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『滅びの黙示録』の予言が書かれた巻物は、青き神珠の加護を受けたサリエリに渡り、『光の書』は赤き神珠の加護を受けた、オリビエにあるのだという。
「『滅びの黙示録』に記されている世の終わりってやつを、サリエリの国王オーリスは自分の手で成そうとしているのかもしれねーな」
「『滅びの……黙示録』ですか」
不吉な言葉に漠然とした不安が膨らみ、不用意にその心をかき乱すのだけれど、だからと言って『滅び』という言葉が、ルリアにはなんだかピンとこなかった。
十六歳の生命に溢れたルリアには、死というものを想像することもできない。普通に繰り返される日常が、きっとまた明日も続くことを何の保証もなしに信じて疑わない。
しかしそのことをルリアは滑稽だと思う。
そんなルリアの信じた小さな世界が、例えば浜辺に作った砂の城のように、波に洗われて、少しずつ壊れていくのを目の当たりにしているような感覚を覚える。
「ああ、昔この地を混乱に陥れた原因のアレ。でも実は『滅びの黙示録』と対になっている預言書がある。『光の書』っていうのがあるんだけどな、それには奴らの『滅び』を覆す方法が書かれてあるらしい」
「だったらどうして、みんなもっとはやくに『光の書』をもって『滅びの黙示録』に対抗しなかったんだろう」
そういってハヤトは首を竦めた。
トーマは悲哀のこもった瞳でルリアとハヤトを見つめた。
「いろいろ……事情があったんだろうさ」
ルリアとハヤトは釈然としない顔で、トーマを見つめた。
「あっと、俺ちょっとヤボ用あるから、今の間に、お前らさっさとエアリス様に謁見してこい」
そう言い残して、トーマはひらひらと手を振ってその場を立ち去った。
離宮の中庭で、リア王妃は静かにトーマの訪れを待っていた。やがて現れたトーマに、金の酌を差し出すと、トーマは跪いてその先に口付けた。
「時が、来たのですね」
「ええ、そのようです」
リア王妃が、トーマを見つめた。
「今のあなたには、少し酷かもしれませんね」
「いいえ、覚悟はできていますから」
神殿の地下に安置された『契約の箱』の前に二人が佇む。
その箱に触れると、トーマのアクアブルーの瞳から、涙が零れ落ちた。
王妃がその場を立ち去ると、トーマはしばらくの間その場所で泣いた。
『光』はあまりにも多くの人の犠牲の上に、紡がれた。
『光』はトーマの愛する人たちの血によって、守られた。
◇ ◇ ◇
エアリスはこの国の皇女として、正装していた。ふんわりとした亜麻色の髪はアップに結い上げられ、その頂にはダイヤをあしらった豪奢なティアラが飾られている。
ノックの後に、ルリアとハヤトがエアリスの居室に通された。
エアリスは、気丈に笑顔を取り繕う。
「王宮は今、大変な騒ぎだな。大丈夫だったか? エアリス」
沈痛な面持ちでルリアがエアリスを気遣う。
「ええ、大丈夫です。こうしてルリア様とハヤト様が来てくださいましたもの」
エアリスの瞳が安堵に潤む。
ルリアはそんなエアリスを抱き締めた。
「安心しろ、命に代えてもエアリスは私が守る」
エアリスの頬がパッと赤らむのを横目に、ハヤトの瞳に剣呑な光が宿る。
「その台詞、僕が言いたかったのに」
恨みがましく呟いたハヤトを見つめ、やがて三人で笑いあった。
「エアリス、そのドレスすごく似合っているぞ!」
「まあ」
エアリスはポッと頬を赤らめた。
「ルリア様こそ、その軍服も萌えですわ」
エアリスはソファーに『のの字』を書いている。
「ですが……」
「?」
「ルリア様、衣装を取り替えませんこと?」
十分後、そっくり衣装を取り替えた二人がそこにいた。エアリスの軍服姿は、もうコスプレのお姉さんにしか見えなかったが、潤む瞳で『逮捕しちゃうぞ』とハヤトに迫ると、ハヤトはそこにあった大理石の柱に頭を殴打
し始めた。
「ドレスはあまり好きではないのだがな」
そこに佇むルリアを見て、ハヤトがあんぐりとだらしなく口をあける。
「ル…ル…」
「なんだ? ルルって。私は風邪薬ではないぞ」
「ルリア!!!???」
もともと、確かに顔立ちは美しいとは思っていたが、日ごろの粗野な振る舞いから、ときどきルリアの性別など、きれいさっぱりと忘れてしまっていた。
しかし、これほどまでの変貌とは、もはや詐欺に近い。金に近い褐色の瞳を長い睫が縁取り、まだあどけなさを残すふっくらとした頬は咲き染めの薔薇の色。つんとつきだした愛らしい唇には、朝露のように濡れた紅がさされている。純白のシルク地に金の髪が惜しげもなく流れる様は、どこからどう見ても、完璧な萌属性の美少女だった。
「ステキですわ。ルリア様」
エアリスがうっとりとルリアを見つめる。
「これで気が済んだだろ。はやく衣装を取り替えろ、エアリス」
「や~ん、髪をアップにして……と。さあこのベールを被って下さい」
尚も、ルリアにベールを被らせようとするエアリスに、ルリアは焦れた。
「ああ、もう何をやってるんだ。エアリス」
そのときドアをノックする音がし、王妃付の女官が先触れに来た。
「間もなく国王陛下とリア王妃が参られます」
そう告げられ、真っ白になっているルリアに、エアリスがいたずらっぽく微笑みかけた。
「うふふ、お父様とお母様は、気付くかしら?」
エアリスは帽子を深く被って俯き、ハヤトに目配せした。
しかし王と王妃は、深刻な顔をして部屋に入ってくるなり、人払いを命じたので、ルリアに扮するエアリスとハヤトは部屋から出されてしまった。
「エアリス、すまないが、火急の事態に陥った。すぐに隣国のサリエリに入ってくれ」
王はエアリスに扮するルリアに頭を下げた。
「いえ、あの……えっと」
ルリアは焦る。
「形式だけでいいんだ。時間を稼がなくてはならない。どうしてもサリエリの目を逸らす必要がある。その間にわが国も四神のひとつ『白虎』の封印を解く」
王の瞳には、揺るぎない強い意志が宿っていた。
「ちょっ、違うんです。私、エアリスじゃあな……」
ルリアが自分の正体を明かそうとしたときだった。
「国王陛下に申し上げます。サリエリより、エアリス皇女殿下のお迎えの輿が到着されました」
王の側近が告げた。
王はルリアの手を握り、感極まって落涙した。
「すまない! エアリス。しかしそなたの肩に、この国の命運がかかっておるのだ」
ルリアの背中に嫌な汗が伝った。
王の合図とともに女官たちが現れ、ルリアを謁見の間へと先導した。
サリエリの使者に立てられたのは、白銀の大魔法使いだった。
「久しいのう、シルビス。この婚姻が貴国との友情の証に、そして平和への礎とならんことを切に願う」
◇ ◇ ◇
ターミナルには、サリエリ王家の飛空艇が停まっていた。
ルリアが抵抗を続けると、シルビスは焦れたように、ルリアの手首を戒めた。
「これはすでに国家間で決まったことなんだ。いい加減に諦めろ、小娘」
「痛いっ、ばかっ、離せ!」
揉みあっているうちに、ルリアの被っていたベールが、はらりと地面に落ちた。
ルリアは涙目でシルビスに訴えた。
「だから人違いなんだ。私はエアリスじゃない」
シルビスはルリアの顔を一瞥し、ぷっと噴出した。
「オリビエも粋な計らいをしてくれるものだ。おい偽者、いやお前こそが本物なのか。将軍家のルリア姫」
ルリアは生きた心地がしなかった。
「大丈夫、悪いようにはしない」
冷たいと思っていたシルビスの銀の双眸が、優しく微笑んだことに、ルリアは驚きを覚えた。
飛空艇は、国境沿いに位置するランクスの居城の中庭に降り立った。
「王子、オリビエの皇女をお連れいたしました」
居室でタキシードに着替えを済ませたランクスが、ため息を吐いてソファーに寝そべった。
「お互いに望みもしないこの婚姻に、果たして何の意味があるのか」
「まあオリビエの時間稼ぎには違いありませんが、そう不貞腐れずに、くれるというものは、ありがたく貰っておきなさい」
シルビスはそう言ってランクスに目配せした。
石の聖堂に厳かなパイプオルガンの調べが響く。
この婚姻は、停戦直後にサリエリとオリビエの二国間で決められたものであった。この婚姻の約束があったからこそ、ランクスは三年の償還期間の後、自国に帰還することを許された。
この婚姻の約束が交わされたとき、戦勝国であるオリビエは、サリエリよりも圧倒的に有利な立場にあった。しかし、サリエリによってシバが陥落した今、事態は急変し、今度はオリビエが人質として、皇女を差し出すことになったのである。
ランクスがまたすぐに戦地へ赴かねばならないため、非公式ではあるが、急遽祭司の前で、婚礼の儀式だけを済ませることになった。
聖堂には祭司とランクス、シルビスと数名の兵士がその脇に控えているだけだった。
「汝、病める時も健やかなる時も、その妻エアリス・シャル・オリビエを愛することを誓いますか?」
ランクスの唇は、誓いの言葉を紡ぎだせないでいた。
次の瞬間、強烈な爆風が石の聖堂を襲った。
ランクスは咄嗟に花嫁を背に庇った。
そこに佇むのは、血の色にカラーリングされた巨大な人型起動兵器。
「死ねぇぇ、サリエリ王子ランクス・クリフォード!!!」
聖堂が炎に包まれ、爆風が花嫁のベールを吹き飛ばした。
「エアリス、こっちだ」
ランクスが振り返り、絶句する。
「あ……あの、これには深いわけが……」
◇ ◇ ◇
天井には繊細なガラス細工のシャンデリア、床には赤い絨毯が敷き詰められていた。花嫁の居室として宛がわれた部屋で、ルリアはひとり時間を持て余していた。猫足の白い鏡台に自分の顔を映してみると、それは随分くたびれて見えた。
「まあ要するに、体のいい人質というわけか」
ルリアは呟いた。
この政治的に極めて重要な場面で、自分たちがしてしまったことへの後悔の念が募るが、
ただひとつ、エアリスを命の危険にさらさずにすんだことは、ルリアにとってせめてもの救いだった。
ルリアは安楽椅子に腰を下ろし、目を閉じると、いつの間にか眠ってしまっていた。
ランクスが反乱組織の討伐から戻ったのは、夜もだいぶ更けてからのことだった。
「すまない。遅くなった」
椅子の上で眠るルリアに、ランクスは微笑を誘われた。
「こういう形ではなく、君を妻としたかったのだがな」
そう呟くと、ランクスはルリアを抱き上げ、寝台に寝かせた。
月の光の加減か、少し青白く見えるルリアの顔が頼りなく、愛しかった。
翌朝ルリアが目覚めたのは、日もだいぶ高くなってからだった。
ルリアが用意されたドレスに着替えると、間もなくランクスが部屋を訪れた。
「良く似合っていますよ、姫、今朝薔薇園で摘んできた薔薇で、髪飾りを作らせました」
ランクスは薔薇の髪飾りを、器用にルリアの髪に結わえた。
ルリアはなんだか泣きそうになった。
「こんなもの、偽りだ」
はき捨てるようにそういうと、ランクスは小さくため息を吐いた。
「食事を一緒にとろう」
ランクスは、部屋に食事を運ばせた。
「ほら、とにかく食べて」
そういってランクスは、スクランブルエッグを、焼き立てのロールパンに挟んでルリアに手渡すが、ルリアはそれに手を付けようともしない。
「そんなことよりオリビエは一体どうなるんだ? サリエリはオリビエを攻めるのか?」
ルリアの張り詰めた瞳に涙が盛り上がった。
ランクスは、ルリアの問いに答えなかった。
◇ ◇ ◇
オリビエ王宮の謁見の間では、エアリスが泣いて父王に詫びていた。
「もう泣かずともよい。これがあの娘の運命なのだから」
王の穏やかな双眸が、優しくエアリスを見つめた。
「あの娘は運が強い、必ず天が見方してくれよう」
なんとか王はエアリスを慰めようとするが、エアリスは無言のままに、泣き伏している。
そのとき、王の立てた斥候がずぶ濡れのままで通された。
「申し上げます! ただ今サリエリが、我が国に向けて進軍を開始いたしました」
「ちぃ、思ったより動きが早いな」
トーマの端正な顔に苦渋の色が広がる。
「トーマよ、白虎の復活についてはどこまで進んでおる?」
「現在のところ、魔法陣の出現までは成功したのですが、『白虎に選ばれし者』つまり宝剣の封印を解くことのできる者がおりません。虱潰しにわが国の勇士を集め、調査中です」
「トーマ、とにかく急いでくれ」
王の表情にも、焦燥の色が濃く滲んでいる。
◇ ◇ ◇
飛空艇のエンジン音が低く唸り声を上げ、戦いを前にした兵士たちの高ぶった声があちこちから聞こえる。
先ほどから降り出した細い雨が、飛空艇の甲板の上に佇む、シルビスの白銀の髪をしっとりと濡らしていった。頬に張り付く長い髪を払うこともせず、シルビスはただ、闇を見つめていた
オリビエへの進軍は、サリエリ国王オーリス直々の命令であった。
背くことは、即ちランクスの死を意味する。
それでもランクスは最後までオリビエ攻めに難色を示し、抵抗し続けた。
サリエリの第一王子ランクスは今、シルビスによって城の地下牢に監禁されていた。
「王子、お許しください。この責めと業は後ほど私がいかようにも負います」
シルビスは双眸に深い悲しみをたたえ、天を仰いで呟いた。
◇ ◇ ◇
先ほどから降り出した雨が、少し強くなっている。窓の外を眺め、ルリアは物思いに耽っていた。
乱暴にドアを叩く音に、はっと我に返ると
部屋の前に佇むランクスの風貌にルリアはぎょっとした。
不快な酒の臭いが鼻に衝く。
ランクスの赤く充血した瞳には空虚な絶望が宿り、唇の端は切れて、赤く腫れていた。
「ランクス、お前っ……」
「サリエリがオリビエに進軍を開始した」
ランクスが吐き捨てるようにそう言った。
ルリアは顔色を失い、小さく震えた。
「そ…んな…」
刹那ランクスは、ルリアの唇を強引に奪った。ねっとりとした感覚とともに鉄の味が口に広がる。ルリアはランクスから逃れようと必死にもがいた。闇雲に振り回した手がランクスの頬を引っかき、鮮血が滴る。
しかし、ルリアの華奢な手首はすぐに掴まれ、ベッドの上に組み敷かれてしまった。
「や……めて」
西の空が砲撃によって緋色に染まっているのを、ルリアはただぼんやりとベッドに組み敷かれながら、見つめていた。
自国が燃えている。
愛してやまない母国オリビエが、サリエリによって焼かれている。人も土地も、ルリアの大切なもの全てが、奪われていくのだ。
これは葬送の送り火。
大好きな人たちの面影がルリアの頭をかすめては消えていく。
そして自分の貞操も、誇りもまた、サリエリの王子であるランクスによって、全てを奪われ、果てる。
行為の余韻の後で、ランクスがそっとルリアに触れようとすると、ルリアは反射的にその手を払いのけた。
ランクスは自嘲する。
「人を慈しむときの目は青いというが、君の目は赤い」
「赤い目は、人を憎むときの目だ。私はお前を憎む。憎んで、憎んで……」
ルリアの瞳に涙が溢れ、声にならない激情が込み上げた。
憎くて、憎くて、しかし愛おしくてならない。
互いに相反する激しい感情がルリアの心を引き裂いた。
「ルリア、俺を憎め。そして慈しみを憎しみに変えて、泥水を啜ってでも必ず生き延びろ」
ランクスは自分の着ていた上着をルリアに放って、部屋を後にした。
ルリアは呆然とその場に立ち尽くし、衝動的に机の引き出しからナイフを取り出すと、自身の金の髪に刃を当てた。
鈍い音とともに豊かな金の髪が、床に滑り落ちてあたりに散乱した。
それはルリアにとって、儀式であったのかもしれない。
「今日、私は死んだのだ……」
そう呟くと、少しだけ楽になったような気がした。
ルリアはその日のうちにランクスの城を出て、一昼夜森を彷徨った。
雨に打たれ、水を吸った外套がひどく重い。
サンダルを履いただけの素足には、無数の切り傷ができ、血が滲んでいた。目が霞み、足が絡んで倒れると、もう自力で立ち上がることはできなかった。
◇ ◇ ◇
トーマは自身の指揮する精鋭部隊を率いて、白虎の祠に来ていた。
サリエリの進軍が、もうそこまで迫っている。しかし、『白虎に選ばれし者』は未だ見つかってはいない。トーマの焦りと苛立ちは頂点に達していた。
「隊長! 女が行き倒れております」
部下の報告を受け、トーマがそちらに視線を向けた。
「この近くに確か教会があったはずだ。そこでなんとか助けてもらえないだろうか」
トーマは女に駆け寄り、助け起こすと、深く被っていた女の外套のフードから、不揃いな金の髪が覗き、蒼白な少女の顔が垣間見えた。
トーマは言葉を失った。
湯の沸く音と、おいしそうなスープの匂いにルリアは目を覚ました。
若い修道女が、にっこりとルリアに微笑みかける。
「ここは?」
ルリアはぼんやりとした視線を修道女に向けた。
「ここはオリビエの国境沿いにある教会です。あなたは、この先の森で倒れていたのですよ」
不意に下腹部に鈍い痛みを感じて、ランクスに辱めをうけた記憶が頭を過った。
「私……」
ルリアの頬に涙が伝うと、修道女が優しくその背を擦ってくれた。
ひとしきりルリアが落ち着いたところで、
「ここは安全です。しっかり食べて早く元気になってください」
そういって修道女はルリアに食事を差し出した。
「あいつの様子はどうだ?」
部屋から出てきた修道女に、トーマが心配そうに駆け寄った。
「外傷はほとんど見当たらず、食欲もありますから心配ありません。ですが、内面は…
服を替えたときに、彼女の身体に数箇所痣がありました。下腹部からは出血がありましたし、おそらく性交の跡ではないでしょうか」
トーマの拳が怒りに震える。
「あいつら、絶対に赦さねえ」
その時、外で待たせていた部下が、慌しく玄関の扉を叩いた。
「トーマ様、王宮からの使者です。西ゲートがサリエリ軍に突破されました! すぐに王宮に戻り、戦闘の指揮をとるようにとのことです」
「ちぃっ、こんな時に。シスターすまないが、こいつを頼む」
「神のご加護がありますように」
修道女は十字をきり、走り去るトーマの背中を見送った。
◇ ◇ ◇
王宮では、将軍マサムネを中心に重臣たちが険しい顔つきで会議に連り、ハヤトもその脇に控えていた。話の内容はあまり芳しくはない。
不意にマサムネが立ち上がり、ハヤトのほうに歩み寄った。
「『朱雀』の封印が解かれ、サリエリはこの戦いにすでにそれを投入してきた。我らはこの王宮とともに命を捨てる覚悟だが、ハヤト、お前はエアリス様を王宮からお連れしろ」
その言葉にエアリスの顔が驚愕に引きつった。
「嫌です。わたくしは絶対にここを離れません。お父様! お母様!」
エアリスの悲痛な声が部屋に響き渡った。
「姫、失礼」
マサムネがエアリスの鳩尾に一撃を食らわせると、崩れ落ちるエアリスの身体を、ハヤトに託した。
「ハヤト、エアリス様を頼む。それから……うちのバカ娘のことも」
マサムネはそういってハヤトに背を向けた。
意識を失ったエアリスの頬に、一筋の涙が伝った。
王宮に帰りついたトーマを待っていたのは、部下マリア・クラビスのお小言だった。
燃えるような赤い髪が肩に流れ、飴色の魅力的な瞳がトーマを虜にする。その官能的な肢体がトーマの男心を挑発すると、ついついトーマはマリアの小さめのちょんと突き出た唇に、キスをしたい衝動に駆られたが、なんとか理性でそれを抑えこんだ。
「だいたいお前は、このくそ忙しいときに一体どこをほっつき歩いていたのだ。お陰で私はパニックに陥った部下に泣きつかれるは、大臣殿に怒鳴られるわで、えらい迷惑を被ってだなあ……」
トーマは回廊で仁王立ちの部下マリア・クラビスを脇の小部屋に連れ込むと、そっとマリアの唇に人差し指を当てた。
「静かに」
「なんだというのだ」
「トーマ様、どこにおられるのですか~?」
部屋の外をどこか間の抜けた部下の声が通り過ぎていった。
その足音が遠ざかるのを確かめて、トーマはポケットから指輪を取り出して、マリアの左手の薬指にそれをはめた。
「給料三か月分」
そう言ってトーマが、にんまりと笑うと、マリアはぽかんと口を開け、次の瞬間耳まで真っ赤になった。
「それって……」
「結婚しよ」
「お、おおお前、こんな時に何言って……」
「こんなとき、だからだ。つうわけで、必ず生きろ。約束だ」
トーマはマリアに背を向けたままで、ひらひらと手を振った。
マリアは赤面したままトーマの背中を見つめ続け、薬指にはめられた指輪をそっと抱き締めた。
「さあて、わしも一暴れするとしようかのう」
マサムネが会議の席を立つと、マサムネの弟コジローが、その後を追った。
「兄上!」
「後のことは任せたぞ、コジロー」
「兄上、私もお供いたします」
「ならぬ、コジロー。お前は生きて必ず王家と一族の再興に尽力せよ」
「マサムネ将軍!」
オリビエの重臣たちが男泣きに泣いた。
マサムネは愛機『雷神』のコクピットに乗り込んだ。
「ダテ・マサムネ『雷神』発進する!」
マサムネの愛機『雷神』がオリビエの空へと飛翔する。強烈な重力の感覚に蘇るのは、これまで数多潜り抜けてきた戦闘の記憶と、今は亡き戦友たちの面影だった。
「わしも、すぐにそちらに行くでのう」
それは冴え凍るような冷たい夜だった。
月はなく、星もない。
深闇が無限の空に、ただ広がるばかりだった。
そんなオリビエの空を死の鳥が舞う。真紅にカラーリングされた飛行型の戦闘機の火力は、あまりにも圧倒的で、あっという間に街を焼いていった。
深闇より火の粉を纏い、不死鳥のように現れ出でるその姿をマサムネは美しいとさえ思った。
マサムネは愛機『雷神』を飛行型から人型へと変形させた。
マサムネの愛機『雷神』は漆黒のボディーに、関節部には金のカラーリングが施され、機体の左腕に白虎とマサムネの紋章である菊があしらわれていた。
マサムネは軽く目を閉じ、呼吸を整えると、
かっと目を見開き、一気にアクセルを踏み込んだ。
「禍つ神、朱雀! 行くぞ!」
マサムネは雷神の右手に巨大な槍を握り締め、死の鳥目掛けて突っ込んでゆく。
寸でのところで、朱雀は雷神を交わすと朱雀もまた飛行型から人型へとその形態を変化させ応戦する。腕に仕組まれた巨大な弓を引き絞り、雷神目掛けて光の矢を放った。
雷神も危ういところで、左腕に装備された盾でそれを防ごうとするのだが、爆発を誘導してしまい、盾はもはや使い物にならない。
マサムネは雷神を一気に加速させ朱雀のコクピット目掛けて槍を投げつける。




