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どうしたらいいか、クロエは考えていました。

外に出るには扉を開けなければなりません。けれど、扉には鍵がかかっています。

その鍵が何本あるのか、普段は誰が持っているのかは知りません。きっと普通に貸して欲しいと言っても貸してはくれないでしょう。

同じように、外に出たいと言ってもダメに決まっています。特に王妃は“外は毒でいっぱいなの”と、なんとしても阻止しようとするでしょう。


クロエの目の前でマリーともう1人のメイドが朝食の片づけをしています。王妃は先に出て行きました。鍵は開いたままです。

仮に今、急いで外に出たとしても扉の向こうがどうなっているのか知らないクロエは、すぐにつかまってしまうでしょう。

生まれてからこんなにも考えたのは初めてです。ふぅっとため息をつくクロエをマリーがチラチラと見ていました。


やがて、2人は深々と頭を下げて部屋の外へ出て行きました。ギィと重い音がして扉が閉まり、ガチャンと鍵の音。コツコツと2人が遠ざかっていく音。毎日聞いている音です。

しかし今日は、またすぐに扉が開きました。


「すみません、忘れ物を・・・」


顔を覗かせたのはマリーでした。恥ずかしそうな笑顔で部屋に入ると、テーブルの隅に置き忘れた布巾を手に取りました。

そして、また出て行こうとしたのですが・・・扉に手を掛けたまま止まっています。

どうしたのだろう、と思っていると何か思い切ったように振り返りました。


「あの、姫様っ。私に友人はいるかとお聞きになりましたよね?もしかして、姫様にもいらっしゃるのですか?」


早口で言い切ったマリーにクロエはどう返事をしようかと迷いました。レイラのことはクロエしか知りません。隠したほうがいいのではないかと思いました。

しかし、マリーはクロエの質問にはいつも答えてくれました。クロエの変化も言ってくれました。

ここで自分だけが嘘をつき、ごまかすのは嫌だとも思いました。


「・・・お母様には、言わないでね」


そう小さな声で言うとマリーはグッと握り拳を作って見せ、“もちろんです!”と力強く言いました。


「・・・1人だけ」

「私に“会いたくなったらどうするのか”とお聞きになったのは、姫様もその方にお会いしたいからですか?」

「・・・会いに来てくれるって言っていたの。でも、いつ来るかはわからないから・・・」


クロエがそう言うと、マリーは少し悲しそうな顔を見せました。

マリーなら外へ出る助けをしてくれるかもしれない、とクロエは思いました。


「・・・ねぇ、マリー」


意を決して呼びかけます。ところがマリーは下を向いて何度も首を振ったのです。

クロエが何を言おうとしたのかわかっているようでした。


「申し訳ありません、姫様。私にはできません」

「でも、私」

「私が姫様の手助けをしたと知れたら・・・っ罰を受けるのは私だけではないのです。どうか、お許しください!」


マリーには両親と弟がいます。もしクロエが外に出ることができても、誰かがマリーの仕業だと知ってしまったらマリーの家族はどうなるでしょうか。

クロエはマリーの家族のことなど知るはずもありませんが、必死で謝るマリーにそれ以上何も言えませんでした。

諦めて目を伏せたクロエの手におそるおそる、マリーが触れました。驚いて顔を上げると、悲しそうなやりきれないような表情で少しだけ微笑んでいます。


「お力になれなくて申し訳ございません。でも・・・・姫様がその方とお会いできることを、お祈りいたします」


マリーも王妃も、クロエを外に出してはくれません。外の世界が本当はどのようなものなのかも教えてくれません。

ですがマリーは、自分のことを応援してくれる。そう思うと、クロエの心がまた少し軽くなった気がしました。


「ありがとう」


微笑み返すと、マリーは深く頭を下げて部屋から出て行きました。クロエは扉に背を向けて、どうしたらいいのかまた考え始めました。

ギィ、コツ、コツ、コツ・・・マリーの足音が遠ざかっていくのを聞いて、クロエはハッとしました。

鍵をかける音が聞こえなかったのです。


「・・・マリー?」


遠ざかっていったのは気のせいで、まだ鍵をかける前なのかもしれない。クロエは扉に向かって声をかけました。しかし返事はありません。


「マリー・・・」


扉のすぐ前で、もう一度呼びかけます。返事はありません。

心臓の音がどんどん大きくなっていくのを感じました。鍵がかかっていない、そう思うだけでいつもとはまったく違う扉に見えます。

古い木でできた扉に指先で触れました。ザラザラした表面を撫でる指は寒くもないのにカタカタと震えています。

そのまま指を滑らせるようにしてドアノブに触れました。考えてみれば、初めて触ったかもしれません。

扉に近づきすぎると外の毒を吸ってしまうかもしれないから、と王妃に言われていたのを思い出しました。

ノブをぐっと握った時には、もうクロエの心臓は飛び出してしまいそうで、足は崩れ落ちそうなほど震えていました。

そのまま、そっとノブを引いてみます。キィッと音がしてほんの少し、開きました。


「ぁ・・・っ」


驚きと不安と喜びとで小さく声を上げたまま、クロエはその隙間をしばらく見つめていました。

しかしいつまでもこうしていては、誰かが来てしまうかもしれません。意を決して扉を開けようとしたその時でした。


ーーーー!!-!!

ー!---!!!


遠くで、大勢の人たちが叫んでいるのが聞こえたのです。

そのほとんどが、王以外の男性の声でした。ドン、ドンッという音と焦げ臭いような臭いがします。

あっちへ行ったぞ!、塔に向かった!となにやら口々に騒いでいる声と騒がしい音。わけがわからない状況に、クロエは一気に恐怖でいっぱいになりました。

慌てて扉を閉め部屋の隅にまで逃げると、耳を塞いで震えてしまいました。

外では何が起こっているのかわかりません。固く目を閉じていたその時。


「ーーー!!」


遠くでレイラが何か叫んだ気がしました。


思わず目を見開いたのとほぼ同時に、突然ドォンッ!という爆音と共に部屋の扉が中へ吹き飛んできました。すさまじい爆風が部屋の中を荒らし、砂埃で何も見えません。

クロエは驚くこともできず、ただただ怖くて部屋の壁にギュッと体を押し付けて耐えていました。

固く閉じた目。真っ暗な世界。全身で感じていた風がやんで、ほんの少し目を開きました。


「あー・・・火薬多すぎた・・・?!怪我してない?!」


その声は、恐怖などすっかり忘れさせてしまうような力がありました。

扉があった方を見れば、部屋の中はまだ砂埃で何も見えません。しかし、何かが動いていました。


「おはよう、お姫様」


だんだんと砂埃の霧が晴れていきます。だんだんと、その人が見えてきました。

茶色くて短い髪。髪より少し暗い色の瞳。クロエより少し大人びている少女。その口が動いて、知っている声が流れ出ます。


「会いに来たよ。遅くなってごめんね」

「・・・レイラ?」

「やっと見えるようになった?」


明るく笑う声は夢で聞いたそのままで、クロエは胸が締め付けられるような気がしました。


「頼みごと、決まった?」


決めておくように言われていた頼みごと、そういえば考えていませんでした。レイラに会いにいくことで精一杯で今は頭が真っ白です。

そうしている間にも砂埃はどんどんと晴れて、日の光が部屋の中を明るくしていきます。

レイラが壊したのでしょう、扉の向こうの壁にはぽっかりと大きな穴が開いていてそこからの光景はクロエを虜にしました。


どこまでも続く青い空。並ぶ家々とその向こうには終わりの見えない海が広がっていました。

生まれて初めて感じる風はクロエの髪をなびかせ、頬を撫でていきます。

それを背に立っているレイラは機械でできた頑丈そうな羽根を背負っていて、その様子はまるで機械仕掛けの天使のように見えました。


「・・・っ」


声を出そうとしましたが、あまりのことに言葉になりません。

けれど今見えているもの全て、レイラもこの景色も全てが欲しくなって、クロエはレイラに手を伸ばしました。


「つれていって!」


精一杯の力で叫んだ瞬間、クロエの背中から大きな翼が飛び出しました。

白くて大きな翼は伸びをするように大きく広がり、それを見た機械仕掛けの天使は笑ってクロエの手をとりました。


「行こう!」



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