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緋の剣  作者: 抹茶小豆
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ランクス・クリフォードは先ほどから、窓の外を眺めていた。

深い闇の中に、無数の星々が冷たい光を放っている。それはさながら、人の墓標のようだとランクスは思った。生命というものを代価に輝くからこそ、そこには心を打つ美しさがある。

 ランクスは革張りのシートに身を預け、しばらくの間、目を閉じた。

『やはり宇宙(そら)は嫌いだ』

ふと自分の中にそんな矛盾した感傷が沸き起こり、ランクスは自嘲した。

船内に無機質なアナウンスが流れ、間もなく目的地に到着することを告げた。やがてそこに地球の姿を見つけると、ランクスの深緑の瞳が懐かしさに潤んだ。


あれは太陽の季節。

噎せ返るような草花の匂い。


陽だまりの中で、向日葵色の髪がゆらゆらと揺れていた。利かぬ気の強そうな少女の口元が、やがて自分の姿を見つけると、咲き初めの花の蕾のように綻んだ。

地獄のような日々の中で、今日まで自分が生きてこられたのは、あの時の思い出があったからかもしれない。

巡る四季の中で、あの時確かに自分は幸せだったのだ。

ランクスの紫にも見える漆黒の髪が、微かに震えた。その頬に一筋の涙が伝うと、耐えきれず『たすけて……』と呟いた。


◇  ◇   ◇


 「ルリア」

 名前を呼ばれて振り返ると、少女の向日葵色の髪が揺れた。背まで伸びた美しい髪を高く一つに結っている。

ルリアは王宮のトレーニングルームの前で、お気に入りの『いちご牛乳』を購入し、満足気に微笑んだ。

「ルリア、また買ってんの? いちご牛乳」

 ルリアに声をかけた少年が、少々うんざりとした様子でルリアを見つめていた。

茶色の髪に、夢見るような鳶色の瞳をした、どこかまだあどけなさを残す顔立ちの少年である。

「悪いか?」

 ルリアが心外そうに、唇を尖らせた。

「別に悪かないけど、ルリアそのうちに糖尿病か、肥満になっちゃうよ?」

からかうように少年が言った。

「断じてならい。運動量は充分に足りているぞ、ハヤト」

 そういうが早いか、ルリアは助走をつけて軽くハヤトの背を飛び越えた。

「あっ、待ってよ。ルリア」

 ハヤトが慌ててその後を追う。

「ふん、待てと言われて、誰が待つものか」

 ルリアは階段の手すりに腰を掛け、勢い良く滑り降りた。

しかしそこに、運悪く人が現れ……。

「どいてぇー!」

 ルリアの悲痛に満ちた金切り声が、むなしく廊下に響き渡った。

 偶然そこに居合わせた王宮の女官たちも小さく悲鳴をあげる。

「ご愁傷様」

 ハヤトは思わず手を合わせ、瞳を閉じた。

 しかしルリアは、直撃を覚悟した瞬間にふわりと身体が宙に浮くのを感じた。

ルリアが恐る恐る目を開けると、眼下にあるのは、漆黒の髪の恐ろしく美しい少年であった。

ルリアは今、その少年に抱きかかえられている。ちょうど小さい子どもが大人にしてもらう、あの『高い高い』の体制なのである。

 ルリアは焦った。焦りながらとりあえず眼下に見下ろす少年に謝った。

「すっ……すまない。私が悪かった」

「廊下では暴れない、わかった?」

 漆黒の髪の少年はルリアをその場に降ろすと、そういってその場を立ち去った。

「腹立つ! 何アレ。ほんと腹立つ」

 ルリアは顔を真っ赤にして、漆黒の髪の少年の背中を睨み付けた。

「ルリア、大丈夫?」

 ハヤトが心配そうにルリアを気遣った。

「ああ、大丈夫だ」

 ルリアは少し複雑な表情で応えた。

 刹那である。ルリアの後頭部を、強烈な拳骨が襲った。

「痛ったあ」

 痛みのあまり、ルリアの眦に涙が滲む。

「ルリア、お前は十六にもなって一体何をやっとるか」

 ルリアは両手で頭を押さえて、その場に蹲った。

「マサムネ……将軍」

 ハヤトは苦笑した。

 マサムネは年の頃なら五十代、いかめしい面構えに、たっぷりとした口髭を蓄え、鬼神のごとき形相で一人娘であるルリアを睨み付けていた。

音に聞こえるこの国の名将軍であり、数多の歴戦を潜り抜けてきた強者である。その功績を称え、またルリアと同じ髪の色から、人々は、マサムネのことを『黄金の獅子』と呼んだ。

「まあまあ、そのへんで」

 鈴を転がしたような、澄んだ美しい声の持ち主を視界に認めると、ハヤトの動作がぎこちなく、そして薄らと頬が赤らんだ。

 そんなハヤトの様子を、ルリアは頭を撫でながら横目でちらりと見やった。

 亜麻色の髪の少女が、ルリアを見つめている。その澄んだ空色の瞳に慈愛を湛え、頬を薔薇色に染めて微笑む様は、まさに天使降臨である。

頑固親父の説教を免れたと、ルリアはほっと息を吐いた。

「恩に着るぞ、エアリス」

 エアリスの執務室に通され、紅茶を啜りながら、ルリアはエアリスに礼を言った。

「あら、礼には及びませんわ。わたくしのル・リ・ア・さ・ま」

 エアリスは頬を染めて、ルリアを背後からそっと抱きしめた。

 ルリアはティーカップを握りしめたまま、固まっている。

 その様子に、とうとうエアリスは我慢できなくなって、ぷっと噴出した。

「冗談ですわ、ルリア様。そのように固まらなくても」

 そして可笑しくて仕方がないという風に、エアリスは笑い続けているのだが、正直ルリアは、その手の冗談にはついつい固まってしまう。

(ほうら、隣でハヤトも引き攣っているではないか)

 ルリアはハヤトを一瞥し、溜息を吐いた。

「でもね、わたくしの初恋は本当にルリア様ですのよ」

 そういってエアリスは、恋する乙女の眼差しでルリアをうっとりと見つめた。

(うっ……)

 ルリアはまた固まってしまう。

 やがてルリアは、アイスノンを頭にのせてエアリスに膝枕をしてもらっているうちに、うとうとと微睡はじめた。

 きつく結っていた髪をおろし、美しい黄金の髪が流れ落ちると、エアリスが優しくその髪を撫でた。

 ルリアの寝顔を、エアリスはこの上もなく幸せそうに眺めている。

 そんなエアリスの様子に、ハヤトは少し胸が苦しくなった。

「あっ、あのっ……」

 何か話さなくてはと、ハヤトは意気込んでみたものの、どうにも後が続かない。

「なんですか? ハヤト様」

 そんなハヤトを見つめて、エアリスが小首を傾げた。

(か……可愛い)

 ハヤトの心拍数が無駄に上昇する。

「あのっ、ですね……エアリス皇女殿下」

 ハヤトの言葉を聞いて、エアリスの表情が曇った。

「ハヤト様、前にも申し上げましたように、プライベートでお会いしているときには、わたくしのことは、『エアリス』とお呼びください」

 言われて、ハヤトの頭が真っ白になった。

「これはっ、申し訳ありません。エアリス皇女殿下」

 エアリスはいたずらっぽく笑った。

「ほらまた。もう、ハヤト様ったら!」

 窓から斜陽が差し込み、優しい日溜りが三人を包んでいた。

 やがてドアをノックする音とともに、マサムネが部屋に入ってきた。

「ルリア、お前はまだそんな恰好をしておったのか。今夜は国王陛下の主催される晩餐会に出席するといっておいたであろうが、さっさと支度をせんか」

 マサムネの怒鳴り声で目を覚ましたルリアは、エアリスの膝の上で思いっきり顔を顰めた。マサムネが部屋を立ち去るのを見届けて、ひょいと身体を起こす。

 確かにルリアの出立ちは、オリビエの名家の姫らしからぬ、凛々しい軍服姿であった。

「晩餐会ねえ。堅苦しいのは苦手だ。私は御免こうむる」

 そういってルリアは慣れた仕草で、エアリスの執務室の窓から外へ出た。

「あっ、ルリア様っ……もう!」

 今日こそはルリアに、ドレスを着せてやろうと意気込んでいたエアリスは、頬を可愛らしく膨らませた。


◇  ◇  ◇


オリビエの第一王妃であるリア王妃が、将軍家の出身であり、マサムネの妹であることから、ルリアとその従弟であるハヤトは生まれたときから、皇女エアリスの学友と定められ、王宮で過ごすことが多かった。

勝手知ったる何とやらで、ルリアは無遠慮に王妃の中庭を横切り、そのはずれにある東屋にやってきた。ここがルリアにとって、王宮で一番のお気に入りの場所だった。

優しいリア王妃と、エアリスやハヤトと一緒に遊んだ大切な思い出の場所。

しかしそこには、先客がいた。

 長椅子に身を横たえ、静かな寝息を立てているのは、先ほどの漆黒の髪の少年だった。

その姿に、ルリアの鼓動がトクンとひとつ高鳴った。美しい深緑の瞳が閉じられ、長い睫がその双眸を濃く縁取っている。

(コイツ、さっき階段でぶつかりそうになった奴だ)

 面白くない、とルリアは思った。階段で抱き上げられたことも、自分の思い出の場所に勝手に踏み込まれたことも。

(少し脅かしてやれ)

 ルリアは剣の訓練のために、こっそりとこの東屋に隠しておいた竹刀を取り出した。

「えいっ!」

ルリアは竹刀を振りかざし、少年目掛けて突っ込んだ。

竹刀が空を切り、小気味の良い音を立てた。

しかしそれは、少年の頭上ではなく、掌の中であった。

ルリアの金に近い褐色の瞳が、驚きに見開かれる。

「不意打ちとは、いただけない」

思いがけない強引な力で、いとも簡単に竹刀は取り上げられ、ルリアはいきなりその少年に抱きすくめられた。

ルリアの頭が真っ白になる。

「お…おい、お前っ」

「何?」

「い……いや、あの、だから……」

ルリアの両手が忙しなく宙を掻く。しかし そんなルリアを気にすることもなく、少年は

ルリアをぎゅっと抱き締めたままだ。

「もう少しだけ、このままで……いよ」

 それは消え入りそうな声だった。

夕闇に仄かに香る草花の匂いが鼻を掠めた。

「あっ」

泣きながらその背中を最後に見送った日の記憶が、古い映像のコマ送りのようにルリアの頭にフィードバックした。

今度はルリアが少年を抱きしめた。

「ランクス」

「うん、やっと思い出してくれたんだね」

 ランクスが、少し寂しそうに微笑んだ。

「ばかっ! 忘れるわけがないだろう。でっかくなっていたから、ちょっとわからなかっただけで……そっちこそ、全然連絡も寄越さないで、心配したんだぞ」

 感極まったルリアの瞳から、とめどなく涙が流れ落ちた。

 

◇  ◇  ◇


神珠の伝説が残るこのグランバニア大陸には、四つの国が存在する。大陸の北を支配する『北斗』、そして大陸の南、砂漠の要塞都市を有する『シバ』、東の独裁軍事国家『サリエリ』、そして西の宝玉と謳われる『オリビエ』である。

神珠の伝説とはこうだ。

天地創造のはじめ、神は不思議な力を持つ二つの神珠を創った。神は青い神珠を『アダム』、もうひとつの赤い神珠を『エバ』と名付けた。この二つの神珠によって人は生を受け、やがてこの地に増え広がったのだと言い伝えられている。

この二つの神珠がともにあるとき、世界の均衡は保たれ、人々は平和に生きることができた。しかしあるとき、神殿に安置してあった神珠『エバ』が、何者かによって持ち去られてしまったのである。怒った神珠『アダム』は禍霊と化して、人々の心を邪悪に変えた。

 以来、この大陸では血で血を洗う殺戮の歴史が繰り返されている。

 西の宝玉と称されるオリビエもまた、例外ではなかった。エメラルドの海を臨む温暖な気候の豊かな大地の実りと、この国が有する豊富な地下資源を巡って、他国からの幾多の侵略の危機にさらされ続けてきたのである。

 否が応にも戦火に巻き込まれ、国は疲弊した。しかし聖女オルフィリアによって、オリビエは赤き神珠『エバ』の加護をうけることができた。『エバ』の加護を受けたオリビエの人々には、不思議な力が与えられた。

『魔動力』と呼ばれるこの力は、オリビエのコロセウムという遺跡に祀られていた古代人が開発したとされる人型起動兵器『魔神』と呼応した。

 兵力において、そして軍事力においても、圧倒的に不利な戦況化であったにもかかわらず、オリビエは、この『魔神』によって自国に勝利をもたらすことができたのである。

今から十年前、ようやくグランバニア大陸の四つの国は、停戦条約を結ぶことができた。

その証にと、大陸の東に位置するサリエリ国の第一王子であるランクスは、人質としてオリビエの王宮に入った。

ランクスは、エアリスやルリア、ハヤトと共に三年の月日を過ごした後、オリビエとサリエリの間で交わされた、ある条件のゆえに、自国へ帰還することを許されたのである。


◇  ◇  ◇


 広間では国王が主催する晩餐の宴が、優雅に執り行われていた。楽隊の奏でる音楽に乗せて、国の要人たちが軽やかにワルツを踏む。

 その傍らで、淡いピンクのイブニングドレスに身を包んだエアリスが、ランクスに握手を求めた。

「お久しぶりね、ランクス・クリフォード卿お元気だった?」

 にこやかに微笑むエアリスを前に、ランクスは少し複雑な表情を浮かべて、恭しくその手を取った。

「お久しぶりです。エアリス皇女殿下」

 二人が握手を交わすのを、ハヤトは少し離れたところで、寂しそうに見ていた。

 音楽が止み、拍手とともに国王が壇上に登ると、広間を静寂が包んだ。

「本日は、我が名のもとに、この晩餐にお集まりいただいたことを感謝する。十年前のこの日に、大陸の四つの国が和平の条約を結び、長きにわたる争いの歴史に終止符が打たれた。 そして今宵、皆に喜ばしい報告がある。我らの朋友となったサリエリ国、その第一王子であるランクス・クリフォード卿とわが娘、エアリス・シャル・オリビエとの婚約が正式に決定した」

 広間に祝福のどよめきが起こる中で、ハヤトは手に持っていたシャンパングラスを床に落としてしまった。

オリビエという一国家の正当後継者であるエアリスと、一貴族でしかない自分。それは決して許される恋ではないことを、ハヤトは自分なりに理解しているつもりであった。

しかし目の前に今、一国の王子としてランクスがいる。ハヤトは胸にひりつくような痛みを覚えた。


◇  ◇  ◇


帰宅後、シャワーを浴びて着替えを済ませたルリアは、ハヤトの待つ客間へと向かった。

ぼんやりと窓の景色を眺めるハヤトの前に、ルリアはホットミルクを差し出した。

「ほら、飲めよ」

ジーンズに赤いジャンパー姿の彼女は、ちっとも名家のお姫様らしくなかったが、そんな彼女の素朴さを、ハヤトは愛しいと思った。

恋愛感情とは程遠いものであったが、家族よりも、もしかするとルリアとのほうが、心の距離は近いのかもしれない、とハヤトは思う。ルリアといると何も語らなくても理解しあえる、魂の片割れのような感覚に陥ることがある。

ハヤトはルリアがいれてくれたホットミルクを一口啜った。

刹那、ふわりとルリアの腕が降りてきて、ハヤトを優しく抱きしめた。

「お前、泣きそうな顔してる」

「泣きたいんだ」

ハヤトはルリアの肩口に額を押し当てた。

「泣いても、いいぞ」

 ルリアがそういって、ハヤトを見つめると、

「やっぱり、泣かない」

 ハヤトはそういって微笑んだ。

「意地っ張り」

ルリアはハヤトの背を、まるで小さい子供をあやすように、ぽんぽんと優しく叩いた。

「エアリスのことか?」

「うん」

ルリアはハヤトが幼い頃から、エアリスに思いを寄せていることを知っていた。それゆえにいつかこんな日がくるかもしれないと、ぼんやりと考えたことはあった。しかし、心のどこかでそれはもっと先のことだと、遠い未来のことだと決めつけて、思考を避けてきたように思う。

自分は大人になるのが恐かったのかもしれない、とルリアは思った。大人という分岐点に立った時、自分たちは、その意思とは無関係に、それぞれに決して交わることのない、別離の道を行かなければならない。

それはひどく不安で、恐ろしいことのように思えた。

ルリアの脳裏に先ほど、ランクスに抱きしめられた感覚が鮮やかに蘇った。

『もう少しだけ、このままで……いよ』

 ランクスが囁いた言葉を、ルリアが小さく呟いた。


◇  ◇  ◇


その夜、ルリアはなかなか眠ることができなかった。

月が青い。

それはなぜか心に染み入る光景だった。

夜風が頬を撫で、ルリアの髪とシルクのネグリジェ揺らすと、ルリアは深く瞳を閉じて、追憶の闇へと沈んでいった。


その日、エアリスは王妃の離宮の中庭で、めずらしく泣いていた。

ルリアが慰めても、ハヤトが慰めても決して泣き止もうとはせず、そしてとうとう悲しくなって三人で泣き出してしまったのだ。そしたら、大好きなリア王妃がルリアたち三人にキスをしてくれた。

そして王妃はエアリスを抱き締めた。

「エアリス、泣いてはなりません」

静かだが、それは強い意志を宿した声だった。

「はい、母上。エアリスはもう泣きません」

一生懸命に泣きべそを堪えようとするエアリスが愛おしかった。

ルリアは、王妃は魔法使いのようだと思った。

そしてそこに侍女に手をひかれて、黒髪の少年がやって来たのを覚えている。

その少年には悲しいくらいに表情というものがなかった。空虚な瞳が物憂げに、ただぼんやりと空を映していた。

しかしルリアは、彼の深緑の瞳を美しいと思った。彼が心から笑えばいいのにと思った。

だからルリアは王妃の魔法を真似てみた。

芝生に寝転んだ少年の上に馬乗りになり、いなり唇を重ねた。

王妃の魔法キスは長ければ長いほど効果があると信じていたルリアは、五分間くらいずっとその唇を重ね続けた。

やがて少年は白目をむくことになる。

「ルリア、それは魔法じゃなくって、りょーじょく(陵辱)っていうはんざいこうい(犯罪行為)のひとつだよ」

六歳のハヤトが冷静にルリアに状況を説明した。


ルリアは、当時を思い出し、ぽりぽりと頭を掻いた。今思えば自分は初対面の人に、とんでもないことをしでかしてしまったと、ついつい赤面してしまうが、それを機に(?)少年ランクスは幼い瞳に深い悲しみを宿しながらも、少しずつルリアや、ハヤト、エアリスにも心を開いていった。

(あの頃、確かに私たちは輝くように幸せだった)

『あの頃』を思い出すと、自然と笑みがこぼれる。だからルリアは落ち込んだ時や、悲しいときには、いつも『あの頃』を思い出した。

 しかし今、ルリアの笑みは、冴え凍る青い月の光にかき消されてしまいそうだった。

夜風に体温を奪われ、ルリアはネグリジェの上に羽織ったショールの襟を強張った手でぎゅっと握った。

眠れぬままに東の空が白みはじめ、やがて辺りが暁に染まると、ルリアは自嘲した。

「しっかりしろ、私……」


◇  ◇  ◇


「青い月……か」

ランクスはふと、その光景に見入っていた。あたりには耳を劈くような銃声と爆発音が響き渡り、硝煙の匂いが鼻を衝く。

まるで夜空に浮かぶ花火のような光景だと、ランクスは思った。その花火の下で、一体何人の人間が命を落とすのだろうか。

「王子、お急ぎください」

その傍らに、男が一人佇んでいた。

冷たい銀色の瞳と、同じ色の髪が、砂漠の乾いた風に吹かれている。その額には大魔法使いの証であるサリエリの守護『青龍』の紋章が刻まれた額当をつけていた。

 男が何事かを呟くと、その体が青白く輝きはじめた。

そして低い地鳴りのような音を立てて、地面に巨大な魔法陣が出現した。

ランクスはその魔法陣の中心に立ち、腰に薙いだ青龍の宝刀を抜いた。

「出でよ、青龍」

そういって宝刀を地に突き立てると、魔法陣が眩いまでに光を放ち、その場所から巨大な人型機動兵器が出現した。


◇  ◇  ◇


「だ~か~ら~、王宮から招集があったって、ちゃんと連絡を入れただろ?」

軍服姿凛々しく、ルリアはハヤトのベッドの前に佇んだ。

その声にベッドの中で、不貞寝を決め込んでいたハヤトは飛び起きた。

「そうでした! うっわ、やべー」

シャワールームにダッシュするハヤトを横目に、ルリアは小さくため息を吐いた。

「ったく」

執事に客間へと通され、ルリアは今朝渡されたばかりの会議の資料に目を通す。

「『シバ』陥落って、まさか!」

ルリアは目をみはる。

ランクスの母国『サリエリ』は今、この大陸の南に位置する砂漠の大国『シバ』と開戦状態にある。『シバ』は南の砂漠に軍事要塞を有し、おそらくこの大陸で最強を誇る軍事力保持していた。そのシバに、サリエリが進軍を開始したのが、わすか三日前で、すでにその『シバ』が陥落したのだという。

ルリアはその手の震えを堪えることができなかった。

(もしも、その戦力をもってオリビを攻められたら……)

「ルリア、大丈夫? 顔色悪いよ?」

支度を終えたハヤトが部屋に入って来た。

ハヤトはルリアの手にある報告書に目をやると、そっとルリアの肩に手を置いた。

「大丈夫だよ。この国を焼かせはしない。僕たちも僕たちの戦場で今、僕たちにできることを全力でやろう」

ルリアは小さく頷いた。


「おい、コラ! 遅刻だぞ、お前ら」

エアリスの謁見に向かう途中で、ルリアとハヤトを呼び止める男がいた。

貴族の軍服に身を包み、腰にはサーベルを薙いでいる。ブロンドの髪をオールバックにまとめ、透き通るような美しいアクアブルーの瞳をしている、なかなかの美男である。

しかしその額には、大魔法使いの証であるオリビエの守護『白虎』の紋章が刻まれた額当があった。

「げっ、トーマ先生」

ルリアとハヤトは、同時にその名を呼んだ。

「げっ、とはなんだ、げっとは、失礼な。それよりお前らこの国の状況について、ちゃんと把握しているんだろうな?」

 そういってトーマはそのまま二人を資料室に引っ張り込んだ。

「トーマ先生、『シバ』の陥落は本当なんですか?」

ルリアが切羽詰った声色でトーマに問うと、トーマの表情が強張った。

「ああ、本当だ」

「しかし、大陸一の軍事力を誇る『シバ』を、たった三日でなんて」

ハヤトが信じられないというように、首を振った。

「『サリエリ』まさにその名の通り、死の天使だな。あいつら禁じ手を使やがった」

トーマは机の上に、この大陸の地図を置いて二人に説明した。

「この大陸の守り神として、『四神』が祀られていることは、お前らも知っているな」

「はい、大陸の西に位置するわが国では、古の昔より守護として『白虎』が祀られていますよね」

 ハヤトが不審そうに、眉根を寄せて答えた。

「ああ、北に位置する『北斗』には『玄武』が、西に位置する俺たちのオリビエには『白虎』、そして南の『シバ』には『朱雀』と東に位置する『サリエリ』には『青龍』がそれぞれに祀られている。しかしその実は、四神は神なんかじゃない。四神の本当の正体は、殺戮兵器だ」

「まさか!」

ルリアとハヤトは思わず息を呑んだ。

「今回のシバ攻めも、おそらく四神が関わっている。もしそうだとしたら、サリエリの『青龍』とともに、シバの『朱雀』はすでにサリエリの手に渡っている可能性がある」

「ばかな! ならばサリエリは一体何を企んでいるというのだ」

ルリアの握り締めた拳が震えている。

「青き血脈の王族による、世界の統治。まあ有体にいえば世界征服だな」

そう話ながらも、先ほどからトーマは背後にある巨大な本棚で、必死に古文書を調べていた。

「予言の成就、ですか?」

 ハヤトは前に文献に載っていた予言のことを思い出した。

 聖女オルフィリアに託された予言は二つある。

 一つは世の終わりを示す『滅びの黙示録』、そしてもう一つは、その滅びを覆すとされる『光の書』だ。


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