。そのUが、ぜひ今度のアニメを見てみろというのです。断る理由もないし、義理はあるし、実際それは私の興味を誘うものだったので、私はアニメを見てみることにしました。
そして、私はそこからアニメにどっぷりになりました。Uと話題が合うと言うだけでなく、本当にアニメが大好きになったからです。天空のファーブニル、レヴォルレイブなんかのロボットものが大好きで、毎日のように再生しては見ていました。
ところで、深夜にやっているアニメは、まさか真夜中にリビングに起きだして見るわけにもいかなかったので、録画して、朝早く起きだして見ることにしていました。それが普通だと思っていたし、別にUはアニメの見方に対してはそれまで何も言わなかったからです。
ところが学校のあるとき、私はアニメを見るのがUよりも遅れて、翌々日にしかそのアニメの話をできないことに気がつきました。ネタばれを回避してくれるUはありがたい存在ではありましたが、私はそれをどうしようもなく、申し訳なく思ったのです。
それに、ちょうどその日、両親が日帰りの旅行に当たったとかで、夫婦仲良く出かけて行きました。
そうして私は、悪夢に足を踏み入れることになってしまったのです。
深夜に起きだすことはさほど難しいことではありませんでした。というよりも、ゲームなどをして、その時間まで起きていればよかったのです。それは難しいというよりも、楽しいことでした。ささやかな親への反抗でもあり、そしてちょっとした冒険でもありました。
私は階段を下りて、リビングに向かいました。そしてテレビをつけて、CMを適当にやり過ごし、アニメを見ました。
リアルタイムで見るアニメのなんと楽しかったことか!
まったくそれは、桃源郷を覗いたも同じでした。どれほどに楽しかったか言葉で表すのは不可能といえましょう。とにかく楽しくて、血沸き肉躍るアニメ、それだけではなく間に挟まるCMすらも、リアルさを演出する小道具のように思えました。あまりにも楽しかったためか、終わったときにはもう少し見ていようと思いました。
ところが砂嵐です。放送終了後は同じ映像が流れ続けるか、それとも砂嵐か、という時代でしたから、仕方のないことだったかもしれません。
砂嵐を眺め続けるとどうの、と言いますが、そうではありません。雨の水が飛び散るように見えて、それはたいそう美しいように思えたものです。
しかし異変は起こりました。
画面の中に、ゆっくりと白い手が現れたのです。それは手首がちぎれている、ということではなく、そもそもリアルなものではなくて「いいね」のマークでした。
そして、いいね、という声が聞こえ始めその人数が増え、いつしかいいねの大合唱となっていました。どうしてか私はそれを不思議に思いませんでした。今から思えばぞっとするような風景だと思うのですが、どうしてか、本当に、ちっとも怖くありませんでした。
変化が起こりました。画面の中の手が、ゆっくりと時計の針のように、傾き始めたのです。
いいねの大合唱の中から、違う声が聞こえ始めました。
「そうかな?」と聞こえました。そして私は、本能的に、これはまずいと思いました。いいねと親指をつきたてたものを上下逆にすると、いわゆる「死ね」になるではありませんか。私はまずいと思いましたが、しかし画面を見つめていました。アニメの見すぎだったのかもしれません。誰かが助けに来てくれると、そう思い込んでいたような気がします。
そして手はゆっくりと角度を変えていき、下のほうへと角度がシフトするに従って、私の異常な興奮状態も過熱してゆきました。恐ろしかったのです。しかし楽しみでもありました。本当にこの世に怪異はあるのか、という疑い、そしてまたそんなことが起こるはずがない、誰かが助けてくれると思う、慢心。
画面と言うより、私のごく近くで「死ね」という言葉を聞いて、私はテレビを消し、階段を上って自分の部屋に駆け込み、布団に入って怖さをやり過ごそうとしました。それだけのことを意識していたわけではなく、本能的な危険の察知がテレビの電源を数瞬もなく消したのです。
ところが、振り向いた途端にキッチンがおかしなことになっているのを私は見ました。
ちょうど母がいつも調理をするステンレスの輝きが無くなっていて、漆のようなつやを持った、黒い木に変わっていました。その黒さが何か、私は分からざるを得ませんでした。同じ黒さを持った、とても見慣れた形がその近くにあったからです。
死ね、とはっきり聞こえたために、私は階段を駆け上がりました。
キッチンはもはや、私の知っているキッチンではなかったのです。皿があるあたりから、いくつもの足が垂れ下がっていましたし、冷蔵庫のあるべき場所には、どこかへ続くトンネルのようなものが見えました。おそらくあれは、地獄が現界したものだったのです。見せるだけで十分、子供への仕置きになるでしょう。私は子供扱いされたことなど頭になく、ひたすらにごめんなさい、と繰り返し、布団の中で泣き続け、気絶して眠りにつきました。
朝、そろそろ起きなさいという母の優しい声で私は目覚めました。いいえ優しくはなかったのですが、あの冷たい、何にも例えられない声から考えれば、とても温かいものでした。
リビングのテレビは壊れたとかで、二度とつきませんでした。しかし私はそれを残念に思ったりしませんでした。怖くて怖くて、見ることができなかったのです。またいつかあの手が現れたら、いいえ、あの地獄風景がまたもやこの家に現れたら、私は黒い台の上で黒いものと同じになっていたでしょうから。
今でも私はトラウマを引きずり続け、結婚もしませんでしたし、テレビも買いません。
二度目はないと、そう思っているからです。
……架空のラジオ番組の埋め草、という設定でやらかしてみました。
ちょっと仲間が更新を休んでてさびしかったので。三か月に一回くらいは更新したいと思ってます。
今回はホラーですが、ホラーじゃない回もあるんじゃないかと。今後の私のテンション次第です。突然途絶えるかもしれません。