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緋の剣  作者: 抹茶小豆
7/11

7

アイの言葉にシルビスは不快気に顔を背けた。

「おしゃべりが過ぎたようだ。もうそろそろ逝け」

 シルビスの言葉に少女は、寂しい笑みを浮かべた。

「わかった。では逝くとしよう」

少女は静かにその瞳を閉じた。

その瞼が微かに震えている。

「なに、苦痛は与えない。一瞬だ」

シルビスが少女をそっと抱きしめ、その胸に手を置くと、少女の純白のネグリジェが赤く染まった。


棺が二つ、目の前に置かれていた。

一方の棺に眠る乙女は、まるでその胸に咲き初めの薔薇を抱きしめているかのようだった。

もう一つの棺には茶色の髪の、自分と同じ位の年齢の少年が眠っていた。

ランクスには、それが誰なのかはわからないのだが、なぜだか彼が瞳を開き自分に笑いかける様を想像することができた。

「彼らは一体誰なんだ?」

ランクスは隣に佇む、美しい銀の髪の青年に尋ねた。

「さあ、そんなことよりも、こちらで少しお休みになりませんか? 今日はもう、お疲れでしょう」

部屋に漂うかすかな媚薬の残り香を、風が跡形もなく運び去った。

冷たい石の階段を随分と下ると、俄かに松明の明かりがぼんやりと周囲を照らしていた。

黴の匂いが鼻につく。

「さあ、こちらへどうぞ」

鉄格子を開け、シルビスはランクスを招き入れた。

ランクスはどこか虚ろに微笑んだ。

「ああ、俺は罪人なのか。きっとあの二人を殺したのは、俺なのだな」

ランクスの手にかけられた枷が、ずしりと重く食い込んだ。

ランクスは薄い微睡の合間に、何度も何度も同じ夢を見た。

茶色い髪の少年が自分に笑いかけている。

「ランクス、一緒に行こうよ」

 その言葉を聞いて、ランクスは泣いていた。悲しかったからではない、嬉しかったからだ。暖かで、ほっとして、救われたと思った。

 しかし次の瞬間に、茶色の髪の少年は、血まみれになってその場に倒れ伏した。

 叫びは声にはならない。

 目覚めるときまって、喉がカラカラに渇いていた。

ランクスは生きることよりも、死ねないという地獄を思った。

 身体が震えて、ランクスは両腕で自分を抱きしめた。

「殺シテ……、誰カ、俺ヲ……殺シ…テクレ」

ランクスのひび割れた唇が、そう呟くと涙が頬を伝った。

そしてランクスが狂気の闇へと堕ちてしまいそうになる瞬間に、決まって金の髪の少女が笑いかけた。

その微笑みが温かな想いとともにランクスを現へと引き戻すのである。

「君は、誰だ? 俺を迎えにきた死神か?」

嘲るように呟くと、鉄格子がそっと開いた。

若いメイドがひとり佇んでいた。

燃えるような黒い瞳と同じ色の髪をした少女の横顔を、松明の明かりが頼りなく照らし出していた。

「ランクス様、お忘れですか? わたくしです」

少女は懐かしむように、ランクスをじっと見つめた。

「お前は、誰だ?」

ランクスにはそれが誰なのかが、わからない。

そんなランクスの様子に少女ははっと表情を強張らせた。

「ランクス、あなたもしかして記憶を操作されているのですか?」

ランクスからかすかに漂う、媚薬の残り香に、少女はああ、と悔しげに唇を噛み締めた。

「ランクス様、わたくしは以前あなた様に命を助けていただいたのです。ですから今度はわたくしがあなた様をお助けする番なのです。サリエリ国王オーリスが、あなた様の処刑を明日に決定いたしました。逃げるなら今夜しかありません。どうか、わたくしを信じてくださいませ」

ランクスは虚ろな視線をただぼんやりと漂わせた。

「もはや、この俺が生きる理由がどこにある? 親切には感謝するが、どうかこのまま死なせて欲しい」

 そういってランクスは微笑んだ。それはどこまでも寂しい微笑だった。

少女はつかつかと牢に入り、思いっきりランクスをひっぱたいた。

乾いた音が響き、唇の端が切れた。

「っ痛ぅ」

「そうでしょう? 痛いでしょう? それは、あなたさまが生きているからです。否、生きなくてはならないからです。確かに多くの犠牲の上に国家が成り立ち、その葛藤のゆえにあなた様が苦しむこともよくわかります。ですがあなた様には使命があるのです。幾千、幾万の民を導かねばならぬのです」

少女の言葉にランクスの瞳が生気を取り戻した。

「ところでお前は一体何者なのだ?」

「わたくしですか? わたくしの名は蓮。砂漠の要塞都市シバの総督です」

蓮の燃えるような黒い瞳が、ランクスを映した。

その無遠慮な視線に、ランクスがかすかに目を細めた。

「ならば、俺は一体誰なのだ?」

ランクスの言葉に、少女は意味あり気に微笑んだ。

「教えて欲しいのですか? ならばあなたはわたくしに、生を誓いなさい」

蓮の唇が触れた。

それが無言のうちに交わされる誓いの儀式であった。

「あなたの名はランクス・クリフォード。わたくしの夫となる人物ですわ」


◇  ◇   ◇


 ルリアがオリビエの名家、クラビス家の領地に身を寄せて、三か月が経とうとしていた。

『お前が唯一生き残る術は強くなることだ』

 赤毛の女騎士マリア・クラビスにそう告げられたルリアは、剣の稽古に明け暮れていた。

「踏み込みが甘い! そんなことでは、到底戦場では生き残れないぞ」

 マリアの剣は早く、そして重い。

ルリアはその一撃を自身の剣で受ける度に、腕が痺れて感覚を無くしていった。

「ぐっ」

 ルリアは歯を食いしばった。

ハヤトが北の地でサリエリとの戦禍に巻き込まれて死んだという。そしてエアリスは未だその行方がわからない。

(エアリス、ああエアリス。私に力を貸してくれ)

 ルリアはそう念じて、マリアに渾身の剣を繰り出した。

「マリア! 私は行かなくてはならないのだっ」

 ルリアの剣に弾かれたマリアの剣が、甲高い音を立てて、石畳の上に落ちた。

「ふっ」

 弾む息の中で、マリアがルリアに微笑んだ。

「儀式を行う。すぐに準備しろ」

 弾む息の下でルリアは自身の襟元を押さえた。その鎖骨のあたりには、黒揚羽の刻印が穿たれていた。死の刻印は日々刻々とその羽を広げ、今はもう半分くらいまで開きかけている。


オリビエの古代遺跡に乾いた風が吹いた。もとは闘技場か何かの跡だったその場所の壁は崩れ、天井はすでに跡形も無い。

 ルリアは無言のままに、マリアの後について、割れた石畳の上を歩き続けた。

 廃墟と化した先人の残した文明の跡は、時の無常さと、そして同時に犯しがたい静謐さに包まれていた。

「ここでしばらく待っていろ」

 そういってマリアが何事かを呟くと、地面に魔法陣が浮かび上がり、ルリアを捕えた。

「何をする! マリア」

 魔法陣の周りを、透明のカプセルのようなものが覆い、ルリアは必死にそれを叩いて叫んだ。

「安心しろ、保護シールドを張っただけだ。私が死んでも、そのシールドは解けないようにセットしてあるが、まあ後はトーマがなんとかするだろう」

 じゃあな、といって廃墟に消えていくマリアを見つめ、ルリアは言い知れぬ不安を覚えた。

 マリアが遺跡の地下へと続く階段を降りると、分厚い石の壁に備え付けられた松明が、ひとりでに明りを灯していった。回廊を奥まで進むと、龍の壁画がある廟に出た。

「暗黒龍よ、その深き眠りから覚めよ」

 マリアの言葉に壁画の龍が、ギョロリとマリアを睨み付けた。

 突如、龍は怒号とともに、壁から抜け出て、マリアに襲いかかった。

「くっ」

 マリアは剣を抜いて応戦した。


◇  ◇   ◇


「はあ? 誰かが遺跡で暗黒龍の封印を解いただぁ?」

 部下の報告を受けて、トーマは素っ頓狂な声を出した。

「ったく、どこのバカだ? 遺跡の暗黒龍つったら、危険度S級のモンスターだぞ? そいつ確実に死んだな」

 トーマは商店街の福引でもらった、お気に入りのマグカップに牛乳を注いで口に含んだ。

「それがその……赤毛の女騎士が遺跡に入っていくのを見たという者がいまして……」

「ぶはっ」

 トーマは盛大に牛乳を吐き出した。

「は、はい?」

 トーマは混乱する意識のままに、移動呪文を唱え始めた。

 遺跡に飛ぶと、入り口付近でルリアが魔法陣に捕縛されているのを発見した。トーマが触れると、魔法陣は地に消え去った。

「おい、ルリア。マリアは何処に行ったんだ?」

「遺跡の奥の方です」

「あの馬鹿!」

 トーマは走り出し、ルリアはその後を追った。

 石の回廊に、血の匂いがたちこめ、ルリアは口元を押さえた。

廟の前で巨大な龍が血まみれになって、動かなくなっていた。

その傍らで、石の壁に背をもたせてかけて、マリアがようやく座っていた。彼女自身も深手を負っていて、立ち上がることが出来ないほどだった。

「これはだいぶひどいな」

トーマが駆け寄り、マリアを抱き起した。マリアの血にまみれた手が、短剣を握っていた。

「ル……リア、この聖剣で自身の呪いを覆……せ、その身に刻まれた、黒揚羽の羽が開ききる前にこれで……ランクスを殺せば、お前は……助かる」

 マリアはルリアに短剣を手渡すと、意識を失った。

「くっ、魔法でなんとか傷口は塞いだが、失血がひどいな」

 トーマは顔を顰めた。

「マリアっ」

 ルリアは泣きながら、マリアに駆け寄った。

「いいから、ルリア、お前は早く行け! マリアの想いを無駄にするな」

 トーマは微笑んでルリアの涙を、拭った。


◇  ◇   ◇


向日葵の髪の色の少女が、シバの衛星都市であるシオンの宇宙ステーションに降り立った。

カーゴパンツに赤のタンクトップと、その上に緑のジャケットを羽織っている。見るからに少年じみた簡素な服装ではあるが、その表情には強い意思と、どことなく気品が漂っていた。

宇宙ステーションは人ごみでごった返していた。シバは四神のデータを解析し、それを簡易にした人型機動兵気機の量産に成功し、あっという間にサリエリをシバ本土より撤退させた。

戦争の勝利と軍事による好景気に国中が沸いていた。

「さあて、これからどうしようか」

 これといった当てもなく、ルリアは人ごみに流されるように歩いていた。

「号外! 号外!」

 少年が嬉しそうに頬を上気させて、道行く人々に印刷物を配っていた。

『亡命の王子、ランクス・クリフォードとシバの王女、蓮・ハダサ婚約!』

 見出しには大きくそう書かれてあった。

ルリアはそっと自分の鎖骨にある黒揚羽に触れた。

空虚な感情が心を満たす。

ランクスは母国を焼き、自分の貞操を奪った男であり、そして最愛の弟、ハヤトの命を奪った。

そしてルリアは瀕死の父を救うため、魔と取引をした。この鎖骨に刻まれた黒揚羽の羽が開ききる前に、ランクスを殺すことができなければ、ルリアは心臓に埋め込まれた聖十字によって命が絶たれる。

ルリアは背に担いだ剣の柄にそっと触れてみた。憎しみによって必死に自分を奮い立たせようとするが、本当は自信がなかった。

ルリアはそっとため息をついた。彼を憎みきるには、思い出の中にあるその微笑みが少し優しすぎるような気がした。

 ルリアは売店で、いちご牛乳を買った。今にもハヤトが駈けてきて、自分をからかうのではないかと、そんな気がしてならなかった。

「ちょっと待て、シャナ。いくらここがお前の母国でも、いきなり官邸を抜け出ては皆が心配するだろう?」

思い出の中の漆黒の髪の少年が、その横を通り過ぎると、ルリアの心臓が跳ねた。

思い出の中のそれより、幾分大人っぽく成長したその横顔を見て、不意にルリアの目頭が熱くなった。

「いいの、いいの。いつものことだしさあ。せっかくお前を案内してやろうってのに、一々目くじらたてんな、っつうの」

小麦色の肌をした少年が、そういって唇を尖らせた。

その時、不意にルリアの身体に衝撃が走った。男がルリアの身体に体当たりし、荷物を持ち去ったのである。

「あっ、泥棒!」

そこにはルリアのパスポートと全財産が入っていた。ルリアは必死で泥棒を追いかけるのだが、追いつけない。

刹那、ランクスが、ひょいと足を引っ掛けると、男は派手転んで、その上に小麦色の肌の少年が馬乗りになって、男の腕を押さえ込んだ。

「君の?」

ランクスがバッグをルリアに返すと、食い入るような眼差しで、ルリアはランクスを見つめた。そんなルリアの様子にランクスはただ不思議そうに首を傾げた。

「なにか?」

「い、いいえ、どうもありがとうございました」

ルリアはぎこちなく、震えがちにようやくそう答えた。

騒ぎを聞きつけた警官がようやく駆けつけ、ランクスとシャナを見て仰天する。そんな混乱に乗じて、ルリアはひとごみに紛れて姿を消した。

ルリアの心臓が早鐘のように高鳴っている。

「芝居なのか?」

ルリアを見たときの不思議そうなランクスの表情に、ちりりと胸が痛んだ。

(身を隠し、ランクスの動向を探るためには一体どうしたらいいのだろう)

ルリアは腕を組んでしばらく考え込んだ。そしてふと視線を上げたその先に、ステーションの掲示板があり、そこに貼り出されてあった求人広告のポスターに目が留まった。

「王族親衛隊員募集……、これだ!」

ルリアは手を打った。


「さっきの女を探し出すことは不可能だろうか?」

 ランクスがふと足を止めた。

「なんだ? お前蓮というものがありながら、もう浮気か?」

シャナが二ヤついてランクスを見た。

「違う、そうじゃない……けど……」

 誰なのかはわからない。しかし先ほどの少女は、ランクスが夢に見る少女に酷似していた。

毎夜決まって見る狂気の悪夢の中で、彼女の色だけが違って見えた。暖かい向日葵の色。もっともその少女の髪はもっと長くて、高くひとつに結っているのだが。

(気のせいだ。気にするな)

 ランクスは小さく頭を振った。

「まあいい。けど今日は蓮への婚約の品を買いに来たのだろう? 待たせるとまた機嫌を損ねるぞ」

 そういってシャナは、再び歩き出した。

ターミナルを出ると、人工的に調整された青空がなんだか白々しく見えて、ランクスは人知れずため息を吐いた。

どうも自分は宇宙(そら)はあまり好きではないらしい。

はやく地球に帰って、本物の太陽が見たいと思った。

閉じたランクスの目裏に、金の髪の少女が微笑んでいる幻を見たような気がした。


◇  ◇   ◇


 シバの衛星都市シオンの中心部には、首相官邸が堂々とその居を構えていた。一見中世の広大な城のような建物で、よく手入れされた前庭には、多くの志願者が集っていた。

「あのう、すいません。王族親衛隊に入隊したいのですが」

ルリアは恐る恐る、強持ての門兵に尋ねた。

「ああ、ダメだ。お前みたいな細っこい、もやしみたいなのは」

てんで話しにならないと、門兵はうるさそうに手を振った。

「うむ、見た目の問題か」

ルリアははたと自分の身体を見つめた。

確かにこのままでは、色んな意味でまずいような気がした。

「正攻法では無理か。う~ん、どうしようか」

ぼんやりと佇むルリアの前を、男が一人通り過ぎていった。

鉄の仮面をすっぽりと被り、大仰な鎧を身につけている。男は受付で親衛隊審査の登録を済ませると、裏路地へと歩いていった。ルリアはそっと男の後を追った。 

売春宿の客引きの女が、男を誘った。

「そうかい、あんた物好きだねえ。こんな俺でも相手にしてくれるのかい」

そういって男が仮面を外すと、女は悲鳴を上げた。

「いやあああ、あっ……あのお許しを……」

驚愕に震える女のか細い首に、無骨な手がかけられた。

「誘ったのはお前だろう? ならその気になっちまった俺を静めてくれなくちゃ」

「ああっ……」

その手の中で女の生が蝕まれてゆく。

「やめろ、おっさん」

ルリアが男に歩みより、その手を掴んだ。

「お前が、この女の代わりに死ぬか?」

男の手が離れ、女は激しく咳き込んだ。

ルリアは勢いよく振り上げられた男の拳を掴み、投げ飛ばした。そして自分も跳躍し、勢いよく男の鳩尾に一撃を見舞うと、ぎゃっと呻いて男はその場で動かなくなった。

ルリアが男の仮面を外すと顔中一面に焼け爛れた跡があった。

懐を探ると、先ほど登録を済ませた親衛隊審査の受付票があった。

「これこれ」

 ルリアは懐に受付表をしまった。

「あ……あなたは、ひょっとして追いはぎ?」

女が目を白黒させ、ルリアを見つめた。

「いや、好きでやってるわけじゃないんだけど……ごめん、今回だけ見逃して」

ルリアは片目をつぶった。

「家が貧乏で、母の薬代を稼ぐために王族の親衛隊に志願したいのですが、外見が品祖だからと断られてしまって。家ではお腹を空かせた兄弟たちが仕送りを待っているんです」

ルリアが愁傷気に目を伏せ嘘八百を並べ立てると、女はプルプルと震えだした。

「そうだったの。それはお気の毒だわ。よかったらうちにいらっしゃいよ。コスパブも兼ねているから、色々衣装もそろっているわ」

女に案内されたパブの控え室で、ルリアは胸にさらしを巻いてもらった。

ルリアは自分の髪を切った日のことを思い出した。

「ちょうど少し小さめの、あなたにぴったりな皮の鎧があるわ」

ルリアは差し出された鎧を身につけた。鉄仮面が顔の半分を被うと、鏡に映し出された自分の姿に、ルリアはため息を吐いた。

冷たく無機質なそれをルリアは決して好きにはなれないだろう。しかし、一方でこれでよいのだとルリアは思う。心を凍らせて、人であることすら捨てて、そしてこの手を血で染めなくてはならないのだから。

「ええと、君はエド・アルダートンだね」

白髪の混じる人のよさそうな執事が親衛隊審査の受付に立っていた。

登録を済ませた志願者たちの顔と名前をチェックしている。

「はい、そうです」

ルリアは、執事に受付票を手渡し、手のひらに判をついてもらった。

「君、さっきよりなんか小さくなってない?」

執事がどこか腑に落ちない様子で、首を傾げた

『ギクっ』という擬音語を背後に背負い、ルリアは取り繕った。

「さあ、そんなことは無いと思うが」

曖昧に呟いて、ルリアは足早にその場を立ち去った。

仮面から零れ落ちた金の髪が陽の光を受けて向日葵の色に輝いていた。


審査の方法は、簡単な筆記試験と武術のトーナメント勝ち抜き戦だった。

筆記試験を終えて、後半の実技試験に入る前の休憩時間に、ルリアは売店でいちご牛乳を買った。

「仮面の騎士がいちご牛乳……か」

低く笑いをかみ殺し、その視界に現れたのはフォーマルに身を包んだ、ランクスだった。

「悪いか?」

ルリアはぶっきら棒に答えて、そっぽを向いた。

「いや、悪くはないが……」

不意にルリアは仮面に覆われていない頤をランクスに掴まれた。

「美味いのか?」

触れるほどに近くある、愛しき仇の紅顔。

「まだ飲んでいない、が、とりあえず離せ!」

ルリアは仮面越しにランクスを睨みつけた。

「では俺もそれを貰おう」

ランクスはルリアから手を離し、購買の店員に話しかけた。

「申し訳ありません。ちょうど今売り切れてしまって」

店員が愁傷気にランクスに謝っている。

ルリアは手にあるパックのいちご牛乳をランクスの後頭部目掛けて思い切り投げつけた。

「おっと」

少しバランスを崩しながらも、ランクスが右手でそれをキャッチした。

「さっきの礼だ。やるよ」

ルリアは内心舌打ちしたい衝動に駆られたが、なんとか耐えた。

「ありがたく、頂戴するよ」

そういって微笑んだランクスにルリアは背を向けて、歩き出した。

「お前名は?」

「エド・アルダートンだ」

「気に入った、命令だ。お前必ず勝ち残れ」


バルコニーに設けられた来賓席に、蓮・ハダサが正装姿で座っていた。愛する男、ランクス・クリフォードとの婚約を終え、その表情は陰りを知らない。

そこに妙に上機嫌の想い人が歩み寄った。

「まあ、なにをお飲みになっていらっしゃるの?」

「ああ、これは『いちご牛乳』という飲み物ですよ。初めて飲んだのですが、なにか懐かしい味がしますね」 

 一瞬ランクスの目裏に、失われた記憶の片鱗がフィードバックした。


ぼんやりと、霞のかかった記憶の中で、向日葵の髪の少女が笑っていた。

「ルリアはね、イチゴ牛乳が大好きなの」

(君ハ、誰?)

「甘い」


中庭に設けられた特設の競技場に、一次試験の合格者たちが集っていた。皆受け付けでもらった白いリボンを腕に結んでいる。

「ではこれより、王族親衛隊の入隊実技試験を開始する。相手の腕にあるリボンを十本集めた者が合格となる。特にルールはないが、相手を殺すと失格になる」

試験開始の合図であるドラの音が中庭に鳴り響くと、屈強な男がルリアの前に立ちはだかり、強烈な拳を繰り出すが、ルリアは身軽に難なく交わしてゆく。すると頭にきたのか、男は鞘から巨大な剣を引き抜き、ルリア目掛けて勢いよく振り下ろした。ルリアはその刀の切っ先に飛び乗り、男の顔を覗き込んだ。

「おっちゃん、これちょうだいね」

呆気にとられている男の腕に巻きつけられた白いリボンが、ルリアの手の中でひらひらと風に靡いていた。


「エド・アルダートン合格」

十本のリボンを審査官に手渡し、合格を宣言されたルリアは、ほっと息を吐いた。

ランクス・クリフォードと蓮・ハダサの婚約パーティーの余興のひとつとして、今夜、合格者十名の中でナンバーワンを決めるトーナメント戦が行われるのだという。

ルリアはそれを聞いてなんだかうんざりとしてきた。

「スケベ……」

なんとなく呟いてみる。

王族親衛隊として選ばれた十名は、トップガンエリートとしての栄えある白の士官服に身を包んだ。襟元にはシバの王族を意味する鳳凰が豪奢な金糸で縫いとられていた。

そして今夜の余興でナンバーワンになった者が、親衛隊の隊長として任命されることになった。

控室として宛がわれた客間の一室には、染みひとつない赤い絨毯が敷き詰められ、すでにシャンデリアには灯りがともっている。

この部屋に通されて、すでに半時は経とうかとしているが、皆それぞれの思惑のもとに、張りつめた雰囲気が漂っていた。特に鉄の仮面を被っているルリアには、誰も話しかけようとはしない。

ルリアはぼんやりと窓辺に佇み、コバルトに染まる空を眺めた。その色がランクスの髪の色に重なる。

(やっとここまできた)

今はもう手を伸ばせば触れることのできる位置に彼がいる。ルリアはその瞳を閉じて、ランクスの面影を思い出した。

(大丈夫、もう迷いはしない。自分はランクスの命を奪ってでも生きる)

その覚悟があるからこの場所にいるのだ。


控え目なノックの後で、白髪混じりの執事が部屋に入ってきた。

「皆様、お時間ですので中庭にて、待機してください」

すでに連・ハダサとランクス・クリフォードの婚約を祝う晩餐ははじまっており、中庭の特設会場では弦楽の四重奏が甘美なメロディーを奏でている。招待客はグラスを片手に世間話に花を咲かせていた。

王族親衛隊として選ばれた十名の名が呼ばれ、蓮・ハダサの前に立たされた。


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