Lost3.0 邂逅の日
[2/3 5:10] 封霊の森
その日も俺は朝早くから一人レベル上げのためにこの森へ足を踏み入れていた。静寂の平原を抜けた先にあるこの封霊の森は平原とはまた別のかなり特殊な場所で普通のプレイヤーは好き好んで踏み入れることのない場所だった。だからこそ俺が狩り場としてこの場所を選んでいるわけだが・・・
あの日を境に俺は人との交流を限界ギリギリまで断ちきった。ソロ狩り以前に人と会わないために狩り場へ行くのは人気の少ない早朝、帰るときは街が寝静まり帰る深夜。アイテムはNPCから補充し、武器や防具の補強は一切行っていない。
ゲーム内で他のプレイヤーたちの情報交換の場である掲示板によって知ったのだが、どうやらスペルガンナー専門の生産職のプレイヤーが現れて比率の少ないスペルガンナー達の活動を支援しているらしい・・・だけど、俺はそのプレイヤーのもとに行くことは無かった。どんなに装備に困っていても人と顔を合わせてまで手にするという勇気が出なかったのだ。
こうして貧弱な装備を引っ提げたままの俺は・・・それでも強くなることだけには未だ執着し、黙々とレベル上げを続けている。
この封霊の森は下はLv1クラスの敵、上はLv100はあるんじゃないかというボスクラスの敵までランダムで配置されている。それゆえにどのレベル帯でこの森に入っても経験値を稼ぐことができる反面、強敵と遭遇し、一方的にやられる危険性をはらんでいる。そしてプレイヤーたちはそのリスクとリターンを天秤にかけた結果、その重すぎるリスクを前にこの森に踏みいる事を避けているのだ。だが、それ故に今の自分にとってこれほどうってつけの狩り場は無いのだ。
人が全くおらず、人のいる狩り場まで行く必要のない・・・まさに今の俺のためにあるような狩り場だ。だけど、俺にとってリターンが大きいとはいえリスクは他のプレイヤーたちと等しく存在する。故に毎日のレベル上げがサバイバルとなっている。
[2/3 13:06]
今日も朝から初めてようやく長い休憩を取ることにした。この森に入ってからは一戦一戦が一切の隙を許さない命がけの戦いだけに伸び悩んでいた戦闘技術が自分の満足行くレベルで上がっていった。ひと月前はリロード一つろくにできずに四苦八苦していたが、今ではそれもスムーズに行えるようになり攻撃の幅を持てるようになった。そうして僅か一月ちょっとの間でLv49まで到達した。ソロ狩りでありながらこの短期間にこれだけ挙げられたのは快挙だった・・・しかし、掲示板の情報によると現在攻略組上位陣のレベルはすでに80台に到達したらしい・・・30以上も差がついたと考えると手放しでは喜べなかった。
「もっと・・・もっと強く・・・っ」
その言葉を祈りの如く、暗示の如く、呪いの如く自分に言い聞かせる。そうして午後の狩りを始めるために回復アイテムの残量を確認していたとき・・・とんでもないものが目の前に出現してしまう。
「Grrrrr・・・」
「なっ・・・あっ・・・ディノレックス・・・!」
目の前にPOPしたのは『ディノレックス』はこの森のリスクの権化にして、おそらくこの森で最も強いボスクラスの敵だ。全長10メートルはあろうかという巨体はまさに恐竜そのもの・・・その能力はその迫力を裏切らない。だが、こいつを最も危険視する理由はそこにはなく別の二つの要因がある。
一つはある範囲を自由に移動する敵――徘徊属性の敵であること・・・基本的にボスクラスの敵ならば特定の場所に固定配置されており、そこに近づきさえしなければ戦闘は避けられるのだが・・・ディノレックスは徘徊属性持ちのため封霊の森内ならばどこでも遭遇し戦闘になる危険性をはらんでいる。
そして二つ目がこの突然のPOPだ。ランダム周期でただ歩きまわっているだけのディノレックスが突如全く別の場所にワープを始めるのだ。この徘徊属性とランダムワープの所為でディノレックスの行動は読み辛く、常に危険が付きまとう。それでも、この巨体が移動するためある程度は位置を把握し、戦闘を回避するように移動することは難しくない・・・だが、ワープされるとどうしようもなく・・・今回は目の前にPOPするという・・・
「くっ!!」
思考が再稼働したのはディノレックスがPOPしてから数秒後の事だった。たった数秒、されど数秒・・・圧倒的な力を有するディノレックスを前にすれば一瞬一秒すらおしいのだ。慌てて逃げだす俺を遅まきながらディノレックスが気付き、すさまじい咆哮を轟かせながらこちらの猛ダッシュしてくる。ディノレックスは一度対象を認識すると、迷わず突っ込んで蹂躙を始める。半月ほど前初めて遭遇した時はそのあまりの迫力の前になす術もなく死を迎え入れるしかなく、その後も何度か出会っては蹂躙されて行った。今回も大したこともできずに蹂躙されるだろう・・・
だけど、ただやられるつもりは毛頭ない!こうして必死に逃げ回ることによって例え遭遇しても逃げ切れる手段を模索することによってリスクを可能な限り減らしたい。そこで今回はただ逃げるだけでなく、反撃を試みることにした。
「当たってくれ・・・『ウィンドバレット』!」
攻撃を確実に当てるならばディノレックスと対峙してまっすぐ銃をつきつけるべきだが、そんな行為は愚行以外の何物でもない。故に今できるのは背中越しにハンドガンの銃口をディノレックスがいるであろう方向に向けてスキルを使うしかない。宣言によって銃口から小さな魔法陣が現れると緑色の細い閃光が一本撃ち出される。撃ち出された閃光は背後で木々を貫きながら何か大きなものに当たる音がした。しかし、ちらりと後ろを見るとディノレックスは平然と未だにこちらに向かって突進を続けている。
今使ったバレット系の銃撃魔法の中で最もコストパフォーマンスに優れたスキルだが、攻撃力は銃撃魔法の中では最弱。もともとダメージを期待していたわけではなく、ディノレックスがこちらの攻撃に対して何かしら回避行動を取るかの確認のために使っただけにすぎない。そして次の一撃が本命の一撃・・・
「『ブリーズカノン』・・・これならどうだ!」
先ほどよりふた回りほど大きな魔法陣が銃口から展開するとまるで大砲の弾ほどの緑色の閃光がディノレックス向けて撃ち出される。今度は激しい衝撃を伴った轟音が響く・・・確かな手ごたえを感じて背後のディノレックスの様子を確認する。
「Grororo!!」
「くそっ!くそっ!くそっ!!」
当然ではあった・・・そうやすやすと行かない事は解っていた・・・今の一撃はディノレックスに多少なりともダメージを与えただろうが、逆に奴を怒らせる結果となってしまった。怒り狂うディノレックスのスピードは加速しより一層迫ってくる。もはや奴に喰われるのは時間の問題となってしまった・・・
「くそっ!くそっ!くそ・・・?」
悪態を吐きながらも必死に逃げる俺の視界に『何か』が飛び込んできた。その『何か』がなんであるかはまだ分からない・・・だが、抵抗の手段を見失った今の俺は藁にもすがる思いだった。慣性の法則をあらん限りの力で無視して進路を右に90°変更する。この進路変更が功を奏し、飛び込んできたディノレックスの巨体からかろうじて逃げることができた。だがそんな小さな奇跡に喜ぶ暇もなく、今はただ微かに見えた『何か』を目指して走る・・・そして見えた『何か』・・・
それは洞窟の入り口だった。
「こんなところにダンジョン!?あーもう!考えてる余裕とか!!」
深い森の奥にポツンと鎮座する洞窟の入り口。本来ならば慎重に調べるべきものだが今はそんな余裕なんて、どこにも・・・ない!一心不乱に走り抜き、洞窟に飛び込んでゆく。この行動によってディノレックスは俺という対象を失い、未練も何もなく森を徘徊し始めた。
「ぐへ・・・はっ・・・ぶふ・・・」
受け身も何も考えずにがむしゃらに飛び込んだせいで変なところをぶつけ息をつまらせる。だが、経緯はどうあれなんとかディノレックスの脅威からは脱する事ができた。そして・・
「どこだ・・・ここ?」
不幸と偶然によって俺はそこに辿り着いた。誰も知らない未踏のダンジョン・・・
――喪失の回廊との邂逅の瞬間だった――
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