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その視線がルリアで留まった。
「あなた、その仮面をお取りなさい。王族の前で失礼ですよ」
全会衆が見守る中、ルリアは生唾を飲み込んだ。
「お許しください。この顔には醜き火傷の跡があり、きっとご列席の皆様のご不興をかいましょう」
「そう、なら仕方ないわね」
剣が鞘から抜かれ、ランクスに渡されると、選ばれた十名のひとりひとりの肩に軽く当てられた。抜き身の剣の冷たさと重さが項に触れ、ルリアは無言でその不快さに耐えた。
中庭の中央には石のタイルが正方形に敷き詰められている。
どうやらこれが特設の競技場らしい。
各々剣を与えられ、名を呼ばれた順に進み出でた。
予選のときと同じく相手を殺すことはご法度で、相手がダウンするか、参ったと言わせれば勝ちというルールだ。
「エド・アルダートン、前へ」
ルリアは前に進み出た。
強面のステファン・ヴォイタスという男が相手だった。繰り出される剣の重さを受け、ルリアの手が痺れた。
パワーでは相手のほうが上、ルリアは相手との間合いをとり、じりじりと後退する。
「もらったー」
ステファンが雄たけびを上げ、剣を振りかざした瞬間、その瞳が見開かれる。
「なにっ、消えた」
冷たい剣の感触が、ステファンの頸動脈を正確に捉えていた。
ステファンの額に汗が滲んだ。
「ま…参った」
ステファンは低く唸るように声を絞り出した。
観客が沸き、その歓声に応えるべくルリアが手を振った。
王族の観覧席で、ランクスがほっと息をついた。
「息もつかさぬ、接戦でしたわね」
「ああ、途中、力で仮面の騎士が押されたときはどうしようかと思ったよ。剣の重さに手首を痛めていなければよいが」
心底心配そうに仮面の騎士を見つめるランクスの肩に、蓮はそっと頭を持たせかけた。
「お優しいのですね。ランクス様」
「このような公の場で、おやめなさい」
そういってランクスはそっと蓮から身体を離した。
頬を掠める夜風が冷たくて、蓮はなんだか悲しくなった。
「エド・アルダートン勝利!」
ルリア扮する仮面の騎士が、難なく勝ち上がり、優勝の歓声に場内が沸いた。
「ランクスよ、これも一興じゃ。あのナンバーワンと剣を交えよ」
そういってシバ国王がランクスに剣を手渡すと、場内は割れんばかりの歓声と熱気に包まれた。
石畳にランクスの姿を認めると、ルリアは己の剣をぎゅっと握りしめた。
開始の合図とともに、沸く場内とは裏腹に、両者の間には奇妙な沈黙が流れた。
ルリアの剣を握る手が汗ばみ、一陣の風が二人の間を吹き抜けると、ランクスが間合いを詰めてその切っ先をルリアに繰り出した。
(はやいっ)
ルリアは仮面の中で顔を顰めたが、捉えられないほどではない。冷静にと、自分に言い聞かせながら、守りに徹してランクスの力量を測った。
(これは好機か。いやそれとも……)
一瞬、ルリアの脳裏に邪念が過った。
(今、ここでランクスの命を奪うことができるなら、たとえ相果てようとも悔いはない)
ルリアは強い意思を持って、仮面越しにランクスを睨み付けた。
ハヤトの仇? 国を守るため? 否、そのどちらでもないような気がした。
ルリアはちらりと主賓席に佇む蓮・ハダサを見上げた。
刹那、ルリアが攻めに転ずると、ランクスが一瞬、微笑ったような気がした。
「俺を殺すか? それもよかろう」
剣の切っ先が、ランクスの頬を掠め、わずかに皮膚を抉った。
「だが、その前にお前の正体を見てみたい」
そういって次の瞬間、ランクスの剣の柄がルリアの眉間を打った。
「くっ、何を!」
ルリアは後ろに飛びのき、その衝動に耐えた。
翳した剣が交り合い、斬り結ぶ。
そしてルリアの剣の切っ先が、ランクスの喉元を捉えた。
バルコニーから身を乗り出した、蓮・ハダサの黒髪に結わえられた薔薇の花飾りがふわりと夜風に舞って、石畳に紅を散らした。
「……参り、ました」
そう呟いて、ルリアはランクスに背を向けた。鉄の仮面が二つに割れ、石畳の上に転がった。ルリアのこぼれおちた金の髪が焔を受けてゆらりと褐色に輝いている。
「悪かったな」
ランクスが、ルリアの頭に上着を投げかけると、ルリアはそれで顔を覆い隠した。
王族の親衛隊として正式に個室が与えられ、ルリアはしばらくの間、そこで休むように言われた。
ルリアは部屋の灯りを消して、ベッドに身を横たえた。
「どうしよう……。鉄の仮面壊れちゃったしなあ」
今頃になってランクスに柄で打たれた部位が、ズキズキと痛んだ。
ノックの後で、男が一人部屋に入ってきた。
「誰だ?」
ルリアは飛び起き、身構えた。
「そういきり立つな。お前の主だ」
ランクスの声に、ルリアはその場に跪いた。
「恐れながら……」
「いい、いい。畏まらなくて。お前が嫌だというのなら灯りもつけないから、そんなに身構えるな」
「あのっ」
「傷を見せてみろ。つい剥きになって傷つけてしまった」
その声色には後悔の念が滲んでいた。
カーテンの間から洩れた月明かりが頼りなく部屋を照らし、お互いの顔の輪郭だけがおぼろげに浮かんでいた。
おそらく痣になっているであろう額に、そっとシップ薬が塗られ、ルリアは顔を顰めた。
「くさい」
思わず呟くと、ランクスが噴出した。
「贅沢いうな」
サイドテーブルに置かれた、割れた仮面にランクスが触れた。
「女がこんな無骨なものを被るな」
ランクスの指がルリア頬に触れようとしたとき、ルリアは反射的に身を引いた。
「お許しください。私には醜き火跡がありますゆえ」
「闇の中でしか、その素顔を見ることが許されないとは、お前はまるで月の女神だな」
ランクスは小さくため息を吐いた。
「お前は、エド・アルダートンの名を捨てよ。この仮面を被り月の女神ティナの名を名乗るがいい」
そういってルリアに手渡されたのは、プラチナで形作られた美しい女神の仮面だった。
「月の女神よ、我に忠誠を誓え」
差し出されたランクスの手の甲に、ルリアはそっと口付けた。
「なにゆえですか!」
ランクスの執務室にて、蓮がその机を叩き、御冠である。黒く艶やかな髪が、ゆらりと揺れると、ランクスの深い碧の瞳が、蓮の姿を映し出し、蓮は少し頬を染めて下を向いた。
ランクスはおだやかな微笑を称え、そんな蓮を見つめている。
「そのように取り乱さず、まあお掛けなさい」
蓮は勧められるままに革張りのソファーに腰をかけた。小柄な蓮にはこのソファーは幾分大きすぎるが、蓮は気丈に胸を張ってランクスを見つめた。
「どうして名と性別を偽わり、我々を欺いた人間を親衛隊の長になど任命するのですか?それも女騎士などをお傍に置くとはっ」
「おやおや、婚約者殿は焼きもちを妬いてくださるのですか?」
揶揄するように言って、ランクスが蓮の顔を覗き込んだ。
「べっべべ別に、そういうわけでは。そう、私は総督です。シバ本土の総督として申し上げているのです!」
ランクスの顔からすっと笑みが消えた。
「ならば、総督殿に申し上げよう。これはプロパガンダです。仮面の女騎士を英雄に仕立て上げるのです。彼女にはわが国最強の精鋭部隊『暁』を率いてもらう」
「あかつき……」
蓮は言葉を飲み込んだ。
ランクスは視線を外し、窓の外を眺めた。
霞んだ記憶の中で、銀の髪の男が冷たく笑っている。かつての自分の母国だったというサリエリとの決戦は避けられないであろう。
(願わくば、人も土地も焼きたくはない。まもなく妻となる、この乙女も)
匂うような蓮の黒髪が、利かん気の強そうな口元が……やがて金の髪の少女のそれに重なる。
ランクスはその幻影を振り払うかのように、蓮をきつく背後から抱き締めた。
「今夜は蓮の部屋に行こう。執務にかまけて、あなたには寂しい思いをさせた。申し訳なく思う」
蓮はきゅっと掌を握りしめ、その胸の高鳴りに耐えた。
バスタブに散らしてある花弁を手にすくい、蓮はため息を吐いた。指の間から、芳香を燻らせた湯が毀れおちる。
(私はランクスを愛している。初めてお会いしたときから、どうしょうもなく恋焦がれてしまった。でもランクスは?)
蓮のなかで、一向にランクスに想われているという自信はなかった。むしろ蓮はランクスに想い人があることを知っていた。ランクスが記憶を失う前に金のロケットを愛おしそうに胸に抱いていた。その写真に写る、金の髪の少女。彼女が誰なのか、ランクスが記憶を失っている以上、今の蓮には知る由もないのだけれど。
蓮は今夜ランクスと初夜を迎える。それは喜ばしいことのはずだった。しかし蓮の気持ちは一向に晴れない。
蓮の手がバスタブの水を打った。
「だからどうしろと?」
(私はランクスの正式な婚約者なのだ)
蓮は唇を噛みしめた。
浴室から出た蓮は、淡い緑のイブニングドレスを身に纏った。その胸を飾るのはランクスからの婚約の贈り物である大粒のダイヤのネックレスだった。
蓮は瑞々しい豊かな黒髪を背でゆるくまとめ、肩に流している。ベッドの上に花弁が敷き詰められ、よい香りがした。
「なんだか、恥ずかしいわ」
鏡に映る姿を見て、蓮が頬を赤らめた。
「花嫁になられる方は、最初はみんなそうなのですよ」
蓮付きの侍女が、鏡越しに嬉しそうに微笑みかけると、控え目なノックの後に花婿が姿を現した。
「美しく支度ができましたね。これをどうぞ」
差し出された花束に、蓮は顔を埋めた。
「まあ、素敵。アリスこれをサイドテーブルに飾ってちょうだい」
そういって蓮は侍女に花束を渡した。
(私は、抜け駆けは嫌い。心にあるこの葛藤を一生後生大事に抱えて生きていくなんて、そんなのは嫌だ)
蓮は意を決して口を開いた。
「ランクス、私はあなたに渡さなければならないものがあります」
蓮はベッドサイドに置かれている、鏡台の引き出しから金のロケットを取り出した。
「あなたは記憶を失われる前に、サリエリの捕虜となった私を命を掛けて助けてくださいました。いつの日か私がこの写真の少女に会うことがあったら渡して欲しいと私に託されたものです」
ランクスは手の中にある古びた写真を見つめ、ため息をついた。
「彼女は……一体誰なのだ? 毎夜毎夜、悪夢を見る。人がたくさん死んでいく夢を。無数の亡骸の前で死を願う俺の前に彼女が必ず現れ、微笑むのだ。彼女は天使なのか? それとも俺を迎えに来た死神なのか?」
蓮が美しい眉を寄せた。
「死神などと……、不吉なことを」
「いや、申し訳ない。間もなく妻となられる方に聞かせる話ではないな。この少女がどうであれ、もう今の俺には関係ない。これは俺が処分する」
「では……、お捨てになって。今ここで」
星が冷たく瞬いていた。
ランクスはバルコニーから林に向かってロケットを投げ捨てた
暗い林の中で、ロケットのオルゴールが悲しげに泣いていた。
星の降る夜か。
不吉だという人もいるが、美しいものは美しい。ただ、そんな美しさにどうしようもなく胸が締め付けられ、しかしそんな自分を誰にも見られたくなくて、シャナはふらりと官邸を出た。
闇に紛れて、微かなオルゴールの音色が聞こえた。ぞっとしないでもないが、音のするほうに近づくと金のロケットが落ちていた。手にずっしりと重い純金製のオーバル型のロケットだった。それは大層高価な手の込んだもので、月明かりに照らされた少女の写真が頼りなく笑い、とぎれとぎれにオルゴールが悲しい旋律を歌っていた。
シャナはなんだかこの写真の少女が泣いているような気がした。
「ばーか、大切な女を泣かせてんじゃねえよ」
シャナはそれを手に取り、ポケットにしまった。
背後で水音がした。シャナがそっと草むらから湖畔を伺うと、仮面を被った少女が、湖水に足を浸していた。それはまるで月光を浴びた女神が地上に降りたったかのよう神秘的な美しさだった。
湖水に素足を浸し、くるぶしまである丈の長いネグリジェを手で託しあげて、月の女神が小波と戯れていた。女神は月を仰ぎ見て、その仮面を外す。
そこには火傷の跡など全くなく、息を飲むほどに美しい少女だった。
「ティナ?」
「あっ」
「月の女神の美しさに、すっかり見とれてしまったよ」
「シャ…ナ王子」
ルリアはその場に跪き、臣下の礼をとった。
ルリアの噛みしめた唇が、後悔に震えた。
迂闊であった。寝付けぬからと、官邸の宿舎を抜け出してこのような場所にいたことをルリアは必死に悔いた。
誰もいないと高を括り、あまつさえ素顔を晒してしまうなど。
「これは、お前のものか?」
シャナはポケットにあるロケットを取り出して、ルリアの手にのせた。
「この写真はお前なのだろう?」
月明かりの下で、シャナの手がルリアの頬を包みこんだ。それは胸を掻き毟られるほどに優しい瞳だった。
「素顔を隠さねばならない事情があるのだろう? お前が困るのであれば、俺は余計な詮索はしないでおく」
ふわりと何かが降りてきた。シャナが自分の着ていた上着をルリアに着せかけたのである。
「いくら腕に覚えがあるといっても、女がこんな時間に一人で出歩くのは物騒だ。送ろう」
金のロケットを投げ捨てて、ランクスは蓮に微笑んだ。それは完璧な微笑であるはずだった。
「ランクス? あなた泣いて……」
蓮の黒い瞳が驚いたように見開かれている。
「俺が泣く? まさか」
「いいえ、あなたは泣いているのだわ。悲痛なほどに」
ランクスは鏡台に自分の顔を映した。なるほど、ランクスは泣いていた。
「すまないな、蓮。どうやら記憶を失った俺の心はすでに壊れているらしい」
そういったランクスの頬に蓮のひんやりとした手が触れた。そして蓮はランクスをその胸に抱きしめた。優しく温かな胸の中は心地よく、その鼓動を聞きながらランクスは瞳を閉じた。蓮の唇が重なり、軽く啄み、そして舌を絡めると、ランクスは蓮の華奢な体躯を組み敷き、耳に、項に唇を這わせた。
「ん…」
気丈に引き結んだ唇に再び唇を重ね、強引に舌を絡め取ると、耐えきれず蓮は仰け反った。
身体は反応する。しかしそれはあくまで生理現象としての反応で、そこに愛というものの存在を問うたとき、再び涙が流れて止まらなかった。
ランクスの心が警鐘を鳴らしていた。
違う。違うのだ。彼女ではない。
その瞼裏に金の髪の少女が振り返り笑いかける。
(もういい、頼む。消えてくれ)
ランクスが心の中で悲痛なほどに叫んでみても、幻は決して消えることはなかった。
蓮は身に纏っていたドレスを脱ぎ捨てた。
月の光を背に、一糸まとわぬ姿をランクスに晒すと、蓮の瞳にも涙が光っていた。
「ランクス、私を見て! そして私を抱きなさい。過去の幻影に惑わされてはなりません。私は、いえ私たちは、共に未来を歩くのです。そう決断し、あなたは過去を捨てたはず。ならば……」
蓮の手が差し出された。
刹那、有事を知らせるけたたましいサイレンの音が静寂を破った。
蓮は素早く衣服を身に纏った。
ドアのノックの後に従者が事態を報告する。
「ランクス様、蓮姫様に申し上げます。有事が勃発し、現在わが国のターミナルにてサリエリ軍と交戦中。ご両名にはすぐに官邸の士官室にお戻りくださいますように」
「このようなときに申し訳ない、蓮」
ランクスは蓮を軽く抱きしめて、その頬に口づけた。
「仕方ありませんわ。有事ですものね」
蓮はひとりの女から、一国の総督の顔に戻っていた。
そんな蓮に胸のどこかでほっとしている自分がいた。ランクスはそんな自分をこの上もなく卑怯で下種な存在だと思った。
執務室にはすでに、白い鳳凰の縫いとりの士官服に身を包んだ親衛隊が控えていた。ルリアも月の女神の仮面を着け、ランクスの脇に控えた。
「事態はすでに把握しているな。ターミナルのあるN31ポイントにて現在サリエリ軍と交戦中だという。皆には最新鋭機体『焔』を駆って出撃してもらいたい」
ランクスの言葉に、親衛隊が敬礼した。
「おい、ランクス。俺も朱雀で出るぞ。こいつらは急な有事で訓練もろくすっぽできてねえ状態だ」
シャナの言葉にランクスが頷いた。
「そうしてもらえるとありがたい。本陣であるこの官邸の守りは、俺の青龍と近衛兵で足りる。では吉報を!」
ランクスの言葉に親衛隊が呼応し、臣下の礼をとった。
「おい、お前」
「はい? なんでしょう」
部屋を去ろうとするルリアをランクスが呼びとめた。
「悪かったな」
「なにが、ですか?」
「俺の直属部隊なのに、お前の初陣についててやれなくて」
「あ…っと…」
ルリアは言葉を失った。
「必ず生きて戻れ。命令だ」
「王族の為に命を捧げる。それが親衛隊の務めでございましょう?」
ランクスがドアの前で会釈したルリアの手首を掴む。ドアに背を強く押しつけられ、ルリアは小さく喘いだ。
「生きて戻れと言っている。それが命令だ」
顔が触れあうほどの至近距離で、低く囁いた。
「痛っ、なにをっ」
ルリアの右の耳朶に痛みが走った。
「じっとしていろ。この地に伝わる勝利祈願の弦担ぎだ」
ルリアの右の耳朶に何かが揺れていた。
「この翡翠に俺の代わりにお前を護ってくれるようにと願いを込めた」
そういってランクスは背を向けた。
「じゃあな」
「あ…あの……ありがとうございます」
ルリアもまた背を向けて格納庫へと急いだ。
ロッカールームに微妙な沈黙が流れた。女性用の更衣室に、なぜだか堂々とシャナがいる。
「祈願のピアスねぇ。隊を任されたのは俺なのに……。っていうか、普通俺だろ? 祈願ピアスを部下に贈るのてさあ。アイツ婚約者いるのに……。女だとわかりゃあ、掌返してほんとアイツもマメだよねえ。はんっ。絶対に蓮に言いつけてやるんだ。あっ、ちなみに俺は彼女いないからね。こう見えて結構一途なんだよ? 俺」
パイプ椅子を跨いで座ったシャナに、ルリアは軽く米噛みを押さえた。
シャナの少し長めの黒髪から、強い意思を宿した琥珀色の瞳が覗いている。
少し彫りの深い端正な顔立ちにはどことなく気品が漂い、額には赤いルビーで作られたティカラを着けていた。
シャナは大陸一の軍事大国シバの第一王子にして、四神のひとつ、朱雀のパイロットなのである。
ルリアは闇より火の子を纏い輝き出でる死の鳥を思い出した。
最初にシャナと相見えたのは戦場であった。
サリエリの捕虜となったシャナは、朱雀を駆って嫌々ながらもオリビエを戦火に焼き、ルリアは四神白虎に乗ってそんなシャナと応戦したこともある。
「着替えるので部屋から出て行ってください」
ルリアの声が張りつめた。
「やだ」
「や…やだって、ちょっと」
「早くしないと、到着が遅れちゃうよ? 親衛隊長さん」
シャナの顔がきらきらと輝いている。
「ここで着がえろと?」
「いえーす!」
ルリアは意を決し、ズボンを脱いだ。
(負けてたまるかっ!)
しかし緊張のために、手が震えて上手く脱げない。
シャナが口笛を吹く。
「きれいな足だね」
「どんなエロ上司なんですか、あなたは。王族会に上訴しますからね!」
「別に構わないよ? 事のついでに君との結婚の承諾を得るから」
「はあ?」
ルリアは上着を脱ぎ捨てた。薄いシャツに下着が透けて見えている。
「君が好きだ」
ルリアのシャツのボタンに掛けられた手がとまった。
シャナはそんなルリアを見つめて微笑んでいる。そこに邪気は一欠片さえ存在しない。
真っすぐで無垢な瞳だった。強くて我がままで、それでいて凛としている。
「それは……困ります」
ルリアは口ごもり、盛大にため息をついた。
(なんなのだ、このバカ王子は……。これから戦場に赴くというのに、これほどまでの能天気さは)
「俺はね、この国の正当後継者なんだ。だから命を賭してこの国を護る。そしてそれと同じだけの情熱をもって、必ず君を俺の正妃に迎えると約束しよう」
シャナは不敵に笑い、ルリアの手に口付けた。
格納庫に照明がともり、機体の全貌が明らかになる。
「これは……」
ルリアが息を呑んだ。
「これが大陸最強の国シバの護りである最新鋭機体『焔』だ」
白を基調にしたボディーの関節部にメタリックな橙のカラーリングが施され、機体の左手に装備された盾にはシバの守護神朱雀の紋章を掲げている。四神が科学と魔力の融合体であるのに対し、この機体は純粋な科学の結晶といえよう。
ルリアが機体に乗り込むと、OSが起動し、ルリアは一通りシステムに目を通した。
そう複雑なものでもないらしい。
「初心者でも操縦できるよう、とりあえずはマニュアルに従え」
シャナからの通信が入った。
「了解です」
格納庫の屋根が開く。
「シャナ・ハダサ・ギュスターヴ、隊長機でるぞ! 続け」
空を切るエンジン音、バーニヤを噴かすとオレンジの光の粒子が機体を包み、それはさながら蝶の羽のような形であった。
司令室で、ランクスは窓の硝子に頭をもたせかけ、ぼんやりと夜空を眺めた。深紅に輝くのは隊長機であるシャナの機体『朱雀』と、それに続いて柔らかな橙の光を纏い、『焔』が飛び立ってゆく。
(あれは生命を燃やして輝く蛍火、それとも……俺を焼き尽くす鬼火なのか?)
ランクスの唇に歪んだ笑みが浮かんだ。
「こちらシャナ・ハダサ・ギュスターブ、司令室、ターミナルの状況を教えてくれ!」
視界の先が白く煙っている。通信機に少しノイズが混じり、通信担当の若い女が映し出される。
「こちら司令室、現在サリエリ軍はターミナルを人型機動兵器『飛龍』十機にて掌握し、最上階の管制塔に民間人の人質を拘束している模様」
「ちぃっ、やってくれるぜ、これじゃあ正面突破は無理か」
通信機越しにシャナの苛立った声色が伝わった。
「おっと、敵さんくるぜ、落っこちんなよ! お前ら」
シャナが朱雀を飛行型に変形させ高度を落とすと、敵機飛龍の上にミサイルの雨が降った。
シャナは素早く機体を旋回させ高度を上げた。
ルリアも負けじと機体に備えられているソードを構え、敵機に突っ込んでいく。
「いくぞ!」
敵機飛龍からビームライフルが発射され、ルリアは左手に装備している盾でそれを防いだ。コクピットのなかでアラートがなり、背後にもう一機が迫っている事を告げた。ルリアは機体を跳躍させ、やり過ごす。機体の頭部に備え付けられているバルカンで敵機を威嚇するが、敵も旋回しそれを交わす。
「ちぃっ」
ルリアは舌打ちし、一気にアクセルを踏み込んだ。間合いに入り、飛龍の後頭部に剣を突き刺すと、飛龍は崩れ落ち、激しい爆発を起こした。
「ひゅう、やるじゃねえか、親衛隊長殿」
通信機越しにシャナが口笛を吹いた。
「俺も負けちゃいられねぇな」
シャナは朱雀の背に背負っていたアグニを構える。
「どきなっ! 火傷するぜ」
圧倒的な火力の前に、一機、また一機と敵の機体が屠られていった。
「そこまでだ、シバ軍に警告する。機体を捨て投降せよ! こちらの警告に応じない場合、人質の命は保証しない」
「ちくしょう……」




