【愚連隊〔弐〕】
「ここは自警団の詰所でもあるんだけどね、元は宿場だから開いてる部屋を貸すよ」
酒場の通りを抜けて、数人の見張りが立っている櫓を越えたところにある三階建ての館が自警団の本拠地らしい。ものものしい雰囲気を想像していたハナは、館の一階にある講堂に入って目をぱちくりさせた。若い男女はもちろん、子供や老人が思い思いに座って談笑している様は、とても自警団の詰所とは思えぬほどにのんびりしている。
内心を読み取ったかのように、マサキは苦笑して付け加えた。
「なんだかねえ、危ないからと追い払っても集まってきちまうんでね。今じゃこの有り様さ。子供と爺婆が入り浸るんじゃ、見張りを立てざるを得ないだろ?」
講堂にいた人々は、入ってきた一行に目を丸くする。子供達は始めて見る異国人に興味津々の様子だった。
「ねえ、どこからきたの?」
小さな男の子が、ハナの大衣をちょいと引っ張って訊ねる。
「こんばんは。水華蓮国からだよ。海のむこうの」
「あ、こんばんは! 海のむこう?」
「うん」
にこりと笑ったハナに安心したのか、傍で見ていた子供までがわらわらと寄って来る。
「すいかれんって、どこにあるの?」
「どんな船できたの?」
「海って大きかった?」
「海で怪獣みた?」
などなど、一斉に放たれた質問に応えるまえに、マサキが割って入った。
「こらこら、お前たち。このひとたちは疲れてるんだよ。早く休ませてあげなくちゃ! それに、子供はもう家へ帰る時間だよ! トール、こいつら送ってやっとくれ」
「ほいよ。ほれ、チビども、帰るぞ!」
講堂の壁際に立って、笑って見ていた青年が、マサキの指示を受けて子供達を集めはじめる。口々に残念そうな声をあげながら、それでも素直に従った。
ハナは、振り返り振り返りして出て行く子らに、ひらひらと手を振って見送った。
「すまないね。じゃ、部屋に案内するよ」
それぞれの部屋を割り振られた後、ハナたちは講堂に降りて夕食をとった。
そのテーブルの端を陣取ったマサキが簡単に説明してくれた。
この街も数年前まではのんびりとした街だったらしい。だが、都から逃げてきた盗賊の一味がここを根城にして街の入り口に居座ったため、住人たちは北に追いやられ、したがために生活物資を運んでいた商人の足も途絶えてしまった。周りは草原が広がるのみで、街道を北に進んでも海に向かうだけである。そこまで行けば、魚介類は手に入るが、主食になる穀物や野菜や果物といったものはない。そしてできたのが自警団である。
「かといって、私らも実はこの街の人間じゃないんだけどね。身分的には、あいつらと同じ盗賊あがりさ。ただ腕っぷしには自身があるからね。あいつらと張り合ってるだけさ」
そう笑ったマサキは、杯をぐいと飲み干す。聞いていた老人が、横から割って入った。
「なんのなんの。盗賊といってもピンきりさ! この姐さんのように義賊もいるってことさね!」
老人に同意する声があちこちであがる。
なるほど、街にもいろいろあるものだと、ハナは感心して眺めていた。
(ここなら、馬車を預かってくれるかも……それまで使ってもらえればいいんだし……)
「あのう、マサキさん。不躾なんですけど、もし馬舎に余裕があるんでしたら、あの馬車と馬をしばらく預かっていただけませんか? 勿論、世話のためのお金は置いていきますし、受け取りにくるまで使ってもらって構いませんので」
「そりゃ構わないけど……またどうして?」
不思議そうな顔をした女に、行く先が遠方で交通手段を替えることを告げる。ますます不思議そうな顔をした女に、ゴーグルの老人が胸を張って答えた。
「わしが発明した車で行くのじゃよ、美人さん!」
サンダーの話にマサキたちは面白そうに聞き入っている。
それを聞くともなく聞いていると、隣で光麟が呟いた。
「……ひょっとしたら、夜襲があるかもしれないぞ」
ハナは食事の手を止める。
「さっきの連中?」
「すぐ出られる用意をしておいたほうがいいな。車も遠回りしてこの辺りに移動しておかねば」
アイオリア・ガナが同意し、隣に座っていたムラトが頷く。
その頭上から太い声が降ってきた。
「夜も見張りを立てている。動きがあれば知らせが入る」
見上げると大きな男がニカリと笑った。
「十人近い連中をやっつけたんだって? 奴等の先鋒隊は一味の中でも腕を鳴らしてる連中だ。俺らにとっちゃ仕事を減らしてくれたんで助かったけどな!」
大男は、がははと大口をあけて笑うと、傍にいたアイオリア・ガナの背をばしんと叩いた。さすがの長も、熊のような手で不意打ちを食らってむせかえる。
「で? もう一方の連中は? こっちの親父さんがやったのかい?」
男はムラトに訊いた。だが結界守の熊男は首を振って目の前の青年を指した。
「……ウソだろ、おい……?」
大男は目を剥き、美貌の青年をまじまじと見つめる。光麟のほうは男を一瞥したきり、淡々と酒を飲んでいた。本人が無言を決め込んでいるので、隣にいたハナは曖昧に笑って、軽く頷いてみせる。……こればかりは、自分の目で見なければ、どうしたって信じられまい。
「どうやって、とは訊かんでくれよ? わしもどうなったのか、見ててもわからなかったからな」
ムラトはそう言ってにやりと笑ってみせた。
彼らの心配は半分当り、半分外れた。――というのも、襲撃があったのは明け方、出発直前だったからである。
宿代はいいと言って笑うマサキに、せめてもと、食事分と馬の餌代を手渡したとき、けたたましく鐘が打ち鳴らされ、見張りに立っていた青年が片頬を腫らして駆け込んできたのだ。
「襲撃だ!」
マサキたちはさっと立ち上がる。
「住民達を避難させて! 動ける者はついといで! 昨日掴まえた連中から目を離すんじゃないよ!」
勇ましく声を張り上げた女は、ハナたちに向き直り笑った。
「起きててくれてよかったよ。今のうちに出発しな。車をとりに行った爺さんたちとも途中で会えるだろ。馬は預かっとくから、安心しなよ。いい旅をね!」
そう言って駆け出していくマサキを、半ば呆然と見送ったハナは、困ったようにアイオリア・ガナを振り返った。
今回の襲撃は、自警団が目当てではないはずだ。
長は微笑を浮かべ、ちら、と光麟に目をやる。青年は肩をすくめた。
「原因はあいつらでも、発端は俺と長だからな。仕方あるまい」
「今日はちゃんと加勢するからさ! 後ろはまかせて!」
にっこり笑ったハナに、光麟は気難しげな顔を向けると、額を指ではじいた。
「いたっ!」
「お前は大人しくしとけ」
踵を返してさっさと外へ出て行く青年を追って、ハナたちも外へ飛び出した。
「マサキ、今日はお前らに用があるんじゃねえ。昨日、俺たちの仲間をやった連中を出せ」
「あいにくだね。もう出発しちまったよ」
櫓を挟んで数十人が睨み合っている。
酒場側に陣取っているのは、サメのような顔をした男を中心に、どれも似たり寄ったりの悪党面が三十ほど。一方、自警団のほうは住民達の避難などに手を割いているため、相手の賊の半分ほどしかいない。
どう見ても形勢は不利だった。
「ほう、そんならそうでいいやな。今日こそは決着つけてやろうじゃねえか。え? 俺たちが勝った暁にゃ、てめえを思い切り可愛がってやるからよ!」
サメ男のひひひ、という笑いに、周りの連中も下卑た笑いを洩らす。
マサキはふん、と鼻を鳴らして、腰に手を据えた。
「嫌なこった。サメに食われるくらいなら自決するね!」
「何言ってやがる! てめえの亭主は熊じゃねえか」
「あたしはサメより熊のが好きさ」
――そんな人だかりの後ろから見ていたハナたちは、
「なんだか、緊張感のないやりとりだな」
「うーん……」
駆けつけては来たものの、前に出るタイミングを計りかねていた。
「ま、とりあえず、出てみようか」
アイオリア・ガナが小さく笑い、その長身にものを言わせて人だかりに割って入った。
「あ、お客人……」
「え?」
「来やがったな、銀髪!」
サメ男がこれ以上ないほど口を横に広げる。
振り向いたマサキと、その亭主――大男は驚いたように目を見張った。
「行かなかったのかい」
「……まあ、騒ぎの発端はこちらにあるのでね。始末をつけようってことになった」
アイオリア・ガナがにこりと笑う。その隣にすらりとした青年が出てきたときには、賊の一味も目を剥いた。
「……てめえ、まさか、あんな子供にやられたってんじゃねえだろうな!?」
サメ男は後ろにいた男を怒鳴りつける。
「え……? いや、おれは……」
昨日のリーダー格の男は、慌てたように頭目と青年を見比べる。無理はない。馬車の後ろで何があったのか男が知る由もなかった。
「まあ、いい。片ぁつけようってんなら望むところだ。キレイな餓鬼も、後ろのめんこいオマケもまとめて売り飛ばしてやるぜ!」
サメ男が言い終わる前に、
「親父、半分残しておいてやる」
青年の声が聞こえたと同時、黒い突風が賊の中に突っ込んで行った。
「えっ……」
自警団の面々が絶句する眼前、サメ男の一味は呻き声もあげずにきっちり半数が地面に転がっていた。やられたほうも呆気にとられて、ほうけたように突っ立っている。そんな中、悠然と引き上げてきた光麟は、黙ってハナの傍らに収まった。
「……何が起こったんだ……?」
呟いたのはだれだったのか、その声に、サメ男がはっとしたように顔をあげ、みるみる赤黒く変色していった。
「……な、なめやがって……! やっちまえっ!」
わっと襲い掛かってきた賊相手に、今度は自警団の面々も前に飛び出す。
あっという間に入り乱れての乱闘になった。
「……なんだ、せっかく親父に残してやったのに……」
呟いた青年に、ハナは神妙な顔をして言った。
「うーん。今日で三回目なのに、しかもこんな明るいとこなのに、やっぱり見えなかったよ……君の身体ってどんななってんの?」
「……見せてやろうか?」
娟麗な美貌がたたえた妖しげな微笑を見つめ、三拍ほどの間を置いて、真っ赤になったハナは絶叫した。
「い、いらないよっ!」
ぷりぷりしながら藍華の加勢に向かうハナを、青年は面白そうな顔でついていく。
「昨日の敵は今日も敵ですわっ!」
乱闘のど真ん中、可愛らしい少女がそんな掛け声とともに繰り出した拳は、びっくりするほどの威力を持っていた。
駆け込んだハナも、横合いから唸りをあげて飛んできた物を、咄嗟に剣で跳ね上げた。
キイン! という甲高い澄んだ音が響き、それはがっちりと両刃の剣を受け止めていた。
己が手の中で変身した剣を見たハナは、瞬時に得物を大きく巻いて剣を弾くと、その刀身を二度ほど強く打った。両刃の剣はあっけなく折れ落ち、一歩踏み込んで相手の水落を強く突いた。
そしてそれを垂直立て、額の上にかざした。
「御諚ぞう候、神妙に控えおろう! てね」
にやりと笑ったハナの手にあったのは、『十手』 と呼ばれる鉤がついた棒だったのである。
この見たこともない武器に反応したのは、誰あろう、この青年だった。
「何だ、それは。ちょっと見せろ」
「光麟! 後ろ、後ろっ!」
ハナが大慌てで声をあげる。光麟は背後を見ることもなく、長い足を後ろへ振り上げて賊を蹴り飛ばした。
ハナは身体を右にさばいて襲いかかる敵刃をかわし、十手の先端で相手の胸を強く突き、そして、刀身を強く打ち付け、賊の手から叩き落した。
この一連の動作を、光麟は賊を捌きながら興味津々の顔で眺めていたのである。
そのころには、光麟に気絶させられていた賊の半分が目を覚まし、痛む身体を庇いながら参戦しはじめた。
事態は泥沼化するかに思えたのだが……
どこからともなく、雷鳴のような轟きが聞こえはじめ、それは徐々に大きくなってくる。
「……やっと来た」
光麟がぼそりと呟いたとき、人々の前に巨大な四つ輪の車が現れたのである。
「おおい、やじさんやーい!」
「待たせたのう〜!」
運転席の後ろからムラトとゲオルゲが手を振る。サンダーはゴーグルの下できらりと目を光らせた。
「ややっ! 我等の王が危ない! 助太刀せねばならん! 行くぞ、しっかり掴まっておれ!」
言うが早いか、サンダーは手元のレバーをぐいと引き、ペダルをぎゅっと踏みつけた。
車は凄まじい轟音をあげ、賊のかたまり目掛けて突進した。
「なんだ、ありゃあ?!」
「わーっ!」
「逃げろーっ」
蜘蛛の子を散らすとはこのことか……初めて目にするお化けのような鉄の塊に、賊はおろか、自警団の面々も一目散に逃げ出した。
「うぅわあ……やるなあ、3G」
ハナは呆然と呟いた。
※
ハナたちが旅立つことができたのは、日も中天にかかったころだった。
「ほんと、びっくりさせられたよ。こんなものを見たのは初めてだよ! おかげで奴等も少しは大人しくなるだろうよ!」
マサキは呵呵大笑し、餞別だといって携帯食を持たせてくれた。
「ありがとう。どうかお元気で」
ハナはぺこりと頭を下げ、車に乗り込んだ。
どうん、という爆音がし、大きな車輪が回転し始める。
「気をつけてな!」
マサキは大きく手を振った。
車は徐々に加速し、その姿はみるみるうちに小さくなっていく。やがて、街の影さえも視界から消え、ハナはゆっくりと進行方向に向き直った。
行く先は、北の森。結界守たちが住む村―――その先は、暗黒世界。
いつもありがとうございます。
いよいよ北の森に突入ですが……前回に比べ、なんて軽いんでしょう(T▽T)
いえ、この作品は、たしかに異世界ファンタジー【コミカル】な部類に入りますが、ちょっとギャップに自分でも苦しみマシタ。
よって、副題は、どう考えても、コレしか浮かんできませんでした。
作者の苦悶はおいといて、楽しんでいただけましたら幸いです。
追記:
仕事の関係で、次回更新は10月4日頃の予定です。
どうぞよろしくお願い致します。




